michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

明るい絵

 

昼まえに家を出て
昨日は

川沿いの道を歩いて駅にでた

電車に乗り
電車を降りた

それからバスに乗り皇居わきを通り
東京駅に着いた

それで
新宿でミリキタニの絵をみた

ミリキタニの写った
写真もみた

アメリカで日本人は収容所に入れられたのだったろう
母の故郷の広島は

焼かれたのだったろう

それで市民権をうしない
アメリカをさまよい生きたのだったろう

絵には
ずっと

痛みがあった
それは

底に
沈んで

猫や魚や

鯉が

明るい色で描かれていた

晩年に
絵は

よろこびだったろう

もいちど
写真の顔をみていた

ミリキタニはなにも言わない

ただ
見ている

 

 

 

「夢は第2の人生である」改め「夢は五臓六腑の疲れである」 第71回

西暦2018年神無月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

「君らしい仕事を思いっきりやりたまえ」と、イデ君を激励すると、彼は満面に笑みを浮かべて頷いた。10/1

「夢百夜物語」のエスペラント語の新訳には、頁ごとに写真が添えられていたが、これは右翼でファシストの有名カメラマンの作品だった。10/2

ともかくそこはとんでもない変態高校で、ビキニ姿の女子学生たちが、集団で新米の男性教師に襲いかかるので、みな戦々恐々としていた。10/3

ぼくらは、5人で新曲の「凍れる流れ」を演奏したのだが、意外にも満場の拍手喝采を浴びていたく驚いた。10/4

砂漠の真ん中で、100名の全裸の美男美女たちが、二手に分かれて粛々と行進し、双方が出会った地点で、激しく性交している姿は、壮観というも愚かであった。10/5

「おらっちはNY医科大首席卒業のDrヤマガタ、手でも足でも乳でもなんでもかんでもバッタバッタと斬っちまう。人呼んで日本のベン・ケーシーだあ」と、その白覆面の男は、ふんぞり返った。10/6

「星屑兄弟の伝説」の続編が公開されたが、これが圧倒的に素晴らしいので、未完成の作品であるにもかかわらず、カンヌ映画祭でグランプリに輝いた。10/7

来年度の事業部ごとの会社案内の作成をするために、某事業部長を撮影しようとしたら、「来年は、わいらあこの事業部からおらんようになってしまうんやけど」と寂しく呟くので、人物写真の代わりに事業部ごとにいろんな花を載せることにした。10/8

御茶ノ水からどんどん歩いてくると、法政大学の辺の並木道にさしかかった。一緒に歩いてきた学生が、「僕らはここで別れますが、良かったらこれを」というて、何かを手渡した。見るとトリスタンだったので、「ありがとう」というて受け取った。10/9

彼女は、上から命じられると、次次に誰とも知らない人物を暗殺しているテロリストだったが、いつ自分が消されるかと戦々恐々としていた。10/9

その古本屋のおやじ、といってもまだ若いのだが、は、毎週水曜日の夜を相談日にしていて、若い女性の身の上相談に乗っていたのだが、相談相談といいながら、結局は彼女たちと寝ているのだった。10/10

今日から新学期の授業が始まるというので、久方ぶりにキャンパスを訪れたが、あまりにも広大で、どこが自分の教室だかさっぱり分からない。それに自分の講義のタイトルすら忘れていることに気付いて、私は途方に暮れた。10/11

おらっちは、企画室主催の講演会場へ潜り込んだが、入場券がなかったので、ホールの天井に寝転がって、トップデザイナーのパリコレ話を聞き流していた。10/12

大島に半年間滞在している間に終戦となったので、我々はさながら逃亡者のように元町港へ急いだが、芋を洗うような人混みで、なかなか前に進めない。ふと見ると、誰かが私の右手をしっかり握りしめて、一歩も動こうとしないのだ。10/13

昨日、長屋の奥の奥に閉じこめられていた老人が、いきなり陽の光の下に引き出され、あっという間に、細い首をちょん切られたが、あれは、どうも自分だったような気がしてならぬ。10/14

死の瀬戸際から何とか持ちこたえ、安蒲団の中に横たわると、いきなり床の絨毯が立ちあがってきた。10/15

俺は、2人の男を殺したようだ。1人はムジカル、もう1人はオフリング、2人合わせると「音楽の贈り物」になることを、後で知った。10/16

商品企画室へ行くには、小さなエレベーターに乗るしかなかったが、これが古色蒼然とした一時代前のオンボロのくせに、猛烈な勢いで乱高下するので、今では企画室のスタッフが、恐る恐る利用するだけになってしまった。10/17

私らは、その占い師を有名にするために、まず伯爵夫人から、女王に面会の糸口をつけてもらおうとしたのだが、なかなかうまくいかないので、往生している。1018

築地駅からに乗り込んだクボナオコをやっとつかまえ、白い二の腕をぐいと引っ張ったら、万事休すと観念したのか、彼女は、籠の中のタイやヒラメやブリやカツオを、満員電車の中にぶちまけたので、大騒動になった。10/19

大川の土手の上を、オオミチ君と一緒に歩いていたら、後から「時計じかけのオレンジ」のような悪童たちが追っかけてきたので、2人とも必死に逃げたが、気がつくと、オオミチ君の姿が、見えなくなってしまった。(続く)

仕方がないので、そのまま土手の道を歩いて行くと、行き止まりになってしまい、そのどんづまりでは大田、山田、広田の3名が押しくら饅頭をしていたので参加したいと思ったが、私の名前は吉田ではなくササキなので、諦めて料亭の二階から見物していた。10/20

リーマン時代の私が、どれくらい忙しかったかというと、トイレで小便をしたあと、チンポコをしまい忘れたことを知りつつ、それを収納している時間が勿体ないので、そのまま歩いていたくらいだった。10/21

今度のCEOは月曜に来るというので、みんなで待っていたが、来ない。あちこち探すと、地下12階の窓のない部屋にこもって、「しこくCEOしごく地獄さ」という死のような詩、詩のような死を垂れ流していた。10/22

ふと思いついて、「わたしらにとって懐かしいところ、心のふるさとのごとき場所をたった一字で表すとすれば、それは「玄」ではないか」、というと、セイさんが「なるへそ、それは面白いねえ。銀座で一杯やりながらゆっくり伺いましょ」というて、タクシーを呼んだ。10/23

その日の結びの一番で、物凄い八百長大相撲が行われたので、一部の客が「八百長だあ、八百長だあ!」と抗議の声を上げたが、幸か不幸か、その日はスコットランド愛鳥協会の客が大半を占めていたので、全体としてはあまり問題にならなかった。10/24

イデア師は、自分のお腹に画かれた難解な図像で、今後の世の中の推移を示していたが、それは、知る人ぞ知る叡智と霊感に満ち溢れた内容だった。10/25

時々ユビ王がやってきて、イデア師のお腹を触ると、たちどころに前代未聞の不思議なアートが飛び出してきて、それらが民草の暮らしに、大きな幸いを授けてくれるのだった。10/25

ホームラン王のクワタは、時々ベースを踏むのを忘れて、せっかくのホームランをふいにしてしまうことがあるので、私は彼に頼まれて、いつも彼と一緒に走りながら、彼の足がちゃんとベースを踏んだか否かを、確認するのだった。10/26

広報担当のヒトミ君とランチしたあとで、「お茶」しに行った。分かれ道で「右はらんぶるだから話ができませんよ」とヒトミ君がいうので、左を進むと映画館がカフェをやっていた。若い女性客が多く、映画館ほど暗くはないが、かなり薄暗いカフェである。10/27

客が横並びに座っていると、店の女の子が端から次々におせんやキャラメル、蓋にストローを突き刺したカフェオレなどを持ってきて、これをリレーして、お好きな物を取ってくださいという。妙な仕組みを考えたものだ。

せっかく映画館に入ったのだから、「マルクス兄弟の映画でも見せろ!」と怒鳴ったら、「マルクスは危険だから、チャップリンにして」という黄色い声が聞こえ、拍手が起こった。民度の低い奴らだと軽蔑していると、隣から妙なものが廻ってきた。(続く)

生きものである。目を凝らしてよく見ると、赤ちゃんである。躊躇ったが覚悟を決めてダッコすると、ニコニコ笑っていたが、そのうちむずかって泣きだしたので、隣の客に渡そうとしたが、誰もいない。ヒトミ君もいない。ワアワアと泣き喚く赤ん坊を抱いた私は、無人の映画館で途方にくれた。10/27

われわれは、首をチョン斬られた20人の兵士と、斬られなかった2人の兵士を見せられたが、どうしてそうなったのかと訊ねても、その理由は説明してもらえなかった。10/28

偉大なる王、トクシカの最期を看取った私の見聞記は、パリ支店のPCが不調で、どこにも発信されることはなかった。10/28

プロデューサーの私は、ある時ふと思いついて、映像製作中の現場に総合アートディレクターとしてキタムラ・ミチコ氏を迎えたのだが、彼女が姿を現わしただけで、現場の空気がガラリと変わり、その効果たるや驚くべきものがあった。10/29

陥落寸前の城塞だったが、少年兵の私は、たった一人で城門にバリケードを張って、雲霞のごとく押し寄せる敵兵に立ち向かおうとしていた。10/30

原口村の原口村長は、芸術愛好家なので、自分が経営している原口旅館に、世界各地の有名無名の詩人、作家、画家、アーティストを招待していたが、その中にランボーならぬランホオが混じっていることを、誰も知らなかった。10/31

私が会社のPCに打ち込んだ「これでも詩かよ」という原稿が、全社員に向けて発信されてしまったので、私は一躍、会社随一の「これでも詩人」と目されることになってしまった。10/31

 

 

 

人とそのお椀 02

 

山岡さ希子

 
 

 

足は揃えている 転ばないのが不思議なバランス 倒れかかる 風に揺れる あるいは浮いている 飛んでいる 落ちるところ 
椀を口にしている 飲むため それともハーモニカ 両手でしっかり支えている 音が漏れている ズルル 水 お茶 酒 お汁粉 吹く プワー ポーワー

 
 
 

雨の朝に

 

夜から

降ってた

雨は
今朝も降っている

家人は出かけていった

台所で
皿を洗っていて

ふと
てみちゃんのことを思いだした

てみちゃんは
いとこのおねえさんで

ゆっくりと
話す女の子だった

ああ
こんなゆっくり

はなしていいんだ

こんなにゆっくりはなしても
生きているんだ

子どものわたしは

そう
思った

昨日は
家人と相撲を見にいった

裸のお相撲さんたちが土俵で
ぶつかっては

土俵の外に
投げだされてた

裸でぶつかって
負けたり勝ったりしていた

たまに笑わせていた

帰りは相撲の絵の座布団を抱えて
駅まで歩いた

風が
冷たかった

花冷えというのだったろう

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その38

 

佐々木 眞

 
 

 

お母さん、一部って、なに?
全部じゃなくて少しってこと。

圧死って、ぺっちゃんこになることでしょ?
そうだよ。コウ君、すごいこというね。誰が圧死したの?
分かりませんお。

立って、立って。立ってご覧って、気をつけのことだよ。
立っては、起立することだよ。
立って、立って。立って、立って。

マサミ先生、町田だったでしょ?
そうだね。
マサミ先生、亡くなったでしょう?
そうだね。

お父さん、SMAPやめたの?
うん、解散したよ。

「転校生」で、蓮佛さん、死んじゃったでしょう?
うん、死んじゃったね。
かずおとかずみ、入れ換わったちゃったでしょう?
うん。入れ換わったね。

お父さん、ぼく常用漢字と人名漢字好きですお。
そうなんだ。当用漢字は?
常用漢字と人名漢字ですよ。

ぼく、タマネギ好きですお。
そう、良かったね。カレーライスにいっぱい入ってるよ。

お母さん、しょっぱいって、なに?
塩からいことよ。
お父さん、しょっぱいの英語は?
ソルティだよ。

お母さん、サトイモ煮るの?
そうよ。

あ、ドッコイ、ドッコイ。
ドッコイ、ドッコイ。

お母さん、ヒロシさん「オトナ高校」見た?
見たでしょう。

お母さん、素晴らしいって、なに?
すごくいいことよ。

ミワさん、良くなりますように! お母さん、ぼく、言いましたよ。
ありがとう。

ぼく、アキちゃん、好きですお。
そう? お母さんもよ。

お母さん、ガラクタって、なに?
いろんなもんがいっぱい、よ。

お父さん、ぼく、先に帰ります。
分かった。気をつけてね。

神さまって、なに?
上の方で、私たちのことをみているひとよ。
神さま、神さま。

お母さん、セデス、頭痛いときでしょう?
そうね。

お父さん、キクチモモコ、脳溢血で亡くなったよ。
そうなんだ。何のドラマで?
「ダイアリー」だよ。

お父さん、脳溢血の英語は?
はて脳溢血、脳溢血、脳溢血ねえ。分かりません。

お母さん、おじいちゃん、どこに勤めていたの・
電電公社よ。
デンデンのデンは電気のでん?
そうよ。

お父さん、先輩の英語は?
そうねえ、シニアかな。
なに、なに?
それともオオビーかな。
なに、なに?

お父さん、あした11時に、大船の「とん田」に行きますよ。
そう。一緒に行こうね。

お母さん、セイザブロウさん死んで、ミワさん泣いてた?
泣いてたと思うよ。

ぼくは高田馬場好きですよ。
そうなの。
高田の馬場。高田のばばあ。
高田の馬場に、何があるのかなあ?
高田のばばあ。高田のばばあ。

なお、ってなに?
そして、だよ。

お母さん、夏はナツミの夏でしょう?
そうだね。
お父さん、ぼくはナツミです。
こんにちはナツミさん。

お父さん、11時に「とんでん」行きますよ。
うん、行こうね。

お父さん、どっちみちの英語は?
エニイウエイかな?
どっちみち、どっちみち。

ぼく、「おっとっと」好きですお。
そう、良かったね。

お父さん、金八先生、「学校へ帰ってこいよ」といいましたよ。
そうなんだ。誰に向って。
みんなに。

人名用漢字、印刷して、お母さん。
はい。
お母さん、もう終わりにしてね。人名用漢字よ。

お母さん、「我々は破壊しなければならないのだ」てなんのこと?
「我々は壊さなければならない」、ということよ。

お母さん、様々って、なに?
色々ということよ。

お母さん、堤供ってなに?
差し上げることよ。

お母さん、「わろてんか」おもしろかったよ。
お母さんも、おもしろかったよ。
わろてんか、わろてんか。

京王線、ちょっと揺れる?
うん、ちょっと揺れるね・

人工呼吸って、なに?
自分で呼吸できなくなったら、機械で呼吸出来るようにすること。
人工呼吸、くるしいの?
さあ、どうかな。

お父さん、バージョンって、なに?
そうねえ、いろんなタイプのことだよ。

たもつって、なに?
元気でいることよ。

お母さん、前カラオケで、ピッピとやりました。
そう。
ピッピ、ピッピ。

リョシュウて、なに?
どういう字を書くの?
旅の愁だお。
それはね、旅をしていて悲しくなることだよ。

京浜東北線、新しい駅ができるの?
え、山手線じゃないの?
高輪ゲートウエイ、京浜東北線だよ。
そうなんだ。

お父さん、タケの英語は?
バンブウだよ。

お父さん、カエデ、もみじでしょ?
そうだね。

お母さん、オオヤさん、好きになったんですよ。
そう、良かったね。お母さんも好きよ。

お父さん、綾部におばあちゃん2人いた?
いたねえ。

お父さん、ぼく、トノサキさん、好きですよ。
そう。お父さんも好きだよ。

ぼく、「醜いあひるの子」好きですお。
どんなおはなしだったっけ?
分かりませんお。

ぼく、四国好きですお。
そうなんだ。四国のどこが好きなの?
ぜんぶ好きですお。
そうかあ。

今日、豚汁とお赤飯にしてね!
分かりました。

せめてって、なに?
それだけでも、よ。

お父さん、ミイラ、骨だよね?
そうねえ、だいたい骨だね。

お母さん、ぼくねえ、ナデシコ好きですお。
そう。お母さんもよ。
ナデシコ、ナデシコ、ナデシコお。

お父さん、大杉漣、怒ってたよ。
そう。怒るなよ、っていいなよ。
大杉漣、大杉漣、大杉漣。

ミワさん、採血した?
したと思うよ。

綿はオクラに似てるでしょ?
うん、似てるね。

お母さん、収穫って、なに?
えーと、得るものよ。

経験って、なに?
やってみることよ。

朗らかって、なに?
明るくニコニコしていることよ。コウ君朗らかだよね。
朗らか、朗らか、朗らか。

ずいぶん大きくなったね、とユカリさんいったよ。
いつ?
だいぶ前に。

サッチャン、幸せでしょ?
うん。
サチ、サチ、サチ。

お父さーん、「任侠ヘルパー」のメイサ、怒っちゃったよ。
そうなんだ。

コウ君、お父さんはコウ君のこと、大好きだよ。分かってますか?
はい、分かってますよ。
あなた、あんまりそおいうこと言わない方がいいわよ。

お母さん、一晩中てなに?
ずーーーと、よ。

どうやって水を湛えればいい?
お水を入れればいいのよ。

お父さん、ごはんにしよ。
はい。
お父さん、ごはんにしよ。
はい。
お父さん、ごはんにしよ。

 

 

 

くり返されるオレンジという出来事 3

 

芦田みゆき

 
 

11月17日

私は目撃した。
少女は老人と手を繋ぎ、路地裏に敷かれたボロボロの布団にくるまって死んでいた。驚いた私が瞬きをする間に、少女の死体は消えた。
老人は上半身を起こして、手のひらにのせた乾いた種を数えている。それから私をにらみつけた。私はうつむき、大急ぎで立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲 あそこ 薄紫

 

駿河昌樹

 
 

雲があのあたり
指のように下りてきている
煙のように

薄紫色がかっているので
薄紫のように
と言ってみたく思うが
日本語は許してくれないだろう
どこの言語なら許してくれるだろうか

そんな許しを求めて
求め
求めて
詩歌のかたちを借り続けてきたが
詩歌でさえ
めったなことでは
許してくれない

雲 あそこ
指して 下りてきている
薄紫して


すこし近づく

下りてきている
でさえ
ひどく離れた嘘の言い方で
ほんとうなら

下り 来 る

ぐらいに言いたい

わたしは
ほんとうに
助詞
助動詞

きらいだ

それらを多用した詩歌
それらに頼った詩歌

ほんとうに
きらいだ


助詞
助動詞

わたしだって
使っている
浸かっている


あそこ
薄紫

 

 

 

正真正銘真正の火宅なんだから

 

駿河昌樹

 
 

世の中を舐めてかかってはいけないとか
世間を馬鹿にしてはいけないとか
そんなお説教をチラ見せする人がいまでもたまにいるし
大上段から振りかぶって投げつけてくる
陳腐な絵にかいたような精神的老人型もいるが
フクシマ以後ではなく
フクシマの原発事故処理の徹底的なゴマカシ以後
いわゆる「世の中」や「世間」の痴呆状態は露呈されたわけで
フクシマ以後「世の中」や「世間」を馬鹿にしないことは野蛮である
とアドルノめかして言い切っておきたいとさえ思う*
「アウシュヴィッツの後で詩を書くことは野蛮である」と記した後
「物象化は精神の進歩をみずからのさまざまな要素のひとつとして前提としていたが、こんにち物象化は完全に精神を呑み込もうとしている。自己満足的な観照という姿でみずからのもとにとどまっている限り、批判的精神はこの絶対的な物象化に太刀打ちできないのである」
とアドルノは続けたが
思えばなんと
いまのニッポンは
自己満足的な観照という姿でみずからのもとにとどまっている人人人……
ばかりではないか
とうに精神の死んでいる人人人……が
桜を見てまわったり
夕日のなかで家族的観照に感傷的に浸っていたり
あれはスゴイ!だれはスゴイ!
ステキでしたよぉ!
これってホントおいしい!
どんどん素晴らしいビルが出来てきますねぇ!
とんでもない才能に脱帽するしかないです!
なんとしても新たな風を政治に!
などなどの空言キャッチボールや空言胞子撒き散らし遊びを
しているだけ
それだけ

まぁ
よほどの天才的な発明でもなされないかぎり
数百年は死の放射能出っつづけのフクシマを抱えて
子子孫孫
天文学的負債を背負って滅びに向かっていくだけのニッポン列島人だから
しょうがないと言えばしょうがなくて
たゞたゞ精一杯の明るさを
けなげに
はかなげに
あらんかぎりの心のちからを出し切って装って
太宰治が『右大臣実朝』に書いた
「平家ハアカルイ、アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。
「人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。
なんて
読んだことも読む気もないだろう気やすさで
読書量の徹底的な少なさで
文字情報と文字情報リテラシーの少なさで
視野のしやわせ…おっと、違った、しあわせな狭さで
行くんですね
逝くんですね
がんばってね

ちょっとはアドルノとかも見てみてね
ルカーチの物象化概念を敷衍したともいえる
アドルノの物象化論は
マルクスの商品化論と
ヴェーバーの合理化論を継承していて
そのあたりをまとめておさらいし直せば
フクシマの原発事故処理の徹底的なゴマカシ以後状況を
もっとポップに言い換えればフクシマゴマカシを
超克する精神や方法論を導き出せるきっかけになるかもしれないから
見てみてね
とにかく
なんとか
自己満足的な観照という姿でみずからのもとにとどまっている人人人……
であるのは
やめていこうよ
あらゆることにもっともっと正しく不満になって
もっともっとあたふたして
じぶんなんてすっかり失って
こころここにあらずでとりみだしてばかりの
あらまほしき姿にしっかりとなって

そんな状況なんだから
正真正銘真正の火宅なんだから

 
 

*アドルノ『プリズメン』
「アウシュヴィッツのあとで詩を書くことは野蛮である。物象化は精神の進歩をみずからのさまざまな要素のひとつとして前提としていたが、こんにち物象化は完全に精神を呑み込もうとしている。自己満足的な観照という姿でみずからのもとにとどまっている限り、批判的精神はこの絶対的な物象化に太刀打ちできないのである。」

 

 

 

走ってきた

 

走ってきた

今朝も
川辺の柵にもたれて

ところどころ
やすんで

走ってきた

海辺の病院まできた

子どもの頃
夏に

川を流れていった

裸で
流れていった

顔が太陽に焼かれて
青空をみてた

流れていった

いつか
どこかに

行き着くだろう

海辺の病院は

義母が
入院していた

たくさんの老人たちが
ベッドの上にいた

呻いていた

ヒトは

いつか
行き着くだろう

昨日
この国の首相がニヤリと笑うのをテレビでみた

そこじゃないと思った

昼過ぎに
焼津の蕎麦屋で

よもぎ蕎麦を食べた
風が流れていった

蕎麦屋では
手ひねりの粘土細工を買った

くじらと
オットセイと

馬のつらだった

それから
紺染の綿の褌も買った

いつか
流れていこう

裸に
褌をして

流れていこう