きょう東京は曇り

 

駿河昌樹

 
 

きょう
東京は曇り

グレーと
ホワイトと
ところどころ
ヴァイオレットの
重い雲
軽い雲

ずいぶん安易な重ねかたで
シンプルな
マーク・ロスコ

曇天が
どんなに美しいか
見続けていて
しみじみ
確認し直している

曇り空が大好きだったエレーヌ・グルナック
「見飽きない…
「ほんとうに大好き…
なんどとなく
宇宙空間に放たれ
すがたを消したようでも
どこか
星雲のあたりを
どこへ向かってか
直進中の
そんな言葉たち

きょう
東京は曇り

グレーと
ホワイトと
ところどころ
ヴァイオレットの
重い雲
軽い雲

 

 

 

あの縁側にすわり続けている

 

駿河昌樹

 
 

空白空白あゝ おまえはなにをして来たのだと…
空白空白吹き来る風が私に云う
空白空白空白空白空白空白空白空白中原中也「帰郷」

 
 

国というものへの落胆や
さらには
絶望も
今年のお盆に
魂迎えの灯をいくつか添えるだろうか

なんといったかな、
あの小さな古いお寺は

木の乾き切った
あの祠にも
顔のすっかり崩れた
古いお地蔵様の
並びにも
まだ
だれか
花を添えているだろうか

蚊取線香を焚いて
大きな団扇を動かしているだけで
あやまちなく
人生の大道にある気がする
あの縁側に
こころだけは
いまも戻る

だれもいなくても
みんながいるような
夏のひろい庭に向かった
あの縁側に
すわり続けている

 

 

 

あなたはだれ?

 

駿河昌樹

 
 

みんな
なにものかであろうと
見せようとして
かわいそう

みんな
なにものかであるかに
信じ込もうとして
かわいそう

だれひとり
かたちのない
思いも
こころも
ことばもない
あそこへ戻っていくとき
残りはしない
これっぽっちも
やり遂げた
などと
信じようとする
ごたごたの
ものの世界の
がらくたの
片鱗
さえも

かたちでもない
思いでもない
こころでもない
ことばでもない
信でもない
ものしか残らない

もちろん
もの
でなど
ないもの

その時
あなたはだれ?
あなたはなに?

あなたはだれ?

かたちもない
思いも
こころも
ことばもない
信もない
その時

 

 

 

つねなる古物屋の店開き中

 

駿河昌樹

 
 

小説家の井上光晴がむかし
才能のある者が見出されないことなど絶対にない
どんな小編でも必ず見出される
と対談だか合評だかで言っていて
それほど世間の目というのは信頼できるものかと思いもしたが
いつのまにか
井上光晴自身もすっかり書店から消えてしまい
彼といっしょに話題にされることの多かった野間宏や
武田泰淳あたりさえ消えてしまい
村上春樹を賞に選んだ佐多稲子も消え
やはり群像新人賞で村上春樹を推した丸谷才一
エッセイではなんとか命脈を保ったものの
小説がつまらないと蓮実重彦から酷評されていたあの丸谷才一も消え
ひと頃は文庫棚を席捲した丹羽文雄も文芸文庫以外からは消え
個人文庫コレクションが多量に全国に並んでいた遠藤周作も消え
毎年毎年の芥川賞受賞者のほとんどが
その後うまくは続かずに消えていくのを見続け
詩だの短歌だの俳句だのとなると
どれほど新聞文芸欄の知りあい担当者が頑張って記事を書こうとも
もう世間は虚無の大海のように大いなる無反応を示すだけなのを
つらつら長いこと見続けてきてみると
甘かったんだなァと思う
井上光晴は
社会自然主義とでも呼びたいようなあの作風は
中上健次が読まれ得ていた時代はまだ生き延びていても
村上春樹一辺倒の時代に入ると
もう古物屋にさえ置かれなくなってしまう運命となった

ところで余はいつも
井上光晴や野間宏や椎名麟三や梅崎春生あたりに熾烈な興味があるのだから
頭の中はつねなる古物屋の店開き中というわけかもしれない

 

 

 

サン=ジェルマン伯爵でございます、はい。

 

駿河昌樹

 
 

国民とやらを
市民とやらを
庶民とやらを
これからいよいよ
楽しく眺めさせていただこうと思う

自分で採った種子を蒔けない法律もできたことだし
水道は民営化されて8倍も10倍も料金が引き上げられるようだし
労働時間の規定は完全に取り除かれて酷使したい放題になるのだし
老人や身障者や他の社会的弱者の切り捨て政策は進展目覚ましいし
原発事故の県ではガンの発生がウナギ登りでも誤魔化されているし
各地の原子炉の維持や廃炉には天文学的な支出が続いていくのだし
腹汚い既得権益連中が凝集して富を吸う戦前帝國化が進んでいるし

わからないのも
見て見ぬふりも
何もしないのも

国民とやらの
市民とやらの
庶民とやらの
やっぱり自業自得なので

これからいよいよ
楽しく眺めさせていただこうと思う

…と書く
あたしはだれ?
と問いが来るかもしれないから
言っておくけど

サン=ジェルマン伯爵でございます、はい。

 

 

 

ほんとうの窓が

 

駿河昌樹

 
 

だれにも媚びないことばを
まだ
記せる?

どれだけ?

そう思って
ここにも
ことばを記してみる

認められたがりのことば
買ってもらいたがりのことば
覚えてもらいたがりのことば
こころに留めてもらいたがりのことば

そんな商売ことばたちだけに
なってしまった地上で
まだ
あり得るのか
けっして奴隷になることのない
ことばは

たゞの逡巡としか見えないことばや
急ぎのメモ書きのことばこそが
まだ知らぬ
どこかのひろびろとした草原への
窓のように見える

だれをも動かそうとしないことば
だれをも誘導しようとなどしないことば

そんなことばたちがほしい

たゞ
窓がほしいために

ほんとうの窓が

 

 

 

また恋文したくなってきている

 

駿河昌樹

 
 

ひとにわかりやすいものを書くひとたちの
書いたあれこれ
ちょっと時間つぶしのあいだに
読んでみていて

…やっぱり
辟易してしまった

わかりづらいものへ
わかり得ないものへ
ことばを並べながら手さぐりしていく
高原の空気のようなひとたちへ

また
恋文したくなってきている

 

 

 

どんな炎でも暖められないほど

 
 

駿河昌樹

 
 
 

……そうであるならば、
わたしたちのまわりにも、
なんと多くの、疑いようもない、
詩の、数々が……

エミリー・ディキンスン、ヒギンスンに宛てて

〈本を読んだとき、どんな炎でも暖められないほど
〈からだ全体が寒気立つとしたら、
〈わたしには、それが詩だとわかります。
〈あたまのてっぺんがすっぽり抜けるように
〈からだが感じたら、それが詩だとわかるのです。
〈わたしには、この方法が、すべて。
〈ほかに手だてがあるでしょうか?