子宮更年期の憂い

 

正山千夏

 
 

あいつが来ない
今までずっと来ていたやつが
時々来なくなり
やがてはまったく来なくなる
悲しくはないけれど
どこか少し怖いような
夜の砂漠を月夜に彷徨うような
月の砂漠のラクダたちは
それでも歩いてゆくのです

運ばれていく私の子宮は
しずかに閉じていくのか
なにを失いなにを得るのか
いやあらかじめ決められたことなのか
ホルモンだかフェロモンだか
自律神経失調症コンチクショー
微細な物質クスリくれ命の母
実家の母 父の母
それなり歳を取りました

日々の波乗りは緩慢に
けれどカラダは効率よく
駆使していたいsurf of life
我慢がつらい思考まとまらない
急げないのは走れないから
訳なんかないもう野望もない
希望も絶望もそこそこに
ブルースをうたう女たちが
それでも歩いてゆくのです

 

 

 

ナイト・クルージン

 

正山千夏

 
 

夜を走り抜ける
語り尽くされた言葉たち散らばる
アスファルト黒く鈍く光ったと思ったら
東の空冷たい風切る自転車が
朝焼けの中に吸い込まれてく

ナイト・クルージン
ジングルベルはもう終わり
光を求めて彷徨う自転車
街の明かりばかり追いかけて
気が付けば浮かび上がる地平線
つらなるビルに塞がれて

ナイト・クルージン
狂ってく自転車の軸が狂ってく
くるくるまわるハーフムーンは
夜明けと夜の境い目を照らし
わたしは熱い心臓はハートビートを刻みながら
朝焼けの中に吸い込まれてく

 

 

 

歩く女 a woman walkin’

 

正山千夏

 
 

歩く歩く
歩いてないと狂ってしまうよこの街は
骨が地面に刺さる
その振動を心臓に刻み
腐るなにかを内包するあたしは

歩く歩く
トーキョーの街は流れる川のよう
うごめく街は人を飲み込む清濁あわせ呑む
引力にひかれる皮膚を
コートのように着込んだ女

歩く歩く
重力とあたしは恋におちる
足で地球の頬にキスをするんだ
骨が地面に刺さる
その振動をDNAに刻み
複製されゆく遺伝子のなれの果て

歩く歩く
内側と外側にひろがるジャングルを歩く
探し物はなんですか
まだ目がらんらんと輝いてる
それはちょうど暗闇の中
今生まれようとするたましいの
放つ光にそっくりだ

 

 

 

スモークサーモンは煙だらけ

 

正山千夏

 
 

ケムリにまかれたあたまは
重くゆれるぐるぐるまわる
シラフだというのに
柱にあたまをぶつけ
扉にあたまをぶつけ
不躾な肉体持て余す

ただひたすらケムリにいぶされた
肉体なぶりたいhold me tight tonight
骨と皮は乾燥
可哀想なお年頃
落とし所探してさまよう
毎日の台所で刻む包丁のビートが

顔に刻むシワ
一方脳みそのシワは伸びてく一方
アルツハイマー若年性痴呆
恐れながらもあいつは今
どうしているんだろう
かすかな記憶とぬくもりにすがり

現実に翻弄されっぱなしの人生
とめどなくあふれるネガティブ思考
ケムにまくため巻き続けるジョイン
情と愛情のあいだのJOY
噛みしめることのできる中年の
顎と歯も大分いぶされ茶色く着色

Ah こんなスモークサーモンでも
山を越えて川を遡上り帰って来る場所がある
肉体なぶりたいhold me tight tonight
クマと戦い尽くすまで
目の下のクマ
アイクリームでは消えないママ
パパ髪振り乱し通勤電車の刻むビート

スモークサーモンは煙(けむ)だらけ
うまみ通り越しやばみ
骨と皮は乾燥
人生という名のマラソンを完走
してみたいお年頃
ないゴール探してさまよう
鮭の腹は空洞

 

 

 

Inner Worlds

 

正山千夏

 
 

これまで
私のインナーワールドに
そういう光を当てられたことが
あったかしら

その景色
起伏
闇に溶けている奥行

夜明け前の薄闇のような
日暮れ後の夕闇のような
遠慮がちな光のなか

浮かび上がる
その景色のひろがりに
目をみはる

私は
一瞬で
恋におちる

カモメは
その光の軌跡をたどり
深く暗い海の上を飛んでいく

私は
見つめることを
やめられない

その光が
いったいどこからやってくるのか
知りたくて

 

 

 

強風

 

正山千夏

 
 

強風に逆らって
自転車で坂道をくだる
ことに熱中していたら
いつのまにか
よくわからないところに
出てきてしまった

色とりどりに咲くさるすべり
白赤ピンクの美しさに
泣けてくる
熱風吹きすさぶなか
痛む左胸に手をあてて
直射日光に焼かれる夏
 

芝生に寝転んで空をながめた
強風だからか
つぎつぎと湧きあがっては
流れていく大きな雲は
まるで海の上を行く船のよう
私を乗せて猛スピードで
どこかへ走り去っていく

はだしで芝生の上を歩けば
足の裏 じかに地球の感触
それが触発するのか
深い深い海の底から
なぜだか湧きあがる想い
もまた強風で
どんどん吹き飛ばされていく

 

 

 

この夏

 

正山千夏

 
 

早すぎる夏
降りすぎた雨
昇りつめる温度計
この夏のはじまりは
爆発した

ただただ右往左往し
蝉もまだ鳴きださない
窒息した夏を
ばたばた搔きまわす
私の四肢

丸い月の夜には
ざわざわうごめく空気に
バランスを崩し
なにかがひっくり返って
あふれだしたものを
なすすべもなく
なかばやけっぱちに
浴びるばかり

泳いだあとのような
からだのだるさが
左半身に残る
傾いだなにかが
寄りかかるものは
そこにはなかった
またはもう消えていた
否、はじめからなかったのか

不意をつかれどおと倒れて
死んでしまったのかも
この夏
なにかが

 

 

 

16歳の私

 

正山千夏

 
 

16歳の私は
自転車に乗っている
いくつもの季節を通り抜け
こぐ自転車は坂をのぼりおり
夏のひまわり たちあおい
さるすべりと内緒話をして
きんもくせいで身を飾る

いつからか
前に進むことが当たり前になっていて
空を見上げることを忘れてしまう
冬の枝葉は丸はだか
しろつめ草で編んだかんむりは
いつのまにか枯れていた
 
 
そして今日も私は
自転車に乗っている
一面の白い花はまた今年もしろつめ草
こぐ自転車は坂をのぼりおり
鼻歌まじりで空を見上げる私はまるで
冬の冷たい空気のなかに咲く
真っ赤なぼけの花

やがては
はらりはらりと散るさくらとなって
ふたたびめぐってくる
夏の朝のあさがおのように
青くひんやりとしたしあわせを胸に
こぐこぐこぐ
あしたもあさっても
こぐこぐこぐ

 

 

 

Treasures in May

 

正山千夏

 
 

もうフォーカスするのはよそう
ちょうど老眼も入り
筋肉もほどよくへたってる
白髪まじりのごましおあたま
二か月に一度染めないと
はえぎわにまるで霜柱のよういつのまにか
ざくざくとそれを踏んでまわりたいの
まだあの頃の冬の朝の記憶
優雅に取りだして
ふっと息を吹きかけ埃をはらう

そう、今は五月
みどりの風に吹かれて遠くを見る
疲れ目を癒して
見たいものはなんだったのか
フォーカスしようとがんばっていたものは
引いて見れば
そんなに近いわけでもないけれど
もうそんなに遠いわけでもない
花をつんで花びらを一枚一枚
好ききらい好ききらい

中年期のただの女が
五月の宝箱を開けたのだった
母の宝箱のオルゴールのあの曲が
風と街の音の向こうで鳴っている

 

 

 

もぐらの記憶

 

正山千夏

 
 

記憶というものは
罪なものですね
失くせば哀しいけれど
あればあったでとってもやっかい
ならべてみたり
くらべてみようとしてみたり

穴ぐらのなか
這いまわる
まるで水を掻くように
ヒゲに当たる砂や石の感触
ミミズにあいさつして
今日もねぐらに帰ってく

目覚めれば朝
昨日のつづきはこう、
そうやってじたばたすること自体がたいてい
私を光の方向に導いている
くらやみのなかをつらぬく
太陽のそれ