由良川狂詩曲~連載第18回

第6章 悪魔たちの狂宴~ライギョ来襲

 

佐々木 眞

 
 

 

ライギョと呼ばれる魚には、驚いたことには、なんと2種類があるそうです。

台湾からやってきて大阪、京都、兵庫などの湖沼で大繁殖したタイワンドジョウ、それからアジア大陸の東部が原産地で、北は黒竜江から朝鮮を経て、南は揚子江付近まで分布し、日本には朝鮮半島から到来、現在では北海道を除くほぼ全土に繁殖して平野部の浅い池沼に棲むカムルチーの2種がごっちゃにされているようですが、彼らがやたら大食いで、食洋魚を食害する点では共通しているのです。

ライギョ(雷魚)という魚が、小魚はもちろんエビ、カエル、フナ、コイ、ウナギ、さらにはイヌ、ネコ、ヘビ、鳥類など、自分と同じかあるいはそれ以上の大きさの動物すらぱっくりと食べてしまう、ものすごく獰猛な魚であることは、ケンちゃんも理科で勉強しました。

でもケンちゃんは、今まで由良川では、ライギョなど見たこともありません。

―――待てよ、あれはもしかしたらライギョじゃなくてソウギョじゃないかしら?

と、ケンちゃんは泳ぎながら考えました。

あれが中国原産のソウギョなら、由良川にいる可能性はある。だけどソウギョは名前の通り、アシとかマコモとかの葉や茎を食う雑食魚だし、ソウギョと混同されるアオウオにしても、川底の小動物を食べることはあっても、牛の肉までは食べないだろう。
でも、今そこで泳いでいるあの姿、あのかたちは、絶対にソウギョじゃない……

―――しかしライギョがなんで由良川にいるんだろう?

ケンちゃんの疑いは、深まるばかりです。

その間も、ライギョたちの悪魔の狂宴は、えんえんと続いています。

彼らがやることは、まるでピラニアです。でもピラニアはちっぽけな魚です。ピラニアの何百倍も大きなライギョたちが、飢えた食人ザメのように水中でガツガツと音を出して、牛の肉を、筋を、臓物を貪り喰っているのです。

その、この世のものとも思えない残酷な光景を見せつけられたケンちゃんが、もうそれ以上正視できずに、そろそろ引き返そうと身を翻そうとしたとき、ケンちゃんのスニーカーの右足が牛の白骨化した横隔膜にゴツンと当たりました。

すると百匹以上のライギョの大群が、一斉にホルスタインの死骸から湧きだすように飛び出して、ケンちゃんめがけて襲いかかってきたのです。

―――どひゃーあ、こりゃマイッタ。許してくれえ!

と叫びながら、ケンちゃんは、鎌倉スイミングスクール小学生の部グランプリに輝く素晴らしいピッチ泳法をフルに駆使して、全速ダッシュ!現場からの緊急離脱を試みましたが、牛の血潮に狂ったライギョたちは、「次の獲物はアイツだあ!」とばかりにケンちゃんめがけて殺到。

この前の日曜日にお母さんがヨーカ堂のバーゲンで買ってくれたばかりの白いスニーカーは、哀れライギョの鋭いひとかみでザックリと食いちぎられてしまいました。
ケンちゃんは大慌てでクロール泳法からドルフィンキックに切り替えながら、もう片っぽうのスニーカーをできるだけ遠くのほうへ投げつけると、ライギョたちは一瞬勘違いして、みんなそちらのほうへ気を取られる。

その間一髪のあいでにケンちゃんは必死のドルフィンキックを連発して、ようやく由良川の浅瀬にたどりつくことができたのでした。

ほうそのていで命からがら由良川の汀まで疲れきったからだを引っ張り上げることのできたケンちゃん。
真昼の太陽に背中をじりじりと焼かせながら、ケンちゃんはじっと考え込みました。

―――どうやったら奴らを倒せるだろう。どうしたらあの獰猛な敵をやっつけることができるだろう?

その間にも太陽は、ますます赤く、真っ赤に燃えたぎりました。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、さらにさらに燃え上がり、灼熱の炎、紅蓮の炎をコロナのように、赤い渦巻きのように空高く巻き上げ、強力無比な太陽風を嵐のように銀河系全体に叩きつけましたが、惑星間の事象を背後から強力に支配するダークマター(暗黒物質)の妨害にあって、怒りのあまり暴発しそうになりました。

がしかし、われらのケンちゃんは、1時間経っても2時間経っても、太陽が真っ赤な顔をして怒り狂ってもいっさい関係なく、じっとじっと考えにふけっています。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。

 

 

つづく

 

 

 

女声コーラスの「赤とんぼ」

音楽の慰め 第21回

 

佐々木 眞

 
 

 

秋晴れの午後、久しぶりに生の音楽に耳を傾けました。
逗子文化プラザなぎさホールで、女声合唱団「ぶどうの会」コンサートを聴いたのです。

じつは私はコーラスというのは苦手でして、高校生や中学生がコンクールで演奏するのをたまにラジオで聴くくらいですが、この日登壇したのは19人のいわゆる後期高齢者のおばんさんばかり。

創立20周年とはいえ「ぶどうの会」はアマチュアのメンバーなのでいったいどうなるのかと心配していたのですが、案ずるより産むがやすし、さながら少女のように純な歌声が流れてきたので、驚くやら安心するやらでした。

プログラムの前半は、はたちよしこ作詞・吉岡弘之作曲「レモンの車輪」、木下牧子作曲の5曲の合唱曲集、中盤は上田眞樹編曲も「日本抒情歌」、後半はみなづきみのり作詞北川昇作曲の組曲「やさしさとさびしさの天使」でしたが、指揮者の杉山範雄、ピアノの石原朋子さんの好サポートもあって、お腹いっぱいのご馳走を頂戴したような気分になりました。

近代から現代曲までさまざまな曲が演奏されましたが、やはり昔から耳に馴染んだ「朧月夜」、「荒城の月」、「夏は来ぬ」、「赤とんぼ」などの日本の歌が心に響きました。
ただしこれらの名曲をあまり調子の乗ってモダンに編曲すると、せっかくの古朴な樂想を傷つけてしまうことがあるので、若い編曲家は気をつけてもらいたいものです。

それにしても、休憩をはさんでおよそ2時間を見事に歌い通した出演者には、拍手喝采を贈りたい。しかも全収益金が沖縄久米島に設立された福島の子供たちの保養施設の活動に寄付されるとあらば、なおさらのことです。

 
 

福島より沖縄に来た子らのため十九の老女声張り歌う 蝶人

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第17回

第6章 悪魔たちの狂宴~由良川のギャングたち

 

佐々木 眞

 
 

 

大広間の天井にへばりつくようにして、この異様な光景のいちぶしじゅうをのぞきこんでいたケンちゃんは、びっくりしました。
突然自分の名前が持ち出され、しまいにはケンちゃんコールまで由良川一帯にとどろきわたってしまったんですもの……

しかし、これでどんなに由良川の魚たちが困っているのか、なぜケンちゃんの到着を待ちわびているのかがよくのみこめてきました。

のみこめたのはいいのですが、ケンちゃんはだんだん途方に暮れてきました。
自分はどうやったらこのピンチを救うことができるんだろう?
あんなに魚たちから期待されているのに、由良川のギャングどもを向こうに回して、12歳の少年がたったひとりで何ができるというのでしょう?
ケンちゃんは考えれば考えるほどますます不安に駆られてきました。

数千、数万の魚たちが酔っ払ったように由良川音頭を合唱している大広間をそっと離れて、ケンちゃんはまるで誰かから呼び止められるのを恐れながら逃げ出すようにして、由良川の本流めざしておおきく複式呼吸をしながら、ゆっくりゆっくり泳いでゆきました。

少し頭を冷やしながら、じっくり考えてみようと思いましたが、哀しいことにいくら腹式呼吸を繰り返しても、いくらひとかきひとかきゆっくり泳いでも、頭の中には何のアイデアのひとかけらさえも浮かんでこないのです。
その時でした。

――おや、あれは何だろう?

ケンちゃんの前方およそ5メートルほどのところから、なにやら白く光る2本の棒がこちらに向かってきます。白く、先端が湾曲した、なにか骨のようなもの……。
左右とも2.0の自慢の視力で透かしてじっと見つめると、それはなんと牛の角でした。

角だけではありません。肉がそげ、きれいに白骨化した大きな牛の頭骸骨が、見えない虚ろな眼で、じっとケンちゃんを睨んでいるようでした。

次の瞬間、その眼はギロリと動きました。
ギロリ、ギロリ、ギロリ……それは、牛の眼ではありません。
牛よりももっと小さく、しかし、もっと不気味で狡猾そうな2つの眼が、ホルスタインの眼窩の奥から、じっとケンちゃんを睨みつけているのです。

ギロリ、ギロリ、ギロリ……、黒く悪賢そうな小さな眼は、2つ、4つ、6つ、8つ、……もっともっと光っています。
暗い水の中で、何十、何百の暗い眼たちが黒い縞模様を右に左に反転させながら、次々に白いしゃれこうべの下へと消えてゆくのです。

このホルスタイン種の乳牛は、おそらく先日の台風の時、上流の上林村あたりから、生きたままモウモウと鳴きながら、ここまで流されてきたのでしょう。

ケンちゃんは、さらに牛の死骸のほうへと近づいてゆきました。そしてそのすさまじい光景を見た途端、アッと叫び、叫んだ口の中から侵入した泥混じりの水を思いっきり飲んでしまいました。
真っ暗な由良川の河底に横たわるホルスタインの死骸を、何十、何百匹ものカムルチーたちが、するどいギザギザの尖った歯をきらきら光らせながら、夢中になって食らいついているではありませんか。

全長40センチから、大きい奴は1メートル以上もある青ずんだ黒い色をした川の盗賊カムルチーは、背びれと臀ビレをゆらゆらグルメの快楽にうち震わせながら、狂ったようにホルスタインの雌牛のやわらかな臓物に突撃しては、獲物をナイフのように鋭い歯で斬りとり、そのたびに微小な肉片と鮮血が濁った水を赤々と染めてゆきます。

―――カムルチーだ! ライギョだ! こいつら、由良川のギャングたちだ!

 

 

次号へつづく