新・冒険論 04

 

蚊が
飛んでる

右眼の視線の外にいる

このまえ
映画をみた

ON BODY AND SOUL
ハンガリーの女性監督の作品だった

夢のなかに鹿がいた
食肉処理場で牛の首が落とされた

そこに
男と女はいた

どうなんだろうか
着想がないという着想だった

今朝
物干場で磯ヒヨドリの声を聴いた

 

 

 

八十三歳の優しい気持ち

 

鈴木志郎康

 
 

庭のビョウヤナギの花が
次々に咲いて、
初夏の
爽やかな風に揺れている
2018年の、
五月十九日の
今日、
わたしは、
八十三歳になった。
なってしまった、
ね。
ね、
相手に向かった、
ね、という終助詞。
そのねの相手って、
誰なんだろうね。
ね、
っていうと、
優しい気持ちになってくる。
八十三歳で、
優しい気持ちになってくる。
なんか、
いいね。

 

 

 

新・冒険論 03

 

今日も

着想がない
ここのところ

チェット・ベイカーと
パッヘルベルのカノンを聴いている

戸川純も歌ってた

昼過ぎに眼医者から帰った
飛蚊症だそうだ

右眼の視線の外に
蚊が飛んでる

黒い蚊がいる

そこに
林があった

霧が
風に流れていった

着想がないという着想だった

 

 

 

白いカーネーション

 

長田典子

 
 

こどものころ
母の日に
白いカーネーションを胸につけた子がいた

あのころ
わからなかった
わからなかったなぁ
その白が
どんなにふかい哀しみの色だとは
わからなかったんだ

ごめんなさい……

40歳をとっくに過ぎているのに
ベッドに横たわる
あなたの胸に顔を押し付けて
うれしい?
と聞くと
あなたは、こくん、と
うなずきました

脳幹梗塞で倒れ
手足も動かず口もきけず
耳だけが聞こえるあなたのために
あの年は
パジャマを買うことにしました
レジに並ぶ前から
涙が止まらなくなりました
母の日のプレゼントに
なぜ パジャマしか選べないのかと
包装されたリボンの箱を抱えて
泣きながら歩いて帰りました

西日の射す部屋から
わたしはあなたによく電話をしていました
気持ちが塞ぐと
成人してからさらに 20年以上も経つのに
あなたへは電話ばかりしていました

あの午後
あなたは
なんだか ぼんやりしていて
もう何もやりたくない、と言うのです
ちゃんと「御焼きの会」に出なくちゃだめだよ、
お習字とお茶のお稽古にも休まずに参加して、と
わたしが熱を込めてしゃべればしゃべるほど、返事があいまいになってきて

その数日前に電話をしたときは
頭が痛くて痛くて横になってる、と言っていたのです
すぐに病院に行ってと言ったら
今日は誰もいなくてね、と

あの午後は
経営する工場の事務所にいて
事務員さんたちとお茶を飲んでいる最中で
わたしはすっかり安心していたのに

電話を切ったとたん激しく嘔吐したという
布団に入って横になったまま
翌朝には呼びかけても返事もできず

そのまま

5年以上ベッドに横たわっていた母
仕事で忙しかった日々の母からもらえなかったものを
とりかえすみたいに
母のベッドの横に座るたびに
わたしは
母の胸に顔をうずめては
うれしい?と聞いたのだった
いつも かすかに汗の匂いがした
あの匂いを
母の日になると思い出す
来年は遅ればせながらの13回忌

わからなかった
わからなかったのだ
母の日に
胸に白いカーネーションをした子の気持ちを

今ならわかるなんて
言えない
言えるわけがない
あのころ
あの子は5才だった

ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい………

わたし
こんなにおばさんなのに
白いカーネーションの寂しさを
受けとめきれないのです

 

 

 

万事快調

 

佐々木 眞

 
 

 

見よ東海の空明けて
今日は朝から日本晴れ
わが家の桜も満開だ
4月8日は、やっとせえのせえ

モンシロチョウが舞っている
ツバメもすいすい飛んできて
コジュケイ一家が「チョットコイ」
4月8日は、やっとせえのせえ

思えば去年のクリスマス
一夜で丸焼け一軒屋
今では更地になりました
4月8日は、やっとせえのせえ

お寺の前の道路では
インドの美少女 バク転だあ!
くるりくるりと身をひねり
4月8日は、やっとせえのせえ

おお 狼犬があくびする。
でぶでぶ猫が 顔洗う
聖徳太子は、実在したか?
4月8日は、やっとせえのせえ

3.11 あったのか?
9.11 あったのか?
12.8なんて あったのか?
4月8日は、やっとせえのせえ
4月8日は、やっとせえのせえ

 

 

 

 

道 ケージ

 
 

何か 大きな鳥に
踏みつけられている
変な息 出しやがった

おい 一つ鳴いてみろよ
野郎
嘴 反り返らせ
青田赤道かよ

悪かった
食い込む鉤爪
でかすぎんだよ

鳥だろうよ
畜生
ったく畜生だ
重みかけやがって

睨むなよ
生き様かよ
勘弁してくれ

なに うえ見てんだよ
墜ちて来た
「逆光」の空

おめえ 飛べねえな
冗談だ 冗談
糞しやがった
卵白みてぇな

さては
雌か
握り直すなって

図星かよ
よせよ
そこ つまむなよ
重ぇーなぁ

いつから踏みつけにされたのか
いつまで続くのか

 

 

 

それなのに

 

萩原健次郎

 
 

 

すいへい たいらかな
みずいろの したから
噴き上がってくるもの
うつっているのは 皮
濃い なにか かたち
のない身からぬかれる
非時という 鐘がなる
毛のものが まじわる
はるならば 咽喉から
はなは、さくところを
えらばず かれるのも
しらず いちめんの野
しかれた微温がやまず
ずっととおくからみず
からだの芯に きよく
窒息しながら はいる
ほろんだ ひとたちは
ほろんだときにすんで
しろい絹 じゅんすい
雑音となって鳴り去り
激痛もおんがくとなり
それが せかいだよと
わらいながら 笛ふく
やまびとが みずひと
真似をしながら消える
あたたかなみずをのむ
詐欺の世のきよい虫々
みずのたいらかな走り
燃やしたいとつぶやく
ほろんだひとが見える
それなのに ずっと
蒲団のなかに 生きていた

 

 

連作 「不明の里」のつづき

 

 

 

新・冒険論 02

 
 

ここのところ
チェット・ベイカーを

聴いてる

桑原正彦は
声に幽かな揺れがあるよね

といった

昨日は
歯医者で顎骨にチタンの柱を刺した

帰りに海をみた

モコを病院に連れていった
左足に腫れ物ができてしまった

今朝
着想もなく詩を書いてみた

着想もないという着想だった