「夢は第2の人生である」改め「夢は五臓の疲れである」 第65回

西暦2018年卯月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

オペラ歌手の「大声コンテスト」に応募した私が、天井からぶら下がった、道成寺の鐘の下で、大音声を発すると、さしもの大鐘も、めりめりとひび割れてしまった。4/1

小学館のシマモト選手の案内で、珍しい古本屋や趣味の店を巡り歩いてから、杉並区に入ると、区民会館で杉並映画会のおばはんが、長々しい宣伝を続けているので、老舗の杉並シネクラブのスタッフが、とてもしらけていた。4/1

「せっかくだから、ゆっくりしていきなさい」と、言われるがままに、親戚の家で寛いでいたら、いつのまにか大広間で大伯母の18番の皮田踊りが始まった。能のように悠々と舞っているので、身動きもならず。ましてや逃げ出すこともかなわない。4/2

記者会見で「これから銀行は、銀行以外の機能が必要になる」と見得を切ったアソウは、「例えば」と言うたなり、後が続かず、永遠の長考に沈んだ。4/3

「おえめのようないかさま渡世人は、ここからとっとと出てゆけ。おれの目の黒いうちは、おめえのような極悪もんの勝手はさせねえから、そう思え」と、カタオカ・チエゾウは、凄んだ。4/4

うっかり座席に荷物を置いたまま、バスから降りたが、そこは私が降りるべき駅ではなかった。急いでバスを追いかけて、2駅目でようやく追いついたのだが、どこへ消えたか荷物はどこにもなかった。4/5

眠れないので、脳味噌の中に潜り込んだら、脳天に真っ白なサソリどもが蠢いているので、恐ろしくなった。これは、本当に私の脳なのだろうか?4/6

「田を耕し、己を耕し、世を耕す人となれ」と念じて、私は息子を耕と命名した。4/7

本邦初の南極探検に応募して、晴れて合格した私たちだったが、宿舎で待てど暮らせど、探検船は現れず、私らは、朝な夕なに水平線を見つめて日を送っていた。4/8

バナナボートに乗り込むと、バナナ娘が「デーオ、イデデエオ、イデデイデデイデデーオ、アンミソタリマンタリババナあ」と唄ったので、「そんなバナナ」と驚きつつも、船の中の美味しいバナナを食べ続けた。4/9

巴里滞在中に私が作った切り絵の鳥は、アルジェの展示会で、生きた青い鳥となって会場内をはばたき、やがて玉のように美しい娘となった。4/10

我が家に遊びに来たヒーちゃんは、「ちょっとごめんなさいね」というて、床の下に潜り込み、深い穴を掘って、妙な石を見つけたが、「はい、この悪い石を取り除いたので、もう大丈夫。これからは幸せが舞い込んできますよ」と予言して去っていった。4/11

お偉いサンの接待を仰せつかったのだが、なにをどうやっても気に入ってもらえないので、意気消沈する。いかに多くの人々が、嫌で嫌で仕方のない仕事をしながら生計を立てていることか。それを思うと暗然とする。4/12

いつもの退屈なNHKの定時ニュースの声が突如搔き消えて、「臨時ニュースを申し上げます。私らは、唯今本局を乗っ取った叛旗グループです。これからは公共放送にふさわしい正義の情報だけをお伝えしたいと思います」というアナウンスがあった。4/13

去年の夏、南の無人島に遊びに行ったタカヤマさんは、あれからずっと海水浴を楽しんでいる、という噂を聞いた。うらやましいなあ。4/14

人里離れた深山幽谷の岩窟に居を構えていた老師は、ますます歳をとって力衰え、いまや急速に迫りくる死に瀕していたが、唯一の友人である蝮が棲息する平らな岩の上に横たわって、安らかに眠り続けていた。4/15

モスクワ空港の免税店で、しこたまアルメニア特産のコニャクを買い込んだマッサンは、そいつをガブ飲みしながら、エコノミーの狭い座席で朗々とチェロを奏でるので、乗客は煩くて煩くて一睡もできなかった。4/16

打ち合わせのためにホテルに戻ると、アカシヤサンマがぶるぶる震えている。「このホテルにはかけ流しの温泉があるから、ちょっと体を温めたらどうだ」、と勧めたが、「どうにも気分が悪いからこのまま寝たいんや」といって、眠りこんでしまった。4/17

放射能にまだ汚染されていない人たちは、まだ地下壕に潜んでいたのだが、ある朝、彼らの顔の上を、何千何万というカマキリの子供が、ワッセワッセと歩いていった。4/18

今年のパリコレの話題を独占したのは、ベルギーの新ブランド「ランボオ&ヴェルレーヌ」による「パリ・コンミューンを遠く離れて」をテーマにした、疑似革命的なふぁっちょんであった。4/19

ランボオとヴェルレーヌを主人公にした「パリ・コンミューンを遠く離れて」という小説を書いたフマモトヒコ氏は、ついに念願の芥川賞を受賞したのだが、それを祝うはずの同窓生の多くが幽明境を異にしていた。4/19

「らっしゃあーい、美味しい水だよ。これをスピーカーに注ぐと、抜群にいい音が出るよ!」と、その香具師はペットボトルに入れた怪しい水を売りつけようとするのだが、誰も立ち止まらなかった。4/20

シルヴィー・バルタンのコンサートにやってきたお客さんは、バルタンならぬバルタン星人のような八代亜紀が、いきなり「新宿の女」を歌いだしたので、怒り狂って舞台に殺到した。4/21

コータロー氏を誘って教会まで来たのだが、いつのまにかいなくなってしまった。厳かなバッハの音楽が聞こえてきたので、もしかすると礼拝に参加しているのかもしれない。ナカノ一家もいたが、さてどうしたものか。4/22

ドケチな私は、ケータイの使用料を、なんとか自分のスポンサーに払わせようと、いぢましい苦労を、積み重ねていた。4/23

カマクラの町内会に、お隣のズシの市民が乱入してきて、勝手なことを言い始めたので、町内会長は、どうやってこの場を収集したらいいのか、途方に暮れています。4/25

丑三つ時になると、ほんとうに草木が眠っているのかを確かめるために、私は、時々森の中に入っていった。4/26

「キリノという男について、なにか知っていることはないか?」と駐在から問い合わせがあったので、「蕎麦を手打ちするのが趣味で、バハマの桃色の砂浜でジープを運転する男」と答えると、フーンというて引き上げていった。4/27

地下鉄東西線に乗ったら、2人の男が押しくら饅頭をしていたが、次の駅で乗ってきた男も加わって、3人で楽しそうに押しくら饅頭をしている。4/27

大人になってから、また寺子屋で学びはじめたのだが、読み書き算盤のうち、算盤だけは大の苦手で、昔と同じ12級のままだった。4/28

「○○」の役割は、ほんとうに難しい。半世紀の時間の経過に磨かれて、私はようやくなんとでもできるようになったのだが。4/29

私の長年の病気は、某病院の最新式の治療と手厚い看護のおかげで、ついに完治したのであった。4/30

 

 

 

銀座の夜のトランペット

音楽の慰め 第30回

 

佐々木 眞

 
 

 
あれは確か1980年代の半ばを過ぎた頃だったでしょうか。
私は久保田宣伝研究所が運営する「宣伝会議」主催するコピーライター講座の講師として、毎月何回か、当時銀座の松屋の裏手にあった教室に通って、コピーライター志望の若者相手に、自分流のカリキュラムを作って、まあなんというか、いちおう教えていました。

80年代になると、昔は「広告宣伝文案作成業」などと称されていたコピーライターが、突然時代の寵児のような人気職種になり、第2の仲畑、糸井を目指す人たちが「宣伝会議」の養成講座に群がるようになっていたのです。

「1行100万円!」のコピーライターを目指す気持ちはわかりますが、そう簡単に1流のコピーライターなんかなれるものではない。あらゆる芸事と同じで、生まれながらの才能がない人がいくら努力しても、ダメなものはダメなのです。

じっさい私がそうでした。いくら努力しても2流どまりだなと、早い時期に分かってしまったのです。もちろん若き学友諸君だって、そんなことは、3カ月もコピー修行を続けていれば、自分自身で分かって来ます。

そうなると話が早いので、第1級のプロになることを諦めた若者たちと、2流のコピーラーターに甘んじている臨時雇われ講師の私は、2時間の授業が終わると、そのまま安い居酒屋に直行し、その日の僅かばかりのギャラで、らあらあと気勢を上げて飲んだくれていたのでした。

確かある夏の夜のこと、いつものように学友諸君と一緒に、夜風に吹かれて銀座3丁目から4丁目の交差点にさしかかったところで、誰かが吹いているトランペットの音色が街の騒音を縫うようにして聞こえてきました。

日産のショールームの前あたりに、いかにも人世にくたびれ果てた顔つき、そしてくたびれた背広を着た一人の年齢不明の白人男性が、過ぎゆく人や車にはまったく無関心に、夜空に向かってペットを吹いています。超スローペースのメロディを、ゆったりゆったりと吹き流しています。

唇に当てているのは相当古びたトランペット、吹いているのはジャズのようですが、果たしてそれをジャズと決めつけていいのかどうか。その男は、じつに単純なメロディのようなものを、きわめて自由な、そして超遅いテンポで、なにか大切なことを、どうしてもこの際言うておかねばらなぬことを、自分自身に向かって言い聞かせるように、あるいはどこか遠くへ行ってしまい、行方不明になってしまったもう一人の自分に切々と訴えかけるように、朗朗と歌っているのです。
腹の底からジンジン歌っているのです。

それは例えてみれば、白人の虚無僧が吹く西洋尺八のリバティ音楽のようでした。

何人かの勤め帰りのリーマンたちに混じって、しばらくその西洋虚無僧の尺八の音に耳を傾けているうちに、私はこの10年間というもの、なんだか手ひどく抑圧された心が、ゆっくりと解き放たれるような気がしてきました。

ジャズのようだけどジャズじゃない。要するに、これはただの音楽なんだ。しかしただの音楽にしては、物凄すぎる。いったい何なんだ、これは? そうかこれが音楽なんだ。

とりとめのない想念がなおも渦巻く、こんがらがった頭の中を断ち切ろと、私が目を閉じて嫋々と鳴り響くソロに酔い痴れていると、突然隣で一緒に聴いていたホンダ君が叫ぶように口走りました。

「先生、もしかしてこれ、本物のチェット・ベーカーじゃないすかねえ」

 

 

 

*天才的ジャズ・ミュージシャンChet Baker(1929-1988)は、1988年にオランダ・アムステルダムのホテルから転落し、58歳で亡くなったが、その少し前の1986年と翌87年に来日している。

 

 

 

さとう三千魚さんの詩集「貨幣について」を読みながら

 

佐々木 眞

 
 

今月の20日、すなわち2018年8月20日にさとうさんの最新詩集が出版されました。
「浜辺にて」という632ページもある大著が出たのが、昨年の5月20日でしたから、このペースは驚きに近いものがあります。

この間、さとうさんはリーマンを辞めて郷里に戻り、「詩人になる」と宣言されていますから、余人には窺い知れないが、心中深く期するところがあったのでしょう。

彼は極力難解な言葉を避け、誰にもわかりやすい簡素で平明な言葉を用いて、自分の世界を言い表そうとしています。それはおそらく、これまでのいろいろな試行錯誤の果てにつかみとった彼のやり方なのでしょうが、自分の思想と詩法に、よほど自信がないとできないはずです。

それからさとうさんの詩集には、毎回必ずといっていいほどテーマがあります。
前回の「浜辺にて」では、英語の基本的な単語を、自分の頭と暮らしの中で噛み砕いて、それを創世記のように再定義する、という離れ技に挑戦しておられました。

今回は、彼が親炙する画家の桑原正彦氏から提示された「貨幣」というテーマに依って、貨幣のあり方と本質を考えようとして、この思索的な連作詩が書かれたようです。

従って本書を読む人は、おのずから貨幣についての思索を余儀なくされることになるでしょう。ちょいとばかり難儀なことですが。

私はこれまで「貨幣」について考えたことなんか一度もありませんでしたが、さとうさんが巻末に挙げている経済学者の岩井克人さんの、貨幣についての講演を、むかし耳にしたことを、はしなくも思い出したので、その折りのメモを頼りに自分なりの貨幣についてのヴィジョンを尋ねたいと思います。

その夜、岩井さんは、財布の中からいきなり一枚の1万円札を取りだしたので、私たちは、「あ、1万円だあ」と思って目の色を変えました。この場にヤギがいたら、もっと目の色を変えたことでしょう。

ヤギは、これは食べると美味しい紙だと思っているから、ウメエーと鳴いて、目の色を変えますが、私たち人間は、これが単なる紙切れだと思いながらも、それでいろんな本や服や食べ物を買えるので、値打ちがある紙だと思っています。

しかしそれが偽札でなくても、本当に値打ちがあるかどうかは、日本銀行、またの名日本国でも、100%保証しているわけではありません。たとえば子供が1円玉を1000個集めて銀行に持って行った場合、銀行は20個以上の1円玉を「お金じゃない」と言って拒否することが法律上できるそうです。

岩井先さんによれば、昔から有名な「和同開珎」とか「皇朝十二銭」とか、政府がいろいろなお札やお金を発行してきたけれど、いくらお上が躍起になって命令しても、お金として使われなかった例がいっぱいあるそうです。

お金は単なる紙切れだから、物としての価値はない。
では、なんでそんな吹けば飛ぶような紙切れが、絶大な価値を持つかというと、岩井さんは、「すべての人がこれを価値あるものと認めているから価値がある」と仰るのです。

ふーむ。これこそ貨幣がひそかに内蔵している逆説的な魔法だな、と、そのとき私は思いましたな。

もしも私が、これは1万円ではなく、福沢諭吉の肖像が浮き彫りになっているただの紙切れだと喝破し、それと同じように私の隣の人も、そのまた隣の人々も、次々に裸の王様を見るような目で見るようになれば、その瞬間に夢は破れ、大いなる共同幻想はドドンと崩れおちてしまう。

もしかすると、現世秩序のすべてが!

それから岩井さんは、貨幣と同じように、言葉も、すべての人がこれを価値あるものと認めているから価値がある存在なのだ、と厳かに付け加えられました。

この詩集の「あとがき」で、さとうさんは、「詩は貨幣の対極にあるものです」と宣言されていますが、もしかすると、貨幣も詩の言葉も対極にあるものではなく、きわめて近しい関係にあるのかもしれませんね。

ふと見れば、岩井先生の小太りの姿が、どこにも見当たらない。

アッと叫んで私たちが、窓の外を見ると、先生はいつのまにか銀座8丁目の高層ビルヂングの10階を飛び出した先生が、本物とも偽物とももはや見分けがつかなくなった万札を盛大にばら撒きながら、満天の星が輝く銀座通りの上空を、フクロウと一緒に楽しそうに飛び回っておられるのでした。

 
 

注 文中の岩井克人氏の言葉は、2004年に行われた「資生堂ワード」講演会におけるメモに基づいて自由に作成されているが、ラストの行動は、ある参加者の幻視に基づくものである。

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その31

 

佐々木 眞

 
 

 

「わろてんか」、好きですよ。
そうなの。
しりとりしよ。わろてんか
か、か、かりんとう。

それから、ってなに?
そのあと、だよ。

震え上がるの、嫌だお。
そう。お父さんも。耕君、震えあがったの?
おれ、震えあがったよ。
って、誰が言ったの?
スネオだお。

お父さん、わかちあうって、なに?
分け合うことだよ。

台なしって、なに?
なにもかも、むちゃくちゃになることよ。

関係って、なに?
こっちとこっちの間のことよ。

メイサ、怒っちゃったよ。
なんて怒ったの?
「オトナ高校」で「このクソジジイ」って。

お母さん、要望って、なに?
お願いすることですよ。
ヨーボー、ヨーボー。

自信無くしちゃ、ダメでしょう?
そうよ。

わたしオダカズマサです。
こんにちはオダカズマサさん。
お母さん、オダカズマサ印刷して。

お母さん、ぼく「おんめさま」すきですお。
そう、お母さんも。

これヤブコウジですか?
これはヤブコウジじゃなくて千両
ぼく千両万両すきですお。
お母さんもよ。
ヤブコウジ、どこにあるの?
玄関の外よ。
ぼくヤブコウジ好きですお。
ヤブコウジ、いいよね。

お父さん、ムは無理のムでしょ?
そうだね。

箱根登山鉄道、山に向って登りますよ。
そうだね。

お父さん、ハズレってなに?
当たらないことだよ。

ぼく、ニワトコ好きです。お母さん、ニワトコ、ない?
ないの。昔庭にあったんだけどね。

ぼく、ウラジロ好きですよ。
お父さんも。

ひとめぼれ、一目で好きになることでしょ?
そうだよ。
お母さん、圧倒的って、なに?
ものすごい、ってことよ。

お母さん、魂ってなに?
心の中にあるものよ。

お父さん、ぼく、セゴどん好きですお。
お父さんも好きだよ。
セゴどん、セゴどん、セゴどん

エレベーター、扉に触れたらいたいでしょ?
そうだね。
エレベーター、下がって扉に触れないようにします。
そうしようね。

ひたい、オデコでしょ?
そうだよ。

果てしないって、なに?
どこまでも、いっぱい続いていくことよ。

しまった、って失敗したことでしょ。
そうだよ。
しまったあ。

ぼく、この音楽、好きですお。
えっ、都はるみの「北の宿から」だよ。
ぼく、「北の宿から」好きですお。

ぼく、この音楽好きですお。
え、「北酒場」だよ。
ぼく、「北酒場」好きですお。

お母さん、ぼく、回り道すきだお。
そう、お母さんも。

自信なくしちゃだめでしょ。
そうだよ。自信なくしちゃだめだよ。

お母さん、ことしジュンサイ買ってね。
買いましょうね。
お父さん、ハスはジュンサイに似てるでしょ?
似てるね。

お母さん、いきおいってなに?
早いことよ。

お父さん、ぼく、ソナタ好きですよ
じゃあ、ソナタ弾いてよ。
嫌ですお。

お母さん、スポンサーって、なに?
お金を出す人よ。

ユウちゃん、なんで泣いたの? しんどいからでしょ?
そうね。

ぼく、キャップ、好きですお。
キャップ、ふたでしょ?
そうだよ。

ぼく、キャップの仕事やります!
あんまり頑張り過ぎないでね。
はい、分かりました。

とっておきって、なに
とても大事にしているものよ

 

 

 

電話

 

佐々木 眞

 
 

ルルルルルル
もしもし。こちら、ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なぬ。
ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なんじゃと。よろしかったでしょうか、じゃと。よろしくなんか全然ないぞ。
あのお、どこがよろしくなかったでしょうか?
あのなあ、お前さんの日本語は、てんで日本語じゃあないぞ。そもそも、お前さんは誰だ。
は、はい。大変失礼いたしました。エーユーのヤマダと申しますが。
そうか、携帯会社のエーユーのヤマダヨ君か。それじゃヤマダ君、あんたに「こちらササキさまのお宅でよろしかったでしょうか?」と電話で言えと教えたのは、どこのどいつじゃ?
は、はい、私の上司のキタジマですが。
そうか、それじゃあ、上司のキタジマ君を出したまえ。
上司のキタジマは、ただいま外出させて頂いておりますが。
それそれ、それが良くない。おらっちが頼んで外出したんじゃなくてそっちの都合で外出したんだから、「上司のキタジマは、ただいま外出しております」でいいのら。
「上司のキタジマは、ただいま外出しております」
そうそう、それでよろしい。それはともかく、上司のキタジマくんが帰社したら、よーく教えてやれ。いいか、そういうときには「わたくしエーユーのヨシダと申しますが、ササキ様のお宅でしょうか?」と尋ねるんじゃ。
そ、そうなんですか。大変失礼しました。
そうすれば、はじめておいらも、「はい、ササキですよ」と答えれる、じゃなくて、答えることができるのよ。
ははあ、そうなんですか。
ご一新の昔から、そうに決まっておる。
ははあ、ご一新ですか。大変失礼いたしました。
失礼は許してやるから、もういちど最初からやってみよ。まずおらっちがベルを鳴らすから、お前さんはそのあとに続けるんじゃ。ええな。
ルルルルル………。もしもし、どなたじゃな?
は、はい、えーと、わたくしはエーユーのヤマダと申しますが、こちらはササキさまのお宅でしょうか?
おお、よしよし、やればできるじゃないか。それじゃあ、これからうちに電話する時は、おらっちがいま教えた通りに喋ってくれ。そしたら諸事万端うまくいくからな。
はい、承知いたしました。いろいろご迷惑をおかけしました。
うむ。よろしく頼むよ。じゃあな。
ありがとうございます。それでは失礼します。
ガチャン。

ルルルルルル
もしもし、こちらササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なぬ。
ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なんじゃと。よろしかったでしょうか、じゃと。よろしくなんか全然ないぞ。
あのお、どこがよろしくなかったでしょうか?
あのなあ、お前さんの日本語は、てんで日本語じゃあないぞ。そもそもお前さんは誰だ。
は、はい。大変失礼いたしました。ドコモのヤジマと申しますが。
そうか、今度は携帯会社のドコモのヤジマ君かあ。
それじゃヤジマ君、あんたに「こちらササキさまのお宅でよろしかったでしょうか?」と電話で言えと教えたのは、どこのどいつじゃ?
は、はい、私の上司のヨシカワですが。
そうか、それじゃあ、上司のヨシカワ君を出したまえ。
上司のヨシカワですか。ヨシカワの方は、ただいま外出させて頂いておりますが。
それそれ、それが二重に良くない。いま君は、ヨシカワの方っていうたけど、君の上司にはヨシカワ君とヨシカワの方という人と、2名おるんかいな。
いいえ、ヨシカワの方は1名だけですが。
1名しかいないヨシカワなのに、なんで方がつくの? ヨシカワの方の方を取って、ヨシカワと発音しなさい。
はい、申し訳ありません。その方、以後気をつけます。
また方かいな。それからヨシカワの方だけど、おらっちが頼んで外出したんじゃなくて、そっちの都合で外出したんだから、「上司のヨシカワは、ただいま外出しております」でいいのら。
はい。上司のヨシカワの方、ただいま外出しております。

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第26回

第8章 奇跡の日~必殺のラジカセ

 

佐々木 眞

 
 

 

ケンちゃんはしっかりと目をつむり、唇をひきしめて、まっすぐ川底へと沈んでゆきました。
全長2メートルにおよぶ飢えた巨大な魚は、双眼を真紅の欲望に輝かせながら、少年の周囲をきっちり3回旋回すると、1、2、3、4と、ストップウオッチで正確に5つの間隔を置いて、冷酷非情の鋭い牙をむき出しにして、ケンちゃんに躍りかかりました。

―――その時でした。

突如勝ち誇ったアカメたちが、頭を気が狂ったように振り回しながら、もんどりうってあたりをころげ回りました。
そのありさまは、まるで甲本ヒロトが「リンダ、リンダ」を歌っている最中に、胃痙攣の発作を起こして、渋公のステージを端から端までのたうち回ったときのようでした。

狂暴なアカメたちは、完全に理性を失い、全身を襲う激痛に耐えかねて、猛スピードで急上昇したり、かと思うと突然急降下したリして、千畳敷の大広間狭しと悶え苦しんでいましたが、とうとう自分から河底の岩盤に激突して、いかりや長介のように長くしゃくれた下顎を、普通の魚くらいの適正な長さに修整するという仕事を、この世の最後に成し遂げると、いきなり下腹を上にしてニヤリと笑ってから、次々に赤い2つの眼を自分で閉じてあの世へ行ってしまいました。

「ケンちゃーん、ケンちゃーん、ダイジョウブ? ぼくだよ。ボクですよお!」
その声にふと我に帰ったケンちゃんが、声のする方に向って、そお―と眼をひらくと、いきなりギラギラと輝く午後3時半の太陽が、まともに頭上から落ちてきて、ケンちゃんは反射的に眼を閉じました。

眼の痛みが少しとれてから、もう一度そろそろと瞼を動かすと、相変わらず強烈な太陽光線を背に、一人の少年が、ラジカセを持って立っているのが分かりました。
少年は、もう一度やさきく声をかけました。
「ケンちゃん、無理しなくていいから、そのまま寝てな。コウ君だよ。ケンちゃんのお兄ちゃんのコウだよ」
「ど、ど、どうしたの、コウちゃん?」
「コウちゃんじゃなくて、コウ君」
「ご、ごめん。コウくん。どうしてここにいるの? どうしてここまでやって来たの?」
「もちろん、ケンちゃんを助けるためだよ」
「で、でも、どうやって?」
「実はね、昨日の晩、お父さんがニューヨークから突然帰ってきたんだ。
お父さんはケンちゃんが一人で綾部へ行っているって話を聞いて、とても心配してね、昨夜ケンちゃんが寝てしまった後で綾部に電話しておじいちゃんからいろいろ取材したんだ。由良川の魚の話とか漁網の話とかいろいろね……。
それでおよそのことは分かったんだけど、どうもひっかかることがあるから、「おいコウ、お前ちょいとひとっ走り綾部まで行ってケンを助けてこい」、って、そういう話になったんだ」
「なーーんだ、そうだったのかあ。それにしても何カ月も行方不明のお父さんだったくせに、ぼくなんかよりお父さんの方がよっぽど心配だよ」
「お父さんの話はあとでゆっくり聞かせてあげるよ。それよりケン、顔じゅう血だらけだぜ。大丈夫かい? 一人で立てるかい?」
「ありがとう。もうダイジョウブ。それよりお兄ちゃん、どうして、どんな風にしてぼくを助けてくれたの?」
「うん、昨夜12時40分品川駅前発の京急深夜バスに乗り込んでね、ケンちゃんが由良川に出かけた直後に「てらこ」に着いたその足で、ここへやってきてね、それからずーっとケンちゃんのやることを見ていたんだ。
もしもヤバそうになったらなにか手伝おうと思って、スタンバッていたわけ」
「そうだったのかあ。ちっとも知らなかった。おじいちゃんもなにも教えてくれないし」
「突然行って驚かせるつもりだから、なにも言わないで、って口止めしてあったのさ。それよりケンちゃんがアカメに襲われたときは、本当にどうなることかと思ったよ」
「ぼく、アカメの尾っぽでぶんなぐられたでしょ。そのとき、こりゃあヤバイなあ、って思ったんだけど、それから先のことは、なにも覚えていないの。お兄ちゃん、どうやってぼくを救ってくれたの?」
「これだよ、これ。このラジカセが役立ってくれたのさ」
「えっ、なに? ラジカセでアカメを殴り殺しちゃったの?」
「バカだなあ、そんなことできるわけないだろう。
実はね、この前、学校の遠足で江ノ電に乗って江ノ島水族館に行ったとき、たまたまこのラジカセを持って行ったの。このラジカセ、録音もできるだろ。それでね、電車に乗る前、友達の声とか、駅の物音とか、それから踏切の信号の音とかを回しっぱなしで録音したテープに、イルカショーの現場音もついでに録音しようとしたんだけど、間違えて録画ボタンじゃなくて再生ボタンを押しちゃったの」
「へええ、そうなんだ」
「そしたら、会場全体に小田急の踏切のカンカンカンという警告音が鳴り響いたもんだから、あわてて止めようとしたんだけど、突然イルカが、餌をあげるおねえさんの言うことをまったく聞かなくなって、全部のイルカが狂ったようにジャンプしたり、プールサイドを転がりまわったりして、どうにもこうにも収拾がつかなくなってしまったの」
「へええ。びっくり。でも、いったいどうして?」
「しばらくはぼくも焦りまくったんだけど、ようやくラジカセのストッップボタンを押した途端、まるで嘘のようにイルカたちは平静を取り戻して、急に大人しくなってしまったの」
「へえええ、不思議、不思議」
「水族館には部厚いガラスに遮られていない水槽もあって、そこにタイとかヒラメとかカツオとかが泳いでいたので、上からラジカセの音を流してみたら、魚たちがみんなパニックになったみたいに、跳んだり跳ねたりして悶え苦しむんだ」
「へえええええ、そんなバナナ」
「それでいろいろな音源を再生して、魚の様子をよーく観察してみると、江ノ電の踏切が鳴るあのカンカンカンという信号音が、魚たちにダメージを与えていることが分かったんだ。三蔵法師が孫悟空の乱暴を止めさせようとするときに、「金・緊・禁」と3つの呪文を唱えた途端、孫悟空の頭を、輪が締め付けるだろ。カンカンカンは、魚たちにとってはちょうどあの呪文みたいなものなんだ」
「へええ、お兄ちゃん、凄いじゃん。それって必殺の秘密兵器じゃん」
「まあね。それで家に帰ってから、いろいろ調べてみたんだ。江ノ電は小田急電鉄の電車なんだけど、江ノ電に限らず小田急の踏切の信号は、嬰へ長調で鳴っているんだね。ほとんどのメーカーの蛍光灯が、いつも低いロ長調の音を、ツバメの鳴き声のようにジジジと発しているように」
「嬰へ長調!? オンガクの話」
「まあ聞け、弟よ。そして、そのロ長調の、ジーーと鳴る蛍光灯の音が、帝国ホテルに泊まる耳に敏感な音楽家の神経を傷つけているように、嬰へ長調で規則正しくカンカンと鳴り続ける金属音が、タイとかヒラメとかカツオとか、フナとかコイとかナマズとか、フグやアイナメやオコゼやリュウグウウノツカイなどに激烈な痛みを与えているみたいなんだ」「アカメは?」
「もちろん、バッチリさ。ただし信号音といっても小田急だけ。横須賀線の踏切はみんなイ短調で、こいつは魚にはてんで効き目なしなんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「それが分かったんで、お兄ちゃんは綾部に向う前の晩に、江ノ電のあかずの踏切の前で、嬰へ長調のカンカンカンの音を死ぬほど録音しておいて、こいつがなにか役にたつこともあるかなあと思って、ラジカセにセットしたままここに持ってきたってわけ。それがケンちゃんのピンチにあんなに役立つとは夢にも思わなかったよ。アカメときたら超意気地なしで、もう一発でノックアウトだたからね」
「へーえ、そうだったの。必殺メロディ電撃光線だね。びっくり! でもコウちゃんのお陰でぼくは命拾いできたんだ。お兄ちゃん、本当にありがとうございました」
「いいってことよ。ぼくたち兄弟じゃないか。困った時はお互いさまさ。長い人生、これからも助け合っていこうぜ!」
「うん!」
「さあ、そろそろ堤防に上がろうか。もうすっかり陽も落ちたね。きっとみんな心配してるぞ。早く帰ろうよ」

 
 

つづく