小豆のまくら

 

塔島ひろみ

 
 

バリバリと パンを食べる音が解体工事のように響いている
血液検査を終えた人は、結果を待つ間この地下室でパンを食べる
丸テーブルに座って、向き合って食べる
中身のたまごがこぼれないよう、両手でしっかりとパンを押さえる
下を向いて歯の少ない口を思い切り開け、パンを噛む
噛みきることの困難さに、ますます首は下向きになり、うなだれた状態でパンを手に(口に)入れ、噛む間のこの頭をつんざく機銃掃射に恍惚となって目を上げると
向かいでは息子がとうに食べ終わり 静かにスマホをいじっている
その人はこれから、緩和ケア外来に行くのである
息子と老人との間には、何一つ会話がなく、
息子は途中で呼び出しベルを落としたりしたけど、会話はなく、
老人はこれでもか、これでもか、と、ひたすらに、ひたむきに、食べていた
ふすまがはずれ、階段が落ち、山百合と、虫に食われたズボンがぶら下がり、
それを引きちぎり、足で踏みしだき、
枕が出てくる
この枕には穴が開いていて、起きる度に小豆が外にこぼれている
それも今、食べる
息子はスマホの操作を終えて、私が家を壊すのをじっと見ていた

 

(2017年10月30日 ドトール東大病院店内で)

 

 

 

百円アトピー

 

塔島ひろみ

 
 

私はかかれるためにこの世にあり
光彩を放つ

水玉模様のアームカバーから はみだした腕を
かく女
その赤黒いいびつな物体はあなた自身で、
私ではない

かかれるためにある私は
太陽とか、空気とか、ドラム缶とか、総理大臣とかの
力を借りて 存在感を増し
人気を博した

私をかくために大黒屋店員を辞めた青年Nは
首筋からボロボロ落ちる自分の一部を
勝ち取ったような表情でかき集め 屑カゴに捨てた
Nの頭で音楽(大塚愛)が鳴り
ザーと音を立てて 減っていくN
そして今度は客として大黒屋に私を買いに行く Nと
百円で買われていく 私と
それを眺めている私

増える私
減らない私
決してかかれず、傷まない私
百円アトピー

私をかくために成長し
私をかくためにお米をとぎ、
私をかくために私をののしる世界に だけど私はまったく不調和で

今日も あちこちの私とそっと目を合わせながら
望郷の歌を口ずさむ

 

 

(2017年9月20日 東京大学附属病院皮膚科待合室で)

 

 

 

イブニングスポーツに耳をふさいで

 

塔島ひろみ

 
 

私と日馬富士は 遊園地でコーヒーカップに乗ってまわった
楽しそうな二人の写真を私は見ている
そのあとベンチでソフトクリームを食べたのだ
まるでその辺のカップルのように
私はバニラ 日馬富士はなんと キャラメルダブルミックスだ

また別の日 私たちは坂道を黙ってのぼった
リードを引きずった犬がついてきた
日馬富士はその犬を抱きかかえ そして
思いっきり 坂の下の方に投げ落とした
ドサッという音を私は聞く 犬の鳴き声は聞こえない
日馬富士は優しかった 坂をのぼりつめ
この町やその町の つまらないあれこれが
一枚の美しい絵になって 私たちの眼下にある
ずっと向こうには、金色に 富士山が光る
ガードレールにお腹をくっつけて
私たちは立って長いこと富士山を見ていた
私には日馬富士が必要で
日馬富士に必要なのはモンゴルの高原だけど
日馬富士は黙って 富士山を見ていた

前の患者が長引き テレビではスポーツニュースが始まった
私は耳に指を突っ込み、目をつぶって時間をやり過ごす
こんなところで聞きたくはなかったのだ

江橋歯科医院の待合室
大相撲の結果は終わった
私は太股を掻きながら
日馬富士を待っている

 

(2017.7.11 江橋歯科医院待合室で)

 

 

 

おくらバッシング

 

塔島ひろみ

 
 

お腹におくらが入っている
おくらが少しはみ出している
そこをツンとつついてみる
なでてみる
引っ張ると痛い
私はお腹におくらを入れて
仰向けに寝た
おくらと一緒に 夜空を泳ぐ錦鯉を見た
岩本医師が登場
おくらに優しく話しかけ、なだめている
おくらは泣いていた

糸が抜かれ
もうおくらは 私のお腹の牢獄から
抜け出すことは不可能だ
3ヶ月そこにいて
そのあとおくらは私の皮膚になる
そして私はおくらになる

触ってごらんよ

 
 

(2017・7・21(金)医科歯科大皮膚科待合室で)