カントリーロード

 

今井義行

 
 

カントリーロードは あまえのみち
帰りつく場所を 持てない人たちは
いつの 時代にも いつの 街々にも
数え切れないほど居たことでしょう

──── そんな方達にはごめんなさい これが最後かも、と
わたし(1963年生れ)と妹の暁子(1966年生れ)は お互いに都合をつけ
元気なうちに82歳の母(1934年生れ)と 三人で会うことにしたのです

わたしも暁子も 敗戦直後の傷跡等知らず 半世紀以上 過ぎました
日本が復興したのは‘50-60年代の人が よく働いたから、と母は言う
それでも兄・妹にもいまでは苦笑するしかない“被災”は多くあった
世界情勢ばかり語られる でも個人情勢の方が机上の論理に墜ちない

愛知県のTOYOTA の関連工場に勤める暁子は下請として
振り回されて有給休暇があっても滅多に使えないのです
彼女とは 7月初めからメールのやり取りを 何度もした

≪ 必ず都合をつけてほしい ママが、元気なうちにね ≫
≪ 熊本の地震で TOYOTA の関連工場は 打撃を・・・・・ ≫
≪ お義兄さん、工場長なんだから 何とか都合つけて ≫
≪ ママ、そんなに悪いの? 電話では いつも元気だよ ≫

─── 会う予定日は2016年8月14日から17日まで この詩のこの部分を
書いている今日は 7月10日です わたしはPCのまえで 想像しています
参議院選挙の日で日本が戦時下に戻るのではと懸念されている朝の想像です

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

8月のお盆休み 13:00過ぎ
東京発・JR 東海道線を降りると 改札から タクシー乗り場までの
ペデストリアンデッキの照返しには湘南海岸から吹く潮風の匂いが
いつもながらに 紛れ込んでいた 真夏の午後 藤が岡丘陵団地までの
道のり── 郵便局本局のある 交差点の渋滞は相変わらずだ
国道・町田線沿いに サーフボードを載せた車が 長い列を作っている

≪ ママ、そんなに悪いの? 電話ではいつも元気だけど≫
≪ いつ、亡くなっても不思議ではないよ 気丈で楽観的な人だから
82歳まで生きてこられたんだよ ≫
≪ 息子が就活中だからなあ でも高校の友達に会える≫
≪ 本人の前では普通に振る舞えばいいけど ここだけで
決めておきたいことがある お葬式についての話だよ ≫

妹の暁子は愛知県知多半島から名古屋から小田原までは新幹線に
乗り 小田原から東海道線 タクシーに乗り換え 少し遅れて着く

カントリーロードを いまだ たどれる
わたしたちは 幸せだとおもう
── 片肺を切除して60年以上 4年間の入院をしたという母は
残った肺の機能も10%となり肺炎に罹ったら即ち「死」なのです

≪ お葬式?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ≫
≪ お葬式!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ≫

「ただいま」と ドアを 開けると
1Fなのに 江ノ島展望台まで見渡せる せまい庭から
朗らかな 「おかえり」が 聞こえた

≪ ここまで生きられたから 思い残すことは無いって
葬式なんて お金をかける必要無し弔問客も要らない
通夜にはあたしの好きな“徳永英明さま”の唄を流し
続けてくれること それから 火葬のあとは50年以上
棲んだ 藤沢の 江ノ島の海に お骨を撒いてくれれば
いいから パパといっしょの今井家の霊園には絶対に
入れないでよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ と、お願いされてる ≫
≪ あら、結構 いろいろな条件付きのお願いだね、お兄ちゃん ≫
≪ う? そういうとこもある 取り合えず “江ノ島に散骨”って
いうのは無理 葉山に撒いたり伊豆に撒いたりそういうサービスを
やってる葬儀屋はあるけど 俺達で骨をぎこぎこ挽いて粉末にして
江ノ島に撒いたら 遺体遺棄になるってさ・・・・・・・・・・・・・・・・・ ≫

母は あちこちに散らばり落ちた 盛夏のはなびらを
箒で綺麗に纏めていた 藤沢に棲んで よく働いたね

双つの脚の筋肉が 日増しに弱ってきて
遠くまでは 歩けないの、と言うけれど
杖は要るものの 背は曲ったりしてない

外見は 元気そうにみえるので 「若い、若い」と
驚かれるそうだけれど朝目覚めて一番に思うことは
≪ おや、今日も生きてる!≫と いうことだと言う

わたしは はじめて知る 味のように 食卓に腰かけて
少し遅めの昼食にと──・・・・・林檎と 神を食べたりした

林檎は太陽を象徴する実 神、というのはバターのこと
バターは天の恵みの生乳の良質な栄養を凝固させた神の化身なので
それをトーストに塗り拡げて食べることは心身の浄化だ

母の人生がもうしばらくしたら
閉じるのかと思うと
母が戦時中 9歳で孤児になって どれほど泣いて
現在(いま)に至っているかと思うと 不憫でもあり
野生の逞しさも感じ尊敬する 二人の子を授かった
ことはラッキーで 父と結婚したことは「貧乏くじをひいちゃったわねぇ」と
父の実姉に心底慰められるほどアンラッキー!!
だと言って憚らない故に父についてはここでは触れない

わたしはTシャツと短パンになって しばらく母と四方山話をしていた

ところで、母より喧嘩っ早い人をわたしは知らない
ドコモショップの待合室で「いつまで待たせんだ、即刻店長だせ!」
ゆうパックの集配の態度に「年寄りと思って上から目線すんなよ!」
京樽のおせちのモニターに「伊達巻がとーっても不味かったです!」
デイサービスの隣席の人に「あたしのすることに口出すなウザい!」
そして あらゆる親戚とは口論してきっぱり絶縁
ですから我が家は 母の大立ち回りで 清々しいほどの核家族なり

相撲なら白鵬 テニスならジョコヴィッチ フィギュアなら
羽生さん そんなレヴェルの勝負師なのです

ストレスフリーの体質なので そりゃ日々思い残すことはないよな
・・・・・・その気質を そのまま受け継いでいるのが
暁子だということを 忘れていたのは 迂闊だった

16:00過ぎ インターホンがなって わたしが出たら
「あたしー、ただいまー」
ドアを開けると 勝気そうな色黒の50歳が立っており 靴を脱ぐや
母のいる居間に どかどか 入っていって、

【お兄ちゃんから聞いたわよ ママ、死にそうなんだってね?】

あわわ、「一番 食べたいものは何」と 尋ねる前に
そんな 展開に ならないだろうな・・・・・!
いまこの詩のこの部分を書きながらありうるシチュエーションだと
戦慄が走りました 抒情的に過ごすはずの、再会はどうなるのかと

カントリーロードは あまえのみち
帰りつく場所を 持てない人たちは
いつの 時代にも いつの 街々にも
数え切れないほど居たことでしょう
なんて書いたわたしの詩を読んだら

母と 妹は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
腹を抱えて大笑いするんだろうなあ

「甘えんじゃないの、自立してちょうだい」
と 杖を ふりかざしたりしちゃってさあ

 

 

 

厨藝坊にて── Chinese Community

 

今井義行

 
 

ちいさい中華街は Tokyoの下町の あちらこちらに ある
わかい 留学生たちが 日本のことばを学びに
家賃の安い部屋を もとめておとずれるから

幾つもの露地や公園に 咲く花は さくら はなみずき
ばら あじさいへと あしばやに 移りかわり
Tokyoを 四分の一世紀以上 転々としながら わたしは、

この街の舞台屏風を見渡し その艶やかな変化に驚いてしまう

いまは、あじさいが 色づきはじめている

入学の季節の 四月に目に馴染んだ さくら はなみずき・・・・・
その はなみずきがアメリカの幾つかの州花だと知ったのは
ふと 検索をした先日のこと 花言葉は durability(永続性、耐久性)

『私の想いを受けとめてください』そんな 淡い意味あいのもので
日本は、さくら。アメリカは、はなみずき。
どこか似たような愛されかたにこころが和んだのだった

荒川から駅前に向っての通りに日本語学校があって
昼どきにはわかい男子や女子がどっと
顔を 輝かせて 舗道へと あらわれる

ちらとロビーを覗くと日本の大学院への進学実績が貼られている
ああ、ずいぶん優秀な生徒さん達だな
わたしとわかい男女の行く店はおなじ

厨藝坊(ちゅうげいぼう)は 駅前なのに
目立たない 雑居ビルの 2Fにある
税込 600円ランチの 中華料理屋さん

メニューは豊富だし おかず ごはん
スープ 杏仁豆腐に加えうれしいのは
ざくざく 千切りになった キャベツと
日替りの中華粥が お替り自由なこと

上海料理四川料理と看板にあるけれど
台湾料理が本日のお薦めだったりする
中華人民共和国 中華民国など・・・・・ 中国系の若者たちが
グループで にぎやかに 4人卓に座り
お店のぽっちゃりした 丸眼鏡の娘(こ)
に注文を告げる 中国系の大衆食堂だ

丸眼鏡の娘(こ)は 楽しそうに会話を 弾ませる

北京語 広東語など
方言も あるらしいけれど 公用語としての 中国語が
にぎやかなランチタイムに流通している気配だ

厨藝坊(ちゅうげいぼう) ─── “腕のたつ調理師さん”のいる店
その店内 ─── Chinese Communityって まるで みんな 家族

Tokyoの下町で 日本人はわたし一人
厨藝坊(ちゅうげいぼう)のお粥愛好家
南瓜粥、薩摩芋粥、鶏粥、皮蛋(ピータン)粥は
どれも 胃膜に優しく 染み入る味だ

わたしは その日「蒸し鶏の四川ソース和え」を 頼んだ
茶に焦した鷹の爪 鶏は300gはある
それだけで 600円でもふしぎでない

ふしぎでないといえばふしぎなことが
あるそれは並のごはんでも大盛なのに
日替りの中華粥が 幾らでもお替り自由なこと──・・・・
客層が食べ盛りだからということかな
でも、炭水化物ばかりお腹に入らない

だから ごはんを残すお客は 多くいる
わたしは 「ごはん1/3」と伝えている
残飯にしたくないし商売上手な華僑を
うんだ地域だというのに 採算とれる
のかなごはんかお粥を選ばせるほうが
コストパフォーマンスよさそうだけど

たっくさん食べて、おおきな人に成りなさい、ってことかな?

わたしは 中国語を 覚えようとしない
わたしが 「蒸し鶏の四川ソース和え」
と言うと丸眼鏡の娘(こ)の眼鏡の奥の
目が こわばったようなまるさになり
弾んでいた声は静かな日本語に変わる

「はい。ご、はん ごはん1/3 ですね」

日本語を覚えて日本で暮していこうと
この娘(こ)は きっと 考えているんだ
Tokyoの Chinese Community を中心に

荒川から駅前に向っての通りに祥龍(しょうりゅう)という
中華食材屋さんがある ほの暗いその店に
この娘(こ)が出入りするのを 時々見かける
それがふと阿片の取引に感じられてしまう

留学生たちはスマホとタバコ 男子の
多くはピアスを キラキラさせている
ここでは わたしが旅行者なんだろう

旅行者としてのわたしが、初めて見るものに驚いて いるんだろう

彼らは タバコの煙の充満する場所で
何をそんなに 語らっているのだろう
わたしは 彼らの幾重もの青春の光に
話しかけることが なかなかできない

彼らの殆どは 日本語学校を卒業以降
日本の企業や 母国の日本投資企業に
就職していくらしい そこで 稼いで
出資した家族に返金し 国際人になる

障害者年金を受けて暮していて いまはもうおかねもあんまりない
わたしの───・・・・・・・・
視界のなかで 三年前の現在(いま)が咄嗟に立体化する
視界のなかで 永遠に水がゆれている
視界のなかで 永遠に波がゆれている

──あの中国人、東京湾に沈めてしまおうか (笑)
俺が貸した15,000円、
返す気ねえだろう あいつの家、放火するか (笑)
──まあ、ちょっと待ちなよ
施設 追放されるのおまえのほうだぞ
出入り禁止になるのは
錦糸町の飲み屋だけでいいだろ
──でもな、あいつは俺を舐め腐ってる (怒)
俺のブレーン集めて
そういう奴はぶっとばす それが信条だ (怒)
──まあ、ちょっと待ちなよ
施設 追放されるのおまえのほうだぞ
おまえさ、酒が入ると
まるで狼みたいな貌に変わるな

友だちの俺も噛み殺されそうだ

──だったら 暴力じゃない方法教えろ (挑)
──おまえだってな 安易だったんだよ (怒)
そんなこと自分で調べろよ 馬鹿野郎! (挑)

──・・・・・・・・なら、相談に乗ってくれ
飲みながらさ アイデアをさ 練ろうぜ (笑)
ほんとうはさ
東京湾に沈めちゃいたい 心境だけどな (笑)
ほんとうにな!

留学生たちはスマホとタバコ 男子の
多くはピアスを キラキラさせている
その内の一人が 向いの男子に訊いた
「オマエ、今度の土曜 予定どうよ」
「ちょっと中央競馬会に用があるな」

「そっかー、当ったらお寿司おごれ」

中央競馬会に馬券買いに行く子がいるんだ
ギャンブル嫌いなわたしには あまりにも縁のないところ

「ごちそうさま」
「・・・・・・・・・今日も、お粥 おいしかったです」
「あり、がとう」
丸眼鏡の娘(こ)の顔が少しほころんだ
午後二時を回ると 帰り道の照り返しは 強く
けれど Tokyoの Chinese Community を出たあとは
ふたたび 舞台屏風が鮮やかに変わる

旧くからあるだろう たくさんの家屋の
涼やかな簾・・・・ 木の引き戸・・・・ 風鈴・・・・ 鉢植えなど・・・・
この街 なかなかよい街じゃないか、と
わたしは ローソンで買ったパンをぶらさげて帰る

 

 

 

皐月(さつき)の寝ごと

 

今井義行

 
 

陽射しは 初夏に なって
digital camera は、
駅前公園の花壇にぐるりと咲きあふれた
あかとしろの あいだのいろの

皐月(さつき) の
むらがりを 記録に 残しました

( 後日、部屋で capture ─── )

データに 画像加工アプリで
フレームをつけ
5月 わたし 〗と文字入れをし
六畳間の 窓際で
表示された画像を眺めてみたのは、

深々と 眠りに浸った 土曜日の 朝

(わたしは、目がわるく 眼鏡で矯正された 視力でみた
もののすがたが 真相とは限らない
各々の人の 持つ視力は 様々だから
各々のみる 事象は 異なる物だろう)

データに 画像加工アプリで
フレームをつけ
5月 わたし 〗と文字入れをし
六畳間の 窓際で
表示された画像を眺めていた

nature は natural ではない
データの加工は 装飾ではなく
みずからが 受けた印象を より寸前に
引きつける いとなみだろう

遅めの朝食の後 薬を 6種類飲んで
画像を最大に拡大していくと
或る 一箇所に 浮遊する
真黒のカラスアゲハの静止姿が写っていた

5月 わたし 〗と名づけたけれど
ああ、≪わたしは、皐月(さつき) ではない≫
と 想ったのだった──・・・・・

わたしの意識、 digital camera のレンズは、
あかとしろの あいだの いろの
すこやかに ひらいた
皐月(さつき)になりたかったのに

実は 皐月(さつき)の奥へ
吸収管を伸ばす≪蝶の頭≫になっていた
あまい蜜だ・・・・・・・・ さらさら していて
さわやかな 甘さの

真黒な 頭のなかは 伸びたり 丸まったり しながら
心が 蜜を 味わっているのを感じた

──── ねえ、心って 頭という胸にあるのでしょう?

と 問いかけながら
わたしは、かつて ぼくでもあった。

かつて ぼくでもあった わたしが
≪ぼくは、皐月(さつき)になろう≫と
深々と 眠りに 浸っている 間に
願いなおして。 意識、が
digital camera の 押されたシャッターの先へ先へと移り
それは かなわなかった・・・・・

幼い頃 あの花を 首から 折って
吸った蜜 あれがうまれてはじめて
知った いじられていない 蜜の味だ

皐月(さつき)は、とても喜ばれ 嬉しくなりました

≪ぼくは≫ ≪皐月(さつき)は≫ ≪蝶は≫ ≪蝶の頭は≫・・・・・
主語という「ことば」は 自由に 飛びまわれる筈
主格の煩わしさ故に 定型の短詩は 愛されるのかもしれません

≪わたし≫≪花≫や≪ぼく≫らは
蜜の間際に いけるもの ならば
おなじに なろうと 願って いた
しゃべりすぎて いる 世情、で
≪しゃべらないもの≫になろうと。 けれども

朝食後には また 眠気に見舞われて、

あの ≪皐月(さつき) になろう≫ は
ゆうべ 長々とつづいた眠りのなかでまで
駅前公園の花壇に cameraを 向け続けた

あの ≪皐月(さつき) になろう≫ は

自らにさえ 感づける
寝ごとの 響きだった
のかも しれなかった・・・・と 想う

ゆうべ 一瞬 目が醒めて
そのときに ぐううっと
胸を 上下させて みて
まだ 深呼吸できると 確かめてから
良いものを入れ廃のものは吐けると
確かめていた──・・・・

遅い朝食の後 ふたたび ベッドに戻り

わたしは 雲と呼ばれる「蒸気」のなかを 漂っていました

そこでは ─────
やはり 皐月(さつき)の 蜜を もとめる
真黒な カラスアゲハ の 頭でした
眠れ過ぎてしまうあまりとおりすぎる
遠野は 夥しく 地上を おおっている
空を 翅のある真黒な 頭は 飛んで

≪わたしは、≫≪ぼく≫から≪花≫へ ≪花≫から≪蝶≫へ
そして、蝶の≪頭≫
そこから伸びる ≪吸収管≫へと
皐月(さつき)の蜜と
親密な重なりを どこまでも
もとめようとする
尽きない想いは続きました

──── ねえ、心って 頭という胸にあるのでしょう?

そんな五月(さつき)の寝ごとに
耳を傾け 何度も寝返りを打ち・・・・・

時間の縫い目を たどりながら
おおくの 光景を 見わたして
あたらしい 味を 探しました

時間(えき)の 穂先を束ねた先、
そこは 単線電車も ない街で
初夏は いそぎあしで進んで

人の 気配のない 旧い家屋に
うすいピンクの大きな ばらがいっぱいあって
わたしは、/ digital camera は、/ どちらも
押されたシャッターより遥か、遠く

主格では、ありませんでした・・・・ うれしい!

わたしは、/ ぼくは、/digital camera は、/さらに押されたシャッターは、
≪蝶の頭≫ と ≪ピンクのばら≫へ

≪蝶の頭≫と≪ピンクのばら≫と ≪ピンクのばら≫と≪蝶の頭≫とは
鏡のように おたがいを 映しあって
「おたがいに 針はあるけど 傷つけない」
と 確かめあった 「もう、しないよ いままで
誰かに そうして きたようには」

それから、蝶の≪頭≫ の
そこから 伸びる ≪吸収管≫へ
砂糖みずのような
さら さら・・・・した蜜を
胸の 奥の 奥にまで 滲みわたらせて

≪ ああ、おいしい ≫ と

わ た し は、≪ digital camera ≫ は、≪ シャッター ≫は、
≪ ぼくは ≫ ≪ ばらは ≫ ≪ 蝶は ≫
≪ 蝶の頭は ≫
≪ 蝶の吸収管は ≫──・・・・・

じ ぶ ん の、「五月(さつき)の寝ごと」に
ふたたび驚き 目が 覚めたのだった

 

 

 

褐色のコスモス

 

今井義行

 

 

蒼空よりも 俄雨よりも 薄曇りがすき
それは・・・・・・。
翔ぶ心よりも 濡れそぼつ 服よりも のしかかる 気圧がなく

Highになって
墜落死する ことなどなく Lowになって
渇愛死する
ことなど なく────

手ぶらで 暮らしていきやすい お天気です
そんなふうに 想える 季節が 在るんですね

わたしの大脳には、チョコレートコスモス※
が 夥しく 咲いています
神経の 網の球体のなかの 混沌、 野原に
黒紫の華々。 脳の隙間に霧が漂っている
春なのに 褐色の細ながい 秋(クキ)が
巡らされ 靡いている Cosmos────宇宙の秩序

宇宙の秩序 さ迷う 混沌の 野原が。

(わたしは 花にあかるくなくて、ネットで 出会った
イメージとしての花を 心情にあてはめて 象徴させる者です)

5月の早い朝 陽の射さない わたしの部屋へ
とても激しく 雨の降る音がした
横殴りの 風の音も 響いてきた
朝だというのに 赤い夜みたいだ、と想った

チョコレートコスモス群は茎の
ねじれに 惑いつつ 細ながい
指示系統に 或る伝言を 託したようだ 「起て」と。
けれど その指示が 末端まで届かない

ベッドから 起ちあがると 足の裏が
厚い毛糸の靴下を履いているようで体の感覚がない それで わたしは
ベッドの縁に 腰を沈ませたのだった・・・・・。

コスモスは 倒れても起ちあがる 華々なのに
「こころのかぜ」を患った チョコレートコスモスの華々が
「尿を」と 指示系統に 次の伝言を 託しても
トイレに行った わたしの股の細い茎は
うなだれたまま 尿道から
一滴の しずくさえ 落としは しなかった

これは、心因性の ≪広義の Impotence≫ なのだろうか────

Impotence を 勃起不全として捉えるのならば
いまでは ED外来が 多くある 時代だけれど
53歳になる わたしには 生殖は もう要らず
性愛の上で ひとつになるのは 器官の結合とも想えない
それが、お互いの 幸せ 希望で あるとは。

それは、随分 一方向的な 性愛への思考です

「こころのかぜ」を患った チョコレートコスモスの華々が
「愛を」と 指示系統に 次の伝言を 託しても
その指示が 末端まで届かずに 半ばで 折れる

近ごろ、稀有な 出来事が ありました
わたし、生身の花を観にいったのです 不意に散歩したくなって
亀戸天神の まばゆい藤棚で 風と戯れていた 花房
生身の花を観たと 共に 生身の風が観えたよ、と

・・・・・・・・・・そんなふうに 感じられました

朱い太鼓橋を 沢山の人たちが 渡っていくのが観えました
お参りというより彼岸へと向っていくようでもありました

そして、休息日の 週末 前日の 軽ヨガプログラムの
余韻に 低温浴のように 一人 まどろんで いたとき
滋養のある ものを持って 訪ねてきて くれた人がいた

インターホンの無い戸を ノックする音がして開けると
その人は 風に膨らむ ワンピースを着て 直線的に立っていた
しろやあかの コスモスのように

水彩画のモデルに なる訳ではなく、

やがて その人は 薄物になると 曲線的な美になった
そして、滑らかな白磁の 一輪挿しのように「きっと」
と わたしに 言った 「愛をつづける」と

「愛、をする」と言ったのだ

わたしは シャツを 脱いだ
シャツを放って ベッドに 並んで 二人は横たわった

それなのに────・・・・・・・・・。
茎の華奢なコスモスが 雨風に倒れても 起ちあがるようには
わたしが 起ちあがらない (ごめんなさい。)

どのように しても、して もらっても

わたしの 精嚢では
いまも 精子が 生産されて いるのか、精液は 出ない
気配さえない 指示系統が 精管に 至っていないようだ

Highになって(蒼々と舞い過ぎ)
墜落死する ことなどなく Lowになって(泥溜りに嵌って)
渇愛死する
ことなど なく───

「High Low , Yes No で 死んでいった人が多くいる」
と、わたしは訪ねてきてくれたその人にベッドで言った

(チョコレートコスモス それは わたしの 脳内でしか 咲いていない
けれども・・・・・ その華々が 褐色であることに 力を、感じはするんだ)

Highになって
墜落死する ことなどなく Lowになって
渇愛死する
ことなど なく────

「そうやって 死んでいった人が多くいる」と
わたしは 訪ねてきてくれた 人にベッドで言った

そして「わたしって誰?」と相手の檸檬の形の
黒目に少し寂しげな 微笑がやどっているのをみた

「 High Low , Yes No 」の間の 空洞のトンネルを生きている
わたしは 相手の目をみて 想った あなたは、
わたしを “ どうして それほどに 愛して くださるの ですか ”

“ どうして このような わたしを ”

(それはもう、だれにも わからない 神の領域として
すべて まかせて みる ことに しよう)

わたしの大脳には、チョコレートコスモス
が 夥しく 燃えています
神経の 網の球体のなかの 混沌、 野原に
黒紫の華々。 ほかのコスモスとは違って
多年草の 褐色の細ながい 秋(クキ)が
巡らされ 靡いている Cosmos────宇宙の秩序

Cosmos────宇宙の秩序 さ迷う 混沌の 野原が。

彷徨も また 秩序、なんだ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから、二人は 外へ出て
古くからの住宅街を歩いていった 狭い露地には各々の人の
育てている 花や実があった

地下足袋や皮手袋や作業衣を扱う商店のある
交差点を通り過ぎていくと
空は夕暮れてきて 葡萄色にそまった

わたしは、その日 二人がしたことを
けっして 忘れはしない、と 想った───

 

※チョコレートの甘い香りがする。耐寒性のある多年草で、
空0原産はメキシコ、大正時代に渡来した。(ネットより引用)

 

 

 

フランスへの手紙

 

今井義行

 

わたしが フランスへ 手紙を かきたいと
想うわけは テロで 亡くなった人たちが
いるからでなく そこに、いまだ 愛した
唄たちが 瀕死で いるからです ・・・・・──

こころの底にながれつづけている行ったことのない河があります

午前5時 レンジで温めた ミルクを飲み
流しで カップを洗っていると 窓際の
観葉植物の葉脈が微かに浮かびあがった

小机の上の 白い機器の 電源を入れて
Windowsを開くと 夜も朝も昼も 明け方のような
一人の一間に ふわりと 太陽がともる

わたしは その瞬間から 画面の
路のなかを 散策しはじめる 日々眺める街の
風景を 想い返しながら
ことばを探す それは 詩を書くということ

キーに タッチすると、少し冷たくて きもちがいい

すずらん通りで 鉛管工事をしていた
新緑の色の服を着た 人たちは美しかったな

わたしは昨日 福祉施設へ向った

雨の公園で グレーの毛布に護られていた 猫の毛並みは
ふれてみると しっとり 濡れていたな

わたしが フランスへ 手紙を かきたいと
想うわけは テロで 亡くなった人たちが
いるからでなく そこに、いまだ 愛した
唄たちが 呻いて いるからです ・・・・・──

そのうちのひとつは 就職したばかりの
1987年頃に よく聴いた
「朝のセーヌ河畔」を明るく浮かびあがらせる旧い唄だった

わたしは昨日 神田川をわたった
停泊している 舟の上には 鳥たちがいた

その国では 嘗て セーヌ河畔をはさんで
右岸には 白装束
左岸には 黒装束 の唄うたいが 育ったと聞いた

こころの底にながれつづけている行ったことのない河があります

白装束は、庶民達 黒装束は、知識層
そんなとき・・・・・・
「朝のセーヌ河畔」の唄は二つを繋ぐ橋になって架かった

自然の光のかがやきのなかでは人はしずかに耳を澄ませる

通所している 福祉施設で知り合った、

ひとまわり以上年上の春緒(ハルヲ)は 日本では団塊の世代で
四季を通して 春を生きて
春のさなかで 吉本隆明や寺山修司、ジャン・コクトーやボリス・ヴィアン
アメリカの ヒッピーの風に 頬をなでられ
新宿でフーテンをやり フリーセックス────

パリ五月革命の時には フランスで居候していたそうだ
どこまでが本当なのか 分らなくても確かめたりしない

春緒(ハルヲ)には 春緒(ハルヲ)の 憧れが あるから

昨日も お弁当の時間に「今井さん、はいっ」
と 骨粗しょう症のわたしに Ca+ ウェハースをくれた

(そのときに 大型冷蔵庫のかげから 浅草で もんじゃ焼き屋を営む
おそらく 同世代の サイトゥが こちらを 見ていた)

≪サイトゥは、精神病院に入った 履歴を 世間体が
あるからと 隠して 町内の人に 会わない道を 廻って
来るらしい 各々、事情は あるだろうなあ・・・・・。≫

春緒(ハルヲ)は 自分は ノンポリだと 言うけれど
他人が彼を評すると「ファシズムだ」と抗議するので
つまり政治の季節の無頼志向のインテリだったのかな

(大型冷蔵庫のかげから 老舗の もんじゃ焼き屋を営む
サイトゥが ようすを 窺いながら そろそろと 近づいてきた)

口下手なのに 飲食店を継いで 連日客からつがれた酒を
律儀に25年 飲んで ɤ―GTP 4,500を 超えたって

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ひとごとじゃ、ないんだけど

その福祉施設の案内にはこう書かれています

≪人の一生は「さくらの木」が過ごしていく四季のようなものだと思います。

美しく花が咲き乱れる人生の春。(思春期~青年期)
強い日差しの中、青葉が生い茂る人生の夏。(中年期~壮年期)
日々深まっていく紅葉が味わい深い人生の秋。(初老期)
生まれてきた意味を総括し、自分の貴重な経験を次世代に伝えていく人生の冬。(老年期)

人生の中のそれぞれの季節には意味があり、
季節の中で移り変わっていくからこそ、
人の一生はいとおしく美しいものなのだと思います≫

と、いうことは────
わたしは「強い日差しの中、青葉が生い茂る人生の夏。(中年期~壮年期)」
その末尾に どうにか 居るらしく(サイトゥも、)
春緒(ハルヲ)は「日々深まっていく紅葉が味わい深い人生の秋。(初老期)」
その末尾に どうにか 居るらしい

とはいえ、春緒(ハルヲ)は「初老期」に居ても
「老年期」に入っても
生涯 春のなかを生きる ことになるのだなあ

1987年頃によく聴いた
「朝のセーヌ河畔」の唄は
わたしが一人暮らしを始めた時期にも重なりながれている
それ以来一人暮らしを転々としてわたしは此処へきたんだ

「夕方、雨がふるかも」と看護師さんが言った

春緒(ハルヲ)の ガラケーの着信音が 机のうえで 鳴ったとき
わたしは はっとして
「春緒(ハルヲ)さん、わたし その曲 好きなんです」
と おもわず 話しかけていた

「へえ・・・・・ 今井さん、随分めずらしい唄を知ってるね
いまでは フランスでも忘れられかけてるだろう」

≪忘れられかけていくと 唄も人もみんな
死へと 向っていって しまうんですよね≫

「会話の唄 和解の唄 境界に架かる 橋のような
唄だったなって 昔から好きですね」

醤油の滲みた 残った僅かな餃子を食べながら
なんだか 気取った言い方を しましたよ・・・・・。

わたしは 春緒(ハルヲ)も 夜毎二升で 希死念慮に憑かれ
幾たびも 死にかけて いまは「糖尿病」を わずらって
いることは 彼が ときどき する話から 知っては いた

「でも、先生の言うこときいて
治療することにきめたんだ おれ、何も知らずに
好きなことだけしてきたけれど
友人が 糖尿病で “めくら”に なって
視えなくなるのに 耐えられる力 無いって
わかっちゃった もんだからさ」と。

わたしが フランスへ 手紙を かきたいと
想うわけは そこに、いまだ 愛した
唄たちが 澱んでいるような 気がするから・・・・・──

そのうちのひとつは 社会に出たばかりの頃 よく聴いた
「朝のセーヌ河畔」を穏やかに浮かびあがらせる旧い唄だった

(浅草で もんじゃ焼き屋を営む サイトゥが いよいよ
わたしの 耳元にきて 愛の告白 のように そっと 囁いた)

──── あのさ、今度の金曜日の お昼休み 一緒に
オセロを、やってみましょうよ・・・・・・。
「あ、はい」

その唄は 無節操に 甘い声で
扱われすぎて 音のながれが ≪糖尿病≫を
わずらい 時間とともに 唄としての
役割は 修繕されずに 過ぎていった

のでは ないかと案じる

傷口は 塞がりにくくなり 細胞の壊死や切断
失明の危険に いまや晒されて。

いまごろは・・・・・・・・・
忘れられかけ 死へと向って
一刻、一刻を 延命しているのでは
ないのかなあ、と こころが 疼く

自然の光の かがやきの なかでは 人は しずかに 耳を 澄ませる
こころの底にながれつづけている行ったことのない河があります

小机の上の 白い機器の 電源を切って
Windowsを閉めると 夜も朝も昼も 明け方のような
一人の一間は 午前9時なのに ほの暗かった

 

 

 

炎上 ( World Wide Fire )

 

今井義行

 
 

わたしは 30年間に TOKYOを 横断するように 一人暮らし
をしてきました

高田馬場 - 調布 - 多摩 - 江戸川区・平井
TOKYOを 転々と 移り住み
西端から 東端まで 横断して、
いま、江戸川区・平井では 神奈川育ちなのに
江戸ッ子 気取りで、
( SYONAN育ちだからと SURFINGできると想うの、やめてくれ )

お祭りがあると聞けばカメラを持って馳せ参じ
地元の人間づらして
商店街の名入りの 紅い提灯を眺めたりします

Web以外からは、ほとんど情報を送受信しない 生活で、
狭い部屋だけれど テレビはあって
(地上デジタル放送の双方向性なんて)
けれど、テレビ等からは信頼できない情報が選別されて
訪れるのみ だから (まったくの 出鱈目だった)
(クイズに参加したって しょうがないだろう)

ほんとうの虚構は 夜の 荒川に 沈めるしかないのさ

Web以外からは、ほとんど情報を送受信しない、わたし。
依存はしていません
情報量が圧倒的に多く 全方位的に意見が飛び交う中から
情報を取捨選択する 主導権が
「わたし」の側にもあるのは公平だ

情報は、風だね
速攻の、風だね

誰かさんがうっかり口を滑らせると言葉の風に瞬く間に火がついて
Webでは、言葉の風が烈しく炎上するんだ 〝うるさい、ゴミ〟
≪ネット炎上≫というものだ 〝スバラシイ・爆 !!〟
〝消えろよ、死ね〟

匿名だろうと 名前だろうと World Wide Webは 無法地帯です
〝うるさい、ゴミ〟〝スバラシイ・爆 !!〟〝消えろよ、死ね〟〝死ね、死ね、死ね〟

わたしは Amazonのタブレット端末 【Fire】を 所有していて
何処へ行くときもいっしょです

元々 狭い部屋に紙の書籍はもう置けないから
電子書籍の棚として そのタブレットを選んだ

同時にドキュメントファイルを作成できるので
詩を書く 机として そのタブレットを選んだ

何処へ行くときも詩を書くためには 8インチの画面は必要なのです
(けれど、何処にも姿見は無いから 詩を書くわたしを わたしさえ 見た者は居ない)

わたしの一週間は主に通院生活です

アパートを出て病院まで、病院を出てアパートまで。
その間に空の模様、露地の植物、公園の生物、建物、
人の佇まいなどを見ます

或る日の陽射し、雲の動き、葉の上の雫、花の満ち引き、
鳥や猫のまなざし、働く人々、走り去る車などを感じて、

総武線や都営バスのシート、病院の待合室やカフェの窓際などを移動します

(けれど、何処にも姿見は無いから 詩を書くわたしを わたしさえ 目撃はできない)
(そうだ、 何処にも鏡面は無いから 詩を書くわたしを わたしから 信じていくのみ)

パソコン - タブレット - パソコン - タブレットの
視えない 転送空間のなかで
わたしが ちいさな旅を 重ねていくのでは なくて
詩の言葉が── 風景や わたしの感情を写し込んだ「言葉」が
ちいさな旅を 重ねていくのです・・・・・

「わたし」が 何処に いるかというと
≪発信先≫ と ≪受信先≫に います
(その ≪発信先≫ と ≪受信先≫に 例外なく鏡面は在りません)
そこでわたしは 詩行を繋げていきます

Amazonのタブレット端末 【Fire】が 旅の伴侶と なって
ときどき アクリルの ブラウザのニュースで
炎上 (World Wide Fire) に 感情を揺らされながら
わたしも書いた詩を Web上に 公開していく

「わたし」が 何処に いるかというと
≪紙媒体≫ と ≪Kindle≫※の 過渡期にいます
そこでわたしは 詩作を続けていますが、
横に字数が伸びる 日本語の 詩が溜まっていって
「わたし」は 詩集を纏めるでしょうか

(雑誌の詩の応募要項に 「400字詰め原稿用紙・縦書き」って 記されていた)
(しかも、5枚以内だって・・・・・・それが 「詩」というものと 文科省が決めたのか)

わたしは 長年PC派で それなりの液晶フィールドで
詩を書いてきました 手書きは筆圧が負担でむずかしい
指とキーボード またはタップで ふれあいを体感する
けれども、最近 秋葉原のマルチメディア館で気づいた

≪ おや、わたしは 迂闊だった!≫と

いまはもうPCの時代ではなくて スマホの時代なんだ
わたしが公開した詩は あの画面で読まれたりするんだ
電車の車両のなかの光景を見れば一目で分ることだよな

拡大・縮小しようと わたしが意図していた
レイアウトは個々の環境で くずれてしまう
それは・・・・・・・・・ わたしを 生かしめている

≪抒情≫の 発狂ということだ
炎上 (World Wide Fire) に 感情を 揺さぶられてたまるか

 

 

※ ≪Kindle≫ (火を)つける、(火)をおこす、~を燃え立たせる、燃やす

 

 

 

蛞蝓(ナメクジ゙)の、通り雨── Silver Road

 

今井義行

 

 

Light Up 真夜中にトイレに起きた時
押し入れの前 半畳ほどの 湿気の強い いぐさの上に
家族か 仲間か 分らない
蛞蝓(ナメクジ)が 5匹 はねをのばしていた
≪おおっ くつろいでおりますなあ≫
という 勝手なわたしの イメージ
≪手足がなくても はね、ってある≫

何処に 家を構えたものやら
新築パーティーか 懇親会か
いぐさの上に 楽し気に這い回ったような 銀のぬめり、Silver Road

通り雨が 真夜中にあったような 幾筋ものかがやく路、Silver Road

(Praise Song)※1
Silver Road, Silver Road, Oh, Silver Road・・・・・・・・・・・・・・・・・

綺麗なお茶を飲もうと想って飲んだ 宇治茶が 就寝中に小便にかわり
≪さあ、放尿だ──!≫と
きめた 矢先の 出来事だ

Light Up 光のもと 蛞蝓(ナメクジ)が一斉にうねり
きゅうっと まるまったりして それが けなげで
一匹ずつ ティッシュで包んだが 潰せない─・・・・

植物を喰い 寄生虫を持つと いうことで
害虫の ひとつとして 指定されてるけど
殻のない 巻貝じゃないの 殺したくない

にゅうっ、と つのが 旋回してる

Light Up 光の風に 触角だけを頼りにして 出来事を知る

蜚蠊(ゴキブリ) は 逃げ足が速いからいいさ
さすが 億単位の年月を生き抜いてきた輩
お元気で!! と エールを送ってれば ОK

なんだか 生まれかたって 不公平だよね
なんだか とっても 心に霧雨が ふるよ

うちから すずらん通りを辿って 7、8分
総武線・平井駅 北口 駅前の公園の植込みの辺に 朝、
いつも 一匹の茶トラの 地域猫がいてさ

或るご婦人を中心に ご飯をもらっててね
片耳に 桜の花びらの形の 切込みがある
猫さんで それが地域猫の印なんですって

「かにかまぼこ」が大好物のようなんです
急ぎつつ写真を撮るけど食うか寝てるかで
なかなか 仲よしには なれないんですね

ご婦人に「名前はなんていうんですか」と
きいたところ 「わたしはねミィちゃんよ
他の人は知らないけど」・・・・ふうん。それで わたしは、

貫禄ある地域猫の茶トラを「さくら」と呼ぶことにしました
かなり老齢かもしれず毛並みに艶がなくあまり動き回らない
雨の日にはグレーの毛布を頭巾のように被せてもらい夜には
見かけることはない行方は分からないけど護られてはいます

わたしもご飯をあげたくて西友で値下げ品
「かにかまぼこ」を買っておいたけど休日
小腹がすいておやつに自分で食べちゃった

写真を撮るのが趣味になり 空や道や花や
ひとや動物をこのんで 撮るようになって
わざわざ猫や雀がいそうな道を巡ってます

だから、他人から見たら
町内をよく ふらふらしてる おっさんかも しれないです

雨の降る寒い日にグレーの毛布に覆われた
まるい塊が 植込みの奥にぽつんと「いた」
≪あれ、さくらじゃないか 雨が滲みて≫

その日、連れて帰りたくなったけど でも
この猫は皆の「ねこ」 地域猫の「さくら」
車に轢かれる野良猫より幸せなんだろうと

わたしは踵を返してアパートに向かい出し
ぼうっと横断歩道で信号待ちをしていたら
バイクが水滴散らし路上に銀の轍を残した

(Praise Song)
Silver Road, Silver Road, Oh, Silver Road・・・・・・・・・・・・・・・・・
路上に銀の轍を残していった
Silver Road, Silver Road, Oh, Silver Road・・・・・・・・・・・・・・・・・

Light Up また 或る真夜中に トイレに起きた時のこと
やはり また おるのですわ
光のもと 蛞蝓(ナメクジ)族が それは楽し気に
はねをのばしていたのが
急転直下 一斉にうねり

きゅうっと まるまったりするのもいれば
パーティー会場が 突如
≪戦場≫と化したもんで
てらてらしたぬめりを畳に残しながら蠕動運動を始めたり──、
でも その移動の遅さときたら
特筆ものなんですよねえ

捕まえてティッシュに包もうとするわたしの手の動きに
比べたら もう
圧倒的に 不利、そのもの なんだ
どんなに頑張っても敗けちゃうんだ

わたしは たまたま 別の生き物に 生まれて来ただけで
判断一つで どうにでもできちゃう
ティッシュで包んだとしてもそれは
彼らを燃やせるゴミに出す事だった

手足はない、口はきけない彼らとは
顔を合わせ対話というものが無理だ
ただ一方的に やられてしまうのさ

けれども、

わたしがいつも座っているパソコン
前のクッションの間近に銀のぬめり
が 生々しく 残っていたのを見つけ、

蛞蝓(ナメクジ)って丸まったり銀の
路を残したりしながらその動きを
ことば化してるんじゃないかなあ

って、考え込んで しまったわけ。

もしかして─・・・・なかよしになろうと 交渉にきたのでは!?
蛞蝓(ナメクジ゙)って お利口なんだよ
わたしの就寝中を 選んで 現れる
誰にも何にも 迷惑をかけていない

≪いつまでも いても いいよ──≫
蛞蝓(ナメクジ)の 世界観、知りたい
Silver Roadは きれいな通り雨だよ

(Praise Song)
Silver Road, Silver Road, Oh, Silver Road・・・・・・・・・・・・・・・・・
わたしが蛞蝓(ナメクジ) なら戦場で真っ先に死ぬね
Silver Road, Silver Road, Oh, Silver Road・・・・・・・・・・・・・・・・・
だって、生まれてからずっと かけっこビリだもの

蝸牛(カタツムリ)は殻があるそれで
子どもたちの 手のひらの 人気者
地域猫「さくら」も町内平和の徴 ※2
ところがだよ──・・・・・
蛞蝓(ナメクジ)って冷暗湿地を徘徊
するだけで元朝青龍並みのヒール
あいされる者とあいされない者がいるってことは
皆でそれを産んじゃうって事だな

蛞蝓(ナメクジ)は わたしがもう何回も焼却炉に送り込み
生きたまんまで どういう手も打てず 死んでいったんだ
そう、・・・・・・・・・・・・・・「ガス室」送りにすごく似ている

Silver Road, Silver Road, Oh, Silver Road・・・・・・・・・・・・・・・・・

幾筋ものかがやく路、──・・・・・それって きれいな
通り雨に 過ぎなかったと いうのにね、──・・・・・

 

 

※1手拍子を伴う、ゴスペルの冒頭のセクション。アフリカ黒人は
空0≪家畜≫として輸入されたと聞く。「自分で自分の肩をたたくような/
空0マクシム 菅原克己より」を、そんなとき思い出す。

※2「さくら」は、その後、すがたを消しました。

 

 

 

造花の如く

 

今井義行

 

 

少年時代 水たまりのなかの 白い花を摘もうとして 手が濡れた
≪きれいだなあ、かわいいなあ≫ 唯そんな想いだけで 手が動いた
その日の花は雨あがりの 水に映り込んだだけの白い花だったので
わたしの胸のなかには摘めなかった白い花が造花として保存された
そして少女たちの輪で遊んでばかりいた頃その花は喜びへ揺らいだ

*保存された その花、 どんな 白い おはな

*わたしの 胸の 一輪挿しに ずっと ある

*それは、 艶の ある Vanilla ホワイト

*それは、 ゆりの、 造花 です ゆりは、

*埃をかぶり 幾たびも 割れそうにもなり

わたしの ゆりは、わたしのなかの少女性で
壮年男の胸の 一輪挿しにもずっと つづいて
可愛い白さに憧れて野を這った少年の名残り

*それは、 艶の ある Vanilla ホワイト

*それは、 ゆりの、 造花 です ゆりは、

*わたしの 胸の 一輪挿しに ずっと ある

*それは、 家族が いない日にした 薄化粧

Vanilla ホワイト 造花・・・、造花 つくりばな、
という 自然 があるのだと 信じて きたの

東京都美術館で 「ボッティチェリ展」の ≪聖母子≫ を見た
母子とはあるが それは 抱く者と抱かれる者の 愛花でした
富豪家から依頼された宗教画かもしれないがその碧い熱の注が
れようは表現の開花と欧州でのキリスト教の浸透力を伺わせた

宗教画にはゆりが描かれることが多いというキリスト教に於て
ゆりの花は、【純潔】を意味するのだと聞いた 中世イタリアの
≪受胎告知≫などの絵には しばしば 背景に描き込まれている。
けれど、ニッポンではゆりは 陰間の俗語 薔薇族と対になる物

処女懐胎などするわけないじゃないか神秘的な嘘もあるものだ
わたしは その聖母から ≪聖≫も ≪母≫も むしりとって
ヘンな勘違いしなさんな、と 眼を伏せて両腿を静かに閉ざす
官能性の匂う Onna の白色光の手を掴んで額縁から連れだした

上野公園の散歩道には ハクモクレンが天へ垂直に咲いていた

春がおとずれると 花々が咲き 花々が散るのをうつくしいと
ひとは言う けれど わたしは春先を疑い神の怒りにふれよう
と想った 造花・・・・・・・、つくりばな、 Onna は 何も喋らない
碧い石を微細に砕いた衣一枚で どこまでも影のない白い頬で

そして誰も来ない鳥居の奥の木陰で わたしたちは添い寝した
わたしは わたしを 冬越えさせた一枚だけのコートを 毛布の
かわりにして Onna の冷えた 腕まくらに 横顔をうずめた
木陰の枝々のむこうに 不忍池の傾きかけた 日射しが見えた

Onna は つっと わたしの乳房をなだらかなくちびるで吸った

唇スタンプは縦に横に上に下にわたしの乳首の周りを移動した

≪ああ、 ねむっていた ゆりが ひらく≫

Vanilla ホワイト 造花・・・・・・・・・、 つくりばな、
と いう 自然が あるのだと 感じて いたの

傾斜線の輝く 上野公園で いつかは 召されても 造花でいたかった
ゆりは Onna の 指先で 包皮がめくられて しだいに勃っていった
わたしの ゆりは、 わたしのなかの秘密 少女性だった、というのに
なまの壮年男の 胸の一輪挿しに ずっと あるものだったというのに

≪ああ、Vanilla ホワイト が こぼれそう≫

白色光の輝く 上野公園で いつかは 召されても 造花でいたかった

≪ああ、Vanilla ホワイト が したたった≫

花はどこへ行った?/Peter, Paul and Mary
WHERE HAVE ALL THE FLOWERS GONE?≪和訳≫

Where have all the flowers gone, long time passing?
花はどこへ行った?長い時を経て
Where have all the flowers gone, long time ago?
花はどこへ行った?長い時が流れ
Where have all the flowers gone?
花はどこへ行った?

Where have all the young girls gone, long time passing?
少女達はどこへ行った?長い時を経て
Where have all the young girls gone, long time ago?
少女達はどこへ行った?長い時が流れて
Where have all the young girls gone?
少女達はどこへ行った?

Gone to young men[or husbands] everyone.
みんな恋人達のもとへ行った.

少女達は、どのような性(さが)に たどりついたのだろうか──
その少女達の一人位は胸に兄花ができ妹の香り抱き寄せたのでは

夕空には 三日月がうっすら浮かび うたたねからさめてみると
わたしは 碧い石の敷きつめられた おおきな円陣のなかにいた
碧い石の粉にまみれたコート わたしは それを ひとり纏って
不忍池のボート乗り場の舗道に沿って 御徒町まで歩いていった
なまの壮年男の胸の一輪挿しにずっとあったものは消えたのかな

御徒町からアメ横の雑踏のなかに入っていった 無国籍な露店街
の日本人が営む鮮魚店 真っ赤な合成着色料にまみれて怒張した
ように太くてながい一本の辛子明太子が≪神のペニス≫に思えた
わたしは 上野松坂屋の傍のバス停から都営バスに乗って帰った
宵闇のなかで どこへ向うのか 自らを 訪ね求めるように・・・・

 

 

 

≪友愛≫と、コインランドリー/カンバセ―ション

 

今井義行

 

 

これは、2014年 わたしが急速に 健康を 損ねていった
時期に 詩友・辻和人さんが 代々木上原の「鎌倉パスタ」
で 瞬く間に 箇条書きにして 渡してくれた メモです

重い鬱と連続飲酒に陥っていたわたしは働くことができず

家賃の3万円安い江戸川区・平井へと転居した直後でした
その物件を探しに 奔走してくれたのも 辻和人さんでした

 
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【CHECKLIST】

□ 就労支援事業についてのシステムを勉強する
□ 障害者の保障についてネットや本で勉強する
□ 地域担当の保健所の保健師と話す機会をもつ
□ 朝型の生活をこころがける
□ 栄養バランスのとれた食事をこころがける
□ 低賃金でも軽作業のアルバイトを探してみる
□ 相談できそうな人を増やす努力をする
□ お向かいのおばあさんと茶呑み友だちになる

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2016年 春
改めて見直してみて この【CHECKLIST】には 概ね レ点が 付いています

底へ底へ墜ちて 2度の入退院後も 希望はある、と今では甦りがきました
辻さんが「一生、今井さんを見放さない 罪を犯した訳ではないのだから」
そして、「人生の目的は何ですか? 詩を 書くことではないですか?」と
平井のちいさなアパートの6畳間── 家具類で実質3畳の生活空間に座り
わたしに真正面から向かい合い 確かめさせてくれたことが 想いだされる

辻さんは「今井さんの詩をまた読みたい」と言ってくれた 嬉しかったなあ
けれど、PCに触れることさえ辛く わたしは すぐには 詩を書けなかった
「みんな、喜ぶよ」 やがて詩作を再開したとき そこには 《友愛》という
物の存在── 静謐に波紋を描く存在が訪れると はっきり感じとりました
≪友愛≫という抽象的な概念が 具体的に 腑に落ちた 体験だったのです

この2月 平井と 亀戸の間 平井3丁目の旧中川河川敷の 河津桜並木まで
七分咲きになった光景を見に行けた 嘗て末梢神経が壊れて杖をついてさえ
つまずき ころんで 大きな 骨折をしたわたしには 眩しい出来事でした
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
あの 【CHECKLIST】には 概ね レ点が 付いていますが、

レ点が 付いたなかで いまなお 難しいのは お向かいの おばあさんと
「茶呑み友だちになる」という項目です
ご近所付き合いって 移ろいやすい 生ものですから──・・・・・
ということで、ここまでが 長い ≪Introduction≫ の 終わりであります

さてさて、はてさて、詩作から、詩人に就いて。

日本で一番詩集が売れている詩人は、谷川俊太郎ではないんですよお。
だれでしょう──・・・・・?
それは、池田大作です
創価学会名誉会長です
この人は 世界で秀でた詩人・桂冠詩人の称号を 授与されており
小説、随筆のほか 詩集も数多く出しています
その池田大作氏の詩集、ゴーストライター疑惑があろうと
国内公称・400万人の会員がこぞって購入、プレゼントもするのですから
まさに ベストセラー詩人でしょう

わたしの まわりには 学会員が多く 勧誘も説教もしません
親切ですよ 一緒に食事をして 四方山話をしたりね
詩人もいるけど 池田大作詩集を贈られ 拒否したりしません
その詩人の書く詩も 学会の教義を含むものが 多いですけど
日本人の中で 学会員の割合は高く
その意味で 日本で最も成功した ≪新興宗教≫だと言えます
わたしは 組織体と個人崇拝が きらいなので 入会しません
どのような ご利益が あってもね

池田大作の詩集には、「善いこと」が 書かれていると思う
≪いつも笑顔でいれば  輝かしい勝利が開ける≫みたいな
確かに「善いこと」なのだけど 誰にでも書けそうでもある

週刊文春あたりが 醜聞として、たとえば
学会に入っている芸能人を 悪行の如くリストアップしているが
浮き草稼業の人たちが 人気の持続を願って 何が悪い

≪広告搭≫って、エッフェル塔みたいで パリジャン

或る朝 お向かいの おばあさんが わたしの部屋のドアをノックして
「いらっしゃいますかあ !!」と 何度も呼んだ
70歳台半ばほどの独り身の方だが
平均寿命の伸びた時代 「おばあさん」扱いするのは気が引けるので
≪ヒグチさん≫ として 登場してもらいます

≪ヒグチさん≫・・・・・・・・

つつぬけの ばばあのくしゃみ 爆竹か?

なんて 思わないようにしていますから ご安心を。
「はーい、いま 開けます」
いそいで ドアを 開けてみると ≪ヒグチさん≫が
深々と頭をさげて 立っていたのです
「どうされたんですか」
「あの・・・・・ どの知り合いに言っても断られて最終手段に出ました
わたしが 購読料を払うので 3カ月間だけ
≪聖教新聞≫を 読んではもらえないでしょうか」
「う、・・・・・ ええ、いいですよ。 ≪ヒグチさん≫は
わたしが 3カ月入院していた時 溜まった郵便物を 丁寧に
保管してくださいましたからね」
「え、・・・・・ いいんですか !! ああ、これでほっとしたわっ」
「ノルマがあるんでしょう 購読者を増やすと
ひとつステージ=次元が 上がるんでしょう?」
「うん」と・・・・・ ≪ヒグチさん≫はうなずいて 部屋に戻り
3カ月分の 購読料 6,000円を 茶封筒に入れて 持ってきた
「お向かい同士、仲良くしましょうね
わたし このアパートの住人の誰とも付き合いないの 上の階の人が
窓から 塵取りで集めたごみを 捨てるものだから
昼間でもね 窓のシャッター下ろしてるの」

「ただでさえ 陽当たりの悪いアパートなのに たいへん」

そこまではよかったが 脅迫観念症に苛まれている わたしは
出かけるとき 鍵をかけても 戸締り確認を 10回はやります
それで 部屋の奥から ≪ヒグチさん≫が 「うるせえよ」と
大きな声で言っているのを 何度も 聞いたことがあるのです
また 近頃 写真を撮る楽しみを覚えたわたしは アパートの
門までの小径に敷かれた 雨に濡れた石を接写していたところ
たまたま≪ヒグチさん≫が 出てきて 「なに、やってんの?」
と訝しげに 尋ねたりもしました 確かに不審者ぽいものねえ

「雨の日には いろんな石が 綺麗なもの ですから」

そうかと思えば また別の朝に ≪ヒグチさん≫がやってきて
「マイナンバーの通知書の 不在配達票が入ってたんだけれど
うちの電話 *とか#がついてないから 連絡ができないの」
それで わたしが代わりに連絡をした 持ちつ持たれつ、かね

そうして 3月に入っていきました──・・・・・
わたしは、日々 とても追い込まれていました 何に? 溜まった洗濯物に。
アパートは 洗濯機が置けない造りなので
下着や靴下など薄物は お風呂に入ったとき 洗っていますが
厚手のシャツ、ズボン、ジャージ等は 部屋の隅に置いてある
コインランドリー行きの洗濯物袋に 放り込んでいきます
わたしは 食器洗いや 掃除などは あまり苦にならないけど
洗濯 それだけは・・・・・ 勘弁してくれ、だ

歩いて2分だけれど コインランドリーに行くのは億劫だ やだやだ !!
隣りの街まで 行くみたいで やだやだ !!
でも、実家の母から 電話がかかってきて
「洗濯物 溜めてないでしょうね!?」
「う、うん」
「いやあねえ、コインランドリーが近いんだからさっさと行きなさい」
なんて せっつかれて 或る晴れた日の午後イチに
膨らみきった洗濯物袋を抱えて わたしは行ったよ コインランドリーに。

コインランドリーには 洗濯機が5台あり、乾燥機が2台あり、
始めてしまえば 待ってればいいのだが それが 億劫億劫億劫億劫億劫だ
洗濯工程から乾燥工程まで 所要時間は大体1時間くらいでも
椅子にすわって ぼんやりしていると 飽きてきてしまう・・・・
ひまつぶしにしようとその日の≪聖教新聞≫を持っていったよ
その時 乾燥機から洗濯物を引っ張り出して パンンパンって
はたきながら 振り向いたのが半纏姿の ≪ヒグチさん≫だった
「あらー、ここで会うの、初めてね
≪ちょいと、あんた !!≫ その手に持っているのは──・・・・」
「はい、≪聖教新聞≫ですよ」
「あらまあ、こんなところまで
≪ちょいと、あんた !!≫ 善い事書いてあるでしょ──・・・・」
「はあ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ほんとは たまに 健康情報を 稀に切り抜いたりするだけで
普段は 大好きなフランスパンを カットして トーストして
カロリー60%カットのマーガリンを塗りたくって食べるのが好きで
ぽろぽろ パン屑が散らばるので 使い捨ての マットにしてるんだ
そんなこと 馬鹿正直に 言えないよなあ

「分ってるのよ 働くことのできない 身体なんでしょ?
≪ちょいと、あんた !!≫ 福祉のちからを借りなさい」
「福祉って 生活保護のことですか──・・・・ 江戸川区役所の保護課に
電話してみたことあるんですけど
貯蓄が10万円を切らないと 保護の対象にはならないそうです」
「分ってるわよ でも 働けない身体なんだから!
≪ちょいと、あんた !!≫ 即刻タンス貯金をしなさい」
「保護課のひとの話では 東日本大震災の影響で 受給者が急増したのと
不正受給者が後を絶たないので 支給額は減額されていくらしいです」
「生活保護を受けながら パチンコに明け暮れてる 知り合いなんて
たくさんいるんだから
≪ちょいと、あんた !!≫ お人よしも いいとこ
学会に相談して すぐに 何とかしてあげようか
東日本大震災の影響ったって ここは東京 福島じゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あと1年半くらいは なんとかなりますよ」
(学会に組み込まれるのは やだやだ !!)
(政教分離って どうなったのさ──・・・・)
(確かに東京・平井は 福島でないけどさ)

≪ヒグチさん≫は わたしの前に立ちはだかり
「もたもたしてちゃ だめだめだめだめ
≪ちょいと、あんた !!≫ お人よしも いい加減にしな
ケースワーカーが抜き打ち調査にきたってしらばっくれろ
自分の暮らしは 奴らの 暮らしじゃない」
そうして 乾いた衣類を椅子のうえで畳みはじめたが
ご婦人の衣類なので じろじろと 見ないようにした

わたしは 生活保護法とともに 詩を書く者として「詩人保護法」について
考えを めぐらせていた

≪「詩人保護法」についての考察≫ 今井義行の脳内施策
※Facebook上での詩人・鈴木志郎康さんとのやりとりを基盤として

国や自治体が詩人を保護する法律を制定すべきというのは極論かもしれません。
その保護というのは、「詩」の社会的意義について、国や自治体が理解を示し、
詩人の生活の支援に繋がる 何らかの方策を考えても良いのではないかという
ことになります。

わたし個人を例としますと健康上の理由では「うつ病」が治らないということ
で、会社解雇となりました。その後完治することはなく、アルバイトも続きま
せんでした。そしてメンタルクリニックの支援で「精神障害者手帳」の取得と
「精神障害者年金」月に約65,000円支給が得られ、それがわたしの所得
のほぼ全てです。しかしその支給は来年6月で打ち切られる見通しです。何故
ならば、わたしは「うつ病」に「アルコール依存症」が加わっているというの
が現在の姿で「うつ病」も 「アルコール依存症」も 厚生労働省により「保護
される疾患」とされているのですが、実態は「アルコール依存症」は自業自得
の病として、世間的にだけでなく 行政からも 侮蔑の対象となっており、医師
の診断書に 「アルコール関係の記述」が加わると 保護の対象からはまず外さ
れるのです。また 医療機関のミーティングでは「精神病院に 入院していた」
という履歴は、世間体があるからカミングアウトできないという人も多いです。

世の中には、健常者と同様に 働ける人とそうでない人がいる。しかし思うよう
に労働に従事できなくても、生き甲斐としてのみでなく 大げさに言えばですが、
天職として捉え、「やりたいことがある」 そんな志を持っている人たちは多く
いるのではないでしょうか。

≪わたしは、詩を 書いています。詩作は、自分が楽しいだけではなく、他者の
こころを震わせることもある、という意味で 「社会参加」と 捉えています。
わたしには 詩作が社会行為、すなわち「詩生活が軸」なのです≫

わたしの見通しとしては、来年に打ち切られる 可能性大の、月に換算して 約
65,000円支給を 埋め合わせるために、障害者枠で、 或いは 在宅勤務で
行える軽労働をしてみようと 考えていますが、毎月 確実に 赤字が発生して
「生活保護」の申請に 進んでいくでしょう。わたしは、そのような 生活の中
で、詩を書き続けようと 思っています。「生活保護」を受ける。 国民の権利
ではありますが、この時点で 国の保護を受けるということになります。

行政側は、不正受給防止なども 含めて、担当ケースワーカーが 抜き打ち訪問
して、「働ける状態にあるか、どうか」 チェックを 行います。その時、部屋
で 詩を書いていたとして 「これが、わたしにとって仕事なんです」と、どう
伝えたら良いのか。

「わたしは、詩で社会参加をしている」と 思っている。 小説家のように「家」
の付かない人は、職業として 認められませんが、望みもしない 文章を書いて、
「文筆家」などと 名乗りたくありません。制作費用のかかる、従来の 詩集の
出版は 特別 望んでいません。むしろ、詩の効能に 詩人側から関与して、そこ
から安価で良いので、収入を得るシステムは  行政側で検討されても良い、と
思います。個人の 生きる喜びとともに、国民の「生き甲斐」に 関わることに、
価値を 見出して 頂いて。「生活保護」の中で、現在 使っているパソコンが壊
れた場合、新規購入は 難しいので、周辺機器も含め 低額レンタルが あっても
いいのではないでしょうか。

先日、辻和人さんと 「詩人保護法」について 話し合う機会がありました。彼
は 「保護法」には反対で、それが施行されたなら 保護される対象は 「詩を書
いている人たち全員になってしまうから」と いうことでした。

辻和人さんは 以前わたしの母と 電話で議論する機会がありました。わたしの
母は、わたしが 詩作に熱心なことに、嫌悪感=馬鹿息子 と 思っていたようで、
苦労して大学まで 卒業させたので、企業で 定年まで 堅実に働き、家庭生活を
営むことなどを 以て、「自立」と 考えてきたようです。それは、概ねの 親が
願っていることなのかもしれませんが、そこからは 逸れて、健康を 害し、お
かねにならないことに 熱心なまま、というのには 「話にならん」ということ
だったのですね。わたしは、会社員時代、毎月 母に 仕送りしていて、それが
母の暮らしを ある程度 支えてきた面があったので、そういう不満も 持ったの
でしょう。

その母が、詩を 書きはじめました。わたしが 「詩は楽しい」「志郎康さんの
代々木上原のお宅での 詩の読み合いを満喫した」と 繰り返し言うので、歩行
困難で、部屋に独りで 1日過ごすこともある 母は、ためしに 「詩を書いてみ
よう」と思い立ち、実践したら 昂揚感が湧いてきた、と言います。通っている
デイサービスに それを 持って行ったら、所長さんが 朗読してくれて、壁に
貼ってくれて、「コピーが欲しい」という 参加者が 何人もいたのだそうです。
脳を活性化させるという だけでなく、生き甲斐ができたのですね。

そういうことがあるなら、「今井さんが お母さんに 詩についてアドバイスす
るだけでなく、そのような 施設に行って、詩を書く楽しみを 話して、実作し
てもらって それぞれの生き方を 褒めたらどうか。それが、詩人の 社会参加の
1つのモデルケースで、「友愛」の考えに 結びつくのではないか ───」と
は、辻和人さんの意見。

志郎康さんは、制作された 個人映画が 以前、或る機関に 買い上げられたとき
「嬉しい」と コメントされていたように 記憶していますが、詩について「国
の保護を受けるなんざ、まっぴら」という考えと どう 関わっているでしょう
か。わたしは、志郎康さんの作品を見出した、 ≪表現を解る≫人が いた、と
いうことに 感銘を受けるのですが。国や地方自治体の 文化行政 例えば文化課
や生き甲斐課や生涯学習課に そういう人材を きちんと配置することが 大切だ
と感じています。

しかし、そうなると「では、どこからどこまでが詩人なの」という 問題が出て
きます。実際、これは 判定不可能でしょう。東京都庁のHPで文化政策を見て
みますと、例えば ギャラリーの設立など、表現をしている人たちの利用できる
スペースの提供などに、予算を 使っているようでした。これは、わかりやすい
支援の仕方ですね。詩人の社会参加について、わたしは 「1篇の詩が、読者の
気持ちを良い方へ揺り動かすことがある」のだから それは ブラック企業は別
として、例えば会社という組織、そこに属する社員が 品質の良いものを探求し
て、暮らしやすい社会を築くことに寄与し、そこで 発生した利潤が、個人を生
活させるということと、ある程度同列に考えて「社会参加ではないか」と 書き
ました。

「詩作」は、生業にならないので、つまり 詩人は小説家など「家」の付くもの
と違って、例えば確定申告では、職業として 認知されません。たまに詩の原稿
料が発生するにしても、それは「雑所得」という、本来の収入とは 別の物とし
て区別されます。医者が講演会を頼まれて、講演料が 発生したとします。この
場合、医者の所得は 医療行為から発生する物を指し、講演料は「雑所得」とし
て扱われます。最近は、生業の他に「雑所得」を得ることに 熱心な人たちが急
増しているそうです。

詩では食べていけないから、結局、生活を安定させる 基盤として、大学で文学
を学んだ人たちが 文学部の大学教師となり、そこで詩を書いて、文化人として
「先生」と呼ばれて、本人も その気に なってしまう。結果 教養主義的な詩が、
世の中にはびこり、詩は、一般人には届かない。

わたしが言った「詩人保護法」とは、健康上の理由などで、最低限の 生活を営
むのに手いっぱい、一般労働というかたちで 社会参加が出来ない人に、提供さ
れるべきものと思います。ゆとり持つ人は、自分の生活力で 詩に関われば良い
と思います。ちなみに、先日 確定申告をしました。昨年、1度だけ在宅バイト
をしたのです。わたしの 年収は、12,800円。それでも 申告しておくと、
自動的に 住民税非課税となり、国民年金納入全額免除となります。しかし、社
会は 甘くありません。国民年金納入全額免除期間は、追納しない限り、老後に
支給される年金は 一般の方々の半分になるようです。

「あらあら あららら
≪ちょいと、あんた !!≫  洗濯機、とっくに 止まってるわよ」と
≪ヒグチさん≫が わたしに 言いました
「あれれれ ちょっと 考えごとを してました」
「≪聖教新聞≫ 善いこと 書いてある ものねえ
感極まっちゃった、のかな──・・・・?
≪ちょいと、あんたっ !!≫
今度、うちに お茶でも 呑みに いらっしゃいよ」

「はい──・・・・ ≪ヒグチさん≫ ありがとうございます」
近いうちに 懸案の 【CHECKLIST】に レ点が 付きそうです

 

 

 

永遠の綿畑 ── evergreen

 

今井義行

 

 

睡眠導入剤を 飲んでいても
午前三時には ベッドを出る
わたしのこころはいつだって
弾んでいます 起毛の速さで

明かりは灯さないのがすきだ
手探りの感触に艶があるから

「早朝覚醒」は異状じゃない
ってことを実証していくんだ

交感神経の昂揚── それは
希望の時刻を待ち侘びる自然

健康を示唆する、と言われる
≪既定値≫ それは

此処では 「真実」 ではない

睡眠導入剤には 種が含まれている
麺麭が 発酵するような 種が──・・・・・

夜明け遥か黒光り繁茂する場
鎮まりかえった 部屋の膜間
此処では 脳髄が 転倒をする
意味なんて捻ってしまうんだ

わたしは、わたしの日常だけは、カスタマイズするんだ
それは普遍に関わっていること「人」人にはそれぞれの
呼吸の仕方 そのときの姿 輪郭が在るんだよってこと

連綿とつづく 「早朝覚醒」、それは 永遠の綿畑 ──
地平線まで輝く 常緑の低木 綿の樹々に 季節が廻り
渇いたその種から現れた無限のふわふわまるい純白の綿
綿畑は白で埋るというが脳内跨ぎで緑の綿毛の球面地帯

わたしが 蒲団に居た 短い眠りの あいだに
六畳間の畳は 常緑の綿畑の 球面宇宙に 覆われ 生育していた幸福
永遠の、綿畑 ── evergreen

わたしは 球面の感触を 頼りにして
べんじょへ行って べんは排泄せずに
とても 浅かった「早朝の夢」の 結石を捨てる
それから ──・・・・・
コンピュータを起動
闇が、ひかるひかる
コンピュータの画面
に陽射しが踊ってる

画面のひかりが 綿になって へやに 噴きこぼれる

永遠の綿畑 常緑の その空間の 彼方まで 入っていくよ ── evergreen

「言葉」を さまざまに
置いては崩し また
置いては崩し かたちを創っていくのです

永遠の綿畑 常緑の綿の 球面宇宙を 遊泳しながら 言葉を 摘むんだ

「早朝覚醒」は 言葉織る 時間なんだ
キーを叩き変換し 初めて出会う物達
その場こそ 覚醒なのだ
わたしの 今日 それは
その時間を満喫しようと
する事から異化されます

「早朝覚醒」の 温みを
朝の御飯にすることから

「いただきます」 摘んだ言葉 ひとつひとつを 溶かした バターで 味わう

≪プログラムの関連付け≫という 言葉が しばしば 画面に表示されています

無意識の関連付けが 詩に
意識化の関連付けが 詩に
対象化の距離感覚が 詩に
錆びた技術の駆逐が 詩に

そして 朝陽の 地上に 立たないと
わたしは 今日に現れない
わたしは 在っていこうとして
無心に 画面と抱き合う
書き直して、 読み直して、
ことばを 保存しては
それを繰り返して、やっと
落ち着ちいて 平和的な息をもらす

ほうら・・・・・・・・・・・・・・・・・・
衛星の高さからイメージしてみよう
わたしは居るが 居ないにひとしい
居ないにひとしいが
接近していくと わたしは居るのだ
地上には ≪ Ashes To Ashes ! ≫
なんて曲もあり人間流砂はうごめく

灰から灰 輝いている、輝いている、*一部歌詞対訳
灰から蜜 輝いている、輝いている、

あたらしい生が いつも、生きたいと願ってる

思い出されてくるのだった──・・・・
いまは 梅の枝は盛り
散歩道の 一軒の住宅の 塀に
鉢物の 白梅が飾られていた

顔を 近づけ 匂いを かいだ

わたしは
その白梅の一枝を 手折りはしなかった
けれど・・・・・・・・
網膜に それを
保存していって

瞬間保存した儘
忘れない内に書いておこうと
心から 想った

それは 春めいた 慎ましさ だったので

忘れない内に 残像の言葉
詩に 書いて おきたいと
言葉、書いて おきたいと

「し」は しあわせの「し」
「し」は しあわせの「し」

「詩」は しあわせの「し」

そんな想いがあるから 永遠の綿畑に ごろごろ転がって
パジャマが 真みどりの 毛玉だらけに なったって
再起動して、 再起動して、 再起動して、
セカイ ノ 画面からは 欧州からの 報せもおとずれる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【 2016 0110 】 英国の伝説的なシンガー
D・ボウイが 急逝したんだって、ね
米国では 必ずしも大きな成功をした訳では
ないのに 遺作は全米チャート 初登場一位
「駄目になった」と 散々に扱われてたのに
購買層 って、 げんきん だね
突然死 って、人を 神格化する

わたしは D・ボウイの未発表の音は聴きたい
死の前までに幾つものテイクがあっただろう

未発表の音は アレンジで捏ねられず
簡素な試行  或いは照笑い
或いは 苦笑いのもとに
囁きのような ナチュラルなヴォイシング
が 潜んでいることが多いんだ
商品にはなれなかったものを聴きたいのだ

ひっそり暮してるだけさ
淡々と 情熱を持続させ
「詩」を 立たせないと
わたしは日々を失うから

午前8時を 回った──

六畳間がいよいよ光っていって わたしはカーテン、窓を開けた
真冬の空は 壮大な円弧を描き 蒼の高速道路が 多層の螺旋を
重ねていた── あの路からは 何処へでも行けるのではないか

ヒトデのかたちをした 飛行機が 空をわたっていった
雲の海を まっすぐに 通り過ぎていった

ああ、もう一度だけ 蒼の高速道路に 乗って 湘南に還りたい
煩雑なTOKYOと 隣接していながら 海風にのんびり育てられた
わたしは。窓から 高速道路を 流している タクシーへ 合図した

≪ SYONANまで──≫

四季の折々に 固まりだった
わたしの 核家族は
神奈川県 藤沢市を基点に
しろい 細糸を伸ばす
国道路線図のように
散り散りになっていったんだ

母は藤沢市・丘陵の団地
亡父は豊島区の墓地のなか
妹は名古屋県・知多半島寄りの
自動車の 製造業圏
わたしは 江戸川区
荒川の傍 平井のアパート

みんな ばらばらに
かろうじて 細い糸で
霊的な通信を取り合っている
≪元気にしてる ? ≫
手をのばし揺らしていながら
≪家族の結び目って
それは本当に絆 ? ≫

わたしは独り者だけれど
それもまた核家族となるのか
独りの 核だから
抑えるものはなにも無い
資産を残す必要など無い
形見を残す必要など無い
墓石を残す必要など無い

家族、その子孫って なんだろう 蒼の高速道路、多層の螺旋、走って、走って・・・・・、

着いた その街は 波の寄せる 湘南、ではなかった
その街は・・・・・・ 球面宇宙に 覆われた 真鶴だった

真鶴の海のいろは 湘南の海のいろより 濃い
同じ相模湾に面していても 西ほど漁場が匂う

その街には わたしの 友人夫婦が住んでおり
彼は真鶴から東海道線で横浜銀行本店に勤務
長男23歳と長女19歳の 4人で暮らしていた

≪永井くん、急だけど 会ってみたくなった≫

何ひとつ 約束してなかったので 電話して
わたしは 彼らの自宅へ行き30年振りに会い
お茶を飲み「時間て速いな」等お喋りをした

友人夫妻は一様にわたしにこのような事を語った
「長男は細かなことを気にする子で まぁ緻密、
長女はおおらかすぎるほどの子で まぁ大胆」
わたしが「健康な子どもたちに恵まれたね」と
言うと 友人夫妻は一様に首を横に振るのだった

友人夫妻が言うには──「ほんとうは
長男の気質と長女の気質を足して2で割ったら
ちょうど良かったんじゃないかと思う」
「あるいは長男が女で長女が男に生まれて
きた方がうまく生きていかれるんじゃないか」

「そんなことはないんじゃない」とわたしは
言った たしかにわたしも長男で妹が居り
友人夫妻と同じようなことを親から何度も言われた
性格をくらべてみれば不可解という話ではないが

≪すきにヒトを造って 更に何をもとめる?≫

≪わたしからは まあまあの 人生と思える≫
と いうのが わたしの 言い分だった ──

≪その子たち は 愛の結晶、では ないの?≫

それから わたしは タクシーで バスターミナルに 向かった 蒼の高速道路、
多層の螺旋、走って、走って・・・・・、

バスターミナル のサンルーフから
あおぐと
2015の 夏のなごりの
空の
青さの
ちから
わたしは バスに乗って

降りた処は

── ここは、湘南か・・・・・?

バスターミナルの
ベンチに
数人の
少女たちが
きれいにならんですわっていた

── 人魚・・・・
── 人魚・・・・
── 人魚・・・・

蒼空と人魚たちの絵すがたが
そこには
おおきく
ひろがっていたのだった

舗道のカーヴミラーに映る
煉瓦の階段
辛子色の 落ちた葉の群れ
鳥たちの かわす
声音が成す テトラポッド

坂道をしたまで 降り行く
木綿の 衣服 の わたし

木綿・・・・ 永遠の綿畑 ── evergreen で

パチンコ店「パラッツオ」
ボード、 載せた VOLVO

わたしは 各駅停車の 小田急線に 乗りこんだ

「藤沢」までの 車窓の風景を ぼうと眺めてた
風の中 雲のような みどりの綿が 舞っていた

駅前の 南口の 周辺は
年に 一度の 市民祭り
デッキから見わたす市街
あふれかえる 市民たち

軒をつらねているテント
ステージでは
10代の女の子達のダンス
噴水の 隣りでは
路上のギターの ライヴ
信州からの出店には
冬映え、という名の林檎
地元産の お土産屋には
ふくろづめの
「しらすラスク」
がいっぱい積まれていた

ふふふふっ。 ≪ SYONANまで≫ 来てしまった
湘南 蒼浜には しぶきが 泡立っているだろう

けれど、老母居る筈の団地は 解体工事中だった