見晴らしのいい場所

 

正山千夏

 

歩いているあいだに
ずいぶんと長い時間が経ち
しばらくぶりに
見晴らしのいい場所へ出た

季節外れの台風が去り
細い月はぴかぴかに洗われた
金木犀は地面に落ちて金に変わり
かぐわしい香りもしなくなった頃のこと

なぜか急に思い出す
まだティーンだった頃、空の青が
好きで好きでしようがなかったこと
胸のあたりにあたたかな感触が
湧きあがる

大好きだった人のこと
どんなふうに愛したのか愛さなかったのか
忘れていたチカラが
ふたたびあたしの中にあるのに気づく
孤独を暗示した強い風
その音さえ甘やかに

あたしはそこから
動き続ける雲を見ている
新しい風が新しい不在を呼び
新しいあたたかな感触がそこに
流れ込んでくるのを

 
朝もやの流れる木立の間から
鹿が耳を立ててこちらを見ている
と思ったら消えた
あたしはゆっくりと
それを追い始める

 

 

 

25年後の忘却セッケン

 

正山千夏

 
 

液体セッケンの時代をへて
オーガニックでひとまわり
ふたたびかたちあるあのセッケンを
手に取る今日この頃です

小さくなったセッケンを
新しいセッケンの背中にくっつける
くりかえしくりかえし
うまくくっついて一体化してくれると
なんだかうれしいのです

思い出すと辛いことも
忘れてしまうとかなしい
けれどご心配なくそういうことは
落とせないひつこい汚れのように

あの頃は
どんな汚れだって落とせるものと
言葉は水のよう蛇口からあふれ
いや、それは熱い湯だったかもしれない

いま頃は
電車の中で腰掛けた腰が重い
人々はスマートフォンにおおいかぶさり
親指はめまぐるしく動いて
乗り換え通路を高速ですり抜けて行く

今日も
小さくなったセッケンを
新しいセッケンの背中にくっつける
くりかえしくりかえす寿命のリセット

やがて
古いセッケンはいつのまにか消え
ぴかぴかのまあたらしい人生が
ふたたび忘却を演出する

いまでは
落ちない汚れがある
のも知っている
セッケンの洗浄力というよりは
いや、それは落としたくないのかもしれない

一体化すると
なんだかうれしいのです
セッケンの白さも脆さも
まるであたしの骨のようで

 

 

 

忘却セッケン

(1993年 詩集「忘却セッケン」より)
 
 

正山千夏

 
 

雑誌で
自分はどこからきて
どこへいくのかということを考えている科学者の話を
読んだ

その時 私は
電車の中で
家へ向かっていた

遠い遠い昔に
忘れ去られたことを再び
憶い出そうとする
その人の顔のところに私の親指があたっていた

家にたどり着いたら
また、私は
忘却セッケンで手を洗ってしまった。

机に向かって
自分はどこからきたのか
憶い出そうとした
(私は、多分、男と女が結合してそして女の人の中からきたみたいだ

けれど、
私の体液の表面張力で(それは、コトバかもしれない)
その細かな水の玉に強引に
くるめてくることができる記憶は
ほんのちょっとです(科学者の言う宇宙のチリより小さいみたい)

その夜 お風呂に入って
また、私は
忘却セッケンで身体を洗ってしまった。

この忘却セッケンが
どんどん小さくなって
しまいになくなるとき
私は終点に着くのだ

 

 

 

完全に不完全

 

正山千夏

 
 

34℃
熱いゼリーの中を泳ぐような
むっとした空気
おもむろに日差しが陰り
夕立をはこぶ雲が
灰色でさらに塗り込めていく夏
そこに閉じ込められた私
この夏は完全だ

ガリガリ君を食べながら思う
だれかが歌うサマー・タイム
空0ある朝、お前は立ち上がって歌う
空0そして羽を広げて飛んでいく
私は今飛んでいるだろうか
あいつは今飛んでいるだろうか
青いソーダ色の空を
あたしは完全に不完全

ハイハットと蝉がセッションする夕暮れ
雷のバスドラムは多分もう間もなく
私はもう、楽しみでしようがない
塗り込められた私が
夏に飛び出していく
土砂降りの夕立も
泥だらけの彷徨も
台風一過の空も

 

 

 

ダイニングテーブル

 

正山千夏

 
 

新しいダイニングテーブルを探す
ふたり用の
小さな真四角のテーブルが
意外にない
テレビをあいだに置いて
向かいあう私たちの距離をはかる
ワイングラスは壊さないように
そおっと洗う

ファミリー用の
長方形のテーブルに
ディスプレイされた食器たち
あちこちに飛びはじめる
スプーンやフォーク
トマトソースをテーブルにぶちまけて
食べながら寝てしまう子ども
の横をしずかに通り過ぎる

店をひとまわりしてくると
また別の
長方形のテーブルで
向かいあう白いあたまはなんと
私たちだ
となりでは
もっと年老いた父と母が
やわらかいものを食べている

 

 

 

空っ梅雨

 

正山千夏

 
 

たれこめた灰色の雲たち
薄日が肩をあたためて
そこになかった体温を思い出させる
気だるい歌にも飽きた
ただひきずるように重い足取りが
わざと遠回りして
陽の当たる電車に乗ったのだった

暑苦しく吹き出す緑たち
それでも束の間の地上滞空時間
今日は地下には潜りたくない
シートに腰掛けてスマートフォンと心中していく人びと
エスカレーターに乗って欲望と心中していく私
終点で降りると
今日は歌いたくない駅なのだった

 

 

 

漆黒のスープ

 

正山千夏

 
 

雨の火曜日シナモントースト焼いて
ミルクティを淹れた
冷蔵庫のぶーんとうなる音ワンノート
今日は資源ゴミの日
つぶれたビール缶、スパイスの空き瓶段ボールの束
時間までに出しておけば青いトラックが運んでいくどこへ
灰色の雲で胃の中はいっぱいだ
選択は今日はできない乾かないから
わたしは重い足取りで運ぶどこへなにを

もしもあなたがそこにいるのなら
今ごろ漆黒の闇に浮かんで光を見ている頃かしら
そのスープにあなたもわたしたちもみんな溶けているのよね
世界は光と闇と、灰色の雲でできている
そこから先が思い出せない
光を見ていてたぶん自分もその光のうちのひとつで
それからどこをどうやって
気付いたら狭い参道だ

もしもあなたがそこにいなくても
わたしは漆黒の闇に浮かんで光を見ている
そのスープをあたためていると
光っていたのはさっくさくのクルトンだ肉体だ
だとしたらどんどん冷やしていけばいいのか
フリーズドライみたいにやがては粉々になって真空に
それからどこをどうやって
気付いたら呼吸していた

灰色の午後はアイロンがけをして
昨日の残りの煮物でお昼にした
冷蔵庫のぶーんとうなる音ワンノート
にぶら下がりながら夕食の献立を考えていると
郵便配達人がチャイムを鳴らした
見るとこないだ出した郵便物が宛先不明で戻されてきた
宛名のラベルがはがれてしまったのだという
迷子になっているのはあなたそれともわたし
漆黒のスープに浮かぶはがれたラベルを思うわたしどこへ

 

 

 

野外音楽堂にて

 

正山千夏

 
 

蓮葉でうめつくされた池の上を
みどり色の風が通る
夫は1時間以上かけて
自転車でやってきた
涼しい風とはうらはらに
うっすら全身に汗にじませて

弦楽器のハーモニーに染み込む
初夏のビールはあわい黄金色
サウンドホールの奥の小さな空洞に
ハートビートの血潮の調べ
クールな顔のギタリストは
細かく膝をゆすってる

ケータイをかざすことすら忘れ
自分を風の中にほどいてしまう
隣にいる夫や友だちすらほどけてしまう
鳥たちがその調べに賛同する
そこにいるすべてのものたちが
西陽に照らされビール色に染まる

空気中に漂う細かなほこりが
ふつふつのぼってく
日々の小さな小言も
自転車で疾走する孤独も
まるでビールの泡のよう
大きな日除けにたまり
層をなしたと思ったら消えた

 

 

 

5月の彷徨

 

正山千夏

 
 

もうペンを持つことも
そうそうないのに
中指に盛り上がり続ける皮膚
私のDNAがつむぐ神秘

まとまらないあたま
ひまつぶしの余生
亡霊の行き交う交差点で
劣等感の夢を見る

目を閉じて
呼吸にゆっくり意識を合わせると
鳥が遠くで鳴き始める
いや、それは遠くなのか

上と下
右と左
前とうしろ
遠くと近く
内と外
過去と未来
光と闇
鳥と私

それらの真ん中とはしっこを
生み出すことと
もとにもどすこと
私の意識がつむぐ神秘

光年先の太陽
対流する大気圏が
5月に届いた輝く日差しのなかで
ほほえみを誘う風になる

盛り上がる皮膚をめくれば
痛みとともに赤い血が流れ
舐めれば鉄の味がする
いや、それは痛みなのか

空と大地 東西南北
仮想現実つなぐスマホ
賞味期限の順に並ぶ食品
奥の方から取り出す
私、とあなた
長いトンネルを抜けると雪国
それを明日見ることのない
昨日死んだもの