くり返されるオレンジという出来事 4

 

芦田みゆき

 
 

11月17日

また、ハエが増えはじめる。

あたしは床にしゃがみこんで、オレンジを産んでいる。
つるん、つるんと、つややかな実が、黒いカーペットに産みおとされていく。
ドアをたたく音。
「誰? 近寄らないで!」
産みおとされたオレンジは、全部で六個。
あたしはそれを拾いあげ、よく冷えた水槽に浮かべた。
カチャッ、鍵のあく音。
けれど、誰も入ってはこない。
「あぁ、お腹がすいた」
冷蔵庫をあける。二〇個のオレンジがキチンと並んでいる。
牛乳ビンを取ってきてごくごくと飲んだ。
そして、ゆっくりとベッドに横たわる。

 
乳房が張っている。
わけもなく涙があふれてくる。
ハエの音。
ハエの音。
まぶたを閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

as an alien among the aliens

 

観音

というのは
音を

観る
のだそうだ

工藤冬里は
音を飲めといった

目で飲むのだろう

子どもの
目玉の

白が

青い
みひらいていた

子どもは目玉で音を飲む
音を観る

ひかりを

忘れ去る
流れ去る

as an alien among the aliens
異邦人の中の異邦人として

流れ去る

夏雲の
白く佇っていた

女は大皿のようにもみえた

 

 

 

和紙に綴られた手紙

 

みわ はるか

 
 

5行程の丁寧な手紙をもらった。
肌触りがいい和紙に書かれていた。
きちんとした筆ペンで綴ってあった。
書くことが好きなので手紙を知人に渡すことはたまにあるけれど、もらうのはものすごく久しぶりだった。
人の手で書かれた文章がこんなにもきれいなんだと不思議な気持ちになった。
頬には意図していないのに一筋の涙がつたった。

瀬戸内海には無数の島がある。
今年はGWが10連休ということで友人と島に行くことにした。
友人は少し変わったところがあって、ずいぶん前から少しでも住人が住んでいない島を探していた。
しかし、住人が少ないということは民宿も少ないということなのでそれは大変な作業であったみたいだ。
なんとか宿をおさえたという島は人口はたったの7人。
必要な時に本島から島に人が来るような所。
民宿はたったの2つで、どちらも家族経営をしているようだった。
わたしたちが泊まったのは海の家を連想させるようなたたずまいで、トイレはボットンの和式だった。
年配の老夫婦が切り盛りしていて、休みの日には娘さん2人が本島から手伝いに来ていた。
人があまりいないので海や砂浜はとてつもなくきれいだった。
海はピカピカ光っていたし、魚が飛び跳ねる姿も散見された。
遠くの方では大きな船が行き来していた。
ジェットスキーで海を自由自在に動き回る若者やおじさんたちはとても楽しそうだった。
大きな貝殻もたくさんあった。
見るもの全てが新鮮だった。
夜ご飯は魚がメインで、お刺身も天麩羅も煮物も、どれをとってもとてつもなくおいしかった。
蚊が出てよく眠れなくて寝不足になったのは残念だったけれど、それはわたしにはたいしたことではなかった。

老夫婦のおじいさんが教えてくれた。
この民宿に今までで一番長く滞在したのは1ヶ月のアベック。
アベックという言葉を理解するのに少し時間がかかったけれど若い二人だったんだなと少しして想像できた。
両親に結婚を反対されてここに来たと言っていたそう。
そのアベック、どうしたんだろう、幸せに暮らしているといいなと思った。
報われないのはやっぱり悲しい。

友人は色んなところに歩いて散策に出かけていた。
人がいないことがこの上なくうれしそうだった。
サングラスをかけて、木の棒をもって、まるで東南アジアで見るような現地の人みたいだった。
食べて、飲んで、岩の上でぐうたら寝ていた。
ナマケモノにも見えた。
でも、とても気持ちよさそうだった。
なんだかわたしまで幸せな気分になった。

GWはあっという間にすぎてしまったけれど、その手紙は大学の卒業証書入れの裏に大切に保管することにした。
曲げないように、しわにならないように、大事に大事に。
言葉は素敵だ。
それをつなげた文章はもっと素敵だ。

心のこもった文章をどうもありがとう。

 

 

 

an alien

 

工藤冬里

 
 

挟まれた彩度の中
牛蒡の身長で立つ
フリンジには青紐が渡してあって
この道、と言われていた分離divergenceは
揺れ戻しの後の
酸いdressingの中
油のように浮いてくる
画面の僅かな乳濁の中
他国の刑法で裁かれようとする
among the aliens
髪が黒すぎるカラスみたいだ
いかに離れ落ちたかを具に見
野獣にやられるさまを具に見
抽象する
逃げ道がない
輝度温度入り乱れ
曲線も直線も平面に入り乱れ
挟まれた彩度の具に
ワイド画面も狭められる
as an alien among the aliens
頑なに守る領土
頑なに付け足す領土

 

 

 

マザー

 

塔島ひろみ

 
 

軽薄な服装の若い女が、うつむいて、青ざめて、よろめきながら、蛇行して、日曜日の、人が溢れた区役所通りの、歩道を歩く体じゅうからアルコールのにおいをプンプンさせて、ガードレールに、カップルに、蕎麦屋前にたむろする集団に、突っ込みかけ、ぶつかりかけ、倒れかけながら、暮れ方の渋谷の歩道を歩く
「あんた赤ちゃん殺すよ!」
肩をつかまれてようやく止まった
「それじゃ子供、死ぬよ」
大人の女が静かに、もう一度言う
女はふらつきながら、声もなくその場で項垂れる
両手にベビーカーの把手をつかんだまま項垂れる

暑すぎて家にいられなかった
赤んぼ連れで出かけ、公園のイベントで、ラテンアメリカのお酒を飲んだ
ベビーカーの把手を持って、立ったまま、焼けつくようなそのお酒を、浴びるように何杯も飲んだ、そして、
ぐでんぐでんに渋谷の路上で酔い潰れた
無責任無自覚、自分勝手、救いようもない最低の母親と、陽気なカリブ海のBGM

彼女を止めた女性は赤ん坊が心配で、
母親にミネラルウォーターを飲ませ、様子を窺う
ベビーカーにちょこんとすわったその男の子は、手に持ったマグを口に運んでいる
マグには水が入っている
30℃を越える暑さの中、この酔いどれマザーが彼に掴ませていた、命の水だ

子供はこの水をしっかりと握り持ち、
そして母はベビーカーのグリップを決して放さず、
今も右手でぎゅっと掴んで、左手でミネラルウォーターを飲んでいた

親切な女性はタクシーを止めた
おとなしいその子を、抱きかかえてベビーカーから移動させる
赤ん坊はそのとき、初めて泣いた
ギャアギャアと、恐ろしい泣き声で泣いた

87歳になる母が、よろよろと階段を上がってきた。3階から路地裏を見たいそうだ。
ネコがごはんを食べなくなった。誰かにもらっているようなので、突き止めるのだと言って。
ベランダで母と並んで見下ろすと、スレート葺の屋根の下で、平野さんのおばさんが裏庭の物干し台に洗濯物を吊るしている。(カシャカシャと音が聞こえ、手だけが見える)
その先の狭い一角にはツツジが咲いていて、斉藤さん(爺さん)が葉っぱを触りながら何かを確かめている。平野さんと斉藤さんがボソボソと、何か、会話を交わす。
老人ばかりが取り残された、下町の静かで平穏な風景を、ネコを探して、母はしばらく眺めていた。
そして、やっぱりダメね、と言って、またよろよろと手摺に掴まり、階段を一段一段降りていく。

命の水。
それに生かされて、今私がここにこうして立っている。
母はそれを知っているから、
手を離したら、その水がこぼれてしまうことを知っているから、
母それ自身が命の水だと知っているから、
慎重に、慎重に、滑らないように、落ちないように、
階段をゆっくりと降りていく、87歳の、酔いどれマザー。

 
 

(5月26日、渋谷区役所付近の路上で)