michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

病院から帰って

 

花粉症かな
くしゃみが止まらず

病院に行った

やっと

帰ってきた
薬を沢山くれた

尿と
血液の検査もした

肝臓の値が上がり
尿酸の値が上がり
中性脂肪の値が上がっていた

きっと

なにかは
下がっているのだろう

帰ったら
大崎紀夫さんの本が届いていた

句集 ふな釣り

十年ほど前は
大崎さんの釣りの本を読んだ

大崎さんの釣りの本が
好きだった

ヒトが小さくて
景色がきれいだった

あの頃は
小舟を車に積んだ

ひとり
海に浮かんで糸を垂らしていた

ずいぶん
釣りをしていない

海辺の町にいるから
海をみている

いつも

モコと
海をみにいく

風を肌で感じる

波がよせて
水面の波紋が揺れるのをみている

ずっと
みている

それだけなんだけどね

 

 

 

橋上女

 

佐々木 眞

 
 

見ろよ イズミ橋の橋の上
今日も佇む 橋上女
降っても 照っても
一日に 何度も 何度も
近所の石橋の上に 佇んで
いつまでも いつまでも
あらぬところを 見つめている

歳の頃なら 五十 六十
身につけているのは 垢で汚れた紅色のダウン
水色のウールのパジャマの 上下をまとい
もっともらしく 両腕を 組んで
足には 黄色いサンダル 履いて
いつまでも いつまでも
あらぬところを 見つめている

それとなく 近寄って 眼鏡の下の 薄汚れた顔を 見れば
小さな 両の目玉は 灰色に濁って
さながら M.ジャクソンンの「スリラー」に出てくる ゾンビのよう
これでは どこを 眺めても 何も見えないだろう
ところが そうではなかった
彼女は 恐ろしい真実を 見据えていたのだ
ギリシア神話に出てくる カサンドラのように

私はその時、むかしアメリカで撮影した たくさんの写真を持っていた
すると 橋上女は 私を 呼びとめて
「その写真を 見せて おくれな」というた
それで 私が 写真を渡すと 彼女は 物珍しそうに見つめていたが
「ほら この写真を じっと見ていて ご覧な」というた
1968年、78年、88年、98年に NYの ブルックリン橋を
私がおなじ場所、おなじ角度で撮った 4枚のカラー写真だ

橋上女が 橋の上で 1968年の写真をかざすと
しばらくして ブルックリン橋は ピンボケになって
しまいには 姿も形も 見えなくなってしまった

「ほれ こっちも ご覧な」と橋上女が 橋の上で 1978年の写真をかざすと
しばらくして ブルックリン橋は ピンボケになって
しまいには 姿も形も 見えなくなってしまった

「ほれ こっちも ご覧な」と橋上女が 橋の上で 1988年の写真をかざすと
しばらくして ブルックリン橋は ピンボケになって
しまいには 姿も形も 見えなくなってしまった

続けて「ほれ こっちも ご覧な」と橋上女が 橋の上で 1998年の写真をかざすと
しばらくして ブルックリン橋は ピンボケになって
しまいには 姿も形も 見えなくなってしまった

私は、橋上女から取り戻した 4枚の写真を 矯めつ眇めつ 何度も何度も見つめたが
そのどこにも ブルックリン橋は映っていない。同じような どろりとした茶色の印画紙が 掌から突き出た 4枚のトランプのように 並んでいるだけだ

この時遅く かの時早く 私は気が付いた
1968年と 1978年と 1988年と 1998年に撮影された写真は なぜか見つめられると 粒子が荒れて 映像がとろけ出し 膨れ上がって 土の色に戻ることを

西暦の末尾に8が付く写真は 10年毎に見つめられると ピンボケになってしまうのだ
それはあたかも 大きな栗の木を 輪切りにした時 その年輪が 10年ごとに膨れ上がっているような ものなのだ

ユーレカ! ユーレカ! これぞ世紀の大発見 ではないか!
手の舞い 足の踏むところを 知らなくなった 私は
かの 橋上女に その 驚きを伝えようとしたが 彼女の姿は どこにもない

橋上女 ことカサンドラは いつのまにやら 姿を消した
さらば さらば 謎の女 カサンドラよ!
お前の 灰色に濁った 両の眼は 誰にも見えない 真実を見ていた

 

 

 

永劫回帰の歌

 

佐々木 眞

 
 

ケーシー高峰 死んぢゃった
シーモア・カッセル 死んぢゃった
どんどん どんどん 人が死ぬ
じゃんじゃん じゃんじゃん 人が死ぬ
次に死ぬのは 誰だろう?
有名人は 別として
歳の順番から いくならば、
我が家で死ぬのは ボクだろう
確率的には まずボクだろう

その次 死ぬのは 妻だろう。
ぜったいに死んでほしくない妻だろう
遺されたのは 可哀想な 長男次男
長男なんか 障害者だから
次男は さぞや 大困りするだろう
するだろうけど なんとか ぐあんばれ
無我夢中で ぐあんばれば
そのうち なんとか なるだろう
ふときがつけば 死んでるだろう

死んでしまえば こっちのもの
もう障害も 健常も
金も 名誉も 地位もなく
生まれたまんまの 裸になって
肉も 脂肪も 溶け去って
堅い骨さえ 灰となり
土に混じって 炭となり
雨に打たれて 花となり
ある晴れた日に 宙に舞う

宙に舞え舞え カタツムリ
成層圏から銀河系
そのまた先のブッラクホール
ここは「事象の地平線」*
真っ暗くらの 穴の中
身動きできない ほら穴で
コウちゃん ケンちゃん ミエコさん
可愛いムクちゃんも 加わって
今宵ここでの 花盛り

夢にまで見た 一家団欒
そこに かあさん おとうさん
じいちゃん ばあちゃん 親戚一同
みんな揃って 顔を出し
やあ こんにちは ひさしぶり
みんな 元気か 変わりはないか
なんの 変わりがあるものか
生まれも 死ぬも 夢の中
生まれも 死ぬも 夢の中

この世も あの世も ひとつながりで
どんどん死ねば どんどん生まれる
誰一人 失われるものは ない
何一つ 失われるものは ない
回れや 回れ 極楽メリーゴーランド
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
みんなを乗せて ぐるぐる回れ!
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
みんなを乗せて ぐるぐる回れ!

 

 

*「事象の地平線」
物理学における相対性理論に基づいた概念の一。光や電磁波などの観測によって情報を知りうる領域と、そうでない領域の境界。ブラックホール周辺で、光が外部に逃れられない範囲の境界面。また、膨張する宇宙で、観測者から遠ざかる速度が、光速を超えている領域との境界線。「デジタル大辞泉」

 

 

 

イデア

 

村岡由梨

 
 

私たちは今、“家族”という儚い体をなして生きている。
2年前の夏の初め頃、
「夕暮れ時、アトリエ近くの歩道橋からの景色を眺めてると、
悲しいような、でも懐かしいような気持ちで胸がいっぱいになるんだよ」
と、眠が言った。
私と同じ気持ちだったんだ。
そう知って、切なさで涙がこみ上げた。
けれど今、その歩道橋はもう存在しない。
この世界には決して叶うことがない願いがあるということを
私たちは知ったのだ。

永遠に続くと思っていた関係にも、
いつか終わりの時がやってくる。
大切な人を胸に抱いている時。
温かい生き物の息遣いを感じながら眠りにつく時。

小さな頃、夏の夕暮れ時の庭の木々を見るのが好きだった。
冬の明け方に目が覚めて、
雨戸の隙間から朝焼けの澄んだ空気を感じるのが好きだった。
時間の粒子が流れるのが、一つ一つ目に見えるようで、
全てが魔法に包まれていた。

永遠に続くものに執着して
何かを失うことを畏れて悲しんで
壊れてしまった家族の記憶と、壊れそうな家族と
瀕死の飼い猫についての映画を撮った。
私の11本目の映画だ。
いつもは何かと注文をつけたがる野々歩さんが、
「君が今日まで生きてきて、この作品を作れて、本当に良かった。」
と言ってくれた。
その言葉を聞いて、
私には一緒に泣いてくれる人がいるんだということに気が付いた。

もう少し、私と一緒に歩いてくれますか?
いつかの魔法を取り戻すまで。
私が「自分は幸せな人間なんだ」と信じて、言い切れる日まで。

 

 

 

ツリーハウス

 

長田典子

 
 

ぱく もぐ ぱく もぐ ぱく ぱくぱく

あのころ
池の鯉は
白いソーメンを
上手に口に咥えて
泳ぎ回った
水中で
ながいソーメンをなびかせて
泳ぎ回る鯉たち
鯉たちのためにと茹でられたソーメンは
粉から捏ねて作られたもの
ほら、みんなよろこんでいるよ
まいあさ
おばあちゃんはわたしの小さい手を握って言った
トマトの実が赤々とゆれ
山羊は黒曜石のような美しい玉を産み落とし続けた

ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぽっとん

近所のおにいちゃんたちが
なにを言っているのか
さっぱり わからなかった
くちびるが縦横ななめにすばやく動くのを
ひたすら見上げていた
鯉よりも山羊よりもトマトよりも豚よりも鶏よりも
さっぱり さっぱり わからなかったんだ

このまえ
墓参の帰り
どうしても湖の縁の淵をのぞいてみたくなって
みんながいた場所を見たくなって
あの村に続いていた山道を下って行った
水辺へと続く 道なき道を

おばあちゃーん、おじいちゃーん、
おかあさぁーん、おとうさぁーん、
山羊たち、鯉たち、豚たち、鶏たち、
どこにいるの?

ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん

みんなみんな どこにいるの?
どうしてどうしてどこにもいないの?
村は食べられちゃったの?
なにに?

ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん

山道を下って行くと
いちばんはじめにドングリの大木を見つけた
昔のまんま 太い根で赤土を鷲掴み
まだ 生きていた!
生きていた!

ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん
いっつも追いかけていた
学校に入る前から
何を言っているのか
さっぱり さっぱり わからなくても
近所のおにいちゃんやおねえちゃんのあとを追いかけて
走り回っていたっけ
田んぼのあぜ道 山道 野原道
川原の石ころとんとん渡り

折れ曲がる
ヘアピンカーヴの山道
片側は剥き出しの関東ローム層の赤土が切り立っていた
その曲り角の赤土のてっぺんに
ドングリの大木が
太い根を巨人の掌のように広げ大地を鷲掴んでいた
昔のまんま
節くれた太い指の下は洞穴で
おにいちゃんたちは
木の葉や枝を集めて秘密基地を作っていたんだ

ぱく もぐ むしゃ ぱくぱく ぱっくん ぼと ぼっとん

みんなの声は
坂を下った川沿いの村まで届いていきそうだった
おにいちゃんたちのくちびるは
すばやく動く
鯉よりも山羊より豚よりも鶏よりも
わからない
わからない
ぱくぱくぱくぱく ぱっくん もぐ むしゃ ぼっとん
見ているうちに急に大便をもよおした
うんこ、したい……と言うと
………、いいよ、と聞こえ
わたしは
おもむろに基地のど真ん中にやってしまった
ちょうど誰もいなくなった一瞬のできごと
そのとたん
臭いがたちこめ
秘密基地の周辺は大騒ぎになってしまったっけ
おにいちゃんたちは
ひどく怒って
ばくぶくばくぶく ぶちゃぶちゃ ばっぐん ばぐばぐばぁん!
怒鳴り散らしながら
どこかに走って行ってしまった

みんな どこにいるの?

ばぐぶぐばぐぶぐばぐぶぐばっぐん
ぶちゃぶちゃ どっぷん どっぷん とぷとぷとぷ

鯉よぉっ! 山羊よぉっ!
来いよぉ!
みんなぁっ!

とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん

はなればなれになっちゃったね
村が湖に沈むとき
みんな みんな いなくなっちゃって

とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん

湖の縁の淵には
わたしたちがいた村があったのに

みんなぁーっ!
ドングリの大木はまだあったよ
まだ 生きていた
昔のまんま
巨人みたいに大きな掌を広げて
赤土を掴んで立っているよ
根っこの洞窟は
わたしたちのツリーハウスだよ!

とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん

おばあちゃーん、
おじいちゃーん、
おとうさぁーん、
おかあさぁーん、
みちこさぁーん、
けんろくさぁーん、
おきくさぁーん、
かおるくーん、
よしこちゃーん、
おりんさぁーん、
ねぇ、みんなぁーっ!

山羊が産みだす黒曜石の丸い玉、ときどき逃げ出した豚、
たわわに実った黄色い柚子の実、真っ赤に熟したトマト、
まだ温かい生みたての卵、………、

とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷんとっぷん

鯉たちが咥えた白いソーメンが湖の底でなびくのが見えた?

村は食べられちゃったの?

なにに?

あは、
食べられてなんかいないさ
ドングリの大木みたいに
続いていくのさ


墓参の帰り
駅まで姪の車で送ってもらう

 
 

※連作「ふづくらシリーズ」より
※小島きみ子氏主催「エウメニデス」49号初出を大幅に改稿した。

 

 

 

青空の部屋

 

村岡由梨

 
 

私が初めてひとり部屋を持ったのは、中学三年生の頃だった。
「自分の部屋の壁紙を選びなさい」と
母からずっしり重い壁紙サンプル集を渡された時、
迷うことなく青空の壁紙を選んだ。

「青空の時代」の私は、混沌と混乱の大きな渦の中にいた。
中学校にはほとんど行かず、高校は3日で行くのを止めた。

それでも、部屋の天窓に切り抜かれた空は美しかった。

夜が更けて
私がいた部屋は光が無くなり真っ暗闇になった。
電灯はつけない。
自分の精神と魂が互いの肉体を食い潰していく激しい痛み。
皆、自分の人生を生きるのに精一杯な人達だった。
誰も私の悲鳴なんて聞きたくなかっただろうから、
歯を食いしばって一人泣いていた。

男でも女でもない。大人でも子供でもない。
人間でいることすら、拒否する。
じゃあ、お前は一体何者なんだ?
「白と黒の真っ二つに切り裂かれるアンビバレンス」

やがて日が昇り、
太陽の光に照らされて熱くなった部屋の床から
緑の生首が生えてきた。
何かを食べている。
私の性器が呼応する。
もう何も見たくない。
もう何も聞きたくないから
私は自分の両耳を引きちぎった。
耳の奥が震える。
私が母の産道をズタズタに切り裂きながら産まれてくる音だ。
そして、漆黒の沼の底に、
白いユリと黒いユリが絡み合っていた。

この時期、私と私の核との関係は、
ある究極まで達したけれど、
それと引き替えに、
私の時間的成長は、15歳で止まってしまった。
私が発病した瞬間だった。

その後15歳で働いて旅をして
15歳で作品制作を始めて
15歳で野々歩さんと出会って結婚して
15歳で長女の眠を産んで
15歳で次女の花を産んで
15歳で働きながらまだ作品制作を続けていて
15歳で老けていって。

やがて「青空の部屋」で死んでいくんだろう。
皺だらけの顔に不釣り合いな、黒々とした髪
死ぬ時の私は、きっと、美しくない。
でも、部屋の天窓に切り抜かれた空は変わらず美しいんだろう。
晴れの日も、雨の日も、曇りの日も
私という不穏な塊を生き抜くとはそういうことなのだ。
そう、覚悟を決めるということ。

私が死んでも、眠と花は生き続ける。
続いていく。追い抜いていく。

今、庭のハナカイドウが花盛りだ。
ネムノキはぐんぐんと空に向かって伸びている。
そう、そのまま伸びて伸びて
いつか、私たちを閉じ込めた青空を突き破ってほしい。

 

 

 

逆を行けば

 

道 ケージ

 
 

怒る、から      笑う
憤る、ゆえに     褒める
死ぬ、から      生きる

拘るなら       捨てる
棄てるから      慈しむ
跳びたいなら     座わる

こもるなら     窓を開け
殺したい だから  逃がす
旅立つなら     風呂掃除

どうもまどみちお  いやあいだみつを
まあ 続けますか  接続が問題かな

続けたい なら/から 黙る
食べたい から/なら 種まく
よい なら/から   悪い

そうではない     そうだよ
疑うなら       賭ける
信じろ        疑えよ

戻って        挑む
戦い         逃げる
生真面目に      裏切る

はい         いいえ
でも         だから
たまさか       きっと

へべれけで      もう一杯
小走りの       セキレイ
この水たまりは宇宙  流星をかわし

いいかげん      働いて
適当に        生きる
ふるえて       鎮める

波と雲が紛れ     鳥の影か
淡水の混じる     潮目
みたことない     みっともない

「廃人ね」と妻が言う

一つの残酷を夢見て
私は一人押し黙る
笑わねばならない