空っ梅雨

 

正山千夏

 
 

たれこめた灰色の雲たち
薄日が肩をあたためて
そこになかった体温を思い出させる
気だるい歌にも飽きた
ただひきずるように重い足取りが
わざと遠回りして
陽の当たる電車に乗ったのだった

暑苦しく吹き出す緑たち
それでも束の間の地上滞空時間
今日は地下には潜りたくない
シートに腰掛けてスマートフォンと心中していく人びと
エスカレーターに乗って欲望と心中していく私
終点で降りると
今日は歌いたくない駅なのだった

 

 

 

漆黒のスープ

 

正山千夏

 
 

雨の火曜日シナモントースト焼いて
ミルクティを淹れた
冷蔵庫のぶーんとうなる音ワンノート
今日は資源ゴミの日
つぶれたビール缶、スパイスの空き瓶段ボールの束
時間までに出しておけば青いトラックが運んでいくどこへ
灰色の雲で胃の中はいっぱいだ
選択は今日はできない乾かないから
わたしは重い足取りで運ぶどこへなにを

もしもあなたがそこにいるのなら
今ごろ漆黒の闇に浮かんで光を見ている頃かしら
そのスープにあなたもわたしたちもみんな溶けているのよね
世界は光と闇と、灰色の雲でできている
そこから先が思い出せない
光を見ていてたぶん自分もその光のうちのひとつで
それからどこをどうやって
気付いたら狭い参道だ

もしもあなたがそこにいなくても
わたしは漆黒の闇に浮かんで光を見ている
そのスープをあたためていると
光っていたのはさっくさくのクルトンだ肉体だ
だとしたらどんどん冷やしていけばいいのか
フリーズドライみたいにやがては粉々になって真空に
それからどこをどうやって
気付いたら呼吸していた

灰色の午後はアイロンがけをして
昨日の残りの煮物でお昼にした
冷蔵庫のぶーんとうなる音ワンノート
にぶら下がりながら夕食の献立を考えていると
郵便配達人がチャイムを鳴らした
見るとこないだ出した郵便物が宛先不明で戻されてきた
宛名のラベルがはがれてしまったのだという
迷子になっているのはあなたそれともわたし
漆黒のスープに浮かぶはがれたラベルを思うわたしどこへ

 

 

 

野外音楽堂にて

 

正山千夏

 
 

蓮葉でうめつくされた池の上を
みどり色の風が通る
夫は1時間以上かけて
自転車でやってきた
涼しい風とはうらはらに
うっすら全身に汗にじませて

弦楽器のハーモニーに染み込む
初夏のビールはあわい黄金色
サウンドホールの奥の小さな空洞に
ハートビートの血潮の調べ
クールな顔のギタリストは
細かく膝をゆすってる

ケータイをかざすことすら忘れ
自分を風の中にほどいてしまう
隣にいる夫や友だちすらほどけてしまう
鳥たちがその調べに賛同する
そこにいるすべてのものたちが
西陽に照らされビール色に染まる

空気中に漂う細かなほこりが
ふつふつのぼってく
日々の小さな小言も
自転車で疾走する孤独も
まるでビールの泡のよう
大きな日除けにたまり
層をなしたと思ったら消えた

 

 

 

5月の彷徨

 

正山千夏

 
 

もうペンを持つことも
そうそうないのに
中指に盛り上がり続ける皮膚
私のDNAがつむぐ神秘

まとまらないあたま
ひまつぶしの余生
亡霊の行き交う交差点で
劣等感の夢を見る

目を閉じて
呼吸にゆっくり意識を合わせると
鳥が遠くで鳴き始める
いや、それは遠くなのか

上と下
右と左
前とうしろ
遠くと近く
内と外
過去と未来
光と闇
鳥と私

それらの真ん中とはしっこを
生み出すことと
もとにもどすこと
私の意識がつむぐ神秘

光年先の太陽
対流する大気圏が
5月に届いた輝く日差しのなかで
ほほえみを誘う風になる

盛り上がる皮膚をめくれば
痛みとともに赤い血が流れ
舐めれば鉄の味がする
いや、それは痛みなのか

空と大地 東西南北
仮想現実つなぐスマホ
賞味期限の順に並ぶ食品
奥の方から取り出す
私、とあなた
長いトンネルを抜けると雪国
それを明日見ることのない
昨日死んだもの