絶対、絶対、大丈夫。

 

佐々木 眞

 
 

過激派に、誘拐されても、大丈夫?
大丈夫、身代金払ってくれるから、大丈夫。
絶対、絶対、大丈夫。

サウジアラビア、ムハンマド皇太子で、大丈夫?
大丈夫、二度と人間輪切りはしないから、大丈夫。
絶対、絶対、大丈夫。

トランプさん、気が狂ってるけど、大丈夫?
大丈夫、再選ないから、大丈夫。
絶対、絶対、大丈夫。

安倍首相、憲法改悪、大丈夫?
大丈夫、3年で消えるから、大丈夫。
絶対、絶対、大丈夫。

東京スカイツリー、今度の地震で、大丈夫?
大丈夫、倒れても斃れても、即再建するから、大丈夫。
絶対、絶対、大丈夫。

ニッポンと、ニッポン人、大丈夫?
大丈夫、まもなく滅びるから、大丈夫。
絶対、絶対、大丈夫。

ササキマコトさん、大丈夫?
大丈夫、死んでも死んでも蘇るから、大丈夫。
絶対、絶対、大丈夫。

 

 

*2018年9月12日附朝日新聞朝刊に掲載された「後藤正文の朝からロック」の「絶対、大丈夫」に触発された作品です。

 

 

 

「夢は第2の人生である」改め「夢は五臓の疲れである」 第66回

西暦2018年皐月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

私は、突然抽選で選ばれて、ある国の王様になってしまったのだが、どう考えても本物の王ではなさそうなので、あんまり嬉しくなかった。5/1

いつも暇で暇でごろごろしている宣伝課なのだが、急にイマイ課長とか、上司のマエ選手あたりがサンザメいて、ブランド立ち上げの機運がみなぎってきたので、私は、仕方なく部下のサカイ君を叩き起こした。5/2

その展示会では、展示物が一定の間隔を置いて、2次元になったり、3次元になったりするので、観客の関心を集めていたが、ほどなくして、飽きられてしまった。5/3

またしても、いつもの駅に来てしまった。これは何という駅で、どこからどこまで走っているのか分からないが、いつもホームも列車も満員なので、乗ったことはない。今日はホームの誰かが「それでも、就職するならやっぱり電通がいいわね」とほざいておった。5/4

彼ら超エリートたちの趣味と言えば、もう珍しい高価な物を買い漁るようなことではなく、手持ちのお札や、住所や、車や、部屋の番号を、1で揃えることだけだった。5/5

ハバラというその男は、「ササキはん、絶対にこっちから値段を言いださないこと。それがブランド買収の秘訣でっせ。よお覚えときなはれ」と、声をひそめて、さももっともらしく教えてくれるのだった。5/6

とっくの昔に現役を引退していた私だったが、駐車場の開閉と集金の仕事を頼まれたので、これも何かの縁だと思い、受けることに決めた。5/7

いつも夢に出てくる場所で途方に暮れていると、「右側に行けばバッハ坂という駅があるよ」と誰かが教えてくれたので、どんどん歩いて行くと、バッハ坂の広場に出た。駅ビルと思しき建物に入ると、そこは九龍城のような迷路になっていたが、なんとアキレタボーイとオリーヴナッツ嬢に再会した。5/8

私はアキレタボーイなんかには目もくれずに、オリーヴナッツ嬢めがけて突き進むと、彼女は迷路の中を逃げるふりをしながら、立ち止まってちょっと腰をかがめ、身につけていた超ミニスカートをぱっと捲くる。それで私が突進すると、彼女は逃げる。立ち止まって捲る。突進するという具合に、昔のように私を挑発するのだった。5/8

いくら「あっちへ行け」と手を振りながら怒鳴っても、追跡を振り切ろうと全力で走っても、シオミ・ヨウイチ君は、いつも私の傍にぴいたりと張り付いて、微動だにしないのだった。5/9

ダラ幹たちは、政権反対の意思表示として、機動隊への投石でお茶を濁していたが、気鋭の怒れる若者たちは、山村深く入り込んで村人たちを武装させ、いつかある日、首都に進撃する日が来るのを待っていた。5/10

ここは熱海か、それともカンヌか。「海岸の傍の映画館で上映されている日本映画は、かなり面白いよ」と、サイトウさんが言うた。5/11

「今回の広告は、シンプルなモノクロームだけで行こうよ。その方が経費もかからないし」というと、ゼンタロウも「いいですね。そうしましょう」と大きく頷いたのだが、結局普通のカラー広告よりも高くついてしまった。513

妹一家は、大船に住んでいるのだが、私たちは、まだ訪れたことはない。ところが、ある日我が家にやってきた見ず知らずの女が、「さあ、これから妹さんのお宅へ一緒に行きましょう」というので、私らは慌てた。5/14

内戦が激化して、死者がどんどん増えてきたので、私たちは、墓地に逃げ込んで、息を潜めていた。5/15

「月曜に西洋医にかかり、水曜日には漢方医にかかって、両方の医者の言う通りにすれば、たいていの病気は治ってしまいますよ」と、その中国人は宣うのだった。5/16

友人に誘われてある会に出たのだが、見知らぬ人ばかりで途方に暮れていると、「さあ、今度はあなたの番ですよ。お題の1句はできましたか?」と、リーダーらしきおっさんが迫る。どうやら吟行句会にまぎれこんでしまったらしい。5/17

毎年5月になると、私は昔取り残した5つか6つの単位を取得しなけねばならないという強迫観念に取りつかれて、仕方なく大学へ行くのだが、その課目は今では存在せず、担当の教師も、とっくに泉下の人となってしまっているのだった。5/18

カウンターの右端にいた小林秀雄が、「このトロを喰うと、ほかのはてんで喰えねえな」とほざくので、私も試してみたが、アブラ身がエグくて吐き気がしたので、二度とその寿司屋には行かなかった。5/19

大阪駅で、長崎に向う在来線の特急を朝早くから待っていたのだが、いよいよ列車が入線するとなると、列があってなきがごとき状態になってしまった。どうも昔から関西は、客の「たち」があんまり良くないらしい。5/20

さる秘密結社の会合に出たら、いきなり「俳句を詠め」といわれたので断って、某社のCMのロケ現場へ駆けつけたのだが、いくらコンテを見ても、何を表現したいのかさっぱり分からないので、帰宅して寝た。5/20

このたび地球に飛来した火星人と対話できるのは、なぜか自閉症児者だけだと判明したので、これまで各方面から白眼視されていた我が家の長男にも、俄かに明るい光が当てられるようになってきた。5/21

うちのコウ君は、複雑な数式を用いて両惑星の岩石構造について対話したり、火星でのthere とafternoonという言葉の両義性、音楽の2重3重4重奏曲におけるポリフォニーの響き方の違いについて、論じあったりしていた。

シェルターの中で、昔の平和な時代の思い出に耽っていると、山の向うのバルザック像が微笑んでいるように見えたが、それもつかの間、私は過酷な第3次世界大戦の現場に引き戻された。5/22

午後8時、横浜駅のタクシー乗り場で待ち合わせ、助っ人の2人と一台の車に乗り込む。目指すは、渡辺組の渡辺兄弟。今日こそ決着をつける運命の日だ。5/23

「あたしはね、誰かさんにデザイナーになってくれと頼まれたから、デザイナーになってやったのよ。そしたら無茶苦茶に売れたので、みんな喜んだじゃないの」と誰かが息巻いている。5/23

バスに乗って、赤いトマトを買いに行こうと思うのだが、いつも超満員なので、乗れない。たまに乗れても、乗客同士の押しくら饅頭に巻き込まれて、精根尽きはてるので、うまく買えたためしがない。5/24

私は、その国に行ったことがあるが、薬品は別として、その他の飲料や食品などは、飲食しても大丈夫だ、と判定していた。

手に持った百円玉を落としてしまったので、拾おうと思ってしゃがんでいると、耳元で「大好きなのよ」という声がしたような気がして、立ち上がると、ミタさんだった。ミタさんは、私が落とした百円玉を拾って、そっと渡してくれた。

山の上には、まったく同じ住居に、姉妹がそれぞれ住んでいるのだが、、航空写真を拡大して見ると、敵は2人の姉妹を捕まえて、首をのこぎりで挽いているようだった。5/25

次の競売品は、古書が入った汚い本箱だった。見習のデッチが処分しようとしたのを、とどめてよく見ると、なにやらいわくありげな巻物が。
これはもしかすると値打ちがあるかもしれない、と、私の心は躍った。5/27

地獄門からの眺望を楽しんでから、私はふと思いついて、いつもの北口ではなく、反対側の南口から降りてみようと思いつき、陸橋を移動していくと、黒人が門扉を開いてくれたが、下は真っ暗で何も見えない。ここを降りても大丈夫なのだろうか?5/28

このビルでは、常務、専務、社長、会長専用のエレベーターが完備され、それぞれ内装や速度などが、彼らの好みによって調整されていた。5/29

すべてのマイスターが準拠すべき規範は、1844年に定められているので、私たち新米職工も、ここから出発せざるを得なかった。5/30

くたばる前に本を出そうと決意し、諸事万端準備を整えて新宿まで出張ったのだが、題名、構成、挿画などのすべてについて自分の考えがバラバラだったことに気づいた私は、タカハシさんに「さよなら」も言わずに、らんか社を飛び出してしまったよ。5/31

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その32

 

佐々木 眞

 
 

 

お母さん、圧倒的って、なに?
ものすごい、ってことよ。

お母さん、魂ってなに?
心の中にあるものよ。

お父さん、ぼく、セゴどん好きですお。
お父さんも好きだよ。
セゴどん、セゴどん、セゴどん

エレベーター、扉に触れたらいたいでしょ?
そうだね。
エレベーター、下がって扉に触れないようにします。
そうしようね。

ひたい、オデコでしょ?
そうだよ。

果てしないって、なに?
どこまでも、いっぱい続いていくことよ。

しまった、って失敗したことでしょ。
そうだよ。
しまったあ。

ぼく、この音楽、好きですお。
えっ、都はるみの「北の宿から」だよ。
ぼく、「北の宿から」好きですお。

ぼく、この音楽好きですお。
え、「北酒場」だよ。
ぼく、「北酒場」好きですお。

お母さん、ぼく、回り道すきだお。
そう、お母さんも。

自信なくしちゃだめでしょ。
そうだよ。自信なくしちゃだめだよ。

お母さん、ことしジュンサイ買ってね。
買いましょうね。
お父さん、ハスはジュンサイに似てるでしょ?
似てるね。

お母さん、いきおいってなに?
早いことよ。

お父さん、ぼく、ソナタ好きですよ
じゃあ、ソナタ弾いてよ。
嫌ですお。

お母さん、スポンサーって、なに?
お金を出す人よ。

ユウちゃん、なんで泣いたの? しんどいからでしょ?
そうね。

ぼく、キャップ、好きですお。
キャップ、ふたでしょ?
そうだよ。

ぼく、キャップの仕事やります!
あんまり頑張り過ぎないでね。
はい、分かりました。

とっておきって、なに
とても大事にしているものよ

伝染病ってなに?
うつる病気だよ。

ぼく、小川君好きですよ。
そう。小川誰?
ケイスケ君?
そうだお。ぼく、小川君。
こんにちは小川君。

蒲田、蒲田、蒲田でミヤコさん生まれたの?
そう。
ミヤコさん、昭和何年に生まれたの?
分かりません。

お母さん、ならぬって、いけないことでしょう?
そうよ。
ならぬ、ならぬ、ならぬ。

お母さん、整頓ってなに?
きれいに片づけることよ。

お父さん、中央線、富士見行く時でしょ?
そうだね。

ぼく、ひらがないっぱい書きます。
そうなんだ。カタカナは?
わかりませんお。

京浜東北線、水色の線が入ってるでしょ?
うん、入ってるね。

ぼく、ワイドドア好きですお。
そうなの。
小田急、ワイドドアですお。
そうなんだ。

韓国は飛行機に乗ってでしょう?
そうだよ。

お母さん満点てなに?
全部いいですよ、ということよ。

このたび、ってなに?
今回は、だよ。

お母さん、ぼくタンポポ好きだよ。
お母さんも。

お母さん、いってきます!
いってらっしゃい!

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第27回

第8章 奇跡の日~水の上で歌える

 

佐々木 眞

 
 

 

その次の日、5月5日は子供の日でした。五月晴れの晴天でした。
うっすらと絹のヴェールを刷いた青空が、丹波の国、綾部の町の上空に、お釈迦様のような頬笑みを浮かべながら、おだやかに拡がっています。

ケンちゃんは、コウ君と一緒に、由良川の堤防の上に立ちました。
気持ちの良い風が、シャツの袖の下から脇の下へとくぐり抜けてゆきます。
対岸の家並のいらかの波のあちこちで、大きなマゴイや小さなメゴイが、5月の透明な光と風を呑みこんでは吐き出し、ゆらゆらと泳いでいます。

「ケンちゃん、『8組の歌』を歌おうか」
「うん、いいね」

そこでふたりは声を揃えて、大船中学校3年8組の歌をア・カペラで歌いました。

明るい青い空 光があふれるよ
野に咲く はなばなは
ぼくらに ほほえむよ
みんなで ゆこう
あの山こえて
みんなで ゆこう
よびあいながら
明るい青い空 光があふれるよ
野に咲くはなばなは
ぼくらに ほほえむよ

それから、ふたりが河原へ降りてゆくと、井堰のちょっと浅くなったところで、由良川の魚たちが背伸びしたり、躍りあがったりしながら、ケンちゃんたちの到着を待ちわびているのでした。
中には井堰を乗り越え、身をよじりながらこちらへにじり寄ってくる、せっかちなドジョウもいます。

「おや、そこをノソノソと歩いているのは幸福の科学を呼ぶとか言うゼニガメじゃないか」

ケンちゃんは、チビのくせに生意気にも背中にコケをはやしているゼンガメを掌に乗せると、井堰の突端できれいに澄んだ由良川の流れの中にそおっと放してやりました。

ゼニガメが不器用に泳ぎながら、コイやフナ、ギギやアユたちが群れ集っているところに辿り着くやいなや、誰かが合図でもしたように、その数えきれない何千何万匹もの由良川じゅうの魚たちが、一斉に銀鱗をきらめかせながら、思いっきりジャンプしました。

幅おそよ1キロの大河ぜんたいを、見渡す限り銀色で埋めつくした魚たちの跳躍は、いつまでも続きました。
いつもはそんな絶好のチャンスを見逃すはずのないカワセミもトビもサギも、さすがにこの時ばかりは水面を飛ぶことも忘れ、くちばしをあんぐりとあけたまま。魚たちの繰り広げる一大ページェントに見とれていました。

やがて由良川の川面に、ふたたび静寂が戻ったとき、最長老のオオウナギが、ケンちゃんとコウ君が立っている井堰すれすれのところまで、クネクネと泳いできました。
魚族の生存をおびやかす凶悪な敵との熾烈な戦いを我らがケンちゃん、そしてコウ君の助けを得て、やっとこさっとこ勝利に導いたこの老練な指導者は、ごま塩の長いヒゲをピクリ、ピクリと動かしながら、重々しい声音で一場のスピーチを試みました。

「うおっほん、このたびの、由良川史上かつてない大戦争を、なんとかかんとか無事に終結でけましたんわあ、ほんま、そこにおわっしゃる、おふたかたのご尽力の賜物と、心より感謝感激しとる次第であります。

わいらあ一族の平和な暮らしを脅かし続けてきた、あのライギョども、そしてそのライギョよりもさらに恐ろしい極悪非道のアカメどもを、当代最高の知性と教養、そして、沈着冷静な判断力と積極果敢な行動力とを兼ね備えた、アメミヤケン氏およびその兄上のコウ殿が、力を合わせて一挙に撲滅されたちゅうことは、じつに国家3千年、由良川6千年の歴史を飾る壮大な事業、いな大革命といううべく、まことにまことに慶賀に堪えましえん。

ここにわいらあ全由良川淡水魚同盟員一同、鴈首揃え、幾重にも伏して御両所の獅子奮迅の大活躍に満腔の謝意と敬意を表し、遠く遙かな子々孫孫の代まで、その偉業を語り継ぐことを、この場で厳粛にお誓いするものであります」

「ひやひや、そおそお、そのとおり!」
「よお、よお、三流弁士。言葉多くて心少なし!」
と、後に控えた魚たちは口々にはやし立てます。

由良川じゅうをどよめかせる大騒ぎがようやく収まると、威儀を正したオオウナギが、今度は慎重に言葉を選びながら語を継ぎました。

「んな訳じゃによって、わいらあ一同は、おふたかたのこのたびのお働きを、とわに記念して、なにか贈り物でもと考えたんじゃが、ご承知の通りの台風一過、火事場のあとのおおとりこみ、葬式あとの結婚式で、あいにく何の持ち合わせ、何の用意もでけへんかった。

もとよりわいらあ魚は生涯無一物、この世、あの世へのさしたる未錬も執着も愛憎もあらでない。ただ後生への功徳をいかにつむか、はたまた天地を貫く真徳とはいかなるものであるか、について、いささかの知恵を持つのみ。

そこで本日の別れにのぞみ、ここでわいらあ魚族の誇る吟遊詩人に登檀願い、人・魚・両種族の末長き友愛と交情を祈念することといたしたいが、いかに?」

最長老のわざとらしい問いかけを受けて、もう一度由良川じゅうをどよもす拍手と喝采が湧き起りました。

そしてオオウナギが軽く右の胸ビレを振って合図すると、背ビレも尾ビレもぼろぼろになり、ガリガリにやせ細った一匹のちっちゃな子ウナギが、井堰の向こうからよろよろと姿を現しました。

 
 

次号最終回へつづく

 

 

 

ボナールです!

国立新美術館でオルセー美術館企画「ピエール・ボナール展」をみて

 

佐々木 眞

 
 

 

今回のボナールは、「日本かぶれ」とか「ナビ派」とか下らない包装紙に包まれて巴里から六本木までやってきたが、んなもん余計なお世話である。

僕にとってのボナール選手は、その名前のとおり、あのボナーッとしていて、ヌボーっとしたダイダイ色などの暖色が、疲れた心身を穏やかに揉みほぐしてくれるやわらかな存在で、例えばルーベンスとかルオーなんかの重厚長大派とは対照的に、「親和力に富む絵描きはん」、なのである。

作品は静物や風景、室内画、それぞれに良きものがあるが、なんというても愛妻マルタの入浴図にとどめを刺すだろう。

もう半世紀以上も昔の大むかし、丹波の田舎の中学か高校生だった僕は、美術鑑賞の時間に同級生と一緒に、恐らく京都の美術館でボナールの入浴図を見て、その美しさとエロチシズムにしばし陶然となったことがある。

その展覧会は、当時ポピュラーだった印象派を中心とした寄せ集めの「泰西名画展」で、ボナールはおそらく1点か2点しかなかったはずだ。

小一時間の鑑賞を終えて、クラス担任のU先生から、「ササキ君、どうやった? どれが良かった?」と聞かれた僕が即答できずにいると、U先生は、どことなく自信なさげに、でもその自分の感想を、誰かに支えてもらいたそうに、「ボクは、ボナールがええなあ思たけど、君はどう思った?」と尋ねられた。

あろうことか、僕は黙って、うつむいてしまった。
しばらくして顔を上げると、U先生の姿はもうなかった。

僕が「ボナール!」と即答できなかったのには、2つの理由があった。

ひとつは自分もボナールに感動したのだが、その絵があまりにも官能的であったので、教師の問いかけに、つい躊躇ってしまったこと。

もうひとつは、普段は謹厳実直そのもののU先生が、ボナールの裸婦に、僕と同じか、あるいはそれ以上に感動し、先生の顔が、興奮で少し赤らんでさえいることに対して、不遜にもある種の嫌悪感を懐いてしまったからだった。

そんなU先生の顔を、まともに見ることもできず、うんともすんとも返事できなかった自分……。
あの頃、丹波の田舎の教育者が、自分の教え子にエロチックな作品への肯定的評価を伝えるのは、それなりに勇気を必要としたに違いない。

思いきって心を開いてくれたU先生に、率直に応えられずに、あまつさえ不快な思いまでさせてしまった僕は、ほんとに嫌な奴だった。

先生、どうかあの時の無礼をお許しください。
恐らくは在天の先生に、半世紀前に答えるべきであった返事を、遅まきながらいま致します。

「ボナールです! 先生と同じ、ボナールの裸婦です!」