くり返されるオレンジという出来事 2

 

芦田みゆき

 
 

「うまくむけないよ」

 

Qはオレンジに突き立てた爪を、ゆっくりとはずす。

 

手のひらを伝った果汁は、手首から肘へと流れていく。
Qはまだ固いオレンジの表皮に唇をつける。

 

雨がもっと降ればいい。

 

固く閉めきった湿度の高い部屋に、オレンジの香りが充満し、あたしは息苦しい。
もっともっと、あたしの内部を洗い流すように、降りつづけばいいのに。

 

あたしはQから乱暴にオレンジを奪い取る。
破れた表皮から溢れだすオレンジを舌で吸い上げ、おもいきり囓りついた。

 

内部が露出する。
あたしの乳房がオレンジの水玉に染まった。

 

 

 

諏訪大社上社本宮境内

 

狩野雅之

 
 

写真は演繹すべき物ではない。写真は過去の一点で立ち止まっている。写真は未来を志向しないし過去を振り返らない。写真は写されたものの存在証明であり、存在の現れの記録である。同時に写真は表現を志向することによって芸術へと向かう。しかしそこにおいても芸術となるのはそこに写されたものであって「写真」そのものが芸術として現れることはない。写真はメディアではないし存在を入れる(あるいは保存する)容器ではない。
 
個人的にはそんなふうに考えています。

なにも考えずに浸っていただければこれに勝る喜びはありません。

 


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くり返されるオレンジという出来事 1

 

芦田みゆき

 
 

一匹の犬だ。

その日、ホームセンターの駐車場で、犬はじっとこちらをにらみつけている。
街灯にしっかりと繋がれているが、今にもこっちへ駆けだしてきそうだ。よく
見ると、何やら口に銜えている。遠くからだと人形の頭のようにも見えたもの
で、ちょっとぎょっとして近寄ってみた。

口に銜えていたのは、一個のオレンジだ。歯が深くまで刺さり、果汁がだらし
なくしたたっている。食べているという感じでもなく、犬は、ただ、オレンジ
を銜えたまま、じっと遠くを視ている。

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