穴か

 

道 ケージ

 
 

闇市跡の
カトリ屋で
一杯ひっかけ
路地を
出た途端

目深の野球帽
突然突き出しやがった

黒い穴
やたら大きな
虚ろな筒

あっ
遠い野からのような
大きな音

気が抜けたように
膝が崩れ
左側頭部の大きな穴に
変な風が通った

顔は分からない
組合の二人がやられたから
気を抜くべきでなかった

Dの仕業だ
こんなことなら
奴を先に殺っとけば
まあしゃぁない

撃たれてからというもの
俺の視界の
右側には
いつも黒い穴がある

近寄ってのぞくと
ブラナの草原
何百もの豚の背中だったり
故郷の港だったり
「築港の博多タワーやん
空0家族で上ったわ」

おめでてぇ奴だ
でもまだ熱がある
掌には痣まで
穴に氷
放り込んでも
鼻からすぐ出る

あゝ
母が悲しむだろう

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その34

 

佐々木 眞

 
 

 

お父さん、スシの英語は?
スシだよ。
スシの英語は?
スシだよ。
お父さん、スシの英語は?
スシは日本で生まれたから、英語でもスシなんだよ。

お父さん、笑うと石原さとみ、なんていうの?
「耕さん、アホ笑いしないでね」って言うよ。

それでは耕君、石原さとみになってください。
私は石原さとみです。
石原さとみさん、こんにちは。
はい。

ぼく、人名用すきですお。
なに?
人名用漢字ですお。
へええ、漢字辞典かあ。

今日の「とんでん」の昼食は、耕君ががんばって働いた5千円の賞与で食べました。ありがとう!
ハイ。

お母さん、くつろぐって、なに?
ゆっくりすることよ。

お母さん、しまった、は?
失敗したなあ、よ。
お父さん、しまった、の英語は?
Damn it!かな。

孤独って、なに?
とても寂しいことよ。耕君、孤独?
孤独じゃないお。

お母さん、もともとって、なに?
最初から、のことよ。

お父さん、ぼく、戦うラーメンマン、好きですお。
そう、お父さんも好きだよ。

「もっと早く着替えなさい」っていわれたお。
いつ。
昔。

いやらしいは、エッチのこと?
まあそうだね。

おじさん、今日コバヤシさんは?
息子はきのう遅かったのでまだ寝ているんだよ。今日のサンパツは、おじさんで勘弁してね。
分かりました。

デリケートは?
複雑で微妙なことだよ。

教室の英語は?
クラスルームだよ。

お父さん、ワガチチハハって、なに?
耕君のお父さんとお母さん、だよ。

木にツと女で桜でしょ?
なに? おお、そうだね。

お父さん、しぐれるは?
寒い時に雨が降ったりやんだりすることだよ。

お母さん、大したことないって、なに?
大丈夫のことよ。
ダイジョウブ、ダイジョウブ。

ピンポンって、正解のことでしょ?
そうだね。

ぼく、綿菓子すきですお。
お父さんも。

お盆には、おじいちゃんとおばあちゃん帰ってくるでしょう? そうでしょう?
うん、帰って来るよ。

オグラさん、みんなとバイバイするから泣いたんでしょ?
そうね。
オグラさん、悲しかったんでしょ?
そうね。
みんなとバイバイ、みんなとバイバイするからね。

お父さん、「ドナってごめん」て謝ったよ。
そうね。
お父さん、もうドナらないでね。
はい、もうドナりませんよ。
お母さん、お父さんが「もうけっしてドナラない」といいましたよ。
大丈夫、お父さん、注意しただけよ。

お父さん、ぼくを信じてくださいね。
はい、信じますよ。

お母さん、あいつが、ってなに?
あの人たちが、よ、

お母さん、夕方以降、ってなに?
夕方から、ずっとよ。

栄えるって、なに?
元気になる、かな。
サカエル、サカエル。

おかあさん、「すだちの歌」印刷して。
はい、分かりました。

検討って、どういうこと?
次はどうしようかなあ、って考えることよ。

お母さん、しりとりしよ。おぎくぼ。
ぼ、ぼたん。

 

 

 

「夢は第2の人生である」改め「夢は五臓の疲れである」 第67回

西暦2018年水無月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

原宿本社の5階のエレベーターの前に、伊オリベッティ社のタイプライター、レッテラブラックが捨ててあった。持って帰ろうかなとも思ったが、それがアメリカのボビーブルックス社と提携しているルック社の長老の愛機であることを知っていたので、私にはできなかった。6/1

夕方の退社時間に、大手町のビルヂングを訪れると、無数のリーマン諸君が、どういう訳かエレベーターにもエスカレーターにも乗らずに、9階から地上階に通じている階段に殺到しているので、私もその真似をしてみた。6/2

次々にやって来るリーマンたちは、一丸となって、雪崩を打って猛烈な勢いで下へ下へと落下していくのだが、その疾走感と墜落感が混淆して、堪らない恍惚と酩酊を生み出すのである。私らはそれをもう一度体感したくて、もう一度エスカレータで9階に戻り、階段墜落に参加するのだった。6/2

ともかく各ブースの一番乗りを目指していたのだが、すべてのブースの先頭に、同時に存在することはできないので、結局僕たちは、会場のあちこちを懸命に駆けずり回っているにすぎないのだった。6/3

「今日は最大の勝負どころになるので、夜はたぶん野宿することになるぞ」と脅かしたら、若いネエちゃんが、さめざめと泣きだした。6/4

おらっちが病気で休んでいる間に、会社は4名を採用し、うち1人はおらっちが担当していた、サッカーで例えると、ボランチ的な職種を担当しているそうだ。6/5

彼女の誘いに乗って、渋谷からバスに乗って、どこかの駅まで行って、どこかの店に入って、白い布のついた洒落た木造の椅子を見つけた彼女が、「買おうかしら、それとも止めようかしら」と私に相談してくるが、私は別にどうでもよくて、ベランダのところで蕩けるような接吻を交わす。6/5

部下のタカハシが、私に無断でダーバン社に提案したディスプレイ案は、古今東西の女優のブロマイドを服の周りに張り付けるという阿呆らしいものだったので、案の条、常務のワタナベがワンワン噛みついてきた。6/6

僕らのラストアルバムである「そして緑の樹木は燃え」は、まだ2曲しか完成していないので、あと2,3曲追加しなければならないのだが、すぐに出来そうにみえて、なかなかできないので大いに焦っているわけ。6/7

花形スタアはんの雇われ運転手の私だが、スタアはんを待っている間に、およそ20メートル向うに貼ってある、安倍蚤糞のポスターめがけて石を投げたら、みな命中するので、あっという間に人だかりがして、なかには小銭を恵んでくれる人も現れた。6/8

わたしら民草が、浮沈する位置は一定しているのだが、インフレとかデフレになるたびに、5センチから20センチ間隔で上下するので、その都度、元の位置にまで自力で戻らなければならなかった。6/9

その女は、「いつまでにその準備をすればいいのか、教えて下されば、あなたと一からやり直して完成させます」と、堅い決意を披露するのだった。6/10

その庭園内にある中華料理屋は、浅い池の上に建てられていたので、床板の下を覗くと、浮草の間から、白くほとびた麺や、喰いかけの餃子や、錆びた鍋釜などが見えるのである。6/11

セイさんや、カワムラさん、ウジさん、死んだムラクモさんなど、昔の宣伝部の面々が勢ぞろいしているのに、誰もが押し黙ったまま、朝夷奈峠に至る曲がり道を歩いていた。これは誰かの葬列か? 6/12

キャメラは、どんどんブラに向って迫っていき、最大限にアップしたところで、しばらく考え、一転して、今度は猛烈な勢いで引いていった。6/12

暮れの東京駅の大丸の投げ売りフェアで、酔っ払ったヨッサンと一緒に、「家具あれこれ一式5千円セット」を買ったら、これがまあ、どうしようもない、とんでもない代物ばかりで、家族の顰蹙を買ってしまった。6/13

私は五臓六腑が育んでいる言葉を欲していたので、それぞれの臓器を、傍にある墓石に擦りつけながら、臓器が内蔵する言葉を、ムギュギュッと絞り出して、お気に入りの文化学園大学の手帖に記入していった。6/14

この風呂敷の中には、何が入っているのか?と、怪しみながら開いてみると、せごドンの大きな首だった。6/14

「乾坤」という大仰な文字が、立ち上がった飛車角のようにどんどん迫って来るので、私のささやかな夢は、たちまち崩壊してしまった。

その男は、紙つぶてをボールのように扱って、青空に向かって放り投げ、受けとめては、また放り投げていた。6/15

「また一人、優しい人が、死にました」という句を、ゴルゴタの丘に建てると、その5・7・5の区切りを体現するかのように、3人の十字架が現れた。6/15

宣伝部は本社にしかなかったのだが、事業部が遠方に拡散するにつれて不便になったので、急遽事業部内に支部を設けて、それぞれの業務に必要な宣伝販促活動に従事するようになったために、本社の宣伝部は、次第に有名無実の存在になっていった。6/16

リーマンを辞めて、詩人になったサトウ氏と偶会したら、新しい名刺を頂戴したのだが、そこには「Amazon123.comCOE」と大書されていたので、私は「あのアマゾンの!」と、驚くばかりだった。6/17

「きみきみ、あと1週間ほどで宇宙船がやって来る。それまでこの星で待っていれば、一緒に地球へ帰れるよ」と、その男は教えてくれた。6/18

「おい、お前は金なんかないんだから、そんな無暗に高いだけのスーツなんか買う必要はない。もっと節約しないと、年金どころか税金が払えないぞ」と説教したのだが、そいつは柳に風、馬に念仏だ。6/19

私の左隣の青年は、生物工学専攻の学生で、右隣りは高名な人文学の博士だったが、彼らに挟まれて座っている私は、何者でもなかった。6/20

村の議会で、おじさんが、「クリンしてからトゥクリンしてクリンアウトせんけりゃならん」と演説した途端に、檀上に警官が駆け上がって、「弁士中止! 弁士中止!」と絶叫した。6/21

私たち夫婦が住む家に、どこからか若い娘が転がり込んできたので、同居していたのだが、それが大いなる災いをもたらすことになるとは、当時は誰も思わなかった。6/22

私は超満員電車の中で、どういうわけだか、若い女性とがっぷり左四つで抱き合うようなかたちになってしまい、電車の振動と共に激しく揉み合っているうちに、珍しくも下半身が硬くなり始め、あれよあれよという間に、イってしまったああ。6/23

アフリカ人で黒人の私が住む国では、初めての民主的な大統領選挙が行われ、軍部の与党候補者が、私らが推薦する野党の民間人に大敗したので、村は朝から、お祭り騒ぎなのだ。6/24

さる女流評論家に拾われた浮浪児の私は、彼女の膨大な洗濯物をキロいくら、日々のポートレートを1Pいくら、といった具合に請け負うことで、はじめて自活できるようになった。6/26

三食昼寝付きで、ホテル並みの至れり尽くせりのキャンプ地、という触れ込みだったが、いざ現地を訪れてみると、飲み食いできるものは、なにひとつなかったので、私らは、朝から晩まで狩りをするほかなかった。6/27

コピーライターのアオキさんと、海外担当のカナガワ君、そして私の3人で旅をしているのだが、裸馬の大群が、怒涛のごとく疾走している。どうやらここは、アメリカの西部のあらくれの地らしかった。6/28

ジャングルの中では、赤くて丸い実を食べる。私は、それを絵に描いた。6/29

私は自費出版某社のライターだったが、自叙伝の作者と私の間に、変質狂的な編集者が絶えず介在して、取材や執筆の邪魔をするので、頭にきて抛り出したら、それ以来ぷっつり仕事の依頼が来なくなった。6/30

 

 

 

くるくる回る、はなの歌

 

村岡由梨

 
 

夫とケンカした夜のことです。
私が真っ暗な部屋で一人ぐずぐず泣いていると
はなが そっと やって来て
「ママ、ほら、しゃんとして。
嫌なことがあったら、紙に書くとスッキリするよ」
と言って、
その日は、私に寄り添うように眠ってくれた。
かすかに香るシャンプーの優しさに、
ポロンポロンと涙がこぼれた。

シャワーを浴びていたら
立ち上る湯気の奥に視線を感じて、
曇ったすりガラスに、はなの顔。
見事なブタっ鼻を披露して笑わせてくれる。
すーっ すーっ
ガラスの曇りに、指が動く。
なぞるとお風呂場に咲く


の文字。
嬉しくなって、私も


と書き返す。

魚介類が苦手な、はな。
でも、回転寿司は大好き。
ピアノの鍵盤をたたくみたいに
手元のタッチパネルを ぽーん ぽーん
はなの指先は迷わない。

むしエビ むしエビ たまご
オレンジジュース
むしエビ いくら
エビ エビ エビ エビ
フライドポテト

青い皿に、エビのしっぽの花が咲く。
「ヘンショクなんて気にしない ガイショクだもん」
食べる姿が、きもちいい。

「全部で幾らになるかな?」
お皿を数えるねむと、食べるはな。
13歳と11歳。
くるくる もぐもぐと
よく回転する姉妹です。

帰り道、ごきげんな はなが
クルンクルンと側転する。
一瞬の夢のように消えてしまう、小さな白い観覧車。
ショートパンツからすらりと伸びた肢体に
思わずドキッとしてしまう。
けれど、私にとっては、いつまでも
ちいさなちいさな かわいいはなちゃん。

 

今日も、ダダダダダッと走って帰る音がする。
ダダダダダッ
ブオゥンと風が吹く。

「ただいまー!」

 

 

 

青い海

 

深夜に

水をやった
枯れ木に水をやった

春に白い花をつけた
小梅だったが

この夏
枯れた

旅行から帰ったら枯れていた

若い頃

狂気から
助けを求めてきた

きみを
助けられなかった

青い海を
見ていると

死んだ者たちの顔が浮かぶ

笑っている
白い歯で笑っている

わたしも笑っている

 

 

 

きょう東京は曇り

 

駿河昌樹

 
 

きょう
東京は曇り

グレーと
ホワイトと
ところどころ
ヴァイオレットの
重い雲
軽い雲

ずいぶん安易な重ねかたで
シンプルな
マーク・ロスコ

曇天が
どんなに美しいか
見続けていて
しみじみ
確認し直している

曇り空が大好きだったエレーヌ・グルナック
「見飽きない…
「ほんとうに大好き…
なんどとなく
宇宙空間に放たれ
すがたを消したようでも
どこか
星雲のあたりを
どこへ向かってか
直進中の
そんな言葉たち

きょう
東京は曇り

グレーと
ホワイトと
ところどころ
ヴァイオレットの
重い雲
軽い雲

 

 

 

長尾高弘著「抒情詩誌論?」を読みて歌える

 

佐々木 眞

 

 

「抒情詩誌論?」という不思議なタイトルがつけられていますが、著者も腰巻で談じているように、別にいかめしい詩論とか格調高い論考なぞではまったくなくて、あえていうなら、「ただの詩集?!」ですので、良い子の皆さんは、けっして敬したり遠ざけたりしてはなりませぬ。

実態はその逆で、まことに口当たりがよくて読みやすく、これほどノンシャランでとっつきやすい詩集なんて、いまどきどこを探してもないでしょう。

それは著者が、普段通りの話し言葉、ざっかけない日常の言葉で、読者に向って、(というより著者自身に向って、かな)語っているからなのですが、かというて、その語りかけや自問自答の内容がつまらないとか面白くない、なんてことはさらさらないのが、私としては不思議なくらいです。

著者の飾らぬ人柄にも似て、さりげなさの中に人世の信実や知恵がくっきりと浮き彫りにされ、独特の滋味やユーモアが漂うという、そんなまことに味わい深い玄妙な詩集。
あえて言うなら「現代詩」に絶望している人に薦めたい1冊です。

ではいったいどんな詩集なのかと迫られたら、ぜひ「らんか社」のたかはしさんに電話して、実物を取り寄せて読んでみてほしい、と答えるしかないのですが、とりあえず「ものづくし」という定義集のような作品の中から、いちばん短いのをご紹介して、おしまいにしたいと存じます。

「サンドイッチ」
足を伸ばして寝ていたら、
ふとんごと食われてしまった。

さて、久しぶりに素敵な詩集を読んだおかげで、私も久しぶりに抒情詩ができました。
ありがとう、長尾さん。

「パンドラの星」

昔むかしあるところに、1人の詩人がいました。

地上では誰ひとり自分の詩を読んでくれません。
はてさて、どうしたらいいだろう?
いろいろ夜も寝ないで考えていると、突拍子もないアイデアがおもいうかびました。

地球がダメなら宇宙があるさ。
宇宙ロケットで詩集を打ちあげたら、もしかして水星人やら金星人、火星人、木星人たちが読んでくれるのではないだろうか?

そこで詩人は、毎晩毎晩夜なべして、糸川博士にならって超ローコストなペンシルロケット作りに熱中しました。

構想1秒、実践3年。
先端部に「らんか社」から刊行された500部の処女詩集「これでも詩かよ」を搭載した「あこがれ」1号が打ち上げられたのは、西暦2020年、十五夜のお月さまが東の空に皓皓と輝く師走の夜のことでした。

「あこがれ」は、秒速20キロの速度で大気圏を離脱し、長い長い航海に旅立ちましたが、やがて35億光年の彼方に到着しました。

そこでロケットが、あらかじめセットされていた通りに先端部の蓋を開け、500部の詩集を広大な真空地帯にまき散らすと、まっしろな詩集たちは、無明長夜の闇の中を、白鳩のように羽ばたきながら、パンドラ銀河団めがけて舞い降りていきました。

詩人の処女詩集「これでも詩かよ」が、パンドラの箱文学賞を受賞したという第一報が、超長波電磁波に乗って地球に到着したのは、それから間もなくのことでしたが、残念なことには、その地球も、その詩人も、もはやこの世のものではなかったのでした。

 

※らんか社ホームページ
http://www.rankasha.co.jp/index.html

 

 

 

 

みわ はるか

 
 

鍋の具材をスーパーで見ていた。
ネギ、豆腐、しいたけ、えのき、つくね団子、ウインナー、もやし、お肉・・・・・・・。
ぐつぐつ煮たっている鍋の様子を想像する。
時々ピシャッとつゆが飛んだりする、
時間とともに出汁のいい香りがしてくる。
野菜はしんなりして、お肉の赤身は消える。
みんなが一つの鍋の中で、色んな色で輝いている。
それを友人みんなでのぞきこむ。
ただただ見つめる。
そんな時間が好きです。
そんな風に一緒に時を過ごせる友人は宝物です。
ずーっとこの時間が続けばいいのになと思う。
でもきっとそれは無理なんだろうなとぼーっと鍋の湯気にあたりながら感じる。
みんなそれぞれにライフステージがあって、優先順位が変わってくるから。
何から食べようかなんて考えてなくて、鍋の会が終わった後のことを考えている人がいるかもしれない。
来週末の予定を練っている人もいるかもしれない。
鍋のことだけを考えている人が一体どれくらいいるんだろう。
友人は大切だけれど、もっともっと大事なものがみんなの周りにはたくさんあるような気がする。
煮立ちすぎた鍋は味が濃縮して何度も咳き込んだ。
しめのご飯を投入した鍋はそんなにおいしくなかった。

 
私事ですが、最近調子があまりよくないようです。
短いですがこれだけしか書けません。
でもこれからもずっと書き続けたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。

 

 

 

味噌づくり

 

塔島ひろみ

 
 

カビが気持ち悪くて学校を辞めた
顕微鏡を覗くと 動いている
ふくらむ 芽を出す 増殖する
カビは溌剌と、黄金色に照り輝き、みなぎる生命力を発出していた

キモかったよね、と、友達が言う
友達と水道でカビを扱った手を洗う いつまでも洗う
ハンカチを忘れた友達にハンカチを貸す
友達の手がぐにゃぐにゃと動いてハンカチに擦りつけられている
掌に刻まれた細かい手筋が、彼女のアイデンティティーをハンカチに擦りつける
返されたハンカチを そのあと私はゴミ箱に捨てた

自転車で夕暮れの中川べりを家に向かう
風が吹いて柵に絡みついたヤブガラシがやわらかく揺れたあと
巻きひげをスルスルと空中に伸ばし、何かをつかもうとするのを見た
慌てて、逃げるように自転車をこぐ

生きているとは何ておぞましいことなのだろう

私たちは学校で味噌を作る
カビが他の生物を分解吸収して老廃物を放出することを〈腐敗〉というが、この現象で人間に有用なものが生じる場合、それは〈腐敗〉ではなく〈発酵〉である
そう教える先生の首筋の毛孔から汗がにじむ
毛も生えている
それに向き合って、35個の胞子が首を揃え、頭からニョキニョキと発芽を始めた
吐き気を催してトイレに行くと 鏡に映った自分の頭からも芽が出ている

私たちは大豆をぐしゃぐしゃにすりつぶしてミソを仕込んだら、次は誰かが殺した豚を使ってハムを作る
私たちの生理は、成長は、腐敗ではないのか
顕微鏡で見たら私たちの増殖は、アスペルギルズの増殖よりはるかに気持ち悪いものではないのか

コトちゃんは学校に行けなくなり、退学した
精神疾患だと診断された
レントゲンを撮った医師は、コトちゃんの神経がS字に曲がっているのを発見した
「普通はまっすぐなものがこんな風に曲がっています。治療して修正していきましょう」
そう言ってコトちゃんの歯茎を開いた医者は
コトちゃんの神経が薄桃色に美しく輝き、ゾワゾワと蠢き、優しく膨らんでいくのを見たのだった
コトちゃんの曲った神経は、溌剌と生きていた
医者は神経をそのままにして歯茎を閉じた

私たちは1年かけて人間に有用な味噌になる
コトちゃんは何になるだろうか。

 
 

(11月6日 江橋歯科医院診療室で)