Inner Worlds

 

正山千夏

 
 

これまで
私のインナーワールドに
そういう光を当てられたことが
あったかしら

その景色
起伏
闇に溶けている奥行

夜明け前の薄闇のような
日暮れ後の夕闇のような
遠慮がちな光のなか

浮かび上がる
その景色のひろがりに
目をみはる

私は
一瞬で
恋におちる

カモメは
その光の軌跡をたどり
深く暗い海の上を飛んでいく

私は
見つめることを
やめられない

その光が
いったいどこからやってくるのか
知りたくて

 

 

 

強風

 

正山千夏

 
 

強風に逆らって
自転車で坂道をくだる
ことに熱中していたら
いつのまにか
よくわからないところに
出てきてしまった

色とりどりに咲くさるすべり
白赤ピンクの美しさに
泣けてくる
熱風吹きすさぶなか
痛む左胸に手をあてて
直射日光に焼かれる夏
 

芝生に寝転んで空をながめた
強風だからか
つぎつぎと湧きあがっては
流れていく大きな雲は
まるで海の上を行く船のよう
私を乗せて猛スピードで
どこかへ走り去っていく

はだしで芝生の上を歩けば
足の裏 じかに地球の感触
それが触発するのか
深い深い海の底から
なぜだか湧きあがる想い
もまた強風で
どんどん吹き飛ばされていく

 

 

 

この夏

 

正山千夏

 
 

早すぎる夏
降りすぎた雨
昇りつめる温度計
この夏のはじまりは
爆発した

ただただ右往左往し
蝉もまだ鳴きださない
窒息した夏を
ばたばた搔きまわす
私の四肢

丸い月の夜には
ざわざわうごめく空気に
バランスを崩し
なにかがひっくり返って
あふれだしたものを
なすすべもなく
なかばやけっぱちに
浴びるばかり

泳いだあとのような
からだのだるさが
左半身に残る
傾いだなにかが
寄りかかるものは
そこにはなかった
またはもう消えていた
否、はじめからなかったのか

不意をつかれどおと倒れて
死んでしまったのかも
この夏
なにかが

 

 

 

16歳の私

 

正山千夏

 
 

16歳の私は
自転車に乗っている
いくつもの季節を通り抜け
こぐ自転車は坂をのぼりおり
夏のひまわり たちあおい
さるすべりと内緒話をして
きんもくせいで身を飾る

いつからか
前に進むことが当たり前になっていて
空を見上げることを忘れてしまう
冬の枝葉は丸はだか
しろつめ草で編んだかんむりは
いつのまにか枯れていた
 
 
そして今日も私は
自転車に乗っている
一面の白い花はまた今年もしろつめ草
こぐ自転車は坂をのぼりおり
鼻歌まじりで空を見上げる私はまるで
冬の冷たい空気のなかに咲く
真っ赤なぼけの花

やがては
はらりはらりと散るさくらとなって
ふたたびめぐってくる
夏の朝のあさがおのように
青くひんやりとしたしあわせを胸に
こぐこぐこぐ
あしたもあさっても
こぐこぐこぐ

 

 

 

Treasures in May

 

正山千夏

 
 

もうフォーカスするのはよそう
ちょうど老眼も入り
筋肉もほどよくへたってる
白髪まじりのごましおあたま
二か月に一度染めないと
はえぎわにまるで霜柱のよういつのまにか
ざくざくとそれを踏んでまわりたいの
まだあの頃の冬の朝の記憶
優雅に取りだして
ふっと息を吹きかけ埃をはらう

そう、今は五月
みどりの風に吹かれて遠くを見る
疲れ目を癒して
見たいものはなんだったのか
フォーカスしようとがんばっていたものは
引いて見れば
そんなに近いわけでもないけれど
もうそんなに遠いわけでもない
花をつんで花びらを一枚一枚
好ききらい好ききらい

中年期のただの女が
五月の宝箱を開けたのだった
母の宝箱のオルゴールのあの曲が
風と街の音の向こうで鳴っている

 

 

 

もぐらの記憶

 

正山千夏

 
 

記憶というものは
罪なものですね
失くせば哀しいけれど
あればあったでとってもやっかい
ならべてみたり
くらべてみようとしてみたり

穴ぐらのなか
這いまわる
まるで水を掻くように
ヒゲに当たる砂や石の感触
ミミズにあいさつして
今日もねぐらに帰ってく

目覚めれば朝
昨日のつづきはこう、
そうやってじたばたすること自体がたいてい
私を光の方向に導いている
くらやみのなかをつらぬく
太陽のそれ

 

 

 

木々たちのように

 

正山千夏

 
 

サクラ咲く
環八のきわ
ごうごうなるクルマ
ざわざわざわめく
固い心臓
に刺さる小さなとげは
不思議な殻に包まれて眠る
(漫画「ブラック・ジャック」に
空0似たような話があったっけ)

いま、この瞬間
私は大丈夫だ
けれど
この今を積み重ねていけば
私の人生は大丈夫なのか

四つ葉のクローバーの声は聞こえない
私の自転車はゆっくりと走る
動体視力のすぐれたカラスのバクダンは
けれど今回はわずかに早く着弾し
自転車の前カゴへ落ちた
三つ葉のクローバーで拭き取った

華々しく咲くサクラを尻目に
馴れ馴れしくて敬遠していた
サルスベリの木にすがって
見失った目標を探している
夏に咲く花だから
つぼみさえまだ枝のなか

あの大きなモミの木は昔
川沿いの電話ボックスの横にいた
何十年も先の未来への
タイムマシーンではないけれど
あの電話ボックスに入って
受話器を取ってみたら
今の母の声が聞こえた

いま、この瞬間
私は大丈夫だ
木々たちのように
根を張る土壌に
たっぷりの雨がしみこんだ

 

 

 

2月の風鈴

 

正山千夏

 
 

もっとも陽当たりの悪い月が終わる
太陽はよたよたとビル平線のきわをうろつき
私をイライラさせる

どこかで季節外れの風鈴が鳴っている
まるで雪の妖精の魔法のきらめき♡
ロマンティックで迷惑な涼しげ効果

20年前の自分の詩を翻訳する
不思議な運命のめぐりあわせか
それとも根強いカルマか
今の私の心情とまったく変わらないことに
あ然とするとともに
モーレツな共感にふるえる心
ロマンティックで迷惑な涼しげ効果

に耐えられず分厚い布団にくるまって
ひたすら眠ってしまう2月
ほんとうは20年間こうして
眠っていたのだろうかとも思う
そのあいだも忘れ去られた風鈴は
やむことのない風に翻弄されながら
遠くでりりんりりんと鳴っていたのだ

まるで熊
皮下脂肪に貯めた養分も
今ではすっかり消化され痩せ細った熊が
寒さに耐えきれず起き出してきて
また何かをさがしている
2月の風鈴が
遠くでりりんりりんと鳴っている

 

 

 

東京の雪

 

正山千夏

 
 

もしも想いが見えたなら
ガラスのコップに注いで
飲み干そう

それとも
冬のお布団に詰めて寒い朝
ぬくぬくとくるまって

太陽を背にして
思いっきり吹き出せば
虹になるかな

空に昇って冷やされて
落ちてきたら大雪だ
しんしんしんしん積もって

クルマや人に蹴荒らされ
黒くなって溶けたと思ったら
またカチンコチンに凍って

私はその上ですってんころりん

 

 

 

あな

 

正山千夏

 
 

ここに穴がある
泣いてばかりで
いつもそこに
ナミダを落としてばかり
ただそれしか
術を知らなくて

でもさすがに
近ごろ気付いた
落ちたナミダは
穴にたまり
時には溢れ出すことも
あったけど
必ずいつかは干上がり
そして穴は
埋まらないまま
そこにある

穴を埋めたいのなら
崩すしかないのかもしれない
なにを
どうやって
もう、流すナミダも
阿呆らしい
かと言って
一向に枯れないなにかを
持て余しながら

まだ
ナミダでなにかが埋まるものと
幻想を抱くことは
許されますか
穴は穴のままでいることは
許されますか