開運金魚

 

塔島ひろみ

 
 

今日は開運金魚を配るという
昨日の大雪から一転青空が晴れ渡り、歯科医院はお客さんでいっぱいだ
とけたかなあ、と声がする
ドヤドヤと窓際に押し寄せ、眺めるけど、ここから外の景色は見えない
とけたかなあ
見えない景色に向かって 口々に言い合う
並んでヒラヒラ 尻尾を振る

とけたかなあ
私たちは少し恥ずかしく 顔を見合って赤くなった
徐々に待合室はすいてきて
(とけたかなあ) 奥歯が痛い口の中で 呟いてみる
もうすぐ私の番が来る

名前を呼ばれて診察室に入り 口をあけた
「もっと大きく」
医者に言われて大きくあける
私のあさましい口をあける
口の中にジャラジャラ ジャラジャラ
ジャラジャラ ジャラジャラジャラジャラ
お金が放り込まれてきて
治療はいつまでもいつまでも続いた

「はい、閉じてください」
お財布がパチンと閉じられ 真っ暗になる

開運金魚
私は欲しいものを手に入れた
幸せを招く
金箔入りの
いつも貴方のお財布にいる
かわいい
金魚
私はなりたい私になって
お財布の中を泳ぎまわる
本当の世界がここにあり、雪解けの庭に咲く桃が見えた

 
 

(2018年1月24日、江橋歯科医院待合室で(開運おみくじを拾って))

 

 

 

 

塔島ひろみ

 
 

あなたは2%ぐらいしか、私に見せてくれないのね
と、いつか言った人が 何だか今にも死にそうだ
深夜 窓のない暴走車に乗っている
スピードも落とさずに曲がるたび
母の体が砂のように ザザー ザザーと スライドする

川っぷちに行きますから
同乗する男性がマスク越しにこっそり囁き

まもなく車は ガタンガタンガタンと、何か凸凹の道に入って停まった
エンジン音が止み 静かになった

外に出ると 知らない土手下の荒れ地である
星がキラキラと輝いている
私は母をかき集め
真冬の風にしんみりと守られながら
マスクの男たちに助けられながら ここに 母を捨てた

私の嘘がキラキラと輝いて 母を照らす
母はとてもきれいだった

寝台の上に残っていたと、運転手が私に砂粒を渡してきて
車はあっという間に行ってしまった
数えると 2%ぐらいの母である
一緒に歩いて家まで帰る
まるで昨日までと同じ 母のように
まるで昨日までと同じ 私のように

 

(2017.12.18 江戸川病院救急センター処置室前で)

 

 

 

カラス

 

塔島ひろみ

 
 

暖房が効いた待合ロビーで
1239番のおかあさんは 赤ん坊の私を横に置いて
おとうさんとおしゃべりしていた
おかあさんのお財布をそっと開ける
色取り取りのカード! それを1枚、また1枚、抜き取って、
さわる

おかあさんはめまいがする
おかあさんは女である
おかあさんは11月2日東急ストアでコロッケ1P沢庵ドレッシング(ゆず)たら切身3入紙おむつ他計2109円の買い物をした

うすいカードの中に、おかあさんの生活と人生が、書いてあった
Alb3.9、LS280、ALP338、血圧150/90㎜Hg、目をあけるとつらい
育児ストレス2、
青春:595001、
性格:0、09、44、5
顔形:243

わたしにすべての情報をぬすまれ、
からっぽになったおかあさんが
ラメ入りのお財布のようなおかあさんが
おとうさんとおしゃべりしている
二人はこれからおばあちゃんの家に私を預け、
012598362
って予定でいてそれが55400087につながっていくこと、そして
おかあさんの子1(2)は232、05160-001 で8、****、
空色の、象さん模様のカードをさわって、私は私の人間性と未来まで知った

となりで中年のおばさんが居眠りしている
おばさんのショルダーバッグはカラスのように真っ黒で、さわると鳴いた
チャックを開けて、おかあさんのカードをその中に突っ込む
クリーム色のカード、光っているカード、ひんやりしてるカード、安っぽいや
つ、象さんカードも、全部突っ込んでチャックを閉めると、カラスがまた鳴いて

ガーガーガー、ガーガーガー、GAAAA――――

1階フロアはエアコンの音にじんわりと満たされ、とても暖かい

1239番が電光掲示板に表示され
目を覚ましたとなりのおばさんが、支払いに立つ
おばさんはもう席に戻らない

おとうさんとおかあさんがこのあとのことを相談している
もはや1239番でなく、おかあさんの抜け殻にすぎないおかあさんが、
お父さんと話しながら番が来るのを待っている
同じ抜け殻の私を膝に乗せ、
おとうさんが私の頭をさわって 笑っている
わたしも笑う
きっと 本当に楽しくて。

がーがーがー、がーがーがー、がああああああ

 
 

(2017.11.14 東京大学附属病院外来棟ロビーで)

 

 

 

小豆のまくら

 

塔島ひろみ

 
 

バリバリと パンを食べる音が解体工事のように響いている
血液検査を終えた人は、結果を待つ間この地下室でパンを食べる
丸テーブルに座って、向き合って食べる
中身のたまごがこぼれないよう、両手でしっかりとパンを押さえる
下を向いて歯の少ない口を思い切り開け、パンを噛む
噛みきることの困難さに、ますます首は下向きになり、うなだれた状態でパンを手に(口に)入れ、噛む間のこの頭をつんざく機銃掃射に恍惚となって目を上げると
向かいでは息子がとうに食べ終わり 静かにスマホをいじっている
その人はこれから、緩和ケア外来に行くのである
息子と老人との間には、何一つ会話がなく、
息子は途中で呼び出しベルを落としたりしたけど、会話はなく、
老人はこれでもか、これでもか、と、ひたすらに、ひたむきに、食べていた
ふすまがはずれ、階段が落ち、山百合と、虫に食われたズボンがぶら下がり、
それを引きちぎり、足で踏みしだき、
枕が出てくる
この枕には穴が開いていて、起きる度に小豆が外にこぼれている
それも今、食べる
息子はスマホの操作を終えて、私が家を壊すのをじっと見ていた

 

(2017年10月30日 ドトール東大病院店内で)

 

 

 

百円アトピー

 

塔島ひろみ

 
 

私はかかれるためにこの世にあり
光彩を放つ

水玉模様のアームカバーから はみだした腕を
かく女
その赤黒いいびつな物体はあなた自身で、
私ではない

かかれるためにある私は
太陽とか、空気とか、ドラム缶とか、総理大臣とかの
力を借りて 存在感を増し
人気を博した

私をかくために大黒屋店員を辞めた青年Nは
首筋からボロボロ落ちる自分の一部を
勝ち取ったような表情でかき集め 屑カゴに捨てた
Nの頭で音楽(大塚愛)が鳴り
ザーと音を立てて 減っていくN
そして今度は客として大黒屋に私を買いに行く Nと
百円で買われていく 私と
それを眺めている私

増える私
減らない私
決してかかれず、傷まない私
百円アトピー

私をかくために成長し
私をかくためにお米をとぎ、
私をかくために私をののしる世界に だけど私はまったく不調和で

今日も あちこちの私とそっと目を合わせながら
望郷の歌を口ずさむ

 

 

(2017年9月20日 東京大学附属病院皮膚科待合室で)

 

 

 

イブニングスポーツに耳をふさいで

 

塔島ひろみ

 
 

私と日馬富士は 遊園地でコーヒーカップに乗ってまわった
楽しそうな二人の写真を私は見ている
そのあとベンチでソフトクリームを食べたのだ
まるでその辺のカップルのように
私はバニラ 日馬富士はなんと キャラメルダブルミックスだ

また別の日 私たちは坂道を黙ってのぼった
リードを引きずった犬がついてきた
日馬富士はその犬を抱きかかえ そして
思いっきり 坂の下の方に投げ落とした
ドサッという音を私は聞く 犬の鳴き声は聞こえない
日馬富士は優しかった 坂をのぼりつめ
この町やその町の つまらないあれこれが
一枚の美しい絵になって 私たちの眼下にある
ずっと向こうには、金色に 富士山が光る
ガードレールにお腹をくっつけて
私たちは立って長いこと富士山を見ていた
私には日馬富士が必要で
日馬富士に必要なのはモンゴルの高原だけど
日馬富士は黙って 富士山を見ていた

前の患者が長引き テレビではスポーツニュースが始まった
私は耳に指を突っ込み、目をつぶって時間をやり過ごす
こんなところで聞きたくはなかったのだ

江橋歯科医院の待合室
大相撲の結果は終わった
私は太股を掻きながら
日馬富士を待っている

 

(2017.7.11 江橋歯科医院待合室で)

 

 

 

おくらバッシング

 

塔島ひろみ

 
 

お腹におくらが入っている
おくらが少しはみ出している
そこをツンとつついてみる
なでてみる
引っ張ると痛い
私はお腹におくらを入れて
仰向けに寝た
おくらと一緒に 夜空を泳ぐ錦鯉を見た
岩本医師が登場
おくらに優しく話しかけ、なだめている
おくらは泣いていた

糸が抜かれ
もうおくらは 私のお腹の牢獄から
抜け出すことは不可能だ
3ヶ月そこにいて
そのあとおくらは私の皮膚になる
そして私はおくらになる

触ってごらんよ

 
 

(2017・7・21(金)医科歯科大皮膚科待合室で)