由良川狂詩曲~連載第23回

第7章 由良川漁族大戦争~赤い点

 

佐々木 眞

 
 

 

さあ、喜んだのは由良川の善人善魚たち。死んでしまったライギョの数を勘定しながら、「丹波数え唄」の大合唱が、あたり一面から湧きおこりました。

♪一番はじめは一の宮
二で日光東照宮
三で讃岐の琴平さん
四で信濃の善光寺
五つ出雲の大社
六つ村々地蔵尊
七つ成田の不動さん
八つ八幡の八幡さん
九つ高野の弘法さん
十で所の氏神さん
これだけ信心したならば
浪ちゃんの病気もなおるでしょう
ポッポッと出る汽車は
浪子と武雄の別れ汽車
再びあえない汽車の窓
鳴いて血をはくほととぎす

ここで、ネットに突き刺さったきりのライギョたちの前で、パンツを脱いで白いお尻を振り振りしながら、ひょうきんナマズのテッちゃんが、「もういっちょう!」とアンコールをせびりました。

♪一かけ二かけ三かけて
四かけ五かけて橋かけて
橋の欄干腰おろし
はるかむこうを眺むれば
十七八の姉さんが
花と線香を手に持って
姉さん何処へとたずねたら
わたしは九州鹿児島の
西郷隆盛娘です
明治十年戦役に
撃たれて死んだ父上の
お墓詣りをいたします
お墓の前で手を合わせ
南無阿弥陀仏と眼に涙
もしもあの子が男なら
アメリカ言葉をならわせて
胸に鴬とまらせて
ホーホケキョと鳴かせたら
どんなに喜ぶことでしょう

今夜ここでのひとさかりが終わると、喜びの次には、怒りがやってきました。
この時とばかりに宿敵の喉笛にくらいついて、日頃の鬱憤を晴らそうとするスッポンのポン太。
口ぜんたいが吸盤になっているのをいいことに、ライギョのお腹にぶちゅっとキスをして、まるで吸血鬼のようにチュウチュウと音を立てながら、血を吸いだしたカワヤツメのヤッちゃんなど、親子兄弟親戚の多くを毎日のように殺され、(なかにはイオカワのオイカワ三世のように一家全員が皆殺しの目にあった悲惨な家族も少なくありません)か弱い魚やその仲間たちは、にっくきライギョたちに思い思いの復讐をしようとしました。

その時でした。現役最長老のオオウナギが、右の胸エラを静かにあげて、みなを制しました。

♪みなの衆、みなの衆、お待ちなせえ。事をせいては、いけないよ。
アラーに唾するものは、自分に唾するも同じこと。
左の頬を殴るものは、あの世で右の頬をナイフで抉られん。
ブッダの妻を奪いしナーガンダも、ついには地獄に落とされた。
地には愛。天には星。仲佳きことは、善きことなり。
人にやさしく、とブルーハーツも歌っておる。
岩窟王エドモンド・ダンテスも、罪を憎みて魚を憎まずと申しておった。
みなの衆! どうかもうそのへんで無益な殺生をやめてくれえ。

最長老の説得が功を奏したのか、さしも怒り狂っていた魚たちも、次第に落ち着きを取り戻し、何年振りかで戻ってきた川の静けさを確かめるように、仕掛けネットの近くをぐるぐると旋回しながら、手に手をとって「美しく青き由良川のワルツ」を踊ったりしているのでした。

さてその頃、ケンちゃんは、若鮎特攻隊の残党たちと共に、天井からわずかに朱色の光が差す千畳敷の大広間に、疲れきった身をお互いに労わっていました。

「ははあ、ライギョの奴らめ、まんまと仕掛けにはまったな。ざまあみろ。アユ君、君たちも命を投げ出し、多くの犠牲を出しながら、由良川に生きる友達みんなのためによくやってくれたね。ありがとう! ありがとう!」

と興奮さめやらず、べらべらしゃべりまくるケンちゃんは、お父さんに似たのでしょうか。

「さあ、もうこれで大丈夫だろう。そろそろ仕掛け網のところに戻ってみよう。きっと大漁だと思うよ」

と、アユたちに声をかけながら、ナイフをぐいと口にくわえ、タンホーザー序曲をBGMにしながらゆっくり浮上しようとしたその時、ケンちゃんの視線の隅っこで、なにやら赤い点のようなものが、チラっと動いたような気がしました。

「おや、あれは何だ?」

と、ケンちゃんが向き直って、もういちど確かめるようにその方向を見やったときには、その赤い点はすっと搔き消えていたのです。

それからケンちゃんは、後続の若鮎特攻隊に、「テテレコ・テレコ」、すなわち俺に黙ってついてこい、の信号を送りながら、ふたたび急速浮上を開始しました。
さすがにこの深さですと水温もかなり低く、泳ぎながらケンちゃんは、思わずブルルと身震いをしました。

いつもは柳の木が茂る水辺のところからは、かすかに光線が差し込んで、見通しもそれほど悪くはないのですが、今日に限って水がよどんで濁り、一足キックするたびに、泥がそこいらから湧きおこってくるような錯覚にとらわれます。
それでも、もう少しで仕掛け網のところまでやってきたケンちゃんは、何気なく後ろを振り返ってびっくりしました。後に続いているはずの若鮎特攻隊がいないのです。
ついさっきまでブルーハーツの「リンダリンダ」と山本リンダの「狂わせたいの」をメドレーで歌っていた可愛らしいアユたちの姿が、どこにも見えないのです。

ケンちゃんの背筋に、冷たいものが走りました。

そして呆然としてあたりを見回しているケンちゃんの目の前に、さきほどの赤い点が、再び現れたのです。しかも、2つ。

 

 

つづく

 

 

 

万事快調

 

佐々木 眞

 
 

 

見よ東海の空明けて
今日は朝から日本晴れ
わが家の桜も満開だ
4月8日は、やっとせえのせえ

モンシロチョウが舞っている
ツバメもすいすい飛んできて
コジュケイ一家が「チョットコイ」
4月8日は、やっとせえのせえ

思えば去年のクリスマス
一夜で丸焼け一軒屋
今では更地になりました
4月8日は、やっとせえのせえ

お寺の前の道路では
インドの美少女 バク転だあ!
くるりくるりと身をひねり
4月8日は、やっとせえのせえ

おお 狼犬があくびする。
でぶでぶ猫が 顔洗う
聖徳太子は、実在したか?
4月8日は、やっとせえのせえ

3.11 あったのか?
9.11 あったのか?
12.8なんて あったのか?
4月8日は、やっとせえのせえ
4月8日は、やっとせえのせえ

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その29

 

佐々木 眞

 
 

 

お父さん、焼き芋の英語は?
www焼き芋、焼き芋。

お父さん、平成16年金八先生怒っていたよ。金八先生「学校へ帰ろう」といってたよ。
そうなんだ。

お母さん、からっぽってなに?
なにも入っていないことよ。
そ、そうですお。からっぽ、からっぽ。

お母さん、くつろぐってなに?
ほら、いまお母さんくつろいでるとこ。

お母さん、キンレンカの花食べられるの?
食べられますよ。

お父さん、時は日と寺ですよ。
そうかあ、そうだね。

ぼく、ナー君、お父さん、岡井先生。
ナー君、ダメ!
ごめんなさい。

泣くなよって、泣かないでのこと?
そうだよ。
泣かないで、泣かないで。

耕君、またブックオフ行きますか?
また行きますお。

お母さん、いまのうちってなに?
そうねえ、いまのうちにお掃除しましょ。

お母さん、ハッピーエンドってなに?
さいごにしあわせになることよ。

なんで205系引退しちゃったの? 古くなったからでしょう?
そうねえ。

耕君、ジュース何本飲んだの?
1本ですよ。
1日に一本ですよ。1回に1本じゃないのよ。
はい、分かりました。

お母さん、まさかって、なに?
まさか耕君がそんな悪いことをするとは思わなかった、ということよ。
ぼく、悪いことしませんお。

お母さん、暴走族ってなに?
そうねえ、バタバタバタでキュウウウウとなるやつ。
暴走族、いやですねえ。
嫌ですねえ。
ボーソーゾク、ボーソーゾク。

お母さん、脳腫瘍つらいでしょ?
辛いでしょうね。

お母さん、ぼく石狩鍋好きですお。
石狩鍋食べたの。
はい、食べました。おいしいですお。

ブーーというのは、ハズレのことでしょう?
そうだね。
ブー。

お母さん、「ほんまもん」印刷してください。
「ほんまもん」、誰が出たんだっけ?
知りませんお。ほんまもん、ほんまもん。

小児療育で「顔をこっちに向けてね」ていわれたお。
身長測定のときの話ね。
ぼく、また小児療育行きますよ。

しぶいって、なに?
にがいことよ。

チチンプイプイって、なに? 魔法でしょ?
まあそうねえ。

お父さん、台風の英語は?
タイフーーン。
お父さん、台風の英語は?
だからあ、タイフーーンだよ。

群馬県、好きだお。
そう。耕くん、群馬県行ったことあるの?
あるよ。

ぼく、さっちゃんが笑ってるの、好きです。
そう。お母さんは耕君が笑ってるの好きです。

お母さん、今後って、これから、でしょ?
そうね。これから、ね。

嘘っぱちって、なに?
嘘ばっかり、ということよ。

お母さん、100円玉、千円札に替えてね?
はい、分かりました。
いつ替えてくれますか?
そうねえ、火曜日か水曜日に。
分かりました。

ロート製薬、めぐすり?
そうよ。

お母さん、「こころ」の放送中止になったのは、ミサイル発射したから?
そうよ。北朝鮮のミサイルよ。誰かに聞いたの?
分かりませんお。

お母さん、ホソカワさんに、「あとで」って言われたよ。会議中って、あとでのことでしょ?
そうだね。
カイギチュウ、カイギチュウ。

お母さん、親しいってなに?
仲がいいことよ。耕君、親しい人いますか?
いませんよ。

お母さん、ヤッタアーて、なに?
「良かったあ!」のことよ。

ぼくは、しあわせになります。お母さん。
幸せになってください、耕君。

お母さん、めざめるって、なに?
目を覚ますことよ。

遅れて申し訳ありません、て、なに?
遅くなってごめんなさい、のことよ。

ぼく、ふれあいの歌、好きですよ。
なかむらまさとしさんの?
そう、そうですお。

お父さん、ぼくに怒ったり注意したりしないでね。
はい、分かりました。

お父さん、感謝の英語は?
サンキューだよ。

お母さん、えこひいきって、なに?
特別に可愛がることよ。

去るってなに? いなくなることでしょ?
そうだよ。
去る、去る、去る。

 

 

 

マリア・カラスの7分間の超絶的アリア

音楽の慰め 第26回

 

佐々木 眞

 
 


 

昨年は、不世出のソプラノ歌手マリア・カラス(1923年12月2日 – 1977年9月16日)の没後40周年でしたので、私は彼女の記念アルバムを毎日のように聴いて過ごしました。

そのひとつは彼女が1949年から1969年までにスタジオでレコードした全69枚のCDセットです。1枚140円の廉価盤(MARIA CALLAS 「The Complete Studio Recordings」)でしたが、まず49年11月8日から10日にかけてイタリアのトリノで録音された最初のリサイタルを聴いて驚きました。

アルトゥーロ・バジーレ指揮、トリノ・イタリア放送交響楽団の伴奏に乗せておもむろに歌いはじめた「イゾルデの愛の死」は、録音こそ古いものの、まさしくカラスの胴間声そのもの。いささか青臭く、なんとなく自信なさげで、未熟といえば未熟な歌唱ではありますが、時折聴こえてくる、どすの効いた迫真のサビとうなりは、すでに彼女の自家薬籠中のものとなっています。

そうなのです。ハイCで切開される鋭い線のような高音はもちろんですが、このブルブル震えるような低音こそが、カラスなのです。

一度聴いたら二度と忘れられなくなる、懐かしくも恐ろしいその声。聞く者の内臓に食い入り、深々と肺腑をえぐっては泣かせる、この表情豊かで戦慄的なバスの音色こそが、カラスという人の専売特許なのでした。。

ベルリーニの「ノルマ」と「清教徒」からのアリアの抜粋も、じつに見事なもの。まさに「栴檀は双葉より芳し」を地でいく鮮烈なデビュー振りといえるでしょう。

今度は一転して、最晩年のカラスを聴いてみることにしましょう。1969年2月と3月にパリのサル・ワグラムで録音された、本当に最終期のカラスの歌唱です。

カラスは、ニコラ・レッシーニョの指揮するオルケストラ・ドゥ・ラ・コンセルバトワール管をバックに、ヴェルディの「シチリアの晩鐘」「アッティラ」そして「イ・ロンバルディ」からの3つのアリアを、かすれるような声で懸命に歌っています。

その音程は下がり、あの豊かだった胴間声は激しくきしみ、さながら魔女の断末魔の叫びのようにも聴こえます。
しかしその蹌踉たる絶叫のなかに、私は無残な老醜を、それと知りつつ超克しようとする女の誇りと意地のようなものを感じ取り、一掬の涙を銀盤に灌いだことでした。

この永久不滅の名盤に続いて、今度は彼女のライヴ公演のリマスター盤「マリアカラスライヴ録音1949-1964」(MARIA CALLAS LIVE「remastered live recordings1949-1964」)が登場しました。42枚と3枚のブルーレイ・ディスク、それに貴重な写真を収録した小冊子の付いた超廉価の豪華版です。

ライヴで一入燃えた彼女の真価は、前記のスタジオ版よりも、こちらのほうで発揮されているようです。
たとえば1952年4月26日、フィレンツェ五月音楽祭でトゥリオ・セラフィン指揮フィレンツェ市立劇場管弦楽団に伴われて歌ったロッシーニ「アルミーダ」第2幕のアリア「甘き愛の帝国では」においては、なんと驚いたことに、あの高い、高い、高いニ音が、3回!も、しかも音程をはずすことなく! トリルの連続する超絶技巧で歌われていて、聴く者を圧倒します。

満員の聴衆はもとより指揮をしていた彼女の恩師セラフィンも、この驚異的な7分間には、思わず息をのむほどびっくり仰天したのではないでしょうか。

 

老ゆるともカラスはカラス鶴の声宇宙の彼方にさえざえと響く 蝶人

君知るやカラスの後にカラスなくひばりの後にひばりなきこと

 

 

 

歯が痛い

―わが親愛なるキシモト医師に捧ぐ

 

佐々木 眞

 
 

 

左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い
右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い
左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い歯が歯が痛い

死ぬ死ぬ死ぬ キシモト先生助けて下され!
それはそれはお気の毒、
すぐにヨコスカまで飛んでらっしゃい

はい、飛んできましたよ キシモト先生!
こんにちは、ササキさん
死ぬ死ぬ死ぬ キシモト先生よしなにお願いいたします

大丈夫、人間、そう簡単に死にはしません
では、お口をおおきくひらきませう。
あーん、あーん、あーん

なーるほど、奥歯のシコンノウホウ(歯根嚢胞)ですね
今日は、歯茎をざっと洗いませう
ちょいと麻酔なぞいたしませうか

あーん、あーん、あーん
痛い痛い痛い 死ぬ死ぬ死ぬ
洗うなり 煮るなり 焼くなり センセにおまかせいたします

グオーン グオン ギュルグギュルギュル
グオーン グオン ギュルグギュルギュル
グオーン グオン ギュルグギュルギュル

ノオ、ノオ、ノオ
ああああ そこは神経が ま まだ生きておる
やめてけれ やめてけれ ズビズバア ズビズバア

チューン チューン チューーン ピクル ピクルブ ピピピビピピ
グギグギグギ ガリガリガリ グギグギグギ ガリガリガリ
ブウン ブウン ブウン ビカビカビカ ブウン ブウン ブウン ギタギタギタ

ササキさん
痛かったら 教えてくださいね
痛かったら 手を挙げてくださいね

グリグリグリーン ギャリギャリ グリグリ グリリン グエンカオキー
ギャリギャリゼッポ グルーチョハーポ マルクスエンゲルス チェゲバラ グルリンパ
バズーン バズーン ドスバソス バズーン バズーン ドスバソス

oooooooooo nnngaaabubububugibugibububu
aaaaaaa guggi—–njyubobobobguhahahahagashigasigasigasisisisgga
denndendendenn zunnzunnzunnzunn baribaribaribagigigigizubizubizubarin

ニュン ニュン ニュン ガガガガガガ ニュンニュンニュン ガリガリ ガガーリン
ブブーン チュルチュル チュルンシュ パシュパシュ
ググーン ガリガリ ガリーン ザザザザザア

我痛し故に我あり初鰹 the end is the end is the end is the end is the end is the end
苦悶煩悶拷問苦悶煩悶拷問 the end is the end is the end is the end is the end is the end
七転八倒七生報国 the end is the end is the end is the end is the end is the end

チューン チューン チューーン ピクル ピクルブ ピピピビピピ
グギグギグギ ガリガリガリ グギグギグギ ガリガリ ガガーリン
ブウン ブウン ブウン ビカビカビカ ブウン ブウン ブウン ギタギタギタ

イタイオー イタイオー
ズビズバア ズビズバア
お願いだから もうやめてけれ

ギグギグギグ グルンン ガガンガガア
オペオペオッペル グララアガア
アヒアヒアヒヒ アビキョウカン

やめてけれ やめてけれ
生まれてきて すみません
イタイオー イタイオー

ビンビビン ビビビビ ブウン ブウン ブウンン
チューン チューン チューーン
ピクルピクル ブピピピビピピ ヌガア ヌガヌガア

はいササキさん おつかれさま
今日は、これでおしまいです
痛くなったら いつでもどうぞ

汗と血と涙の苦闘45分
ようやっと奥歯の歯根嚢胞の治療が終ると、
ヨコスカは黄昏 真っ赤な黄昏

よたよたとキシモト歯科を転がり出る男の影ひとつ
ほれ、また一日を生き延びた
キシモト先生 ありがとう

キシモト先生 さようなら
その時 ヨコスカは 真っ赤な黄昏
第7艦隊は 真っ赤に燃えていた

 

 

 

夢は第2の人生である 第61回

西暦2017年師走蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

これからは超高速ジーゼル車の時代に突入するので、私はいち早くその免許を取得し、国産1号機にまたがって県道21号線を激走した。12/1

久しぶりに麻雀をしていたら、天和(テンホウ)か、あと1牌で上がれるという最高の手がきているのに、いつまでたってもアガれない。よく見ると最初から牌が1枚欠けているのだ。12/1

今日は非番の日なので、赤、白、青、黒の4つの製造部門の生産状況の進捗を観察することにした。たまにはこーゆー、ゆとりのある時間もいいものだ。12/1

老いたるA教授は、ガンを患って、この世に残された時間がほとんどないことを知っていたので、後輩のBに、会得した秘法のすべてを伝授しようとしていた。12/2

彼は自分をボブ・ディランに擬しているようだが、似ているのは、ハモニカを銜えた外観だけ。早口で唱える歌詞は拙劣そのもので、むしろ無内容というても過言ではなかった。12/2

「先生、わたし、何かイケナイことでもしてしまったのでしょうか?」とおずおず尋ねると、オクムラ師はニコリともせずに、「晴天の霹靂なるぞゴロスケホーゴロスケホッホゴロスケホー」とお答えになった。12/3

葡萄色の阪急電車に乗って、谷崎夫妻ご一行と一緒に海水浴にいくことになったが、なにせなうての我儘な人たちなので、「須磨明石がええわ」とか「いっそ和歌山に飛びたい」とかの声が入り乱れ、なかなか意見がまとまらない。12/3

金球が、痒くて痒くて仕方がない。朝から晩まで1日中掻きまくっていると、真っ赤に腫れあがってきたので、これはまるでマントヒヒの金球みたいだなと思って、風呂場の鏡を見ると、私は全身マントヒヒに変身していた。12/4

一張羅のスーツがよれよれになったので、スーパーに行ったら、一着2万円以上もする。「北朝鮮で縫製した超格安1万円の奴があるはずだ」というと、「北朝鮮なんて大声を出さないでください。非国民扱いされますから」といいながら、内緒で倉庫に案内してくれた。12/4

なまくらな歌を詠んでは、益子焼の小皿に乗せて、海に流していた。「三角形の上にもうひとつの歌を乗せてみよ」、と誰かが言うので、困りはてていたら、そいつは「こうすればいいのじゃ」と、殺してぐにゃぐにゃになった歌を、三角の上に乗せた。12/5

Ⅹmasツリーの飾り付けをしていたら、脊の高い革マルのフランケンシュタインが、私の背中の方で悪戯するので、「こらあ、なにをするんじゃあ!」と叱るつけると、たちまちシュンとなってしまった。12/6

人には所有権があり、厳然たる人格所有権もあることが理解されてきたので、それらを無視して、傍若無人に振る舞ってきた独裁者は、人々の反乱を抑え込もうと躍起になった。12/7

いくら急流が次々に押し寄せてきても、人里離れたこの渓流に、誰かが落とした瑠璃も玻璃も、いささかも微動だにしなかった。12/8

開戦前夜になったせいか、ハセガワプロパン屋がやってきて、「おたくのプロパンを、回収させて頂きます」というのだが、その代用品はあるのだろうか。12/9

祖父と祖母が、2階の高窓から首を揃えて、「早くここから出しておくれ」と道行く人々に呼びかけるので、わたしら家族はとても困っている。12/9

あの男、10.8闘争の英雄とかいわれているが、それってなんだろう? 俺の誕生日は10.16だし、もしかして10.28の間違いでは? ともかく、10月は戦いの季節だった。12/10

サントリーが製作した鳥の映画の試写会に行ったら、隣の席の学生が、うす暗闇の中で私が三文雑誌の要請ででっち上げたあほばかエッセイを熱心に読んでいるので、それが気になって映画に集中できなかった。12/10

今年採用した男女2人の新人が、港に浮かんだ船の上で、これからの航海について、あれやこれや熱心に論じ合っている姿をかいま見て、私は、これなら未来もまんざら暗くはないな、と安堵した。12/11

将棋盤を飛び出した桂馬は、樹上で猿になり、森に入ってオランウータンになり、草原のただなかで、ホモサピエンスになったが、やがて猛烈な殺し合いをはじめて、すぐに絶滅してしまった。12/12

妻君がいち早く起きだしたのか、台所で物音がする。「もう朝なのか。全然寝ていないのに」、と思って時計を見ると、すでに12時半になっていたので、急いで飛び起きたのだが、実際はまだ6時前だった。12/13

彼女は、J.CREWのヤマモトとかいう男に酷い目に遭わされたというて、縷々あれやこれやの話をするので、私はじっと辛抱しながら聞いてやった。12/14

無人島の周囲には、たくさんの貝殻が捨ててあったが、それらの一つひとつに数字が記されていて、その数字は、貝を捨てた男の旅情の重さを現わしているのだった。12/14

横須賀にある「確かめ教室」では、どんな複雑怪奇な数式も細かいパーツに分解して、何回も確かめながら学習させるので、周辺の子弟から、圧倒的な人気と好評を博していた。12/15

我々は、帆船フランクフルト号の奪還に成功したのだが、「奥入り河」に乗り入れたところで、船縁から転落したケンちゃんが、岩に足を挟まれて溺れそうになったので、みんなで河に飛び込んで、やっと救出することができました。12/16

主筆の私が夢遊病になってしまい、連日訳の分からない社説の原稿を書き殴っているのに、肝心の校正係は、ろくろく読みもしないで、合格印のスタンプをペタペタ押しまくるのだった。12/17

電車に乗っていた黒い狼が飛び出したので、私もその後を追って白い球を投げると、狼は球を追って駆けだす。また投げると、後を追う。しばらくそんな遊びをしてから、狼も私も、また電車に飛び乗った。12/18

バリストは半年以上続いていたが、私にはもう1年前の権力闘争への情熱も、そんな新たな自己を発見した喜びも、全世界を敵にまわしての反抗の気概も、すっかり失せてしまい、まるでセミの抜け殻のような状態になってしまった。12/18

私は理由なく再三暴漢に襲われたので、覚悟をきめて、護身用に紫色の鞘に収めた正宗の短刀を買い求め、肌身離さず持ち歩くことにした。12/19

ボタンプッシュ・キャンペーンが終了したので、私は「いいね」ボタンを押してくれた人たちに、いちいちお礼を言って回ることにしたが、その間も人世の無常を感じていた。12/20

基地内には、10か所の特定地点が指定されており、その地点に立つと、眼下に奥深い冬眠用の竪穴が掘られていることが分かった。12/21

訪問したイタリアの小さな町が地震に遭って、北側から崩落していくので、私らは、南へ南へと逃げに逃げまくったのだが、南からは、亡霊の群れが逃げてくるので、先頭のポチが狂ったように吠えたてた。12/22

千トンの象と千トンの犀が、まるで力士のように真正面からぶつかって、押しくら饅頭をして長い間死んだように動かなかったのだが、突然全力を振り絞った象が、犀を押し倒した。12/23

珍しく車で出勤した日の午後に、第2次関東大震災が来襲した。幸い私の会社がある高層ビルは倒壊しなかったので、最高層にある駐車場の最高部にひっかかっていた私のアクアを、なんとか地面に下ろそうと焦るのだが、その間にもどんどん時間が経つ。果たして我が家の家族は無事なのだろうか。12/24

私が子供だった頃、家の隣を流れている河の石を取ってきては裏庭に捨てていたら、巨大な石の山になった。その話を聞きつけて石屋がやってきて、「全部買い取りたい」というので、一山いくらで売ったのだが、かなりの儲けになった。12/25

大阪支店に出張して、明日の打ち合わせの場所と時間を尋ねたが、答えが妙な発音で最後まで意味不明だった。不安なまま大食堂で定食を頼んだが、最初にコーヒーが来ただけで、後がなにも来ないので、ねえちゃんに文句を言うと、間違えてほかの客が食べてしまったという。12/26

最近睡眠不足で悩む患者が、「先生、麻酔してください」というて、大勢やって来る。なかには「わたし部分麻酔では効かないから、全身麻酔をお願いします」という人もいたので、「そうかい、そうかい」と言いながら、親切に要望に応えてやった。12/26

五味家は、京の北白川仕伏町に3軒も別荘を持っていたので、私たちは、「右から左にどんぐりころころ、どんぶりごろごろ」、と唄いながら、朝から晩まで転がりながら眠った。12/26

17歳の僕は、京の都で六条の御息所に抱かれ、はじめて番って童貞を失ったが、それっきり二度と彼女に会うことはなかった。12/27

私は超高層ビルの最上階から、外壁の周囲に螺旋状に張り巡らした階段をつたって地表まで命懸けで降りてから、「このビルにはどうしてエレベーターがないのだろう?」と訝った。12/28

私たちは、強権的な独裁者にちょん切られた首を、おのおの両手で持ちながら、黄泉の国に向ってトボトボ歩いていた。12/29

彼は、東京磁器センターの一介の皿職人だったが、ふと思いついて自由に作った皿の出来栄えが素晴らしかったので、人間国宝に指定されたが、それだけでは食べていけないので、相変わらず規格通りの皿を製造している。12/30

「あんたったら、日曜日には家事を手伝ってほしいのに、なんでまたCMの撮影だといって丸の内まで飛び出して、夜になっても帰ってこないの」と、うちの妻君はぷんぷん、かんかんだった。12/31