由良川狂詩曲~連載第25回

第7章 由良川漁族大戦争~戦いの果て

 

佐々木 眞

 
 

 

半分意識を失ってしまったケンちゃんめがけて、アカメは鋭い牙を鳴らし、直径15センチもある大きな口をガバとあけながら、勝ち誇って勝利の歌をうたいました。

♪勝った勝った
とうとう勝った

わいらあアカメや
とうとう勝った

いちの魚勝った
いちの魚偉い

にの魚勝った
にの魚偉い

さんの魚勝った
さんの魚偉い

よんの魚勝った
よんの魚偉い

ごの魚勝った
ごの魚偉い

ろくの魚勝った
ろくの魚偉い

しちの魚勝った
しちの魚偉い

はちの魚勝った
はちの魚偉い

くの魚勝った
くの魚偉い

とうの魚勝った
とうの魚偉い

わいらあアカメや
アカメが勝った

さいごの魚が
いちばん偉い

アカメアカメ
いちばん強い
世界でいちばん
わいらあ強い

まさかアカメがこんなに強い魚だったとは!
まさかアカメがこんなに歌がうまいとは!
ケンちゃんにとっては二重の驚きでした。

しかし、もう遅い。後悔してみても、すべては遅すぎる。
せっかく由良川の魚たちを救おうとはるばる綾部までやってきて、もうちょっとで、すべてがうまくいくところだったのに!

ああ、こんあところでアカメの餌食になってしまうとは! コンチクショウめ!
神様、仏様、残念無念です。
お父さん、お母さん、コウちゃん、ムク、みんなみんな、さようなら!

ああ、それにしても生まれてきて遊んだり、学校へ行ったり、また遊んだり、12年間生きてきたことは、いったい何だったんだろう? それにはどういう意味があったんだろう?

分からない。
面白かったのか、つまらなかったのか、苦しかったのか、楽しかったのか、幸福だったのか、不幸だったのか、それもよく分からない。
ただいっしょうけんめい生きてきた。無我夢中で生きてきた。だだそれだけだ。

でも、でも、ああそうだ。もし僕が今まで何か世の中に役立つことを何もしてこなかったとしても、そして、ここでアカメのやつに殺されてムシャムシャ食べられたとしても、少なくともウナギのQちゃんや由良川の魚たちはいつまでも僕のことを覚えていてくれるだろう。

それで十分だ。そうだよね、神さま!
だから神さま、僕があの時、友達にそそのかされて面白半分で棒で突いて軒の巣から落っことしてしまったコアイアカツバメのことはどうか許してください。

3才の時、タンポポとレンゲがいっぱい咲いている原っぱに立っていたら、どういうわけか僕のまわりに何十、いや何百匹というモンシロチョウが飛びまわる。
それで、次々にモンシロを両手で素手でつかまえては、ぜんぶポケットにいっぱいギュウギュウに詰め込んで、結局皆殺しにしてしまった。

あの時のモンシロチョウの香水のような独特の匂いがいまも鼻につんとくる。
そのことも忘れず許してください。

それから5才の時、お父さんからあらかじめ教わっていたのに、つい間違えてタカギ君ちの玄関のそばの電柱にへばりついていたヤモリをいっぱい捕まえてきて、水の入ったバケツの中に放り込んでしまった。

あれはイモリとヤモリをかんちがいした僕のミスでした。
苦しい、苦しいともがきながら溺れ死んでいったイモリ君! どうか安らかに成仏しておくれ。
ヤモリは茶色で、イモリは黒。お腹をひっくり返して、よーく調べてからにすればよかったんだ。イモリのお腹は毒々しいくらいの真っ赤だから、絶対に間違うはずはないんだから………。

ああ、神さま、許してください! 今度は絶対に間違えませんから!
それとお父さんにお願いして買ってもらったリスが、蛇にやられて死んでしまった時、ちゃんとお墓を作ってあげなくて済みませんでした。
床下に投げ込まれたままミイラになってしまったリス君! どうか勘弁してくれ。

それから僕は、お兄ちゃんにも悪いことをやってしまった。
タケとヒデとトシと4人でウナギ獲りに行こうとしてたら、お兄ちゃんのコウ君が「僕も連れてってくれおお」って必死に頼んだのを、僕は「コウちゃんなんか足手まといになるから駄目だ。帰ったらファミコンやったげるからおうちで待ってなさい」と冷たく突き放してしまったんだ。

そんな悪いやつだから、僕は今日アカメに殺される運命に昔から決まっていたんだ。
神さま、分かりました。僕はよろこんでアカメに喰われます。それでお兄ちゃんやリスやイモリに対しておかした罪が少しでも許されるのなら………。

そうして、ケンちゃんが泣きながら歌ったのが金子詔一作詞作曲のこのうたでした。

♪いつまでも たえることなく
ともだちでいよう
あすのひを ゆめみて
きぼうのみちを

そらをとぶ とりのように
じゆうに いきる
きょうのひは さようなら
またあうひまで

しんじあう よろこびを
たいせつにしよう
きょうのひは さようなら
またあうひまで

ああ、ああ、だんだん頭の中にモヤがかかっていく……
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、お兄ちゃん、ムク、みんなみんな、さようなら、さようなら、さようなら……

 
 

つづく

 

 

 

顔、顔、顔が嫌い

音楽の慰め 第28回

 

佐々木 眞

 
 

夜8時。
私がくたくたになって横浜桜木町の神奈川新聞社の厚生文化事業団から、明星ビル4階のオフィスに戻って来ると、もう誰もいなかった。

その頃の私は、昼間は自閉症を啓蒙する連続講演会の開催と準備と広報に血道をあげていたので、リーマンのお仕事なんかは、夕方から夜中にやるしかなかったのである。

今夜は神宮外苑花火大会なので、駅前は浴衣の男女が入り乱れ、何千発の花火が、そのたびにズシン、ズシンと地響き立てて打ち上げられている。

事務所の入口の掲示板には、「車はガソリンで動くのです」という、まるで奥村晃作氏18番の「ただごと歌」の短歌のような広告文案を書いた、電通のコピーライターの訃報が、画鋲で張り付けられていた。

そのとき、ギ、ギ、ギーという機械音がした。
まだ残業しているやつがいるのだ。
ダーバンというメンズブランドを担当している、ヨシダに違いない。

ドアを開けて室内に入ると、部屋の真ん中に置いてあるゼロックスが、グギグギと音を立てて作動しており、なにやら薄汚い風体の大男が、コピー機のガラスに頭全体を突っ込んでいる。

瞬時も置かず、二尺玉、三尺玉、そして巨大な四尺玉が轟音と共に打ち上げられ、真夏の夜に開け放たれた窓からは、赤青白黄紫群青に輝く爛れた光線が、部屋の隅々にまで深々と差し込んでいた。

ゼロックスは、箱の中の竿を2、3回左右に走らせながら、マシンの左横口からズ、ズ、ズ、ズーと音を立てて印画紙を吐き出し、そのたんびに箱の底から、青白い逆光が男の頭、そして頭越しに部屋全体に迸り出た。

男はそのままロダンの「考える人」の姿勢を崩さず、その間にゼッロクスは数限りなくゼロックスを繰り返すので、見れば部屋の中にはゼッロクスがゼロックスした大きな印画紙が、渦高く堆積し、ひくひくと痙攣していた。

ヨシダと思われる大男は、身動きひとつしない。
仕方なく私がコピー紙を手に取ると、そこには主イエス・キリストの憂愁に満ち満ちた顔が、黒の濃淡も美しく、くっきりと刻印されていた。

そのときおらっちは、

顔、顔、顔が好き。
顔、顔、顔が好き。
主イエス・キリストの、顔が好き。
生に倦み悩み、死にあこがれる顔が好き。

と、歌った。

と思いねえ、皆の衆。

そういえば、おらっちは、むかしイタリアのパゾリーニ監督の「奇跡の丘」という映画をみたことがある。

イエスの顔、マリアの顔、ヨセフの顔、
ヨハネの顔、ユダの顔、祭司長の顔、
サロメの顔、ヘロデの顔、ヘロディアの顔、
次から次に、素人役者の、モノクロの強烈な顔が出てくるのだ。

黒白の鋭い陰影を突き抜けて迫って来る、顔、顔、顔。
それは「奇跡」の物語ではなく、「顔」の物語であったあ。
聖書に描かれたとおりの、イエスの誕生から刑死、そして奇跡の復活までを忠実になぞる映画のようにみえて、実は人間の「顔」をじっくりと見せつけられる、奇妙な体験映画なのであったあ。

そのときおらっちは、

顔、顔、顔が好き。
顔、顔、顔が好き。
イエスを産んでもいないのに
母となった、マリアの顔が好き。

顔、顔、顔が好き。
顔、顔、顔が好き。
マリアと番ってもいないのに
父となった、ヨセフの顔が好き。

顔、顔、顔が好き。
顔、顔、顔が好き。
誰も望んでいないのに
ヨハネの首を所望する、サロメの顔が好き。

と、歌った。

と思いねえ、皆の衆。

なんでまた突如この「顔、顔、顔が好き」というフレーズが、
飛び出してきたのかと考えてみると、
どうやら戸川純ちゃんの「好き好き好き大好き」のせいらしい。*

「好き」の反対は、「嫌い」だが、「嫌い」で思い出すのは、ヤマハのポプコンが生んだ最高の名曲「顔」である。

顔がキライ 顔がキライ
アンタの顔が きらいなだけ
ごめんね 君はとてもいいひと
だけど 顔がきらいなの**

という、一度聞いたら死ぬまで忘れられない、このリフレイン!
そしてそれは、今ではおらっちの脳内で、朝から晩まで、
こんな風に鳴り響いているのさ。

顔、顔、顔が嫌い。
トランプはんの、顔が嫌い。
右手ピクピク不気味だけれど、
恐らくほんとは、とってもいい人。
自分勝手のバカだけど
ほんとは、とってもいい人なのよね。

顔、顔、顔が嫌い。
プーチンはんの、顔が嫌い。
007に似ているけれど
恐らくほんとは、とってもいい人。
政敵なんかをこっそり始末するけど
ほんとは、とってもいい人なのよね。

顔、顔、顔が嫌い。
安倍蚤糞はんの、顔が嫌い。
猪八戒に似ているけれど
恐らくほんとは、とってもいい人。
一強、一凶、一狂といわれているけど
ほんとは、とってもいい人なのよね。

顔、顔、顔が嫌い。
フランシスコ麻生はんの、顔が嫌い。
マフィアに憧れているようだけど
恐らくほんとは、とってもいい人。
祖父も驚くゴーマン野郎だけど
ほんとは、とってもいい人なのよね。

顔、顔、顔が嫌い。
顔、顔、顔が嫌い。
その顔だけが、嫌いなの。
あなたの顔が、嫌いなの。
なにがなんでも、嫌いなの。

と思いねえ、皆の衆。

 

 

注*戸川純「好き好き大好き」

注**コンセント・ピックスの「顔」の歌詞より引用

「コンセント・ピックス」は、ガールズバンドの草分け。彼らの応募曲「顔」は、1984年度の第27回ヤマハ・ポピュラー・コンテストでグランプリに輝いた。