DAYS/スパイス

 

長田典子

 

寒い冬の夜遅く
メキシコ料理屋でホモセクシャルやゲイやトランスジェンダーの人たちが
集まるパーティがあるから行かない?
とてもいい人たちなの、
メキシコ系の女友達に誘われてユニオンスクエア近くの店までついて行った
女友達もわたしもレズビアンではないしふつうにストレートな女で
ファフィータやタコライス、チリコンカンを
老舗のメキシコ料理屋で食べられるなんてまたとないチャンスというわけだ
大きな丸テーブルを囲んで男や女が10人以上いたメキシコ系が多かった
ホモだろうがレズだろうがゲイだろうがトランスジェンダーだろうが
わたしにはどうでもよいことだ
遠いニホンからやって来て英語の勉強を始めたばかりの
言葉の不自由な女にも
親切にしてくれればそれで十分だ
予想通りどの人も穏やかな笑顔でずっと前から知り合いだったみたいに話しかけてくれたゆっくりとした口調で
みんな色とりどりの光る三角形の帽子をかぶって楽しそうに話していたけど途中から
ほとんどスペイン語になったから音楽を聴くようにしながらわたしは黙々と
メキシコ料理を食べていたんだ
さほど辛くもない適度な量のスパイスの味はわたしの好みだった
アボガドやトマトや大豆がたっぷり入っているところもうれしかった
アメリカは野菜が高くてここのところあまり食べていないのだ
料理が終わると女友達に誘われて二階のダンスホールに行った
階段を上がり終わったら急にアップテンポの曲が始まり
もともとダンサーの彼女はカクテルを頼むのもそこそこに
めまぐるしく交差する赤や黄色や青や白のライトの下で
ここぞとばかりに気持ちよさそうに全身を躍動させて踊り始め
わたしはあっという間に彼女を見失った
鋭い線状のライトは暗闇の中を高速でくるくる回り交差して
人の姿がいっしゅん部分的に照らし出されるだけだから
わたしは彼女を探すのはやめて
窓際のテーブルでマルガリータをストローでちびちび吸い上げていた
スパイスの味が口の中にまだ残っていて
もう一杯頼もうと小さなランプの下がったカウンターの前に佇んでいると
音楽が急にスローになり肩幅が広くて胸の厚い男の腕に肘を引っぱられた
ちらっと見えた大柄の男の横顔は浅黒いメキシコ系だった
顔を見たのはそのときだけだった
手をとって一緒に踊ろうというしぐさをしたかと思うと
すでにわたしの身体は男の分厚い胸や太い腕に抱きすくめられ
マリオネットのように男と一緒に踊っていた
赤や黄色や青や白の線状のライトも音楽のテンポに合わせてスローな動きになっていた
悪い気分ではなかったボタンの留められていない男の上着が
大きな翼のようにわたしの細い身体をくるみむしろすっかり安堵していた
留学生活はまるで薄氷の上を歩くみたいに冷や汗の連続だから
スパイシーな体臭さえも心地良くわたしの鼻を満足させた
男がとても自然にわたしをリードしたのでわたしはダンスなんかしたことはないのに
導かれるまま赤や黄色や青や白の線状のライトがくるくる回り交差する中でてきとうに足を動かしてさえいればよかった
傍から見たら果たしてそれがダンスのような動きになっていたのかどうかもあやしいが
この暗闇のなか誰からもわたしたちのことなんて見えやしないからなんとも思わなかった
わたしは細い指先を男のセーターの下から背中にすべり込ませ掌を広げて
身体が動くたびに男の背中を上から引っ掻くように移動させた
ちょうど小鳥が雪道に足跡をつけていくように
男はしばらくわたしの黒髪の上にざらざらした頬をくっつけたままだった
わたしは指先に弛んだ男の贅肉を見つけてちょっとだけ摘んでみた衝動的に
いつのまにか目を閉じていたはじめから目は閉じていたのだろう
それから男はわたしの唇に唇を押しあててきた
すごく柔らかい唇だった厚くて少し湿った唇はわたしの唇のうえを蠕動し
何年も前からわたしたちは恋人同士だったかのように自然に口づけをしながら男の大きな懐に自分の身体をまかせていた
両方の掌を男の肌にぴったりあてたたまま
男がそっとわたしの口の中に舌をすべり込ませてきても自然に受け入れた
男はわたしの舌をも尊重かのするような人格のある舌をゆっくりとからませ舌と舌はうっとりと絡み合いつづけ時がたつことなんかすっかり忘れていた
男はそれ以上のことはしなかったしわたしもそれだけでよかった
音楽のボリュームがだんだん小さくなりホールに薄明かりがつくと
わたしたちは何事もなかったかのように身体をひき離した
男の顔も見ずにわたしは黙って窓側のテーブルに戻った
ななめ横を見るとさっきの男らしいメキシコ系の大柄で肩幅の広い男が
ソファに腰を沈めて座っていた
おそらくあの男だ朝焼け色のカクテルを手にしている
薄明かりの下で見ると男は恰幅がよく上等なブレザーの前ボタンを留めないで着ている
髪は薄く少なくともわたしよりは20歳か30歳は年上のように見えた
妻と思われる白髪で頬に筋がたくさん入った高齢の女性と並んで座っていた
彼女の大きなターコイズのイヤリングが白髪の間からつるんと丸く出ていた
ふたりは言葉も交わさずにただ並んで座っているだけだった
わたしはぼんやりふたりを眺めていたがなんの感情もわかなかった
ねぇ、キスしていたでしょ?
ふいに女友達に聞かれて
うん、
と答え
でも知らない人なの、
と言ってからわたしはまた赤くて濃いマルガリータを一杯飲んだ
今度はストローなしで
男とわたしは互いの渇きを潤し合っただけなのだ
音楽がまたスローになる前にわたしたちは帰ることにしたホールが真っ暗になる前に
店を出てタクシーに乗るころには
わたしは男のこともメキシコ料理の味もすっかり忘れていた
柔らかく蠕動する唇と人格をもったような舌の動きだけは覚えていた
あの背中はわたしの指先の感触を覚えているだろうか小鳥の足跡のような
忘れてもまったくかまやしないのだけど
タクシーの窓から線香花火のように過ぎる雪交じりの景色を眺めていた

 

 

 

すき

 

長田典子

 
 

ねぇ
わたしのこと すき?
すき
どのくらい すき?
すごく すき

せかいで いちばんすき?
すき

ちきゅういっぱい すき?
すき
うちゅういっぱい すき?
すき
うちゅうの そとがわまで すき?
うちゅうの そとがわには なにも ないの
やだ そんなの
だから
今生でいちばん
きみが すき
今生で
いっぱい いっぱい
きみが すきなの
とりあえず今夜はこのへんで
おやすみ

またあしたね

 

 

 

「浜風文庫」詩の合宿 第一回

(蓼科高原にて)2017.11.11〜2017.11.12

 

 

浜風文庫では2017年11月11日〜12日に、
「蓼科高原ペンションサンセット」にて「詩の合宿」を行いました。

さとうの発案で参加者各自にて自身の詩と他者の好きな詩を各1編を持ち寄り、
各自の声で朗読を行うこと、
また、その後に、
各自がタイトルを書いた紙をくじ引きしてそのタイトルで15分以内に即興詩を書くこと、
そのような詩を相対化しつつ再発見するための遊びのような合宿を行いました。

参加者は、以下の4名です。

長田典子
薦田 愛
根石吉久
さとう三千魚

会場は浜風文庫に毎月、写真作品を掲載させていただいている狩野雅之さんの経営されている「蓼科高原ペンションサンセット」でした。

■「蓼科高原ペンションサンセット」

大変に、美味しい料理と自由で快適な空間を提供いただきました。
大変に、ありがとうございました。

今回は、合宿の一部である即興詩を公開させていただきます。

(文責 さとう三千魚)

 

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「平目の骨を数えて」

 

長田典子

尖る麦茶、ビシ、ビシ
尖る蜜柑、ピチ、ピチ
尖る骨、ガラ、ガラ
平目の目は上を向いているからね
だけど骨は尖っているんだ
知らなかったね
平目はおべんちゃら言いながら
ほんとは尖っているんだ
尖れ、尖れ、尖れ
平目よ、尖れ!
おべんちゃら言うな、尖れ!
いや、尖るな。
俺の箸が捌いて骨を数える
骨の数だけ空を突き刺す!
麦茶を突き刺す!
蜜柑を突き刺す!
平目よ、
雨の中に立ってろ!

 

※長田典子さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

長田典子さんの詩「世界の果てでは雨が降っている」
鈴木志郎康さんの詩「パン・バス・老婆」

 

「サルのように、ね」

 

薦田 愛

朝いちばんの光をつかまえるのは俺だ
ぬれやまない岩肌をわずかにあたためる
月の光をつかまえるのは
我先にと走りだす低俗なふるまいなど
しない俺の尻の色をみるがいい
みえないものに価値をおく輩も近ごろ
ふえているときくが
俺はゆるすことができない断じて
そっとふれてくるお前が誰だか知って
はいるがふりかえりはせずに
くらがりの扉をあけにゆく
ひとあしごとに
たちのぼる
くちはてた木の実のにおい
世界はめくれてゆく
俺のてのひらによって
紅あかと腫れあがる
初々しさにみちて

 

※薦田 愛さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

薦田 愛さんの詩「しまなみ、そして川口」
河津聖恵さんの詩「龍神」

 

「ビーナスライン」

 

根石吉久

ビーナスライン
雨の中に
光って
どこへ行ったか
南の空が明るく
西の空は暗かった
雨の中に
立っている女だった
立ってろと
サトウさんが言った

 

※根石吉久さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

根石吉久さんの詩「ぶー」
石垣りんさんの詩「海とりんごと」

 

「下着のせんたく」

 

さとう三千魚

明け方には
嵐だった

朝になったら晴れてしまった

それから
車のガソリンを満タンにした

52号を走ってきた
八ヶ岳を見た

下着をせんたくした

 

※さとう三千魚は即興詩の制作前に以下の詩を朗読しました。

さとう三千魚の詩「past 過去の」
渡辺 洋さんの詩「生きる」

 

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いにしえ人からユーチューブゆらゆら

 

長田典子

 
 

学期の最後の授業はパーティになり
話がひとめぐりすると
PCを起ち上げユーチューブで
それぞれの故郷の民謡や歌謡曲を聴きあうことになった

カザフスタン、トルコ、タイランド、コリア、ジャパン、チャイナ、サウジアラビア…
このクラスの学生たちは
全員アジア出身なのに
くすくす笑うのだ
はじめて出会った旋律の
ふしぎさ に 居心地のわるさ に

インターネットで瞬時に世界中に発信されるポップスや
ヨーロッパのクラッシック音楽には慣れているのに

ふかくじつな

揺れ
オーロラ
よせては おしかえす 旋律

馬を食べます
犬を食べます
鯨を食べます
豚を食べます食べません
牛を食べます食べません
鶏を食べます
蛇を食べます

今ここで ピザやポテトチップスや野菜サラダなど
それぞれの神に赦されたものを食べて 飲んで
ニューヨーク流のパーティを楽しんでいます
ほんとうにつらい時はきっと
故郷の味を食べたくなるのでしょう
わたしはジャパンレストランに行って鍋焼きうどんを食べて心を温めます
食べるだけで励まされるのです
聴きたくなるでしょう故郷のこぶしのきいた音楽を
わたしは昭和の時代の歌謡曲を聞いて涙ぐんでしまうのです
聴くだけで魂が揺さぶられます


オーロラ
揺れのある
ふかくじつな 旋律
宇宙の羊水の流れにのって
西へ東へ南へ北へ
意識は流れて浮遊する
混じって 絡まって 枝となって分かれ
分かれてしまって
それぞれの 空で 揺れる
また混じって 絡まって 枝となり………

そうやって
枝の先に立っているから尖るのでしょう
くすくす笑うのでしょう
幹に降りて根っこまで遠くいにしえまで覗き込むことができたなら
居心地の悪さも受け入れられるでしょうか

馬を食べます
犬を食べます
鯨を食べます
豚を食べます食べません
牛を食べます食べません
鶏を食べます
蛇を食べます

野蛮でしょうか
もってのほか、でしょうか
この味がわからないとは気の毒に、と思うでしょうか

どの動物も知能は高いのです
いにしえ人は動物を大切に頂戴しました
余った毛皮は
衣服や靴として
歯や骨はアクセサリーや楽器として役立てました
わたしはネパールでヤクの歯と骨で作られたネックレスを買いました
今もジャパンの抽斗に大切にしまってあります
赤いセーターの上に着けるのが好きです

どんな動物も
人のように知能は高いのです
いにしえ人はそれをありがたく頂戴しました

21世紀のマンハッタン
窓の外は四六時中クラクションが鳴り響いています
ピザやポテトチップスや野菜サラダなど
それぞれの神に赦されたものを食べて 飲んで
わたしたちはニューヨーク流のパーティーを楽しんでいます
ユーチューブでそれぞれの国の民謡や歌謡曲を聴き合います
カザフスタン、トルコ、タイランド、コリア、ジャパン、チャイナ、
サウジアラビア……
似ているようで似ていない
波のようなうねりは
やはり似ているのですどこかで聞いたことがあると感じます
似ているから違うところが気になって居心地が悪いのではないでしょうか
似ているとかえってわからなくなるつらくなることがあるのです
それでわたしはコリアンと喧嘩をしてしまいました

いにしえ人は唄ったでしょう
獲物をしとめ家路につくとき
収穫のとき食するとき

それぞれの枝の先から分かれ目まで降りて行って幹を降りて根まで行って
遠くいにしえまで覗き込むと
400万年くらい前の子孫は
アフリカにいたんですね
ぜんいん
そこから始まったのだから
枝の先っぽで
こうやって
自分たちの存在の遠さに驚きたい
遠い存在の出会いを喜びたい
何百万年の旅の果てで
あした目覚めるために食べる
たとえば馬
たとえば犬
たとえば牛
たとえば豚
たとえば鯨
たとえば鶏
たとえば蛇
を食べることは
野蛮ではありません
助けられて生きていく
ジャパンでは小学校の給食によく鯨肉が出ました
嫌いだったけど一生懸命食べました
いにしえ人は唄ったでしょう
少しずつ違うゆらゆらゆれる節のある歌を唄ったでしょう
うなるような歌唱法になるのは魂の輝きと強さでしょう
人の感情って実はさほど変わらないのではないのでしょうか
狩りに出かけては襲われて人は動物に命を奪われたでしょうそれは与えたのです
荒れた海で人は命を海に奪われたでしょうそれは与えたのです
与え与えられているのです同じ生きとし生けるものとして

ある日マンハッタンのマーケットに安くて大量の肉が並んでいるのを見て
とつぜん吐き気がして肉類を食べたくなくなりました
嫌悪するようになりましたベジタリアンになりました
そういうとなんだか文化人みたいだけど
ただ肉を食べる自分を気持ち悪いと思ってしまっただけなのです
3か月ぐらい過ぎたら身体に力が入らなくなり体力不足が身に沁みました
肉をまた食べ始めました吐き気はしませんでした
美味しいと思いました
ありがたく頂戴することにしました
だけどわたしはどうやって
動物たちにお返しをしたらいいのだろうと思いました

パーティで
話がひとめぐりすると
ユーチューブで
それぞれの国の懐かしい音楽を披露しあうカラオケをする
枝の先っぽから遠い人を見ている近い肌を感じている
居心地が悪いのにどこかで聞いたことがあると感じている

実はきのう夢を見ました
茶色い洞窟の中にいました袋の中のような場所でした
円筒形のトンネルを走っていくと明るい出口が見えました
舗装されていない赤い道をいっしんに走りました

旋律がみぞおちに
どどろく
胃袋にひびく

だけどわたしはどうやって肉のお返しをしたらいいのでしょうか

とどろいてくる旋律ユーチューブからの
オーロラ

ゆらゆら

ほんとうは野蛮なのではないでしょうか
いまユーチューブを聞いているわたしは
いにしえ人からは遠すぎて
どうやって肉のお返しをしたらいいのかわからないのです

ほんとうは野蛮なのではないでしょうか

ゆらゆら
ゆら

ゆら

 

 

 

チャーハン

 

長田典子

 
 

あなたが
横で ねむっているのに
よなかに なんども
叫び声をあげてしまって
なんども
じぶんの声でめざめた
朝は
からだがだるくて
起き上がれなかった

あなたは とっくに
ベッドをぬけだしていて

きのう
ひさしぶりに 前の
会社の人としゃべったからだろうか

昼ごろになって
いい匂いがしたから
食卓に座って
パジャマのまま
あなたが作ったチャーハンを食べた
ふたりで
ハムとねぎとたまごの入った
とてもシンプルな
チャーハン
香ばしくて美味しい
ご飯がすこし固めの
薔薇色の チャーハン
食べた

ハムとねぎとたまごは
今朝 コンビニで買ってきたって
あなたは いった

あなたは いってた
おそろいの
薔薇の 把手の スプーンは
むかーし
学食で盗んだって

ゆうべ わたしの叫び声で起きなかった?
たずねたら
気がつかなかった と
つぶやいた

おそろいの
薔薇の 把手の スプーンで掬って
食べた

とてもシンプルな
香ばしくて美味しい
ご飯がすこし固めの
薔薇色の
チャーハン

 

 

 

泌尿器の問題

 

長田典子

 
 

あ、泌尿器の問題
とつぜん 漏らしてしまったら
どうするの
心配で
そこだけは 触っちゃダメ 突っ込んじゃダメ
見ちゃダメ
そんなことするからには
そんなとこさせちゃうワケ?

ぜったい いや
だれが そんなことさせちゃうワケ?
わかんない きもちわるい
泌尿器の問題
あ、とつぜん
漏れてしまったことあるのよ
Compunction の
パ、に力を入れた途端
プレゼンで
お花柄のきれいなワンピース着て
きんちょうの あまり
パンツの中に ひとかけら
よかった
歩き回りながら ポタッと 床に落とさなくて
きれいなワンピースのメンツは保った
臭いは 落としてしまったんだろう
ボタッ、ボタッ、
お花柄のワンピースのメンツは保てなかった
あ、泌尿器の問題
きたないこと 汚すこと
ぜったい いや やめて
汚して 汚して あそこだけは
どこを? もうひとつの場所
そこは いい そこが いい
メンツなんか いらない
生まれたままのすがただもの
ぜったい して
まんなか
そこが きもち いいの
臭いは 匂い
あ、泌尿器の問題

 

※compunction 良心の痛み

 

 

 

ママーッ、

 

長田典子

 
 

ママーッ、
おっぱいちょうだい
ちゅうちゅうちゅう
ママのおっぱい毛だらけだ
ちゅうちゅうちゅう
ママのおっぱいピンクの米つぶ
ちゅうちゅうちゅう
おくちのまわりがむずがゆい
白い毛いっぱいくっついちゃう
ゆび先そろえて
おっぱい横のみぎひだり
かわりばんこにふみふみします

ママーッ、
だっこだっこしてね
ママのおてては毛だらけだ
細くてみじかい毛だらけだ
おてての爪はしまってね
あたしのあたまにのっけてね
だっこだっこしてね
ママのおててはふうわりかるい
にくきゅうぷくぷくあたまをすべる
ママーッ、
ママのおなかは
せまくて白くてあったかい
とくとくとくとく音がする
耳のおくまで水が流れる

おりこうさん
ミュウねこちゃん
眼を細めてうーっとりしてる

おりこうさん
ミュウねこちゃん
首を伸ばしてじーっとりしてる

あたし
ミュウねこちゃんの
赤ちゃんです

あたし
にんげんの
おとなです

 

 

 

午前4時

 

長田典子

 
 

ふいに 誰かが
頬に くちづけをする

階下から
張りのある声が聞こえる
活気のある抑揚
フェルマータがまざる
懐かしいアレグロ
お父さんだ

あさいちばんで
取引先と電話している
デスクの横で
お母さんが笑顔でふりむく

お父さん
また商売を始めたんだね
柔道はあんなにつよいのに
お金はまったく計算できないんだから
こんどこそ儲かるといいね
すぐにへこたれるお父さんを
これからも よろしくね
お母さん

お母さんは計算機を打ちはじめる
スタッカートは
むなぐるしい予感

ショパンのワルツが聞こえる
乱舞し
湿った匂いがする

お父さん
ピアノを買ってくれてありがとう
お母さん お祭りやお正月に
いつも着物を着せてくれて
ありがとう

しあわせ
春の土ぼこりの匂い
バッハのパルティータ
かけあしの
ファルテッシモ
石畳の靴音は
濡れている

きょうも
お父さんとお母さんは
どこか遠いところに
いそいでお出かけ
車に乗って
いつも

もっともっと たくさん
いろんな ありがとうを 言わなくちゃ
はやく もっと
言わなくちゃ

お父さ-ん!
お母さ-ん!
声が出ない

雨音とともに立ちのぼる
春の土ぼこりの匂い
パルティータ
アレグロ
猫がくるったように部屋じゅうを
かけまわる

あれ

ショパン
アレグロのワルツ

あれ やっぱり そうだよね
お父さんも
お母さんも
もうとっくに
この世にいないのだった……

のどをならして
猫のミュウちゃんが
わたしの鼻を
甘噛みしている

ようやっと
眼をあけると
泣いていた

夜明け前4時

何かがドアを開けて
かけあしで出ていく
ふくすうの
足音

車が濡れた路面をはしっていく

 

 

 

ぐるぐるヘルプ!(改訂版)

 

長田典子

 
 

Winding Sheet は死体を包む白い布という意味
窓の外を雪がひっきりなしに降る30丁目の教室で知った
小説の中で黒人の妻は黒人の夫に向かって笑顔で言う
白い布に巻かれたハックルベリーの果実みたいだわ、と夜勤明けの午後
授業が終わり外に出る乾いた雪が吹き上げ巻きつく擦れ違う
一晩中重い荷物を運び続ける夜勤に向かう男とたぶん
ホワイトアウトした坂の上のスノウドームの中には
お城のように大きなデパートが浮かび上がる
黒人の店員にエクレアひとつおまけしてもらうカタジケのうゴザイマス
たくさんの人が行き交うグランドセントラルターミナルを通り抜けるアパートに帰る
甘すぎるエクレアを頬張りながらコメディドラマを見て大声で笑う
本日の為替レートをチェックする今日も円高 ※3
アリガタキ幸セな日々は早や刻限なりて
飛行機で海を越え深く西に落ちていく帰国する
ニホンへ生まれた国へ
沈んでいく
ニホンhitoはいつも大勢で集まっている座っている立っている
ハグしてコンニチハ アクシュ、アクシュ、
ハグしてサヨウナラ アクシュ、アクシュ、
コンニチハもサヨウナラもニホン語なのに疎外される
アメリカjinと言われてしまうアッシはニホンjinでゴザイママスdesu
すぐ触りたがるとか男好きだとか女好きだとか罵られるただの挨拶でゴザイマスdesu
ハグって親愛の証なのでゴザイマスdesu
すごくあたたかくて安心するのでゴザriマスdesuデス
ひどくみじめになってニホンhitoがたくさん詰まっている乗り物が怖くなって
足を引き摺りながら駅までの道をバス停6つぶん歩いた夕方
大きな自動車工場の横を通り過ぎる擦れ違うたぶんここでも
小説の中の男は並んでいたのにコーヒーを買えなかった売り切れたと言われて
足を痛めている足を痛めている足を痛めているのに
仕事を休めない一晩中重い荷物を運び続ける夜勤に向かう痩せたガイコクjinとすれ違う
お気をつけナサッテクダセェYo!
晴れのちセシウムときどき曇りストロンチウムのちセシウムのニホンの空
助けてくださいわたしばかka?
ごめんなさいka?
わたしばかka?
助けてください
このヘルプ傲慢でゴザルぞ傲慢でゴザルぞ
初の黒人大統領はその肌の色ゆえ苦戦が強いられている
決死の覚悟でゴブレイセンバン小田急線に乗り込むニホンhitoの渦に巻き込まれる
このわたしのみじめさなんてヤクタイもない誤解なのか
ユーチューブで理由もなく殺された黒人少年を悼む大統領の演説を聞く
地下鉄の入口で並んでいたのにコーヒーを買えなかった黒人の男は
妻を殴り続けながら白く絡み付くWinding Sheetの罠に落ちていく
電車を降りる歩くWinding Sheetの裾を引き摺りながら帰宅する
思考がぐるぐるする空回りするから思い切って
逆回りに回って回って
Winding Sheetを引き剥がす
ふいにグランドセントラルターミナルを行き交うたくさんの人々を思い出す
絡まる解れる絡まる解れる広がる広がる
空にはスーパームーン輝け広がれ
すべてすべてを暴き出せ
Yo!……おヌシ、
書け、わたし輝け

 
 

※1 Ann Petry著 小説“Like a Winding Sheet”からの引用あり
※2 初出・同人詩誌「モーアシビ」30号
※3 わたしがニューヨークに滞在した2011年1月~2013年1月の2年間は1ドル=80円前後をずっとキープしていた。

 

 

 

世界を見る目

さとう三千魚詩集『浜辺にて』(らんか社刊)を読んで

 

長田典子

 

 

この詩集は、2013年6月9日から2016年10月10日まで、さとうさんご自身が主催するWeb詩誌『浜風文庫』に毎日のように公開された532編が日付順に収められている。日付が飛んでいるのは、予算上やむを得ず削った詩が多かったとのこと。画家の桑原正彦さんの可憐な装画によるこの詩集は628ページという分厚い本でありながら、ペーパーバック風の造りによって、見た目を裏切って手にするととても軽い。それぞれの詩のタイトルは、毎日ツイッターの「楽しい基礎英語から」引用したとのことで、すべて英単語だ。だからといって、小難しいものではなく、寧ろ軽やかさのようなものが本全体から感じられる。そして、さとう三千魚さんならではの独特で非凡な「世界を見る目」を通して書かれた詩が収められている。
一読した後、少年のようにみずみずしい著者の感性が行間からじわじわと滲み出てきて胸を捕まれた。具体的なそれぞれの日々の出来事よりも、さとうさんの感情そのものの束がうわーっと押し寄せてきたようで、この詩集はさとうさんの感情のドキュメンタリーなのだと思った。比喩をつかわず自然な発語で記されているため、それぞれの詩がとてもフレッシュなものとして受け取ることができる。
さとうさんの詩作へ動機、世界への視線は、「living 生きている」(p.546)という詩に表されているように思うので、まずその全文を紹介したい。

 

living 生きている
2016年5月19日

朝になる

ピと
鳴いた

ピピと
鳴いた

と思ったら
ピピピピピピピピと鳴いた

それで
もう鳴きやんでいる

小鳥たちの

朝の
挨拶だったのだろう

ピといい
ピピピという

喜びがあるのか

わからない
此の世に驚いてピといった

どきどきして

 

鳥の鳴く声を細やかに聞くことができる人なのだ。日常の、普通はあまり気づくことのない細やかな事象に対して、さとうさんは繊細にキャッチし、その心の動きこそが、日常から詩へと移行する際の動機となっているようだ。物事に対面したとき、イノセントな心の動きを逃さずとらえて詩にされているのである。『浜辺にて』は、さとうさん独特のイノセントさで貫かれている。
「hot 暑い 熱い」(2016年2月3日)はタイトルに反して真冬の詩だ。真冬にコートを着て電車に乗る男は、詩人の田村隆一などの名前を挙げてから「ダンディになれない/神田で飲んでる」と最後に正直に告白する。そこがいい。そこが清潔だと感じる。
では、『浜辺にて』の詩群は抒情詩かと思いきや、実はドキュメンタリータッチでページが進んでいき、日々の些細な出来事をツイッターの「楽しい基礎英語」からとらえたタイトルと絡め、さらに実際にあった肉親や友人の死や生きた人々との出会い、人の生死なども、さりげなく絡めて書いているので、叙事詩ということもでき、ゆえにねじれ、そこから独特の深みを醸し出している。
そういうこともあってか、一読後は、さとうさんの感情の束を感じ、確かめようと二読目に入ると、今度は、一行一行がストレートに胸に響いてきたので驚いた。サラリーマンであるさとうさんは、会社のある東京と実家の静岡を新幹線で往復し車窓から風景を見ながら、あるいは、平日に住んでいる寮のある川崎から会社までの通勤途中に音楽を聴きながら、過去や家族や愛犬や音楽や詩友のことを想う…それが、言葉少ない詩になると、不思議な広がりが出てくる。できたら、新幹線や通勤電車の車窓から、毎日、繰り返し見る風景の写真や、休日に一緒に過ごす愛犬の写真や、愛犬と散歩に出かける海の写真なんかが入っていたら、(実際、さとうさんはフェイスブックで毎日のように写真を公開している)きっと、さらに不思議なリアリティが生じたのではないかな、と日々フェイスブックでさとうさんと交流しているわたしとしては、惜しい気持ちもする。
毎日出会う様々な人々・言葉のなかで生活者であるさとうさんは暮らしている。しかし、詩人であるさとうさんが追及するのは、「ないコトバ」「ないヒト」なのである。「ことばの先のことばでないもの」(「dear親愛なる 2014年3月14日」より」である。そして日常の裂け目の、特別に非日常な瞬間である。「Poet 詩人」、「Strong 強い 濃い」の二編を紹介したい。

 

poet 詩人
2013年12月7日

こどものとき
ことばをうしなった

すでにうしなっていた

軒下の暗やみで
小石を積んで遊んだ

そこに真実があった

コトバをうしない
ないコトバに出会う

詩は
ないコトバに出会うことだろう

詩人は

ないだろう
ないヒトだろう

 

strong  強い 濃い
2013年 10月18日

夕方
神田の空を写真に撮りました

仕事を終えて
長い電車に乗りました

深夜の東横線でスーツを着た男が叫んでいました

ヒャー

何度も叫びました
悪夢のなかでもがくように叫んでいました

愛しいと思いました
その男にも夕方の空はあったのだと思います

 

電車の中で同じ車両に「ヒャー」と叫ぶ男がいたら、ふつうは怖いのだ。疎外したくなるのだ。だが、さとうさんは、「愛しい」と言う。「その男にも夕方の空はあったのだと思います」と、その男の存在を自分と同じ場所でとらえる優しさを感じる。「夕方の空」はわたしたちが生きている「社会」という場所だ。そこからはみだしてしまっている男はさとうさんご自身であるかもしれず、わたしたちでもあるかもしれないと気付かせられる。
「bad  悪い ひどい 劣った」(2014年11月15日)では「醜いものを見た目だった/世界を見るには/この目玉がいる」と書かれている。「醜いものをみた目玉」を通して、さとうさんは、実に「イノセント」にみずみずしい視線で世界を見る。相反するものを抱え込んだ深い視線……これは、なかなか真似ができない。この詩集は、さとうさんの、このすごい目玉を通して書かれている。
醜いものを見た目玉によって濾過された非日常、またイノセントなものをイノセントなものとして書かれている真似のできないある種のストレートな視線…だからこそ、さとうさんの詩から、わたしは少年のようなみずみずしさを受け取ったのだろう。そして二読目に「醜いものを見た目玉」を感じ、一行一行が強く心に沁み入ってきたのだろう。
「angel 天使」という詩を紹介したい。

 

angel 天使
2015年10月6日

今朝
満員の

山手線のなかで
泣いてた

赤ちゃんの
泣く声がした

かぼそく

目を
瞑って

聴いた

このまえの日曜日
きみに

会わなかった

声も
聞かなかった

浜辺には
風が渡っていった

きみの
声を

探した

いないきみの声を
探していた

 

「赤ちゃん」の「泣く声」は悲しい。そこから「会わなかった」きみに想いが連鎖する。この繊細さ、ストレートさ……胸がきゅん、とした。
他にも「sorry 気の毒で すまなく思って」にも注目してほしい。

 

sorry 気の毒で すまなく思って
2013年12月2日

朝露の中で
閉じた花がひらくのをみていた

小さなラッパのように
閉じた白い花がひらくのをみていた

朝日にあたって
白い花はひらいていった

小さな命がひかりの中で振動していた

ひらいていった
ひらいていった

振動するものをみていた

 

花が開くのを見ながら、さとうさんはsorryとすまなく思うのである。自然豊かな東北で生まれ育ったというさとうさんは、自然への敬意、畏怖をもって世界に接していることがわかる。そして、自然が「振動する」、そこを、きちんと見ている。
『浜辺にて』に収められた532編のなかの5編を紹介させていただいた。難しいことばはどこにもなく、ほとんど、小学生にもわかる言葉で書かれている。この詩集から、きっと誰にも、好きな詩、大切にしたい詩、を見つけることができると思う。
ちなみに、この詩集の最後には索引があり、初心者用の英語の辞書のようにもなっている。
日曜日以外は毎日更新されるWeb詩誌『浜風文庫』を運営しながら、これだけの厚い詩集を編むのはさぞ大変な労作だったろうと思うのに、さとうさんは、どんどん新しいテーマを見つけて詩を公開し続けている。目が離せないなぁと思う。