死にたがりのマリー

 

道 ケージ

 

眠りたいだけ 眠りたいだけなの
眠れないのかい
じゃなくて、うるさいの
何が

寝ていると片付けられないって
誰が
かあさんが

八時に起こされるから
寝るの五時だったっけ
普通の生活しなさいって
まあね

寝てないからかなぁ
見えるの
何が
たわしとか

空白空白空いなくてもいい いなければいい いないといい いないと同じ いても同じ
空白空白空いるのかいないのか いてもいなくても いる意味ない
空白空白空いてどうなる いなくていい なんでいんの (しつこい うるさい)

 
きれいにそろえられたシュロの皮で
猫の毛みたいに柔らかく
針金でキュッと締めて

空白空白空いるだけでいい いてほしい いないとこまる いてくれたらなあ いいよそれで 
空白空白空いるのといないとでは いつかないつかな
空白空白空いとしこいしも いつかいなくて (それにしても いるだけでいいなんて ひどい言葉だ)

 
死ぬのってたいへんだった?
マリーは日向の向こうから聞いてくる
芝生が踏み固められ
草原の道のようだ
何も来はしないよ

いや、そうじゃなく
また来たの また来ただけ

やり過ごすには鼻から下を固め
腹式呼吸をすればいい

やって来ると ひとしきり
いつものように やっぱりね

じゃあいっそのこと唱えればいいんじゃないか
「死にはしない死にはしない」って

こんなに晴れているのに
気泡に包まれ
死んだふりのマリー
たくさんの言葉を一つずつ潰してゆく
その度にシュンと音がする

「ああ カケスがうるさい」

蓮華放って小さな茶碗を洗う
今日も言葉を発しなかった
言葉なしで日を過ごす

死にたがりのマリーは
今日もそんなメールを寄越してくる
「言葉なんて覚えても」

何かやった方がいいよ 走るとか
「期待するなら相手より自分に」
やはり誰かに期待しているから…

あの、誰に向かって言ってるんです?
人、殺してきたみたいな顔して

時間はありません
未知の自分なんか今さら

歩道の隙間に溶け落ちていく
アスファルトの道はまだいい
この煉瓦調だと 目地の隙間から
流れ消える

そう簡単には軽蔑できない
ないがしろにできたら

「死にたくなる原因が三つ
生きる理由は……一つ」

数えあげるものでもないだろうよ
数えられないから
一生なんて

そうかしら
数えてんじゃん
いっつも

どうしてもそうなるなら
星や月
葉っぱの数を数えたり
牛…

エラそーに、笑うわ
何が家よ 家なんかないわよ

目は茶色かったのか

星? 昼に見えない
葉っぱ? 夜にできない
牛なんか いないです

まあな

今日の痛みは三つ
恥が二つ
恨むは一人
結局、誇っている

楽しみ?
そうね
このクリームシチュー
その一杯

流れ星一つ

 

 

 

パリー・キュー兄弟

 

道 ケージ

 
 

パリー・キュー兄弟
ここ酷寒のユージンスフリンスク
泳いで渡る
浮き島、凍る

青白い氷塊をよけるのは厄介だ
ひとたまりもない寒さ
お願いだ、服を頼む

手をかけた途端
ちょいと吐く
下痢は即、海水で凍り
雲母のように煌めく

兄はいつ泳ぎ渡ったのだ
何やら余裕の笑みで
手を差し伸ばしてくれる

サハリンまであとわずか
王子の技師連中は頼りない
凍ったうなぎで乾杯
氷原を遠く、剣歯虎

ウィルタの女の哄笑
その縮こまったものを
隠せと手振り

火は火は火は
ガチ 歯を鳴らす
祖国のコタツでは
課税を恨む

暴政なのか善政なのか
さっぱりわからない
白蠟病の奴を思い出す

嬲り殺された北スナック
誰とも話さず
ズブロッカ ラッパで
その未亡人のタエコさん

女GPSやて、と母の夢見
母に、そりゃCEOやなかと
ああそげんやったかね

でもタエコさんは三年前に亡くなっている
ウラジーミル・ルイセンコ、万歳!

 

 

 

 

道 ケージ

 
 

オヤジの名は
カツヒコ
自分の柔らかい名より
その名が好きで
子供の頃よく漢字を書いた

なんでタカヒコにせんやったと
「そりゃ考えんやったな」

戦勝祈念のカツヒコは
満州建国大学にて学徒動員
歓喜嶺の砂塵で野菜を作る
高粱(こうりゃん)を大車(ダーチョ)に

継いだものは
乾布摩擦
そして、頽頭(デカダン)

夏休み、オヤジと
釣川で釣り
いつものように釣れず
オヤジはどこまでも下流へ
緑にまぎれ
行方知れず

かきわける芒(かや)
草いきれに動悸
かさね、切り傷が走る

飼いならすのだと言い聞かす
慣れっこじゃないか
ほら、思い出すのだ

釣り針のミミズが
切れ落ちて
何かを示そうとしている
じたばたと
砂が字を書く

ズックで
☓(ばつ)
もう一つ
また

 
 

註一 (  )内の表記は本来はフリガナです。このヴァージョンではルビを振ることができないため、このような表記にしています。

註二 「釣川」は福岡県宗像市の実在の川の名。玄界灘に注ぐ。萱からできた長太郎河童の伝説を持つ。

 

 

 

牛の船

 

道 ケージ

 
 

牛の骨で作った船は
槍のような何かを突き出している
骨一面に
クレーターのような孔

肋骨の穴倉は
鉄塔の内部のよう
激しく小虫が
舞い飛ぶ

忙しくて作れないわけではない
眠りたいだけなのだ

河原の石に
安定を祈り
流木のキールに
十三の羽根を刺す

作らねば
生きていけない
そんなこともあるまい

おこぼれで生きてきたのさ
人の不幸を食い物に

鉄路に冷え冷えと
横たわっていると
細かな振動は
近くでしか感じない

星を刻みに牛に戻ると
散歩の男が
いいご趣味で
と宣う

必死必敗の取っ手が
外れた
どす黒い念がこぼれ落ち
クズの葉で止める

行かねば河原
必ずや復讐―しなびる決意

隣りのソファーの
ナンプレめくる音かわし
眠りながらでも
続けるのだ

三丁目の角で
いずれも濃い人格で
佇立する者ども
見張っている?
笑っている?

ブルーマンよりは薄い

 

 

 

黒い虹

 

道ケージ

 
 

バレンシアの香り立つまでに
刈られた土手の草
匂い立つ

サドル浮かせ
疾駆
「林間」空地へ

この二子にて
「田園」に乗り込む
「いいことがある!」

金髪の女の子
前に座わり
大きな黒眼が
似ているけれど
マスクでわからない

彼女のはずがない…
逢いたい視線で
胸を見る

「ポポンS!」
突然
テレビガイドを手にした男が
ラジオを聞いているのだ
連呼する
「ハインツ トマトケチャップ!
空0アンダルシア一丁!」

男はセーラムーンの宝石箱を取り出すが
鍵が開かない
降りる駅は決まっていないらしい
「大丈夫ですよ
空0貸してごらんなさい」
私は「最後」まで行くから

風はここにも及んでいる
思い出さない罪が
罰に変わる

きのう
黒い虹を見た
二子玉川の
川面の奥
上がらない花火を
待ったからではない

嘘泣きの女は
いつものように
病気自慢と不幸自慢のあと
リモコンをたたき割った

黒い虹が
鉄路に光った