内職

 

道 ケージ

 
 

コオロギの頭をそっと撫でて
足のギザギザに触れてあげる
そんな面倒な内職だけど
丁寧に時間をかける

透明な羽根だけは触わらない
思い込みの露をためた
虹の足の泉で
緑線を洗うらしい

選り分けるだけでないことを
理解せねばならない
付け加える必要はない

生き様が奏でる
甘い気持ちは見透かされ
たちまち弾かれる

イカズチを操る金髪の男
太り過ぎだよ
踏むなよ

一瞬では
どうしても遠くに行けない俺ら
愚かさだけ晒す

とびっきりの錐で
頭頂を撫でてあげよう

 

 

 

帰福

八十八歳の母に会いに*

 

道 ケージ

 
 

帰ってきとった方がよかろうと兄
やはり 帰るか
「なんかあるごたぁね」と電話越しの母

帰郷すると
またすっかり母は小さくなっていた
妖精のように

なにかへ 帰る
何処かに 帰る

「小鳥に餌をあげると」
残飯を庭に置く
自分の食事はほとんど残して
「猫が口尖らしてやって来ると」

買い物にはもう行かない
「生協が来るけんね」
しなびた大根を
僕はおろすのだ

ほら、肉も食わんと
料理はしたことはないが
母に焼肉を
上等の和牛はすぐに焼ける

それでも箸で引きちぎって
「これだけでよか やわらかかね」

苦労時代のことは鮮明
「ほんと好かんやった 呑んだくれて
もう一回結婚? 絶対せんね」

福岡というのはめでたい名だ
帰福と手帳に書く

孫、つまりは僕の娘の入社祝い
「あげとったかね?」
十回、さらにもう五回

メモしとくけん、これをまず見やい
今度はそのメモがない
「どこやったかいね こげなふうたい」

使われないミシン
古びた三面鏡はすっかり縮み
・・・ここに座って無限に見入った

中野重治に母の詩はないらしい
プロレタリアの戻る場所は
何処

「その引き出しの下やなかかね」
へそくり見つけて
大笑い

親孝行らしきことは何もしていない
そう言うと
「そうたい 情けなかね」

じゃあ、またね
「今度はいつ帰れるね?」

階段は無理なので
門前の壁に寄りかかり
手を振る母

道をひきずり
振りかえる

帰福
帰る場所**

 

 

* 「朝日新聞 二〇一九年四月二〇日」
一人暮らしをする六五歳以上の高齢者が二〇四〇年に896万3千人となり、十五年より43・4%増える。全世帯に対する割合は17・7%。全国最多の東京では116万7千人と、六五歳以上人口の約3割にのぼる。背景には未婚や離婚などの増加があるという。

** 山本哲也遺稿集の表題でもある。

 

 

 

逆を行けば

 

道 ケージ

 
 

怒る、から      笑う
憤る、ゆえに     褒める
死ぬ、から      生きる

拘るなら       捨てる
棄てるから      慈しむ
跳びたいなら     座わる

こもるなら     窓を開け
殺したい だから  逃がす
旅立つなら     風呂掃除

どうもまどみちお  いやあいだみつを
まあ 続けますか  接続が問題かな

続けたい なら/から 黙る
食べたい から/なら 種まく
よい なら/から   悪い

そうではない     そうだよ
疑うなら       賭ける
信じろ        疑えよ

戻って        挑む
戦い         逃げる
生真面目に      裏切る

はい         いいえ
でも         だから
たまさか       きっと

へべれけで      もう一杯
小走りの       セキレイ
この水たまりは宇宙  流星をかわし

いいかげん      働いて
適当に        生きる
ふるえて       鎮める

波と雲が紛れ     鳥の影か
淡水の混じる     潮目
みたことない     みっともない

「廃人ね」と妻が言う

一つの残酷を夢見て
私は一人押し黙る
笑わねばならない

 

 

 

不浄観

 

道 ケージ

 
 

葬式のあるたび
父は火葬場の裏に
私を連れて行った
黒い鉄扉は薄汚れ
丸いのぞき穴は
炎で何も見えない
「これが人間たい」

パイプ椅子に置き去りにされ
不思議へ傾く
「不浄観」だったのか?

煙流れて
煙流れて眺むれば
コンロの炎も
付き具合が悪い
電化製品は壊れる

三月の風は肉まんの香り
土饅頭を二、三
満州歓喜嶺の土埃に
五族協和の屍を晒す

父は満州から帰り
ブンヤの傍ら考古学
私たち兄弟を古墳に連れ廻した

「なんもならんやったね」
最後の見舞いの時
父はそう言った

 

* * * * *

 

谷崎潤一郎「少将滋幹の母」に
「不浄観」が出ている
若妻を甥の藤原時平の策略で
奪われた帥の大納言藤原国経は
夜な夜な屍体を見つめに墓場に出かける

月の光は・・・雪が積ったと同じに、いろ〱のものを燐のような色で一様に塗りつぶしてしまうので、父を密かにつけた茂幹は最初の一刹那その地上に横たわるものの正体が摑めない

「・・・長い髪の毛は皮膚ぐるみ鬘のように頭蓋から脱落し、顔は押しつぶされたとも膨れ上がったとも見える一塊の肉のかたまりになり、腹部からは内臓が流れ出して、一面に蛆がうごめいていた。・・・」

屍体を眺めすべてはこのように成り果てていくと達観すれば、やがてあらゆるものが不浄、無常と見えてくる。絶世の美人も血膿の塊として映じ、飯粒も白い虫ヘと変じる

茂幹は父に聞く
「迷いがお晴れになったのでしょうか」
父は山の端へ目をやり
「なかなか晴れるどころではない。不浄観を成就するのは、容易いものではない」

そうため息のように漏らした

 

 

 

ぼろぼろ

 

道 ケージ

 
 

それは花筏というには余りに
薄汚れていた

ゴキブリのように生きた
恨みは
思い出せない

突き合う度に
石に血が滴る

そう振り回すなよ
強く握ると刺さんねえぞ
こうやって
こう刺すんだよ
ホラ

で、中で抉る、なっ
痛ぇだろ

やってみな
おー、そうだ、そうだ

「あるべきにやあらむ」

空が青い
さらっと
川が流してくれらぁ

さいなら

 
 

* * * * *

 
 

生徒の必死さに
ぼろぼろの河原で
こんちくしょう
の花が咲く

徒然草百十五段
「宿河原といふところにて、ぼろぼろ多く集まりて・・・」
教室の果ての青空が痛い

高架の下に見つからないように
石碑が一つ立つ
卜部の兼好はなぜここに

第百十五段
話の内容は単純きわまりない。
「しら梵字」というぼろが師を「いろをし」というぼろに殺され、その恨みを果たすためにわざわざやってきている。いろをしは手下を抱えるいっぱしの悪僧。

「いろをしはおるか」
「オレだが。よう来たな。ああ覚えてる。そうか、ならやってやろうじゃないか。おめぇら手出しすんなよ」

「二人河原に出であひて、心行くばかりに貫きあひて、ともに死ににけり」と兼好はそっけない。次のように記す。
「ぼろぼろといふもの、昔はなかりけるにや。近き世に、ぼろんじ・梵字・漢字など云ひける者、その始めなりけるとかや。世を捨てたるに似て我執深く、仏道を願ふに似て闘諍を事とす。放逸・無慙の有様なれども、死を軽くして、少しもなづまざるかたのいさぎよく覚えて、人の語りしまゝに書き付け侍るなり」

「なづまざる」は少し気になる。
「暮れなづむ」で始まる曲もあったが、同郷の人のあの図々しさは自分を見るようで勘弁してほしい。「なづむ」は「泥む」と書いて、泥にとらわれて身動きがとれずに滞る様子から来ている。だから「なづまざるかた」とは「死にこだわらない」という意味。生の泥をすーと抜け出ることは、確かに「潔い」。

 

 

注)ぼろ・・・「非僧俗の無頼乞食の徒で、山野に放浪する類」(安良岡康作の註による)

 

 

 

馬の王

 

道 ケージ

 
 

浜辺にいる馬の王が
首を外し
入水するらしい
しょうがないので
見に行く
そして
馬の胴体の中で考える

こんな世の中
ではないはず
おかしいじゃないか

しかし
なぜオズワルド
驚愕の顔で撃たれる
(同じさ 殺られるときはね)

ワタリ島に
入り陽
西方に
突き出る呼子
松もああ、何もかも
イカレタらしい

「終ったから」
すれ違いに「美がな」
素っ頓狂な省略で
誰もが胡麻化す

うまくかわしな

賢明な人々よ

未来はないのだから

帰宅した途端

修羅場かよ

十字を切りながら
歩く
眼帯はずしな
見えてんだろ
最後のクラゲが
砂浜でヘタれている

 

 

 

穴か

 

道 ケージ

 
 

闇市跡の
カトリ屋で
一杯ひっかけ
路地を
出た途端

目深の野球帽
突然突き出しやがった

黒い穴
やたら大きな
虚ろな筒

あっ
遠い野からのような
大きな音

気が抜けたように
膝が崩れ
左側頭部の大きな穴に
変な風が通った

顔は分からない
組合の二人がやられたから
気を抜くべきでなかった

Dの仕業だ
こんなことなら
奴を先に殺っとけば
まあしゃぁない

撃たれてからというもの
俺の視界の
右側には
いつも黒い穴がある

近寄ってのぞくと
ブラナの草原
何百もの豚の背中だったり
故郷の港だったり
「築港の博多タワーやん
空0家族で上ったわ」

おめでてぇ奴だ
でもまだ熱がある
掌には痣まで
穴に氷
放り込んでも
鼻からすぐ出る

あゝ
母が悲しむだろう

 

 

 

怪人の

 

道 ケージ

 

そろそろ玄奘が女になる頃
八戒の男色は艶めき
ちくわを洗う
憂鬱な沙悟浄
空を見上げて血を吐く
舌を噛み切ったらしい

陵辱の朝
緑の皮膚に
毛糸玉 転がる
弾かれた矢は
肺をかすめ
敦煌に果て

切られた鼻は
桃色の血と息で
とてつもなく臭い

手製の網で
絡めとる
四つ脚を銀でくくる
もう 字は書けぬ

メスカリンとモルヒネ
鉤爪で目を抉り
即、耳を削ぐ

人には言うな
もう少しで
助けに行く

出会い頭
白い豚足に
踏みつぶされる

怪人どもの釣り下がった
電線が夕方に光る
自らの光ではなく
高電圧のショートにすぎない
警告音のように
焼け落ちていく

「オレはオレだけのためにオレを滅ぼしてきた
空0怪人の務めゆえな
空0罰すると
空0罰せられたいのさ」

扁桃体が震える
そのまま縮んでいけ
それから
草原に出て
枯れ草を踏んだ
弓を放ち
手応えを急に感じる

鉄塔が電線を放ち
空を何重にも配分する

すべて射落す
言葉 探しに

 

 

 

虫の家

 

道 ケージ

 
 

近頃、虫が通って困るわ
妻が言う
見ると廊下の縁に
極小の虫が這っている

前から言ってたじゃない
初めて聞いた
第一
言葉なんて交わしていない

この子たち
床下に入っていくのよ
はい、と
ムシコロリ

なんちゅう殺虫
頭痛になるから
手でつぶすよ
それじゃ意味ない

厳重なマスクで
虫の行き先を追う
子ども部屋だ
そこには見慣れぬ
大きな黒いカバン

入っちゃダメ!
そんな子の絶叫
腕に食い込む爪が痛い
ファスナーを開ける

強烈な異臭とともに
中から黒い虫が
しゃりしゃりと
這い出す

何だこれは!
床下じゃないじゃないか
あざ笑うように
わかんないの?

あんたが作ったもんよ
這い出し
何を奏でる?

こんなもん作って
笑いもんということ
わかんないかな

なんば作っとうとや
お互い
笑いもんたい