鈴木志郎康詩集『とがりんぼう、ウフフっちゃ。』(書肆山田)を読んで その2

 

辻 和人

 
 

志郎康さんの詩には、意味不明な、ナンセンスな事柄をモチーフにしたものが数多くある。
あの有名な「プアプア詩」がそうであるし、1990年刊行の詩集『タセン(躱閃)』などは全編がナンセンスそのものと言っていい。比較的最近の詩では、『ペチャブル詩人』の「キャー」の詩が好例だろう。「キャーの演出」の冒頭部分は次のようなものである。

 

今、部屋の中にいて、
誰もいないのを見定めて、
思いっきり、
キャー、
と叫んでみる。

 

一人っきりの部屋でふざけてバカなまねをしてみるなどということは誰でも経験があるだろうが、この詩はそうした意味ない行為を真正面から取り上げている。しかし、この「意味ない」とはどういうことだろうか? 生活の役に立たず、仕事や学問という見地で価値がない、つまりざっくり言えば、生産性が認められないということだろう。では、「生産性」はどういう風に認められるのか、と言えば、それは他人との関係においてであろう。汚れた衣類を洗濯することは、他人から見て一般的な価値が認められる。衣類を身に着けることは社会性ということと密接な関係があり、どこの誰であろうと、きれいな身なりをする場合にはプラスの社会性が付与され、だらしない身なりの場合はマイナスの社会性が付与される。「プラス/マイナス」で判断できる社会性を、生産性があるとかないとか言い換えることができるだろう。では、「キャー」の場合はどうなのか? キャーと叫んだところで何が起こるわけでもない(せいぜい「猫がびっくり」するくらいだ)。生産性がないという言い方もできるだろうが、正確には生産性という概念と無縁の行為であると言えるだろう。この、生産性とは無縁の行為は、実は、生きる衝動というものと密接に結びついている。生きるということは時間の中に存在するということであり、時間の中で存在する限り、個体は待ったなしで行為し続けなければならない。待ったなしである限り、日常における無数の行為の大半は練られた思考の結果としてではなく、衝動的になされるしかない。「キャー」は、この生産性とは無縁な生きる衝動を、言語化し、可視化させる試みと言えるだろう。

 

詩集『とがりんぼう、ウフフっちゃ。』には、生産性という概念では測れない、この生きる衝動を端的にテーマにした作品が幾つか収められている。表題作である「とがりんぼう、ウフフっちゃ。」の連作がその典型例である。

 

尖った
尖った
とがりんぼう、
ウフフ。
とがりんぼう、
ウフフっちゃ。
ウフフ。

 

とがりんぼうとは何か。それはわからない。「俺っちの、/禿げてきた/頭のてっぺんってか。」と自問しかけるが、即座に「違う、違う、/違うっちゃ。」と打ち消してしまう。尖ったという特徴を持つ「とがりんぼう」は、どうやら「春の気分」の中から生まれたものであるようだが、それが具体的にどんなものであるのか、生みの親である「俺っち」にもわからない。但し、「ウフフ」という擬態語からわかるように、意味が特定されないままふっと生まれてしまった「とがりんぼう」という存在に、「俺っち」は強い愛着を示している。

「続とがりんぼう、ウフフっちゃ。」は、「とがりんぼう」への更なる執着を描いた詩。

 

急げ、
急げ、
追いかけろ、
摑まえろ、
とがりんぼうを
摑まえろ。
それしかないっちゃ。

 

「夜明け前の/3時を回ったところ」で目が覚めてしまった「俺っち」は、何と「とがりんぼう」の捕獲について考え始める。

 

今や、
とがりんぼうは、
外に出たっちゃ。
ということは、
中に入ったってこっちゃ。
二本杖でも外歩きできない、
ベッドで横になってる
俺っちの
頭の中に、
入っちまったってこっちゃ。

 

奇妙に厳密な論理の展開がおかしい。「俺っち」は「とがりんぼう」が気まぐれな思いつきの産物であることを自覚しており、かつ、自身が不自由な態勢であることを自覚している。身体は不自由だが、脳髄の運動は自由闊達そのものであり、その闊達さをイメージ化させたものが「とがりんぼう」なのである。実体はなく、何かの事象の比喩でもなく、尖っていそうだというぼんやりした印象の他は視覚的な特徴さえ持たない。が、それでも言葉の世界の中では生き生きと存在している。そんな「とがりんぼう」を、ベッドから離れられない「俺っち」は、脳髄をぐいぐいと動かして夢中で追いかける。生産性とは無関係な、純粋に存在するものを愛でる悦びが、ここに横溢している。

「続続とがりんぼう、ウフフっちゃ。」では、「とがりんぼう」に執着することに対する考察が展開されている。高名な数学の教授が弟子たちに、学問に没頭しなければならないということを語った文章を新聞で読み、こんな風に呟く。

 

早速、俺っち、
この言葉をもらったっちゃ。
「朝起きた時にきょうも一日とがりんぼうをひっ捕らえて詩を書くぞと思っているようでは、ものにならない。とがりんぼうを尖らせ詩を考えながらいつの間にか眠り、目覚めた時にはすでに詩の世界に入っていなければならない」
ってね。

 

「俺っち」は教授に同意するかに見えるが、次の瞬間には態度を翻す。

 

ものにならない、
ものになる、
ものにならない、
ものになる。

ものになる数学って、
なんじゃい。

 

教授が口にした「ものにならない」という言葉を捕らえて、「俺っち」は鋭く反論する。

 

とがりんぼうを
摑まえて、
尖らせ、
ものになる
詩って、
なんじゃ。
人類の詩の歴史に傑作を残すってことかいなあああ。
ケッ、アホ臭。

 

とがりんぼうを摑まえる行為はその人の内発性によるからこそ輝くのであり、外部からの評価、つまり生産性という点から価値を認められても空しいだけなのだ。

 

俺っちが、
とがりんぼうの
尖った先で、
言葉を書くと、
その瞬間、
火花散って、
パッと燃え尽き、
灰になっちゃうってこっちゃ。

 

この部分は、志郎康さんのどの文章よりも、「極私」の意味の核心を端的に突いているのではないかと思う。「俺っち」の気まぐれな空想から生まれた頼りない「とがりんぼう」という存在は、ただただ尖らせたいという「俺っち」のなりふみかまわない意志によってのみ「火花」が散るのであり、その後「燃え尽き」「灰になっちゃう」ことはむしろ望むところであり、それによって、

 

そこに、
新しい時間が開くっちゃ。
嬉しいって、
素晴らしいって、
ウフフ、
ウフフっちゃ。

 

という、生きて意志することの深い悦びが生まれる。

私は、こうした発想が、鈴木志郎康という人の詩の心臓部を形作っているのではないかと思う。「ナンセンス」という事態が生じるのは、言葉にならないものが言葉にされ、意味をなさないところに意味が与えられた時である。通常の社会生活において意味を持たない何かが、誰かが意志をもって言葉でもって名指すことにより、突如として存在を与えられる。すると、生産性という点で何の価値も認められなくても、「ナンセンス」は存在としての確かな力を獲得することになる。存在するものは存在するというだけで意味があり、意志は意志するというだけで意味がある。逆に言えば、「ナンセンス」という概念は、生産性という要素を抜きにして、存在すること自体に意味を見出すことにより成立するものなのだと言える。そこには、その存在を強く希求する「人」がいる。「ナンセンス」は一見不条理に見えても、そこには何らかの条理を見出す「人」がいなければ成立しない。志郎康さんは、他の誰にも見えなかったある条理を、強い意志の力でぐいと可視化させる。通常見えないものを見えるようにするには多大なエネルギーがいる。わざわざ可視化させるということは、それがどんなに見慣れないグロテスクな姿であっても、受け止めてくれる「人」がきっといるだろうと期待する気持ちが作者にあるからだ。生産性という回路を通らずに、「人」から「人」へと意志が伝わる。このプロセスを希求する態度が「極私」なのではないだろうか。

浮かない心情を綴った「重い思い」の連作6編にもこうした態度が顔を出す。体が思うように動かないことからくる不安や、右傾化する世の中に対する不満が「重い思い」を生じさせるのだが、言葉はそうした「重さ」に反発するかのように軽やかだ。「その三」には「重い思いが、/俺っちの/心に/覆い被さってくる。」という呟きの後、突如として次のようなフレーズが挿入される。

 

ドラムカン
あれれ、
空のドラムカン。
空のドラムカンが横積みにうず高く積み上げられてる。
空のドラムカンが転がされてる。
ドラムカンが転がされてる。
あれれ。

 

ドラムカンは中に工業用の液体などを詰めて保管することで用をなすものであり、空の状態では何かの役にも立っていない。それなりの重量はあるが、形が円筒なので地面に置けばちょっと力を加えただけでごろごろ転がってしまう。体を自由に動かせない「俺っち」にも少し似ているかもしれない。「俺っち」は、そんなドラムカンと自身を重ね合わせいるのだかいないのだか、とにかく、ドラムカンが転がる光景を想像して束の間楽しむのである。この詩におけるドラムカンは、現実にあるものとして描かれるでもなく、何かの事象の比喩として描かれるでもない。生産的な観点では、「俺っち」とドラムカンの関係は実に微妙である。しかし、言葉によってイメージ化された途端、ドラムカンは強い存在感を漂わせるではないか。散文では説明尽くせない、「俺っち」とドラムカンの微妙な関係の条理が、詩の言葉によって明確に示されていると言えるだろう。

似たようなテーマの詩として「大男がガッツイ手にシャベルを持って」がある。「俺っち、/どうしていいか、/わからんちゃ。/いい加減な大きさの、/軽いボールだっちゃ。」で始まるこの作品では、「俺っち」自身がボールになって坂をコロコロ転がっている。そのうちに、

 

ガッツァ。
鉄のシャベルだっちゃ。
大男だっちゃ。
怒り肩の大男が現れたっちゃ。
大男はガッツイ手でシャベルを掴んで
地面に穴をけっぽじって、
ボールを埋めたっちゃ。
コロコロを、
忘れろっちゃ。

 

何とも不思議な展開の詩である。ボールになって坂を転がっていくうちに大男が現れて穴に埋められてしまう。この詩を試しに散文的に解釈すると、不自由な体のため他人との交流が少なくなってしまった人間が、無為な雑念に囚われる自分を諫める、ということにもなろうか。しかし、この詩から受ける印象は、今書いたような荒っぽい解釈から生まれるであろう印象とは全く異なるものである。第一に、「俺っち」は、無為な行為や思考をしているのではなく、ボールになってコロコロ転がっている。第二に、「どうしていいか、/わからんちゃ。」は、反省をしているのではなく、転がって埋められて、さあどうしましょう、ということである。空想上でのことであっても、具体的な行為、場所、相手が問題になるのであり、意味の生産性は問題にされていない。

「糞詰まりから脱却できて青空や」もナンセンスという観点で読むと極めて面白い。腰を痛めてしまった「俺っち」は、トイレに行くが、「腰が痛くて踏ん張れないから、/糞が出ないっちゃ。」という事態に陥る。そこで訪問看護師さんを呼んで大便を掻き出してもらうという壮絶な体験をすることになる。その様子が詳しく描写された後、

 

ようやくのことで、
詰まった糞が掻き出されたっちゃ。
ふっふう、ふうう、ふう。
気持ちが晴れたっちゃ。
腰はイテテでも、
青空や。
看護師さん、ありがとうっちゃ。
ありがとうっちゃ。

 

この壮絶な体験の後の「気持ちが晴れたっちゃ」という心の呟きが「青空」につながり、俳句のようなタイトルになるのである。この詩を読んで、「大変だったろうなあ、自分はこんな体験はしたくないなあ」と青ざめる人はまずいないだろう。大抵の人は壮絶な体験の後の「青空」の美しさが心に残り、ほっとした気持ちになるだろう。志郎康さんは延々と続く暗がりの果ての晴れやかな青のイメージを念頭に置きながら、大便を他人に掻き出してもらう過程を細密に書き進めている。過程が困難だからこそ、潜り抜けた後に出現する「青空」が眩しく感じられるのだ。「青空や」の「や」は、「気持ちが晴れる=青空」という比喩として単純で効率の良い回路を通じてではなく、俳句として「青空」の自律的な意味合いを味わってもらうために、わざわざ付け加えられたものなのであろう。

志郎康さんの詩には政治的・社会的な問題を扱ったものも多いが、そうしたものも「ナンセンス」という観点で読んでみると新しい発見があるように思う。前に触れた、オバマ元大統領の広島来訪に関する詩でも、来訪の意味を確定させた上で、確定された意味合いを詩の言葉で改めて表現するという手段を志郎康さんは取らない。来訪について、「俺っち」があれこれと考えつつある姿が、詩の言葉によって読者に手渡されるのである。

あることについての考えではなく、考えつつある姿、つまり話者の思考の身体性が、ダイレクトに手渡されるのだ。確定された意味が詩によって再現されるのでなく、意味が瞬時瞬時に生成されていく現場に、読者は立ち会わされる。作者の身体に根差したその現場は、「極私」と呼ぶしかないもので、意味が認められていなかった領域に独自の意味が立ち上がること、つまり「ナンセンス」という概念に裏打ちされている。但し、「ナンセンス」はしっかり可視化する工夫をしなければ他人には何だかわからないものになってしまう。そこで、志郎康さんは、前の稿で書いたような「近さ」を演出する方法を取り、作者の「ナンセンス」に読者を巻き込んでいくのである。志郎康さんの中でこうした考え方が尖鋭化されていったのは、SNSの経験を通じ、読者と、今までになかったような濃密な人間関係を構築したいという欲求が芽生えたからではないだろうか。詩を書くことは新たな人間関係を築いていくこと、『とがりんぼう、ウフフっちゃ。』を読むと、そんな風に思えてくるのである。

 

 

 

鈴木志郎康詩集『とがりんぼう、ウフフっちゃ。』(書肆山田)を読んで その1

 

辻 和人

 
 

鈴木志郎康さんはこのところ毎年のように詩集を出している。『ペチャブル詩人』(2013)『どんどん詩を書いちゃえで詩を書いた』(2015)『化石詩人は御免だぜ、でも言葉は。』(2016)というペースである。その前の詩集は『声の生地』(2008)だから(初期の詩を集成した『攻勢の姿勢』(2009)がある)、詩を書くことに対する意気込みがこの数年で異様に高まっているのが感じられて、志郎康さんの詩を愛するものとして嬉しい限りだ。これらの詩は、更新頻度の高いさとう三千魚さんのブログ「浜風文庫」に掲載されており、FACEBOOKやTWITTERを通じて拡散されている。詩をSNSで発表すると、「いいね!」がついたり感想が寄せられたりリツィートされたり、読者のリアクションがある。つまり、詩の言葉の先に「人」がいるのが実感できる。ここ数年の志郎康さんの詩は、人に語りかけるスタイルで書かれているが、ここには恐らくSNSという発表媒体が影響している。志郎康さんはFACEBOOKに、詩の他にも庭に咲いた花の写真なども投稿されているが、こういうことも含め、読者は「志郎康さん」という人のイメージを頭に置きつつ詩を読むことになるだろう。
詩が人から生まれて人に届くものであるという単純な事実をリアルタイムで噛みしめられるのが、SNSで発表する際の面白さだ。活字媒体ではこうはいかない。

本詩集において、志郎康さんはこの読者との「近さ」の感覚を演出するために「俺っち」という一人称を使う。私は個人的に志郎康さんと何度もお会いしたことがあるが、自分のことを「俺っち」と言ったことを聞いたことがない(当たり前だが)。日常的に「俺っち」を主語にして話す人はほとんどいないだろうが、あえて使う時は、自分を茶目っ気のある存在としてアピールしたい時だろう。「俺っち」という一人称を使うことによって、「カッコつけず本音を包み隠さず喋りかける庶民」として発話していることを、抜け目なくアピールしていると言える。

しかし、この「近さ」は、SNSの読者の頭にある漠然とした「志郎康さん」のイメージに素直に沿うものではなく、むしろそれを攪乱するものである。「俺っち」は、読者に共感を期待することはあっても同調を求めようとしない。

「俺っち、三年続けて詩集を出すっすっす」は「俺っち、/ここ三年続けて、/詩集を出すっちゃ。/八十を過ぎても、/いっぱい/詩が書けたっちゃ。/俺っち/嬉しいっちゃ。」という何やら「うる星やつら」のラムちゃんのような弾むような口調で軽快に始まるが、

 

詩集って、
詩が印刷された
紙の束だっちゃ。
書物だっちゃ、
物だっちゃ。
物体だっちゃ。
欲望を掻き立てるっちゃ。

 

のように、詩集のモノ性(それは詩の言葉自体とは性質の異なるものだ)について言及し、

 

この詩集ちう物体は、
人の手に渡るっちゃ。
肝心要のこっちゃ。
詩を書いたご当人が
詩人と呼ばれる、
世の中の
主人公になるってこっちゃ。

 

詩集の流通が詩人のヒロイックな気分の形成につながることを指摘し、しかし、

 

せいぜい、
認めてくれるのは、
知人か友人か家族だけだっちゃ。
それでも、
いいっちゃ。

 

と、開き直った上で、

 

この世には、
物体だけが、
残るっちゃ。
ウォッ、ホッホ、
ホッホ、ホッホ。

 

詩を生み出す意識は肉体とともに滅びるが、詩集という物体は残るという身も蓋もない事実を告げ、不気味(?)な笑いとともに終わる。

新詩集ができたという単純な喜びがみるみるうちに形を変えていき、読者は出発点からは想像もできない地点に運ばれてぽとんと落とされる。「俺っち」は、読者の前で一人漫才をするかのようにボケとツッコミを繰り広げるが、ここに浮かび上がってくるのは、詩と詩集、詩を書くことと詩人として認知されること、の微妙な関係である。この詩集には「俺っちは良い夢を見たっす」という作品が掲載されている。一人の女性が木を削りながら、どうしたら一つ一つの木片を生かすことができるか悩んでいる、という夢を見たことを書いたものだが、女性の意識は木片に集中しており、結果としてできあがった何かをどうこうしようというところまでは考えない。芸術作品の創作は、内側から沸き起こってくる衝動に忠実な、純粋な態度で行われるのが理想であろう。しかし、その衝動が完成した作品となり、更に発表されると、世間との複雑な関係が生まれ、最初の純粋な気持ちとは違うものが生まれてきてしまう。表現には、内から溢れる衝動を誰かと共有し、共感してもらいたいという願望が内包されているが、それを越えて、虚栄心や功名心が芽生えることもある。その線引きは難しい。「俺っち、三年続けて詩集を出すっすっす」は、詩集の完成を喜びながらも、その詩集を「物体」として敢えて突き放すことによって、表現が辿る複雑な道筋を、ボケとツッコミを一人で繰り返しながら繊細に可視化させていると言える。

このボケとツッコミ話法は、志郎康さんの作品にはよく見られるものであったが、本詩集ではこれまで以上に凝った使い方がなされている。

「ピカピカの薬缶の横っ腹に俺っちの姿が映ったっすよね」は「トイレの帰り、/ガスコンロに乗った薬缶の横腹に、/俺っちの上半身裸の体が映ってたっすね。」というきっかけから、原爆投下時の広島において爆死した人の影が周囲の物に残ったことを連想し、更にそこからアメリカのオバマ元大統領の平和公園での献花の様子に想いを馳せる。演説を聞いた「俺っち」は、

 

原子爆弾を落として、
広島市民に死をもたらしたのは、
米国のB29エノラゲイじゃなかったのかいなって、
ぐっときたっす

 

のように、オバマ元大統領の「死が降ってきた」発言に疑念を示すが、直後に、

 

米国が持ってる数千発の核兵器を
即座には捨てられないんだなっちゃ。
思いとかけはなれてて、
結構、辛いのかもしれんっちゃ。

 

政治家としての立場と個人としての想いに引き裂かれるオバマ元大統領に同情を示した上で、

 

核攻撃の承認の機密装置を
傍らに、理想を語る
大統領という役職の
男の存在に、
あの目を瞑った顔のアップに、
俺っち、
ちょっとばかり、
ぐっときちゃったね。
ウウン、グッグ。
ウウン、グッグ。

 

と元大統領来訪の感想を締める。「俺っち」は「ぐっと」とくるが、それは「ちょっとばかり」であり、「ウウン、グッグ」というふざけた調子の音が後に続く。立場と想いの間で揺れる元大統領に対し、「俺っち」も反発と同情の間で揺れている。対象を突き放すのでも入れ込むのでもなく、近づいたり離れたり。読者は、「俺っち」の脳髄の柔らかな運動にリアルタイムでつきあうことになる。元大統領も「俺っち」も、「薬缶の横っ腹」に姿が映るような(それはいつか掻き消えることを暗示する)物理的に不安定でかよわい存在であり、同時に強い感情を備え、時には冗談も口にする、「人」という存在だということが実感される。その実感は、読者自身にも跳ね返ってくることだろう。

「雑草詩って、俺っちの感想なん」と「昨年六月の詩『雑草詩って俺っちの感想なん』を書き換える」は対となる作品だが、連作というには何ともユニークな造りをしている。「雑草詩って、俺っちの感想なん」は前の詩集『化石詩人は御免だぜ、でも言葉は』の校正刷りを手にした時のことを書いた詩である。

 

日頃のことが
ごじょごじょっと書かれた
俺っちの
詩の行が縦に並んでるじゃん、
こりゃ、
雑草が生えてるじゃん、

 

という新鮮な発見が基になっている。まず、前詩集について書くのに、その内容ではなく、縦に文字が並んでいるという外観に着目するのが面白い。「俺っち、三年続けて詩集を出すっすっす」と同様、自分の詩集を自分から手が離れた一個のモノとして眺めるという態度がここでも示されている。その発見について「俺っち」は、

 

いいぞ、
雑草詩。
こりゃ、
俺っちにしては
すっ晴らしい思いつきだぜ。

 

と自らを茶化すように、しかし浮き立った調子で書くのだ。だが、「いいじゃん、/いいじゃん、」と盛り上がっていた気分は時間がたつにつれトーンダウンしていく。

 

雑草詩なんちゃって、
かっこつけ過ぎじゃん。
なんか悩ましいじゃん、
なんか悔しいじゃん、
なんかこん畜生じゃん、

 

詩の始まりと逆の地点に流れていって、読者はおやおやっと肩透かしを食ってしまう。思いついた当初は盛り上がっていたのに翌日にはアイディアの欠点を見つけてシュンとしまうなどということは、日常よくあるだが、詩のテーマになることは少ない。この詩は、詩の言葉というものは、本来他人に管理されるものではなく、各々の自己の欲求のままにたくましく生え出てくるものだという主張から始まっている。この主張自体は決して間違っていないだろう。が、ここで「雑草」という比喩を使ってしまったことに、「俺っち」は気が咎めている。「雑草のようにたくましい」というような比喩の通俗性が、詩を書く意識に余計なヒロイズムを付与することに、嫌悪の情を示しているのだろうなあと思う。
十分ひねりのある詩に見えるが、志郎康さんは更にこの詩を素材にしてもう一編の詩を書く。それが「昨年六月の詩『雑草詩って俺っちの感想なん』を書き換える」である。

 

俺っち、
自分が去年の六月に書いた詩を、
書き換えたっちゃ。
書いた詩を書き換えるっちゃ、
初めてのこっちゃ。
雑草詩って比喩の
使い方が気に入らないっちゃ。

 

こんな調子で始まり、何とこの後、書き換えた詩がまるまる挿入されるのである。

 

俺っちは
雑草って呼ばれる草の
ひとつひとつの名前を
ろくに知らないっちゃ。
いい気なもんだっちゃ。

 

そもそも雑草とは何かということを問う方向に「俺っち」の思考は動いていき、

 

雑草って比喩は、
有用な栽培植物に向き合ってるってこっちゃ。
有用が片方にあるってこっちゃ。
有用な詩ってなんじゃい。

 

雑草という概念が「無用/有用」の枠に囚われたものであることに気づいて、そこから詩作とは何かを問い直していく。行きついた先は、

 

詩を書くって、
ひとりで書くってこっちゃ。
ひとりよがりになりがちだっちゃ。
でもね、
誰かが読んでくれると、
嬉しいじゃん。
共感が欲しいじゃん。
読んだら、
話そうじゃん
話そうじゃん。
じゃん、
じゃん、
ぽん。

 

何とも素直でシンプル。でもこれは、詩を書き始め、熱中していく過程で誰しも思うことだろう。気になって仕方がないが普段口に出して言うことが難しいことでも、一生懸命詩の言葉という形で表に出せば、誰かにわかってもらえるかもしれない。このわかってもらいたいという気持ちは、詩人として評価されたいというようなこととは別の、人間として自然な感情だ。「俺っち」はこの自然な感情を大事にしたいのだろう。それが「話そうじゃん」と具体的な行為への呼びかけに結びつく。さて、この素朴な結論は、「雑草詩」という概念の提出、疑問、否定という過程を得て導きだされたものである。結論は素直でシンプルだが、ここに至る過程は素直でなく、曲がりくねっていて複雑である。「俺っち」は読者にこの過程をじっくり見せてくれる。詩を丸々一編書き換えてまで。コロコロと身を翻し、ボケとツッコミを繰り広げながら、生きている人間ならではの凸凹した思考の道筋をじっくり見せてくれるのである。

こうした方法によって、話者と読者との緊張感ある「近い」関係がしっかりと形作られる。額縁にはまらない、一筋縄ではいかない「俺っち」の動きある思考の活写が、読者に時間の共有を促すのである。「俺っちは今こう考えているが、次にどう変化するかわからない。その変化の様子は逐一伝えるから、あなたはそれを捕まえて、あなたも変化して欲しい」とでも言いたげだ。志郎康さんは、読者に違和感を突きつけ続けることにより、作品を挟んで、作者と読者が並走するような関係を築き上げようと試みているように思える。

 
 

*その2に続きます。

 

 

 

ガバッと起きた

 

辻 和人

 

 

よし、結婚してみるかな
布団はねのけガバッと起き出したのだった
ガバッと、
ガバッと、
ガバッと、だ
12月も末に近い、冬休みの1日目
いつものしーんとした冷たさが
重くのしかかってきて
心地良かったんだけど
何故かどうにかこいつを全身の熱ではねのけなきゃって
で、ガバッと起きた
で、相手がいるわけではないから
仲介してくれるトコにお世話になるか、と
で、パソコンの前に座りバチバチ検索していった
バチバチバチ
おっ、ここ良さそうだな
で、窓口に電話をし、午後のアポを取った
ここまで一気
ふぅーっ
ちょっと疲れた
敷きっぱなしになっていた布団に再び潜り込んだ

祐天寺の一人暮らしのアパートで
かまい続けて深い関係になりすぎてしまったノラ猫のファミとレドを
伊勢原の実家に預けることにしたんだよね
時々様子を見に行く
ファミはすっかり実家に慣れておなか出して寝てる
鼻に触って挨拶すると大きな伸びをしてついてくる
後から預けたレドは引っ込み思案でちょっとオドオドしているけど
持ってきたお土産見せたら
膝に前足かけてよじ登られちゃったよ
高い高―いされておヒゲぴんぴんご機嫌のファミ
ふぃふぃ匂いを嗅いできてスリスリ白い体をくねらすレド
ああ、いいよなあ
こういうすごくね
あったかくてね
わふわで湿り気のあるもの
あー、こういうのも
いいんじゃないかなあ
ってね

ずっと一人でいて
その暮らしの、ある硬さとか冷たさとか
気に入ってた
仕事から疲れて帰ってきて
誰もいない部屋の鍵を開けると
しーんとしきった硬質な空気が
ぼくの全身を冷たく包んでくれる
思わず目をつむりたくなるくらい気持ちが良い
ただいまぁ
毛羽立った無言のカーテンがユラユラゆらめいてくれて
まるでオーロラのようだ……

でもさ
あったかくてふわふわで湿り気のあるもの
こういうのも
いいんじゃないかなあって

ここから一気
13時に大手結婚情報サービスの渋谷支店に到着
入口に高価そうなウェディングドレス
ロマンチックなお式のイメージですか
くそっ、ここはぐっと我慢だぜ
やがて若い女性アドバイザーが現れて概略を説明
にこやかな表情を浮かべながらすぐ話を本契約に持っていこうとする
お仕事熱心ですこと
普段のぼくなら「とりあえず持ち帰って検討します」なのだが
何せ今日はガバッと起きた勢いが
背中に張りついている
「いいですよ、契約します。」
アドバイザーの目が喜びに輝いた
「ありがとうございます。それではお手続きを取らせていただきますね。
コーヒーのお代わりはいかがですか?」

帰宅すると
敷きっぱなしの布団にまた遭遇
ぼくが2度目に起きだした時の姿のまま
もっこり、冷たくなっている
長い間親しんできた
しーんとした冷たさだ
いつものようにそれを視覚で抱きしめようとする
でも、あわわ
ぼくは今朝、ガバッと起きてしまったんだ

ふわふわとした湿り気のあるもの
それを
同族である人間の女性を通して求めてみることにしたんだ
求めるってたって
ネットでソレらしき画像を検索した挙句
濡れた指をティッシュでぬぐう形で終わるアレへの興味からでもなければ
飾られていたウェディングドレスの背後に広がる
「素敵な恋愛」への期待からでもない
もっとウェットなもの
前足をかければふぃふぃ匂いを嗅いで嗅がれるようなもの
舌を伸ばせばにゅいにゅい舐めて舐められるようなもの

ただいまぁ、と、おかえりなさぁい、が
この敷きっぱなしの布団の上の枕の弾力でもって
ぷぉんぷぉん押して押し返される、ようなもの

もちろん不安がないわけじゃないんだけど
でも今朝、起きてみたんだよ
ガバッと、
ガバッと、
ガバッと、だ

 

 

 

3人娘が来る!

 

辻 和人

 
 

イチ
ニィ
サン
3人の

来る
来るぞ
やって来る
どうしよ
「ドーシー、ヨォーヨォーヨォー。」
輪っかの形でぷかぷか浮かぶ光線君ののんびりした声
光線君は「お客さん」の重みなんかわからないもんなあ
どうしよぉーよぉーよぉー

互いの家族は別として
結婚してからお迎えするお客様第一号
3人ともミヤミヤの職場に関係する方たちだ
同僚のHさんとWさん
以前職場の医務室に勤めていたMさん
皆さん独身
「これから私の大切なお友だち3人をお迎えしますからね。
かずとん、粗相のないようにしてね。」
イチ
ニィ
サン
3人娘だ

ぼく、慣れてないんだよね
「お客様」ってのに
思えば祐天寺のアパート、誰も入れなかったなあ
母親が一度様子を見に来てくれたきり
ファミちゃん、レドちゃんは毎日来てくれたけどさ
そんなぼくにホスト役が務まるのかな?
昨日は念入りにお掃除
普段サボッてる床の拭き掃除もバッチリやった
散らかり気味だったかずとん部屋も片付けた
約束の正午まで1時間
「かずとん、かずとん。
私、お料理頑張るから飲み物買ってきてくれる?
それから連絡きたらバス停まで迎えに行ってあげてね。」
はーい、はいはい
いなげやで白ワインとウーロン茶とオレンジジュースを買って帰ると
ジィー、ミヤミヤの携帯が鳴った
観念だ

「カーンネン、ネーン、ネン。」
輪っかの輪郭をぷっくぷっくさせながら光線君がついてくる
お気楽でいいな、光線君は
バス停には2人の女性が立っている
あれ、3人じゃない
「辻さんですか? 今日はありがとうございます。
実はWさん急用ができて1時間ほど遅くなりそうなんです。」
小柄で丸顔のH さん
メガネをかけて長身のMさん
3人娘のうちの2人娘
やって来ちゃった
キンチョーしてる場合じゃないぞ
「今日はわざわざ足をお運びいただきありがとうございます。
家はすぐそこです。」

3人娘のうちの2人娘
にこやかだけど
キョロッと目力強し
背丈も髪型も全然違うのにどことなく感じが似てる
「かずとーん、2階を案内してあげてーっ。」
キッチンでいまだ奮闘中のミヤミヤが叫ぶ
「えーっと、ではこちらへどうぞ。階段は急なのでお気をつけてください。」
好奇心をキラキラさせてついてくる3人娘のうちの2人娘
「セボネー、セーボーネー、ザウルスーッ、ココ、セーボー、セーボー。」
工事中の家が恐竜だったことを知ってる光線君
ゆっくり階段を昇る2人の頭上を輪っかになってくるくるくるくる
「ここはフリースペース、このパキラはミヤコが10年育てたものです。」
「ザウルスーッ、アゴー、アーゴー。」
「ぼくの書斎です。
本棚に入りきらなかった本は恥ずかしながら箱詰めして積んでます。」
「キバー、スルドーイー、ザウルスーッ、キバー、バー。」
「こっちが寝室で、ミヤコの部屋も兼ねてます。」
「メーダーマー、ガンガン、ガンキュー、キュー、ザウルスーッ。」
光線君も頑張ってお客さんにお部屋をご案内している
「お客さん」をいつのまにか理解している光線君、えらいぞ
「素敵なお家ですねえ。明るくて周りも静かですねえ。」
説明する方向にキョロッ、キョロッと首を動かす
3人娘のうちの2人娘
礼儀正しいし、フレンドリーだし
さすがミヤミヤのお友だちだ
「ご飯できたので降りてきてください。Wさん遅れるので先に始めちゃいましょ。」

スパークリングワインとウーロン茶で乾杯
チーズと干しブドウをつまんでからアボガトとトマトと生ハムのサラダへ
「お庭素敵ですねえ。植える植物は自分で考えたんですか?」とHさん
「すっごく小さい庭だけどねえ。木は庭師さんと相談して決めたんですよ。」
「このサラダおいしい。生ハムとアボガトって最高の組み合わせよね。」とMさん
「ありがとう。アボガトって、私、昔から好きなのよ。」
ほめてくれる
何でもほめてくれる
にこにこほめてくれる
おりゃ?
ほめられると
空気がにこにこするんだな
「コーニー、コーニー、コニコニココッ、ニーニー。」
体を球状にコニコニッと弾ませ
丸い黒い目をすばやくあちこちに移動させる光線君
コニコニッ、コニコニッ
「周りは静かで緑も多いし、私もこんなところに住みたいなあ。」
ま、東京にしちゃ田舎ってことだけどね
Hさんにこにこ
Mさんにこにこ
ミヤミヤにこにこ
光線君はコニコニ
とくれば
ぼくもにこにこしないわけにはいかない
にこにこをにこにこで返し続ける
にこにこした時間
ここには否定ってモンがつけいる隙がない
「お客さん」を迎えるってこういうことなんだ

HさんとMさん、海外旅行が大好き
「前にMさんと北欧回ったことあったんですよ。オーロラきれいだったなあ。」
ミヤミヤより6つ年下のHさんが軽く宙を見上げる
「ネパール行った時困ったことあったよね。
山に登るつもりだったのに天候が悪くて2日も足止めされちゃったんです。
でも現地の人みんな親切で助かりました。」
ミヤミヤより1つ上のMさん、自らうんうん頷く
3人娘のうちの2人娘
旅の話になると目が輝きを増していく
キョロッ、キョロッ
「仕事で外国人の方とお話することがあるんですが、
するとすぐその国に行ってみたくなっちゃったりするんですよ。」
というHさん
私、世界をいろいろ旅したくて。
看護師という仕事を選んだのも職場に縛られることが少ないからなんです。」
というMさん
ミヤミヤも負けていない
「日本の外に出ると解放感が半ぱじゃないよねえ。
グアムの海に潜ってウミガメが一緒に泳いでくれた時は感動でしたよ。」
キョロッ、キョロッ
キョロッ、キョロッ
皆さん、祐天寺のアパートに閉じこもってばかりいたぼくとは大違い
れれれ、それでも
話聞きながら、ぼく
「へえ、トルコの絨毯、現地で売ってるとこ見てみたいですね。」
なんて返してるぞ、おい

良くは知らかなった人を
家に招いて
ワイン飲んでフリット食べて
お喋りして
にこにこして
ほめて、ほめられて
その輪の中になぜかぼくがいるんだよ

3年前の冬休みの朝
いつもはダラダラ寝坊しているぼくは
「よし、結婚してみるかな。」とガバッと起きた
ガバッと
ガバッと
ガバッと、だ
生身とメールして
生身とお話しして
生身と歩いて
生身と触れ合って
生身が収まる空間を作って
それから、それから
ついに、ついに
3人娘のうちの2人娘という生身が
というぼくとミヤミヤ以外の生身が
キョロッキョロッと歩いてきた
仲良く飲み食いしてお喋りして
でもって
今、にこにこした空気が流れている

おっと話題が変わった
「私、猫好きなんですよ。今度生まれ変わるとしたら、
かわいがられている家の飼い猫がいいなあ。」だって!
そんなHさんの言葉とともに
ファミとレドが空気の淀みとしてぽっと現れ
背を丸っこくさせて互いの体を舐め舐め
鼻筋をそっと撫でてやるとふにゅっと暖かくしなる
こりゃ生身だ
あったかい
チリビーンズが
Hさんの口に吸いこまれ
ワインの雫が
Mさんの口に流し込まれ
パンの欠片が
ミヤミヤの口に放り込まれ
そして
カップラーメンの器に注いだミルクが
ファミとレドの喉にピチャピチャ掬い取られ
せわしない
騒々しい
ガバッと起きてから
ついに、ついに
ぼく、こんな場面に辿り着いたんだ

「すみません、実はこれからジャムセッションに行く用事があって、
外に出なくちゃなりません。
Wさんにお会いできなかったのが残念ですが、
皆さん、ごゆっくりお話しなさってください。Wさんによろしくお伝えください。」
以前から誘われていて予定が動かせなくてね
丁寧に頭を下げて席を立つ
イチ
ニィ
サン
3人娘には会えなかったけど
3人娘の中の2人娘には会うことができた
キョロッ、キョロッ
生身だった
「ありがとうございました。セッション楽しんできてください。」
楽器を背負ってドアを開けると
11月も終わりの冷たい空気が流れ込んできた
それを搔きわけていくのは
あったかい
ぼくの生身だ
「コニコニーッ、コニ、コニーィ。」
唯一生身の存在じゃない光線君が円盤みたいな形状で回転しながらついてくる
イチ
ニィ
サン
3人の

の中の2人娘
来た
来たぞ
やって来た

 

 

 

新 骨ッの世界

 

辻 和人

 

 

コツッ
コツッ
骨ッ
骨ッ
コツッ
コツッ

自転車走らせ
建設中の小平の家へ
お仕事中のミヤミヤに代わり建設の進み具合を見に行く
頭上に
鯉のぼりみたく
ハタ、ハタ、ハタめく
ほそ、ほそ、ほっそながい光線君を従えて
走った、走った
すると
鉄パイプの足場とシートに囲まれた巨大な影
「辻様邸」
うわぁ、ぼくんちだよ
感動
見て見て、光線君
「ツジサマー、サマー、サマーティーイーイー。」
興奮した光線君
平べったい体を痙攣したように高速度で折り曲げ
大きく広げたお目々を左右にグリグリ
あのー、まだそんなに驚かなくていいから

「こんにちはー。依頼主の辻です。」
「お待ちしておりました。どうぞゆっくりご覧になって下さい。」
仮設ドアを開けると
うわぁ、いきなり

コツッ
コツッ
骨ッ
の世界
横にも縦にも
おっと斜めにも伸びる
四角い木、木、木
これって
恐竜の骨組そっくり
ぐねぐね
きゅるきゅる
横にも縦にも
おっと斜めにも
骨ッ
コツッ
コツッ

弱いライトに照らし出された骨の群
玄関からそろりそろりと伸びて
ここ、トイレか
「くの字」に並んで
尻尾が軽くとぐろを巻く
う、う、
微かに
ぴっくぴっく
伸びていく伸びていく
だんだん太くなっていくぞ

がーん
突然ぶち当たった
ぶっとーい腰
ここ、キッチンか
長方形に、ちょいと不均等に並んだ骨
冷蔵庫と食器棚を置くスペースを広く取ったので
圧倒的なボリュームだ
尻尾と釣り合いを取りながら
ゆーらゆーら
重い重い体を揺らす
ゆーらゆーら
恐る恐る骨の一つに触れてみると
ひんやりした皮膚のざらざらした硬さが感じられて
ぞぞっとしちゃったよ
あ、今
リビングの上を黒い影がよぎって
電球が揺れた

とすると、足は
ここ、ベランダの隣の壁
埋め込まれた木が頑張ってる踏ん張ってる
よーちよーち
体が重いのでよちよち歩きしかできないけど
歩幅は大きい
前のめりに前進して獲物を追う
土をえぐって
よちっ
分厚い爪が空中に飛び出す
危ない
避けろ
けろ

1階を見尽くして改めて辺り見渡すと
何と何と
光線君が床にぺたっとへばりついてるではないか
おいおい、大丈夫か
「ピックピクー、ユーラユラー、ヨーチヨチー、
サマーティーイーイー、メー、マワールールー。」
中身のない目をくるくる回して正方形にノビている
心配しないで
肉は食べるけど光線は食べないよ
さあ、気を取り直して2階に上がろう

コツッ
コツッ
骨ッ
骨ッ
コツッ
コツッ

長い長―い背骨をつたって
胴から首へ
ぐねっぐねっ
不意に起こる屈曲
遙か下方で
尻尾が床を叩いている
その振動が骨をつたって
ぼくの手の甲を震わせる
振り落とされたら大変だ
必死にしがみついていると
回復した光線君、すっかり平気顔
骨の間をスィースィーと飛び回りながら
「イコーイコー、ウエー、イコー。」
飛べるって強いな
さ、もう少しで2階だ

よいしょ、最後の段を上がると
おおっ
す、すごい
コツッコツッコツッ
木の香りをぷんぷん立ち昇らせながら
長短の骨が
立って立って立ちふさがって
そうか
ぼくは背から首を通って喉元を抜けて
でっかい口の中
ってことはこりゃ歯か
上からも下からも
ぐわっと攻めてくる
フリースペース、クローゼット、書斎と
攻めてくる長短の骨を避けながらそろりそろりと移動する
コツッ
コツッ
興味津々の光線君
体を紐状に細くして一本一本の骨に巻きついては
ささくれた感触にいちいち驚いて
空中でくくっと旋回

ここ、寝室
高い位置に窓を配置したんだけどどんな感じかな?
足を踏み入れる、途端に
白い強い光
薄闇をぱーっと切り裂いて
目玉だ
獲物をぐりぐり探すレーダーだ
ぐりっと見据えられたらどんな獲物も腰抜かしちゃう
いつの間にか頭部に入り込んでた
同じ光の体をした光線君もこれにはびっくり
ぴたっと空中に止まって
円状に体をぴんと張って
甲高い声で叫んだんだ
「ザウルスーッ、ザウルスーッ、シュツゲンナリィーッ。」

そう
小学生の時初めて博物館なるものに連れてってもらったんだよね
ナンダ、ナンダ
コレ
ナンダ
散らばった骨を集めて復元された巨大な恐竜たちの姿
天井を掻き回す縦のライン
床に亀裂を入れる横のライン
骨と骨の間の
ぽかーん空間に
小さな目を凝らすと
古代がみるみる大きくなった

そうだ、そうなんだ
梯子を降りてもう一度できかけの家全体を眺めると
骨が骨を呼んで
連なって、大きくなって
わぉ
恐竜
尻尾を揺らし
目玉をぐりぐりさせ
鋭い牙を研ぐ
狙ってる
肉食だから狙ってる
巨大恐竜、立っている
歩け
歩き出せ
骨ッ
コツッ
コツッ

「雑然と見えるかもしれませんが、工事中の今だけですよ。
もう少したつと内装が仕上がって家らしく見えるようになります。」
工事責任者の方はそう言ってくれたけど
いえいえ、とんでもない
白い壁に覆われる前の姿を目に焼き付けることができてラッキーでした
近くのコンビニで人数分の缶コーヒーとお菓子を買って渡しましたよ

コツッ
コツッ
骨ッ
光線君
このことはミヤミヤには内緒だよ
暮らし始めた時にこの家が
昔、恐竜だったなんて
知られたくないからね
ミヤミヤには「順調に進んでいた。」とだけ報告するつもりさ
でも
ぼくは骨の世界の中で呼吸ができて
楽しかったよ
外から見る家は
どっからどう見ても荒い息吐く恐竜
困ったなあ
でもちょっと嬉しいなあ
走る自転車を体をきゅるきゅる回転させながら追いかける光線君
「ナイショー、ナイショー、ザウルスーッ、ショー、ショー。」
骨ッ
コツッ
コツッ

 

 

 

かずとん部屋の奇跡

 

辻 和人

 
 

いるんだって、この部屋に
誰が?
かずとんが
名づけて
かずとん部屋
広さは四畳半
パソコン机に小箪笥
愛用の楽器(トランペット)
東の壁は窓
西はドア
南は本棚
北は本棚に入りきらなかった本を詰め込んだ半透明のケースの山
北の壁の上方に目を向けると
ぽっかり

四角い穴
寝室につながってる
空気の流れを良くして1台のエアコンで2部屋分まかなうんだと
こんなところにいるんだね
かずとん

ミヤミヤがぼくのために作ってくれたかずとん部屋
詩を書く人間には個室はやっぱり必要だろうって
ミヤミヤがいつもいるのは隣の6畳の寝室
窓3つ、ベッドが2つに鏡台に机、整理棚
いつも片付いてて清潔だ
それに引き替えかずとん部屋
「かずとん、読んだ本すぐ片付けてね。新聞も床に落ちてるし。」
はーい、はいはい
かずとん的には多少散らかってる方が落ち着くんだけど
片付けてるとミヤミヤ
インターネットを介しての英会話レッスンのお時間だ
先生はフィリピン人
家のことだけじゃなく自分のこともしっかりやってる
「エーラーイー、ナーナー、かずとん、ヨリヨーリー。」
正四角形の形で浮かんでいた光線君がのんびりした口調で言う
うん、確かにえらいよな

と、かずとん、おもむろにパソコンに向かいヘッドフォンつけました
何やってる?
youtubeで猫ちゃん動画の検索だ
ノラ猫だったファミ、レドたちとのつきあいを通じて
ネットにあがってる猫動画の世界に一気に目覚めたってわけ
数ある猫ちゃん動画の中から
そら、お気に入りのが出てきましたよ
ノラの白猫のために魚を釣ってやってるおじさんの動画
おじさんが湖に向かって歩き出すと
草の茂みの中からニャーニャーと出てきて後をついていく
おじさんが立ち止まると白猫も止まる
おじさんが近づいてご機嫌取ろうとすると
シャーッ!
すごい剣幕でおじさんを威嚇
まさにノラ
でも、慌てない慌てない
おじさんはゆっくり水辺に降りていって竿を振る
しばらくして釣れたのはオイカワだ
伏せの姿勢でじっとしていた白猫
魚が釣れたのを見て突然ニャーニャー騒ぎ出す
おじさんが針をはずして魚を鼻先に持っていく
ビュッ!
白猫はいきなり鋭い爪で魚をひったくる
口にくわえて茂みの中に消えちゃったぞ
その姿を見て満足そうに釣り道具をしまうおじさん
その一部始終が動画に収められている
いいなあ
祐天寺時代から何度リプレイしても見飽きない
ぼくが釣り人だったら絶対同じことしてるな
ありがとう、おじさん
「オージー、オージー、アーリー、ガートーゥーゥー」

何だ?
いる
いるいる
このかずとん部屋には
かずとんの他にも
いるいる
いるよ

釣りのおじさん
「ちょっとごめんよー。」
かずとん部屋の真ん中に猫缶を置いて
近づいてきた白猫の頭を撫でてやろうと手を伸ばす
シャーッ!
引っかかれやがった
「見ろーっ、血が出ちまったじゃないか、このー、バカ猫。」
苦笑いするおじさんはどこか嬉しそうだ
ぼくも嬉しい
こんなこともかずとん部屋で起きるんだ
「ファミーチャーンモー、レドーチャーンモー。」
四角形の体をハタハタさせながら光線君が叫ぶ
よっしゃ、呼んでやろう
前足をむぐっむぐっと動かして空気の淀みを掻き分けるように
ファミが、続いてレドが現われましたよ
いきなり白猫と睨み合い
ウーゥグゥー、ゥグゥー
「おらおらー、お前ら喧嘩すんなよ-。」
おじさんがのそのそ歩いてきて間に割って入る
途端、3匹の猫ちゃん、クールダウンして毛繕い
「オジー、オージー、サスーガー。」
床に降りてきた光線君
何やら猫っぽいような、っぽくないようなふっくらした形状になって
猫ちゃんたちのマネして毛なんかないのに毛繕い

突然、ドーン
地響きとともに落ちてきたのは
ガタついた学習机
これ、小学校3年の時に買ってもらってつい最近まで使ってたんだよな
祐天寺から引っ越さなかったら絶対死ぬまで使ってたな
ファミとレドは勝手知ったるといった感じで
下の引き出しを前足で器用にあけて潜り込む
興味津々の白猫はぴょーんとてっぺんに飛び乗る
一瞬のうちに猫ちゃんハウスだ
「まあ、猫ってのは小さい城みたいな場所が好きだからねえ。」
おじさんが目を細めて言う
おりょりょ、直ってるぞ
この左のところ、留め金がなくなって机を畳めなくなってたのに
かずとん部屋、やるねえ

ふわっふわっ、今度は舞い降りてくるものが
こりゃー、ソニー・ロリンズのポスター
5年前に閉店したなじみのCD屋さんがオマケにくれた
東側の壁に貼ってた奴だ
ロリンズのサックス、すごい音だよなあ
ライブを2回聞きに行ったよ
このポスター、端っこ破れてたし、これまでだと思って処分しちゃったけど
今見ると破れてないじゃん
三角錐の形に変形した光線君
舞い降りてくるポスターを下からちょんちょん押し上げる
もう一度高いところから落ちてくるポスターと一緒に
光線君も長方形の紙の形状になってひらひら空気の階段をゆっくり降りる
すばらしいスカイダイビング
3匹の猫ちゃんたち、爪に引っ掻けようと飛びつく飛びつく
ボゥッ、ボッボボボゥーー
上下に飛び跳ねるカリプソのメロディー
「いいねえ、俺も若い頃聞いたよ。」とおじさん
「スーゴー、スーゴー、スーゴーイー、オートー。」

いるいる
いるよ
小平の四畳半に
祐天寺の部屋がまんま、いる
いるいる
いるよ

かずとんとその仲間たち
あの時はぼくはまだかずとんじゃなかったけど
とにかく仲間たち
いるいる
いるよ
釣りおじさん
白猫ちゃん
ファミちゃん、レドちゃん
机ちゃん
ポスターちゃん
その他、どやどや
昔ミュンヘンの駅で買った人形とかお土産にもらった光るナントカ石とか
やあやあ
また会ったね
いるいる
いるよ
みんな、いる
かずとん部屋には
みんな、いる
ぼくが祐天寺のあの部屋からいなくなってもう2年たつんだよね
ミヤミヤという伴侶を得て
新しい家で新しい生活をスタートさせて
祐天寺、永遠にサヨナラーって思ってたけど

まだ厳しい残暑
北の壁の上方
ぽっかり

四角い穴
ここから涼しい息が吹き込まれてくる
エアコンの風の姿をマネした
ミヤミヤの息だ
生身の息
「かずとんは詩を書く人なんだから、やっぱりお部屋はいるよね。」
鍵はかからない
寝室と穴でつながってる
そんなかずとん部屋目指して
仲間たちが旅してくれたんだ
小平のまま、祐天寺
祐天寺のまま、小平
ミヤミヤの涼しい生身の息が
優しくそれを許してくれた

「英会話のレッスン終わったよ。ーロン茶でも飲まない?」
いつのまにか背後にミヤミヤが立っている
「いいね。あのクッキーも食べよっか。」
ガヤガヤしていた祐天寺がフンッニュッと姿を消して
小平の四畳半だけが残った
この佇まいも落ち着いててなかなかいいじゃないか
ミヤミヤと一緒にトン、トン、トンとスケルトン階段を降りて
お湯を沸かす
「トントーンー、トン、イールーイールー。」
階段の段をマネようと試みる光線君が目をキョロキョロさせながら叫ぶ
ほんとだね
いる
いるいる
みんな、いる
ミヤミヤの優しい息のおかげでみんないる
お茶飲み終わったらまた遊ぼうね

 

 

 

ケロちゃんとコロちゃん

 

辻 和人

 
 

ケロケロ鳴いていますよ
コロコロ鳴いていますよ
でもって
コロコロ転がっていますよ
ケロケロ転がっていますよ

新居に引っ越してひと月
ミヤミヤが薬局のオマケでもらってきた
ケロちゃんとコロちゃん
小さなアマガエルのマスコットで
マツゲのある赤い洋服のケロちゃんは多分女の子
マツゲのない青い洋服のコロちゃんは多分男の子
両手を広げにっこり顔で突っ立っている
「かわいいでしょ。ここに飾っておくね。」
キッチンの縁に置かれたケロちゃんとコロちゃん
ご飯食べている時もソファーでくつろいている時も
ぼくたちをちょっと上から見下ろす感じ
「あ、また落ちちゃった。かずとん、拾っておいて。」
軽い軽ーい彼らはちょっとした振動でも転がって
すぐ床に落ちちゃう
何気に存在を主張してるんだなあ

ミヤミヤは国分寺の丸井に買い物に出かけて
ぼくはお掃除
ひと息入れようとコーヒー沸かしてたら
「ゥグゥーー、ゥグゥー、コイツラー、ナニー、ナニー。」
新居までついてきた光線君
体をタオル状に変形させ
ふらーりふらーり家中を回遊してるうち
ケロちゃん、コロちゃんの存在に気づいたらしい
「アヤァー、アヤァー、アヤァーシィ、コイーツラー、シィー、シィー。」
ケロゃん、コロちゃんの周りをぐるぐる旋回しながら光線君が叫ぶ
どうやら対抗意識を燃やしているらしい
光線君、お前も十分怪しいんだがなあ
「ただのオマケだよ。気にするようなもんじゃないよ。」

っとっと
触ってないはずなのに床に落ちちゃった
光線君の念が落としたのか?
よいしょっと拾ってキッチンの縁に置き直す
定位置に戻ったケロちゃん、コロちゃん
仲良さそうだ
両手を広げ目をぱっちり開けて
ケロケロ鳴いているよう
コロコロ鳴いているよう
安心したのかなあ
でもまた落ちちゃうんだろうなあ

そう言えばここに越す時に
いろんなモノが処分されてったなあ
「かずとん、この小型の電気ストーブ、今にも発火しそう。危ないから捨てるね。」
「かずとん、このジャージ、くたびれてるから捨てるね。
かずとんって何でモノを買い換えないの?
大切に扱わない割に
モノ持ち良すぎるんじゃない?
このジャージだって、あたしが言わなかったらおじいちゃんになるまで着てたでしょ?」
ああ、そうだよ
今着ている「welcome!」ってTシャツもそうだよ
15年くらい前に買ってまだ着てる
着ない理由が特にないから
着るなって言われなかったら
60になっても70になっても着てるだろう
ああでも、これもそのうち処分されちゃうな
「かずとん、今度一緒に、丸井に新しい服買いに行こうね。」

服や日用品に対してさっぱり思い入れがないんで
買ったら買いっぱなし
同じ奴をいつも着たり使ったりして
その他は捨てるのもめんどくさいから放置
そんな暮らしの臭いが
前の引っ越しではまだ少しは残っていたけれど
今回の引っ越しで根こそぎになりそうだ
見ろよ
このリビング
明るいだろ?
面積は狭いけど
無駄なモノがないし、無駄な仕切りもないから
広々と見える
棚の上には
グラジオラスとウイキョウと名前のわからない黄色い花
勤務先の華道部でお稽古した花を活けたんだそうだ
「ね? 部屋がぐっと華やかになるでしょ?」
窓の外の3坪半しかない庭は更地のままだけど
今度ウッドフェンスを立てるらしい
昨夜、ミヤミヤは
取り寄せたカタログをそれはそれは熱心に見てた
ページから目を離すと振り向きざまに
「ちょっと高いけどずっと使うものだし、ある程度材質の良いものにしないと。
植える植物もこれから考えなくっちゃ。」
うぉ、すごい気迫
不意を突かれたぼく
「ああ、いいんじゃないかな、きれいになるんなら。
ぼくとしてはできるだけ安くあげたいもんだけどさ。」

落ちちゃうモノがあって
拾われてくるモノがある
それもこれもみーんな
生身との接触のおかげ
強い意志を持つ生身にはかなわない
かなわなくてもいいさ
接触して変化する
うん、自然
すごく自然だ

てなこと考えてたら
せっかく淹れたコーヒー、少し冷めちゃったよ
生身と接触しなくても
変化する時は変化するんだ
これはこれで自然なこと
ズズッとひと口啜って
うん、まあまあうまい
ちょっとは落ちたけどちょっとは拾えた
落ちて、拾って
こんなことが
この明るい、狭いけれど広く見える空間の中で
姿を変えながら
繰り返されていくんだろうな

ケロちゃんとコロちゃん
今のところまだ静かに立っている
ケロケロ鳴いていますよ
コロコロ鳴いていますよ
でもって
何かの拍子に
コロコロ転がっていますよ
ケロケロ転がっていますよ
になるかもしれない
「ゥグゥーー、ゥグゥー、コイツラー、
オーマーケー、、アヤーシィクー、ナーイーイー。」
三角の目を丸に変えた光線君が叫ぶ
そうそう、その調子
光線君、いつまでも仲良くしてやってね
ぼくとミヤミヤも
落ちたり拾われたりしながら
仲良くやっていくからさ

 

 

 

飲み込まれちゃう

 

辻 和人

 
 

飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃう
遂に、遂に

お家ができちゃって
引き渡しの日
ミヤミヤと自転車を一生懸命漕ぐ
緑むせ返る5月の終わり
10時ぴったりに新居に着く
うわぁ
真っ白な壁
真っ白な屋根
緑の熱気をひんやりなだめる
建築事務所の方に鍵を渡してもらったミヤミヤ
「入りますよ。」
一瞬息を止め、深く吐き出して
記念すべき
カチャリ
あ、開いた

足を踏み入れると
外観とおんなじ
きりっと真っ白白
ああ、家だよ、ホンモノの家だ
上がったり下がったり
ジグザグになるように配置された大小の窓
うん、この窓がこの家の特徴なんだ
ついてきた光線君
閉まる寸前のドアの隙間から
薄く四角く延ばしていた体をヒューッと潜り込ませ
球のようにまあるくなったかと思うと
窓枠に沿って
つるん、つるん
「ウエー、ニ、イッタリィ、サガッターリィ、ツッルーーン。」
目玉をジグザグに動かして喜んでる

ミヤミヤはゆっくり歩きながら
険しい目つきで部屋の中を見渡す
集中してる時の表情だ
ダイニングとつながってるキッチンでは
できたばかりの料理を縁に乗せればすぐに食卓に運べるようになっている
その白い縁の部分にそっと手を置いて滑らせながら
キッチン周りを子細に点検し終えたミヤミヤ
「2階に行ってみましょうか。」
とんとんとん、と
スケルトン階段
昇ってる途中
おっ、ミヤミヤ、立ち止まって
厳しい表情を解いて
ようやくようやく
にっこり
何だろう
「ねえねえ、かずとん、ここからの眺め、とってもいいよ。」

右手にあっかるい大きな窓
前方にベランダとフリースペース
そして見下ろした先には赤褐色の床がノビノビ
壁真っ白で柱もないし
だから床の個性が引き立つんだな
面積は狭いんだけどなあ
家がパカッと口開けて
呼吸してるみたいじゃん

吸い込まれる
吸い込まれちゃう

あれもこれも
ミヤミヤが望んで計画したもの
毎日毎日隙間時間を見つけては設計図とにらめっこして
いやいや
もしかしたら
ぼくとつきあう前からミヤミヤの中にずっしーんとあったかもしれないもの
掌を広げ壁をそっと押し当てて
鼓動をうかがうように
感触を確かめる
この家は
ミヤミヤの魂そのもの
面積は狭いけど
床板の赤褐色は
広くて深い
かずとんなんてさ
この赤褐色に
飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃう
そうだよ
飲み込まれちゃえ
飲み込まれちゃえ

「がっしりできているでしょう。
ウチは頑丈さには自信があるんです。
ちなみにこのブラックチェリーという床板は
時がたつほど赤味が出てきて味わい深い色になるんですよ。」
設計士の方が説明してくれた
「はい、良い家を作っていただきありがとうございました。」
深々と頭を下げるミヤミヤ
おっと、思い出したぞ
この床板を決めたのはぼくだったな
床はどの板にするか、ミヤミヤから選択を求められて
明るすぎず暗すぎず
そんな色を迷いもせずに指定して反対されなかった
ぼくの選択の結果が今、ここにどーんと存在してるってわけ
ミヤミヤの魂の一部にもなってるってわけ

「かずとーん、センタクー、ノーミー、コマレー。」
体を丸くした光線君がボールのように転げ回りながら叫ぶ
右の壁にぶつかっては左の壁に跳ね返り
天井にぶつかっては勢いよく床に落ちる
落ちた先に広がっているのは
赤褐色の世界
ミヤミヤとかずとん、これから2人仲良く
飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃえ

 

 

 

骨ッの世界

 

辻 和人

 
 

コツッ
コツッ
骨ッ
肋骨だよね
脊椎骨だよね
大腿骨だよね
頭蓋骨はどこかな?
座骨はどこかな?
骨ッ
コツッ
コツッ

自転車走らせ
建設中の小平の家へ
今日お仕事のミヤミヤに代わり建設の進み具合を見に行くってわけ
頭上に
鯉のぼりみたく
ハタ、ハタ、ハタめく
ほそ、ほそ、ほっそながい光線君を従えて
走った、走った
すると
鉄パイプの足場とシートに囲まれた巨大な影
「辻様邸」
うわぁ、ぼくんちだよ
感動
見て見て、光線君
「ツジサマー、サマー、サマーティーイーイー。」
興奮した光線君
平べったい体を痙攣したように高速度で折り曲げ
大きく広げたお目々を左右にグリグリ
あのー、まだそんなに驚かなくていいから

「こんにちはー。依頼主の辻です。」
「お待ちしておりました。どうぞゆっくりご覧になって下さい。」
仮設ドアを開けると
うわぁ、いきなり

コツッ
コツッ
骨ッ
の世界
骨の世界
横にも縦にも
おっと斜めにも伸びる
四角い木、木、木
これって
恐竜の骨組そっくり
ぐねぐね
きゅるきゅる
横にも縦にも
おっと斜めにも
ティラノザウルスの骨
ブロントザウルスの骨
骨ッ
コツッ
コツッ

弱いライトに照らし出された骨の群
コツッ
動き出しそうだ
コツッ
大きいの小さいの
縦横関係しあって
しっかり組を作ってる
ここはトイレか
骨が「くの字」状に並んでる
コツッ
コツッ
ここはキッチンか
骨が行く手を阻むようにちょっと不均等に並んでる
コツッ
コツッ
ここは
ベランダの両隣の壁
埋め込まれたふとーい骨が頑張ってる踏ん張ってる
コツッ
コツッ
ここはリビングか
何本も長短の骨が立てかけてあって
ずっしーんって感じで斜めの線を自慢してる
コツッ
コツッ
2階に行ってみましょう
ちょっとぐらぐらする梯子を注意深く昇る
おおっ
こりゃすごい
コツッコツッコツッ
長い骨、短い骨が
太いのも細いのも、香りをぷんぷん立ち昇らせながら
立って立って立ちふさがってる
ああ、2階は寝室と書斎と収納スペースがあるから
いろんな種類の骨でいちいち区切ってるんだな
コツッ
コツッ

興味津々の光線君
体を紐状に細くして一本一本の骨に巻きついては
ささくれた感触にいちいち驚いて
空中でくるくるっと旋回
ひととおり旋回し終わると
今度は骨の連なりのボリュームに圧倒されたみたい
ぴたっと空中に止まって
円状に体をぴんと張って
目をグリグリさせて
甲高い声で叫んだんだ
「ザウルスーッ、ザウルスーッ、シュツゲンナリィーッ。」

そう
小学生の時初めて博物館なるものに連れてってもらったんだよね
ナンダ、ナンダ
コレ
ナンダ
散らばった骨を集めて復元された巨大な恐竜たちの姿
天井を掻き回す縦のライン
床に亀裂を入れる横のライン
骨と骨の間の
ぽかーん空間に
小さな目を凝らすと
古代がみるみる大きくなった

コツッ
コツッ
骨ッ
そうだ、そうなんだ
梯子をぐらぐら降りてもう一度できかけの家全体を眺めると
適材適所の骨が骨を呼んで
連なって、大きくなって
恐竜
歩け
歩き出せ
骨ッ
コツッ
コツッ

「この家は基本的に壁だけで重みを支えられるようにできていますので、
完成した時にはこんなに柱はありません。
雑然と見えるかもしれませんが工事中の今だけですよ。」
現場責任者の方はそう説明してくれたけど
どういたしまして
白い壁に覆われる前の姿を目に焼き付けることができて嬉しいです
近くのコンビニで人数分の缶コーヒーとお菓子を買って渡しました

コツッ
コツッ
骨ッ
光線君
このことはミヤミヤには内緒だよ
ミヤミヤには「順調に進んでいた。」とだけ報告するつもり
暮らし始めた時にこの家が
昔、恐竜だったなんて
知られたくないからね
でも
ぼくは骨の世界の中で呼吸ができて
楽しかったよ
走る自転車を体をきゅるきゅる回転させながら追いかける光線君
「ジュンチョー、ジュンチョー、ザウルスーッ、ジュンチョー。」
骨ッ
コツッ
コツッ

 

 

 

ヤーヤァー、ヤーヤァー

 

辻 和人

 
 

や、や、や
やや
太い
やや太い
指輪をはめたミヤミヤの薬指の
節のところ
指はほっそりしているのに節だけが
やや太い
図面を押さえるミヤミヤの左手を見て改めて
やや驚いた
頭上を浮遊する光線君も
「ヤーヤァー、ヤーヤァー、ヤーヤァー。」
お目々クリックリッだ

今日は建築設計事務所での2回目の打ち合わせ
建築士さんが作ってきた叩き台の図面に
鉛筆でチェックを入れてきたミヤミヤ
「玄関の位置は西ではなくて東でお願いします。」
え?
「トイレは奥でなくて玄関入ってすぐのところにして、
その近くに収納棚をつけていただけますか?」
は?
「キッチンの奥行きはもう少し取ってください。
ここに冷蔵庫と食器棚を置きますけど、
外から見えないように仕切り戸を作ってください。」
りゃりゃ?
いつのまにそんな細かいところまで考えてたんだ
聞かされてないこともいっぱい出てくる
ぼく、一言も口を挟めないじゃないか
「かずとん、アワレー、アワレナリィー。」
光線君が嬉しそうに叫ぶ
うっるさいな、何でついてきたんだよ

「それでは、この洗面所のミラーはどのタイプにしますか?」
建築士さんが聞く
「これは主人の意見を聞いてみます。どれがいいですか?」
あ、今、「主人」って言ったな
ホントは絶対そんな風には思ってないだろ?
「シュジーン、シュジーン、かずとん、シュジーン。」
目玉を消して口だけをおっきく広げた光線君が天井から床へと駆け抜ける
涼しい顔でお茶をくいっと飲み干すミヤミヤ
どれがいいって言われても似たような奴の三択じゃないか
「えーと、それじゃCタイプを。」
「Cタイプですね。かしこまりました。蛇口のタイプはいかがなされますか?」
「これも主人に決めてもらいましょう。どれがいい?」
「うーん、じゃ、Bかな。」
なーるほどね
こういうどうでもいいのはぼくに決めさせて
「主人の意志」も大事にしてますよー、とサラリとアピール
「男を立てる」のがうまいねえ
「本音と建て前」を使い分けるのがうまいねえ
その後もミヤミヤと建築士さんの間で
やりとりは続くよどこまでも
建築士さんは最早ぼくの方には目をやりもしないで
忙しくメモを取るばかり
「主人」は完全に蚊帳の外だ
おお、窓の位置が決まっていくぜ
おお、2階のフリースペースの間取りが決まっていくぜ
イカ状に変形した光線君
建築士さんの頭を体の先っちょでちょんちょん突きながら
「カヤー、ノ、ソトー、ソトー、カヤァー、ソトー。」
いやあ、早く終わんないかなあ

「あ、大事なこと言い忘れてました。
主人の書斎の位置ですが、
向かいの収納スペースと逆にしてくれませんか?
このままだと西陽が差して主人の読書の邪魔になってしまいますから。」
へ?
そんなところに気がついてくれたのか
こりゃ、ちょっと嬉しいね

「ありがとうございました。お世話様でした。」って打ち合わせはニコニコ終了
図面を畳むミヤミヤの指は
節のところだけ
やや
太い
図太い
都合によって
ぼく、かずとん、を
やや
「主人」
に仕立てては
本音の中に畳み込む
でも、その
やや太い指の導きによって
ぼく、かずとん
きつい西陽に悩ませられずに
本が読めるってわけだね
ありがたや、ありがたや
光線君もそう思うだろ?
「ニーシービィー、キーツーイ-、キーラーイー、
かずとん、ラッキー、アリガーターヤーヤァー。」
干したTシャツみたいなカッコで宙に浮かぶ光線君
クリックリッの2つの目玉をせわしなく上下させながら
ほう、もともと「朝の陽光」である光線君は
「夕の陽光」とはライバル関係にあるようだな
「さ、早く帰りましょ。」
ぼくの先を歩き始めたミヤミヤの踝は
その上に伸びる足に比べて
やや
太い
ミヤミヤ
節のところはみんなガッチリできてる
や、や、や
やや
太い
やや太い
「ヤーヤァー、ヤーヤァー、ヤーヤァー。」
かずとんも
やや
「主人」のフリして
ミヤミヤの後を追いかけますぞ