ANOTHER NOSTALGIA

 

狩野雅之

 
 

今回はテーマというようなものは格別在りません。
 
あえてあげるならば、アンドレイ・タルコフスキーへの想いなのかもしれません。
 
彼そのものというよりは、タルコフスキーの紡ぎ出す映像の美しさへの憧憬。
 
彼の作品そのものが「憧憬」あるいはそれを含む「NOSTALGIA」なのかもしれない。
 
わたしはこの日そのような想いあるいは夢の中で目覚めました。
 
その朝は雨が降っていました。

雨の中で夜が明けたのです。
 
静寂がそこにはあった。

 


雨の朝に 静寂を聴く

 


美しい時間(雨の朝に)

 


夢 の あと に 明ける 朝 は おだやかで やすらかで やわらかい

 


仄暗い闇から蘇りし清きもの それはわたしではない

 


ノスタルジアの想いに浸る極めて個人的な目覚め

 


雨が降る 水の音 タルコフスキー を 思う

 


アンドレイ の 光 は どのようであったか それは光だったか 闇だったか

 


それを 聴く わたし は どこにいたのか 
それを 観る わたし は どこにいるのか

 

 

 

鈴木志郎康 新詩集「とがりんぼう、ウフフっちゃ。」を読んで、な。な。おおい、おおい。

 

さとう三千魚

 
 

 

鈴木志郎康さんの新詩集「とがりんぼう、ウフフっちゃ。」を読んだ。

80歳を過ぎた詩人の最新詩集だ。

浜風文庫に書いていただいた詩が殆どですから既に読んでいる詩ばかりなのですが、
詩集が準備される時、おそらく詩人によって詩集に掲載される詩が選ばれ、詩の順番が決定される。
そこに新たに詩集独自の時間が形成されるのでしょう、詩集のなかの詩のかずかずは新たに生まれなおされたなと思われます。

わたしは鈴木志郎康さんを思い浮かべる時、画家ベーコンの絵を思い出してしまいます。
なぜなんでしょうか?
裸の詩人が苦痛に歪んだ顔で大口をあけて叫ぼうとしているのが見えます。
大口をあけて叫ぼうとしているのに声が聴こえない。
時間が止まってしまったのでしょうか。
この詩集を読んだ印象もベーコンなのでした。

明るいリビングに二本杖で佇つ老詩人がいるのが見えます。
詩人にはもはや何も残っていない。
猫のママニもいない。
傍らに妻の麻理さんがいるだけだ。
老詩人を麻理さんと詩が支えている、そう思えます。

 
 

自分の書いた詩が
物になるっちゃ。
空気の振動が立ち昇ってくる
物体になるってこっちゃ。

(中略)

この世に、
言葉が立ち昇る、
詩集ちう物体を、
残せるっちゃ。
この世には、
物体だけが、
残るっちゃ。

 
 

「俺っち、三年続けて詩集を出すっすっす」という詩から引用してみました。
ここで、詩人は詩を空気を振動させるものとして捉えています。
そして詩集は空気を振動させる詩を集めた物体であり詩人が消失しても物体としての詩集は残ると詩人は語っています。

 
 

テレビを見てた、
息子の草多に
抱き起こされたっすね。
怪我はなかった。
麻理が脚をさすってくれたよ。
よかったですっす。
ホイチョッポ。
明るくなって、
庭に、
五月の風が流れ込んで、
若緑の葉が、
さわさわ揺れたよ。

 
 

「これって俺っちの最後の姿かって」という詩から一部を引用してみました。

キッチンのリノリウムの床に倒れた詩人は、
「これって俺っちの最後の姿」と思ったのでしょう。
これで最後かと間近に死を感じ、その場所から世界をみつめています。

 
 

庭に、
五月の風が流れ込んで、
若緑の葉が、
さわさわ揺れたよ。

 
 

ここに世界が顕現しています。
振動する詩が顕現していると思えるのです。

 
 

いやああ、あらゆる事物に、
俺っちは、
姿を映して、
影を残して、
生きて来たんだって、
ことですっすっすっす。

(中略)

俺っち、薬缶をピカピカに、
ピカピカに、
磨いたっす。
毎朝、紅茶を沸かしてる
ピカピカの
薬缶の横っ腹に、
キッチンに立ってる
俺っちの
姿が映ったっすっすっす。

 
 

これは「ピカピカの薬缶の横っ腹に俺っちの姿が映ったすよね」という詩の一部です。

この詩はオバマ大統領が広島の記念式典で行った演説をテレビ映像などで見て書かれた詩です。
爆心地から260メートル離れた住友銀行広島支店の入り口の階段に原爆により残された人影を詩人が見たことを思い出し書かれた詩です。

ここにも詩人が苦痛に歪んだ顔で大口をあけて叫ぼうとしているのが見えます。

その苦痛は詩人一人の苦痛ではなく世界を引き受けることによる痛苦に思えるのです。
そして、ピカピカの薬缶の横っ腹に映った自身の姿を冷徹に受けとめて世界を見つめているのです。

これらの詩を書き写していて、あらためて日本語が壊れているのを知りました。

 
 

影を残して、
生きて来たんだって、
ことですっすっすっす。

キッチンに立ってる
俺っちの
姿が映ったっすっすっす。

 
 

詩を書き写していて実に書き写し難い吃音の日本語となっていることに気付きます。
この詩集のなかで繰り返されるこれらの日本語が壊れるような行為こそ、この詩人がいまを生きるための詩行為なのでしょう。
ここにこの詩人の言葉の生命があると思われるのです。

そしてこれらの詩行為は「重い思い」という詩の連作に連繋されてゆくのです。

 
 

「重い思い  その一」

 

重い
思い。

重い思いが、
俺っちの
心に
覆い被さって来る。

晩秋の陽射しが
部屋の奥まで射し込んでいる。
な。

脳髄の中に、
からだがゆっくりと沈んで行く。
な。

な。

おおい、
おおい。

 
 

「重い思い」という「その一」から「その六」まで連作された詩の「その一」全文を引用させていただきました。

ここに連なる言葉の行為とはどのような行為でしょうか?
ここには老いた詩人が直面する生の危機への実感と言葉が世界を照射する行為があると思います。
これをヒトは詩(無い言葉)と呼べばよいのではないかと思うのです。

 
 

春だなあ、
四月も半ば、
夕方の日差しがながーく、
キッチンの床に射し込んでるっちゃ。
こんな一日もあるっちゃ。
とがりんぼう、
ウフフ。

 
 

詩集のタイトルとのなった「とがりんぼう、ウフフっちゃ」から一部を引用しました。
ここには世界を受容した詩人の世界を照射する視線があると思います。
鈴木志郎康の詩は世界を照射することで、この詩人自身を支える行為なのだと思われます。

 
 

言葉を書くと、
言葉の形が出てきちゃう、
形と意味のぶつかり合い、
そこんところで、
言葉をぶっ壊す力が
要るんだっちゃ。
「外に出ろ」
ぶっ壊す力、
ぶっ壊す力、
それが、
俺っちの心掛けっちゃ。
ウフフ、
ハハハ。

 
 

とこの詩人は「引っ越しで生まれた情景のズレっちゃ何てこっちゃ」という詩で書いています。

この詩人は生き抜くために何度でも自身の詩の形を「ぶっ壊す」でしょう。
鈴木志郎康は日本語をぶっ壊して何度でも詩を生きるでしょう。

 
 

な。

な。

おおい、
おおい。

 

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第15回

第5章 魚たちの饗宴~全由良川防衛長官のご託宣

 

佐々木 眞

 
 

 

あまりにも長すぎるスタンディング・オベーションに疲れきったみんなが、ヨッコラショと席につくやいなや、それまで大広間の天井あたりを軽快なフットワークで旋回していた1匹のアユが、F21スーパーセーバー戦闘機の急降下訓練のようにきりもみ状態で落下してきて、議長席の隣のお立ち台でストンとバク転を決めると、猛烈な早口でタンカを切りました。

「オッサン、オッサン、無意味かつ無内容な前置きはどうでもええねん。ヒマな年寄り連中が老後の楽しみにゆっくり考えてくれたら、それでええねん。それより差し迫った大ピンチをどうするか、誰かはよ考えてくれたらえねん。
あのケッタクソの悪い外人魚、魚食い魚をはよ追っ払ってくれえ。毎日毎日犠牲者が出るいっぽうじゃ。いったい国家警察と機動隊はなにしとんねん。自衛隊はこんな時のためにあるんとちゃうか。徴兵制をはよ復活せんさかい、こんなアホなことになるんじゃ。くそっ、お前らはなにしてけつかんねん。やる気あんのか? ハッキリせえや!」

するとそれまで地底を砂とまったく同じ色でゆるゆる這いずっていたドンコが、突如3メートルほどもバネのように飛び上って、まるでフグのようにふくれあがり、総身の毛をすべて逆立てながら、怒涛のようにしゃべくりはじめました。

「なにいうとんねん、アホンダラ。お前みたいな一知半解の輩が、かつて理想的な魚族を生み出したスパルタ制を、悪をはらんだ寡頭制へ、寡頭制をいわゆる民主制へ、民主制を僭主独裁制へ、僭主独裁制を原始共産制へ、原始共産制を中世封建制へ、中世封建制を近代資本制へ、近代資本制を社会民主制へ、社会民主制を社会ファシズムへ、社会ファシズムを最終戦争へ逆倒し、そして最終戦争をドラクエモンスターズスーパーライトにしてしもたやんかあ!
昔から人世と政治の因果は果てしなく、この輪廻を繰り返しては転生する。よってわいらあは無駄な抵抗をやめ、警察も機動隊も解散して、この大いなる歴史的必然性に身をゆだねておればええやないか」

するとまたしてもアユが立ち上がって、なにか発言しそうになったのを、議長のタウナギは目で制して、
「黙らっしゃい。我々は昔から仲の悪いお前たちのへ理屈を聞くためにここに集まっているのではない。問題はただひとつ。あの暴力魚集団の侵攻をいかにしてはね返すかじゃ。この点について意見のあるもののみの発言を許す」
と言いながら、会場の面々を睨みつけました。自分は余計な話をさんざんしたにもかかわらず。

今の今まで偉そうに御託を並べていたアユとドンコは、長老の問いかけに一言も発し得ず、うつむいてもじもじしているばかり。
とその時、会場を支配する重苦しい雰囲気を破って、英国紳士を思わせるすらりと背の高い立派な純国産のニホンウナギが、右の胸ヒレを心持持ち上げるようにして、発言を求めました。

議長が「全由良川防衛長官、ウナギのQ太郎君の発言を許可します」と言ったものですから、それまで物陰に潜んで様子をうかがっていたケンちゃんは、「ああ、あれがウナギのQちゃんのお父さんのQ太郎さんなのか、さすが防衛長官にふさわしい男らしい風格だなあ」と感嘆することしきりです。

「不肖わたくしQ太郎、今次の国難に際し、全由良川防衛軍最高司令官の重職を拝命し、まことに僭越ながら、早急に次のような対策を講じた次第であります。
ひとつ。本官は去る4月23日未明、全由良川防衛軍最高司令官の名において海軍特別攻撃隊を編成いたしました。これによって当面の敵の攻勢に対応いたす所存であります。
ふたつ。不肖わたくしQ太郎、わが最愛の娘レプトケファルス姫を若宮神社に派遣し、イザナギ、イザナミ両神の神殿にて、今次の未曾有の国難をいかにして乗り切りうるや宇気比を行わせた次第であります」

タウナギ「宇気比ですと? なるほど、うけを狙ったわけか? してその結果は?」
Q太郎「アブラカタブラ、アタラフルキエニシ」
タウナギ「なんじゃそれは?」
Q太郎「つまりこの丹波の国と相模の国を新しくて古い縁で結ぶ人物を探せとのご託宣なり」
タウナギ「新しくて古い縁で結ぶ人物、ようわからん。それはいったい誰じゃ?」
Q太郎「丹波の国と相模の国を古い縁で結ぶ人物、それは室町幕府の初代代将軍、足利尊氏でありましょう」
タウナギ「なるほど。尊氏は丹波の国綾部で生まれ、丹波から鎌倉に進軍して幕府を打ち破ったからな」
Q太郎「さよう。足利尊氏は丹波の国、八田の郷、上杉の庄の生まれ。尊氏公を祀りし丹波の安国寺は同じ丹波の由良川のほとりにありて、尊氏公は今日もわれら魚族の危うい行く末を、ドンキホーテのように憂い顔で見守っていてくださるのですぞ」
タウナギ「なるほど、なるほど。で、丹波の国と相模の国を新しい縁で結ぶ人物とは誰じゃな?」
Q太郎「室町幕府の開祖にして丹波および相模ゆかりの征夷大将軍、足利尊氏の衣鉢を継ぐ人物こそ、綾部の「てらこ」の四代目の美少年、ケンちゃんこそその人なりい!」

 
 

次号へつづく

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 14

 

くちなしの白い花なりこんなにも深い白さは見たことがない

 

このところ

鈴木さんの新詩集
とがりんぼう、ウフフっちゃ。を読んでる

明るくなって、
庭に、
五月の風が流れ込んで、
若緑の葉が、
さわさわって揺れたよ。

そう
志郎康さんは書いてる

そこに死があり
生がある

 

 

 

なくしていたもの

 

たかはしけいすけ

 
 

さっき
同級生と
電話で話した

同窓会のお誘いだった

つい最近まで
同窓会で
ぼくは行方不明だった

剣道部でいっしょの
その人と話したのは
四十年振り

もはや知らないに等しいその人に
感じた親和性は何だろう?

なつかしく
あたたかい

なくしていた
なにか大切なものを
取り戻したような気がした

というのは
大きな勘違い

間違えないようにしよう

 

 

 

丘の欅

 

道ケージ

 
 

坂の上
その行く果てに
けやき そびえ
別に
そこに
呼ばれたわけではないけれど

たまに
行く図書館帰り
誰に
呼ばれたわけではないけれど

のぼり上がり
そこに
たたずみ仰ぎみる
何に
なるわけでないけれど
特に
何もないけれど

行くことだけに
こだわって
坂の上の欅が気になって

誰もいない
この坂
のぼることに

下る人はいない
上る側に
いく


背中から憎悪が剥がれ落ち
何か大切なものが
坂を転がっていく

あの夏
「死ぬ間際の光景、見たことがある?」
死にたがりのマリーが
坂を上がるや
振り返りざまに聞く

蓮の葉一つに

「あるわけないじゃないか
あったら死んでる」

蓮の葉さらに

「涙を拭おうとすると
手が骨になって
丸くて
白すぎて
拭えない…」

蓮の葉に
つばきす

けやき
空に
青い

 

 

 

ありがとう さようなら

音楽の慰め 第19回

 

佐々木 眞

 
 

 

油蝉が鳴き、向日葵咲き、黒揚羽舞い、夏は命輝く季節。
しかし太陽に焼き尽くされた生命は、あっけない終末を迎えます。

生病老死は瞬きの間、
信長が、「人間わずか五十年」と幸若舞の「敦盛」を謡うのを待たずに、この世を去る人も多いのです。

西暦2017年の夏も、死は身近にあります。
毎日毎日人は死んでいくけれど、わたしの知人もどんどん姿を消しているのです。

一平君、大田ティーチャー、オトゾウさん、飯塚さん、
荒川さん、佐々木正美先生、阪口さん、そして井出隆夫クン。

天命か否かは誰知らず、
老いも若きも、魅せられたように泉下に赴くのです。

井出君は、はるか昔の大学生時代の同級生でした。
彼は西武新宿線の武蔵関、私は隣の東伏見という田舎村に下宿していました。

キャンパスの長いスロープ下に、5つの部室があって、
私は03部室で「経哲草稿」や「ドイツ・イデオロギー」を読んでいましたが、
井出君は、05部室の「ミュージカル研究会」というところに出入りしていた。

私はなぜだか彼を、「軽薄でちゃらちゃらした輩」、と軽蔑の眼で睨んでいたが
井出君は知らん顔して、ノートブックになにやら歌詞を書きつけていた。

ちょっとお洒落でハニカミ屋さんの井出君は、女性にもてたことでしょう。
きっとモーレツにもてたろうな。
源氏物語の「若紫」のような少女を見つけて、大切に囲いつつ妻にしたいとほざいていたな。

彼が山川啓介という名前の作詞家として、一世を風靡したことを知ったのは、それから何年も経ってからのことでした。

印税で大もうけした彼が、軽井沢に別荘を建て、そこに若くて美貌の妻と住んでいるという、嘘かほんとか分からない風の噂を耳にしたのもその頃のことだった。

ある日、たまたま私がテレビをつけると、それがNHKの教育テレビの「みんなの歌」というコーナーで、「ありがとう・さようなら」という知らない曲が流れていました。

「ありがとう さようなら 友だち」ではじまるその歌は、学校を卒業する子供たちの、先生や学校への感謝と別れを告げる短い歌でしたが、私の胸をつよく打ちました。

さいごの「ありがとう さようなら みんな みんな ありがとう」のリフレインのところは、中原中也の詩のパクリじゃないかと思いながらも、ほろりと涙がこぼれたのです。

歌が終わってクレジットが出ると、それが井出隆夫という名前でした。
福田和禾子という人の曲も良かったが、井出君の歌詞は、私の心にじんと響いた。
一生に一度でもこんなに素敵な歌詞を書けたら本望だろうな、と思ったことでした。

井出隆夫の霊よ、安かれ。
みなさん今宵は、西暦2017年7月24日、72歳で身罷った旧友の絶唱を聴いてください。

 
 

 

 

 

あしたの花火 2

 

長田典子

 
 

あさ
呼ばれたような気がして
庭に出ると
いっせいに
テッポウユリが
咲いていました

ミントグリーンの葉のうえで
あさつゆが
はずんでいました

つるつるの球体に
白や赤や緑や青を
にじませて

ふいに
シランの茎をたわませ
滑り降りてきたのは
オナガでした
何かを確かめるように歩き回ってから
いきおいよく
飛び立っていきました

目が合いました

テッポウユリは
純白の声で
言いました
くちぐちに

撃ち殺せ!
血を流せ!

わたしは 頭をたれました
胸に手をあて
ひざまづきました

ミントグリーンのはっぱの上で
あさつゆは
ぶるぶると
ゆれました

白や赤や緑や青が
マーブリング模様さながら
混ざりあっていき

ぐちゃぐちゃ

なりました

ぐちゃぐちゃの
かやくだまです

わたしは います
ここに います

ぐちゃぐちゃですが
ぐちゃぐちゃのまま

「けっ、詩人さんよ 気取りなさんな」

撃ち殺せ!
血を流せ!

そら たかく
オナガがぴゅるぴゅる
聞いたこともない
あをーい声で
なきました

 

 

 

あしたの花火 1

 

長田典子

 
 

まな板のうえに
牛肉を ひろげる
側面に
どろっとした
血のかたまりが付いていた
見た 見てしまった
赤黒く
ひかる血液

下着に
親指くらいの
かたまりを見た
毎月ある
やがて子を宿すためのじゅんび

赤黒く ひかっていた
あのころ
惜しみなく
いのちの花火を上げていたのだった

あさの 教室で
からだじゅう
血の塊となって
こぶしをふりあげてきた
きみの 花火は
あをあをしく
まぶしくて

わたしは きみに
負けました

安政5年
広重の「両国花火」は  ※
しみじみと
遠く
絵葉書となって
台所のカウンターに飾られている

毎月 見ないことにしていたから
わたしは分身をもたない主義です
から

血の塊のことは
すっかり忘れたことにして

牛肉をサイコロ型に切る
熱したフライパンに投げ込み
焼く

じゃ、 じゃ、 じゅっ、 ………

丸い玉のうちがわ
肉たちはわたしたちは
あしたの花火について
かまびすしく
談義している

 
 

※歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』・「両国花火」より引用