浜辺にて

 

おじさんに友はいた

だが
おじさんは

友をあてにする

わけには
いかない

真理も
普遍性も

あまりあてにできない

浜辺で
海をみてたりする

うぬぼれでもない
ロマンチックでもない

この波だった

きみのためではない
わたしのためでもない

ポリフォニーのなかにいた

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 26

 

私に早く帰ろう水楢の落葉の下に早く帰ろう

 

夜中に
林拓のあざらしの恋を聴いてる

昨日は
神田の鶴亀で飲んだのだったか

おじさんたちの隣りでひとり
飲んだのだったか

おじさんたちには友がいた

おじさんは
おとなしい

あざらしの息吹のように飲む

早く帰ろう
早く帰ろう

 

 

 

きみの生まれた朝に

 

きみの
生まれた朝

おめでとうという

まだ

きみは
ねむって

いるね

きみの
生まれた

ありがとうという

なんだか
谷川さんの詩みたくなってきた

ごめん
ひどいやつだから

なにも
あげられない

なにもぼくにはないんだ

さよならと
ない

だけが
きみとぼくを支えてる

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 25

 

股ぐらに手をおしあてて極楽の眠りの底にわれ落ちてゆく

 

もう
昨日か

自転車で海まで走った

雨になるのか
灰色の空の下の海をみた

平らだった

帰って
ソファーで2001年宇宙の旅をみた

人間的な宇宙の絵画だった

愛などなかったと
いえない

デイジー
デイジー

君に夢中だ

 

 

 

「浜風文庫」詩の合宿 第二回

(鬼子母神にて)2017.12.02

 

 

浜風文庫では2017年12月2日に、
鬼子母神の蕎麦屋、鮨屋にて、小さな忘年会を行い、
その後、鬼子母神から池袋まで歩き、ファミリーレストランで「詩の合宿」を行いました。

協議の末、俳句と即興詩を制作することになりました。

俳句の兼題は「忘年会」で、
即興詩は各自がタイトルを書いた紙をくじ引きしてそのタイトルで15分以内に即興詩を書くことをルールとしました。

参加者は、以下の三名です。

尾内達也
長尾高弘
さとう三千魚

今回は、合宿の一部である俳句と即興詩を公開させていただきます。

なお、
だいぶ酩酊している状態での「詩の合宿」であることを追記しておきます。

(文責 さとう三千魚)

 

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俳句

 
 

忘れてはならぬことばかり忘年会

忘年会言われるまでもなく忘れ  ☆

天心の青に洗はれ年忘れ  ☆

忘年会犬も歩けばたたかれる

あな黒し忘年会の果てるとき

忘年会忘れていいのは何のこと

忘れても思いだすのさ忘年会

酔いまして上司の背中を叩く忘年会

参加せず夜の海を見る忘年会  ☆

 
 
 

即興詩

 
 

「社会」

 

尾内達也

 

愛の実現はむずかしい
気を抜けばたちまち
力関係の中
抑圧が嫌だと言っても、
愛するにはエネルギーが
いるわな
そこが男と女のちがいだね
女は愛されて自由になる
男は愛して自由かな?
社会の わなをくぐり
ぬける
赤インクのペンで、さ

 
 
 

「鬼子母神」

 

長尾高弘

 

他にも食べるものは
あったと思うんですけどね。
なんで自分が生み出したものを
また自分の中に戻しちゃったのか。
完璧を求めていたから?
いや、ただおくびょうだったから?
でも、
子どもを食べるのをやめたとき
ほっとしたんじゃないでしょうか。
いとしいものが見つかるなんて
とても幸せなことだから。
これで安心して死ねるから。

 
 
 

「馬鹿」

 

さとう三千魚

 

東名バスに乗って
鬼子母神までやって
来た
鬼子母神では
達磨の
湯呑みを買った
これで芋焼酎を飲むんだ
馬鹿は
馬と鹿だな
馬鹿は酒を飲んで
馬や
鹿の目玉をもらうのさ

 
 
 

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「浜風文庫」詩の合宿 第一回

(蓼科高原にて)2017.11.11〜2017.11.12

 

 

浜風文庫では2017年11月11日〜12日に、
「蓼科高原ペンションサンセット」にて「詩の合宿」を行いました。

さとうの発案で参加者各自にて自身の詩と他者の好きな詩を各1編を持ち寄り、
各自の声で朗読を行うこと、
また、その後に、
各自がタイトルを書いた紙をくじ引きしてそのタイトルで15分以内に即興詩を書くこと、
そのような詩を相対化しつつ再発見するための遊びのような合宿を行いました。

参加者は、以下の4名です。

長田典子
薦田 愛
根石吉久
さとう三千魚

会場は浜風文庫に毎月、写真作品を掲載させていただいている狩野雅之さんの経営されている「蓼科高原ペンションサンセット」でした。

■「蓼科高原ペンションサンセット」

大変に、美味しい料理と自由で快適な空間を提供いただきました。
大変に、ありがとうございました。

今回は、合宿の一部である即興詩を公開させていただきます。

(文責 さとう三千魚)

 

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「平目の骨を数えて」

 

長田典子

 
尖る麦茶、ビシ、ビシ
尖る蜜柑、ピチ、ピチ
尖る骨、ガラ、ガラ
平目の目は上を向いているからね
だけど骨は尖っているんだ
知らなかったね
平目はおべんちゃら言いながら
ほんとは尖っているんだ
尖れ、尖れ、尖れ
平目よ、尖れ!
おべんちゃら言うな、尖れ!
いや、尖るな。
俺の箸が捌いて骨を数える
骨の数だけ空を突き刺す!
麦茶を突き刺す!
蜜柑を突き刺す!
平目よ、
雨の中に立ってろ!

 

※長田典子さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

長田典子さんの詩「世界の果てでは雨が降っている」
鈴木志郎康さんの詩「パン・バス・老婆」

 
 

「サルのように、ね」

 

薦田 愛

 
朝いちばんの光をつかまえるのは俺だ
ぬれやまない岩肌をわずかにあたためる
月の光をつかまえるのは
我先にと走りだす低俗なふるまいなど
しない俺の尻の色をみるがいい
みえないものに価値をおく輩も近ごろ
ふえているときくが
俺はゆるすことができない断じて
そっとふれてくるお前が誰だか知って
はいるがふりかえりはせずに
くらがりの扉をあけにゆく
ひとあしごとに
たちのぼる
くちはてた木の実のにおい
世界はめくれてゆく
俺のてのひらによって
紅あかと腫れあがる
初々しさにみちて

 

※薦田 愛さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

薦田 愛さんの詩「しまなみ、そして川口」
河津聖恵さんの詩「龍神」

 
 

「ビーナスライン」

 

根石吉久

 
ビーナスライン
雨の中に
光って
どこへ行ったか
南の空が明るく
西の空は暗かった
雨の中に
立っている女だった
立ってろと
サトウさんが言った

 

※根石吉久さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

根石吉久さんの詩「ぶー」
石垣りんさんの詩「海とりんごと」

 
 

「下着のせんたく」

 

さとう三千魚

 
明け方には
嵐だった

朝になったら晴れてしまった

それから
車のガソリンを満タンにした

52号を走ってきた
八ヶ岳を見た

下着をせんたくした

 

※さとう三千魚は即興詩の制作前に以下の詩を朗読しました。

さとう三千魚の詩「past 過去の」
渡辺 洋さんの詩「生きる」

 
 
 

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山崎方代に捧げる歌 24

 

こんな夜にかぎって雨が降り出でて空の徳利を又ふってみる

 

どうなんだろう
とても言えない

そこに愛などないと
言えない

今朝
安倍川の橋を渡る時

カーラジオからボレロが流れた
あの波だった

ひとつのにぎりめしを渡してくれた

雨の中
背中を屈めて田圃の稗を母は抜いてた

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 23

 

ゆくところ迄ゆく覚悟あり夜おそくけものの皮にしめりをくるる

 

重ねあう唇に愛がこぼれる
重ねあう唇に愛がこぼれる

どうなんだろう
その唇

とても言えない

そこに愛などないと
言えない

尖石では縄文の時代が10万年続いたと聞いた
10万年は千年が100個だ

そこに愛などないと言えない

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 22

 

降りやみし雪うすうすと受けとめし朴の葉っぱのそのやさしさよ

 

今朝
安倍川の橋を渡るとき

UAの甘い運命という歌がラジオから流れた
重ねあう唇に愛がこぼれる

昼には会社に
山本沖子さんの小さな町という本が届いた

どうなんだろう
その唇

会議室で昼休み
フィリップ・グラスを聴いてた

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 21

 

幸は寝て待つものと六十を過ぎし今でも信じています

 

一昨日かな

蓼科高原の
宿に

浜風の詩人たちと泊まった

自身の詩と
好きな詩とを読んでもらった

それから
詩をひとつ作ってもらった

ぼくらにほんとに詩が
必要なの

問うてみた

高原の山道を散歩した
尖石で縄文土器をみた