怪人の

 

道 ケージ

 

そろそろ玄奘が女になる頃
八戒の男色は艶めき
ちくわを洗う
憂鬱な沙悟浄
空を見上げて血を吐く
舌を噛み切ったらしい

陵辱の朝
緑の皮膚に
毛糸玉 転がる
弾かれた矢は
肺をかすめ
敦煌に果て

切られた鼻は
桃色の血と息で
とてつもなく臭い

手製の網で
絡めとる
四つ脚を銀でくくる
もう 字は書けぬ

メスカリンとモルヒネ
鉤爪で目を抉り
即、耳を削ぐ

人には言うな
もう少しで
助けに行く

出会い頭
白い豚足に
踏みつぶされる

怪人どもの釣り下がった
電線が夕方に光る
自らの光ではなく
高電圧のショートにすぎない
警告音のように
焼け落ちていく

「オレはオレだけのためにオレを滅ぼしてきた
空0怪人の務めゆえな
空0罰すると
空0罰せられたいのさ」

扁桃体が震える
そのまま縮んでいけ
それから
草原に出て
枯れ草を踏んだ
弓を放ち
手応えを急に感じる

鉄塔が電線を放ち
空を何重にも配分する

すべて射落す
言葉 探しに

 

 

 

虫の家

 

道 ケージ

 
 

近頃、虫が通って困るわ
妻が言う
見ると廊下の縁に
極小の虫が這っている

前から言ってたじゃない
初めて聞いた
第一
言葉なんて交わしていない

この子たち
床下に入っていくのよ
はい、と
ムシコロリ

なんちゅう殺虫
頭痛になるから
手でつぶすよ
それじゃ意味ない

厳重なマスクで
虫の行き先を追う
子ども部屋だ
そこには見慣れぬ
大きな黒いカバン

入っちゃダメ!
そんな子の絶叫
腕に食い込む爪が痛い
ファスナーを開ける

強烈な異臭とともに
中から黒い虫が
しゃりしゃりと
這い出す

何だこれは!
床下じゃないじゃないか
あざ笑うように
わかんないの?

あんたが作ったもんよ
這い出し
何を奏でる?

こんなもん作って
笑いもんということ
わかんないかな

なんば作っとうとや
お互い
笑いもんたい

 

 

 

丸い家

 

道 ケージ

 
 

大きな球体の家
黒い板を何枚も貼り合わせ
うまい具合の大球だ
やや上部に小さな窓がある

朝日が窓に光り
板壁は複雑な反射をして
美しい
道の果てに気球のよう

それが今日は違う
銀のネックレスのように
窓から
人が吊り下がっている

艶消しの黒に
鎖が光り
へいせいの
時間が止まる

*  *  *

それより
どうやっておろすんだ

「ねぇ」
尻を突き出した女が
下から誘う
唇がかわいい

あれ どうすんだ
「ほっときなさいよ
関係ないんだからさ」

誰か気づいてんのかな
「そのうちね
いいのよこここじゃ
みんな知らんぷりよ」

降ろさないと
「あんた行くの?」
まずは梯子を買い
面倒な手続きが必要だ

「早く」

この部屋もそういえば
丸く湾曲している天井
べッド脇に
鎖がとぐろを巻く

黒い縁取りの
小さな窓枠に
鎖掛けの
フック

この平原には
いくつもの大玉が
あるのだった

順序通りにはいかない
もう
とうに来ているのに

 

 

 

天使よ、早く帰りなさい

 

道 ケージ

 
 

祈りをやめないで
そう並ばれては
恥ずかしい

突然
やたら強く 声なしに
腿を摑まれた朝

組み伏すしかない
羽根が 口に入る
離さない 背負うように

おあっ、関節を
外された でも離さない
あなたはなぜ滅ぼさない
なぜ試すのか

私の貧しさは
あなたの貧しさではないのか
力を入れるたび組み伏され

飛び立てば、いいではないですか
私を放りやり

お前は明日から驢馬
「ロバですって」
「言わんこっちゃない」
「さあ、大人しく座って」
帽子なおして

いつのまに
従わずに従っている
反抗の手が命乞いの形だ
おまえは私なのです

祈りをやめないで
見ているだけで
いいのだから

 
 
 

註 P.ゴーギャンの「説教の後の幻影(ヤコブと天使の闘い)」に触発されて書いたものです。。

 

 

 

はじまり 小田原氏への返歌

 

道 ケージ

 
 

あの遺影は誰?学生服姿の屈託ない笑いと今どきでない髪型に駆け寄り教室に入るも皆ブルホをやめずそんなことはよせと亀甲を結ぶとその一点は完全なる凝集朝の光吸い込まれ泥をぬぐう深い沈降であるがまた不帰の道行く途中金色の鹿たちは群れなして移住するその瞳に吸い込まれるしかない銀の階段は降りづらくさらに奥へと折り畳まれ発熱の余地なくそれが彼女なのかたくさんの襞折り畳まれ折り畳まれ降りては祈り祈っては折れるこれがカラビ‐ヤウ空間だよ膜は何重にも織り込まれゆっくりと高熱回転しているそんな弦の粛清の後月に向かう南部先生チトフ来なさい予備なのだから動かずに待つしかない赤い飛行体を見上げ白線が空に消えオイと呼ばれる衝突寸前まで綱の上のバッタ水滴に溺れるクジラ一瞬の海溝薄く祥瑞片手に誰待つ割れる十一次元紗綾形格子突如凍結静止から労働歌革命「ツキに見放されたら遠くを見る女の瞳」まあ待てバティ・ガイのソロ無限割る無限は一なんて爆裂弾で完全数を蒸発させる熱はカムランからアヴェロンへ逃走絶対やっちゃるって誰をよベルベル人の装身具なんだよお前はさあホトケノザでアンフォラ飲み干せエウフロニオスご苦労さまはい

 

 

 

 

道 ケージ

 
 

何か 大きな鳥に
踏みつけられている
変な息 出しやがった

おい 一つ鳴いてみろよ
野郎
嘴 反り返らせ
青田赤道かよ

悪かった
食い込む鉤爪
でかすぎんだよ

鳥だろうよ
畜生
ったく畜生だ
重みかけやがって

睨むなよ
生き様かよ
勘弁してくれ

なに うえ見てんだよ
墜ちて来た
「逆光」の空

おめえ 飛べねえな
冗談だ 冗談
糞しやがった
卵白みてぇな

さては
雌か
握り直すなって

図星かよ
よせよ
そこ つまむなよ
重ぇーなぁ

いつから踏みつけにされたのか
いつまで続くのか

 

 

 

帰郷

 

道 ケージ

 
 

陽水の『断絶』では
「母は今年九月で六十四
空0子供だけのために年とった」

ウチの母は今年十一月に八十七
全て忘れてしまいそうだから
米寿の祝いを早めに
だから博多に帰る

「早く家に帰りたか」
圧迫骨折で入院中
一人住まいの自宅で転ぶ

「この病院は入ったら二度と戻られんって
空0言いよったよ」
誰がね
(後見申立書に捺印)
そげなこと言うわけなかろうもん

「あんたの兄貴たい
空0バスん中で独り言のように言ったことがあったと」

宗像の小さな家で正月に
庭でバトミントンしたな
物干し竿がネット代わり

父は和服に脛毛出し
母のわりと正確なサービス
欺しあいだな

かあさん、血ぃ出とうよ。怪我したと?
ズックを洗う母に駆け寄った
「ケガやなかとよ」

そんなこと もう覚えてないか
玄海灘 黒く
友泉亭如水庵に夕陽、近づく

必死の思いで故郷に帰る

 

 

 

眠る男

 

道 ケージ

 
 

ひたすらに
眠る男
地下鉄 左斜め前

全く同じ姿勢で
うつむいて
まるまって

青いジャンバー
それなりに新しい
一ミリも動かず

こんこんとねる
寝る  眠る
私もねる

大手町で乗り合わせ
目が覚める九段下
出入り多い渋谷でも

同じ姿勢でねている
眠る力は
アルコールではない(ようだ)

三茶、二子玉、その度に
こっちは起きて
マダム一人と赤子が
乗り込んで

昼ひなか
小さな仕事を終え
さらに移動
貴重な眠り

起きぬ彼
シートに背中が吸われている
貴重を分かつ

ここで眠らねば
次の仕事で昏倒する
内へ内へ折りたたむ

鷺沼で目覚め
羽づくろい
あざみ野で
トゲ刺すも
起きず

だが
こうやって
彼も
私を見ているのでは

薄眼をあけて
見あげて
じぃっと
気取られぬよう

長津田
あらかた降りて
まさか月待ち
眠りつづけ

ピクリとも
動かず
見事なまで

終点中央林間
それでも眠っている
時間は止まり
彫像のように象られ

お前は降りるのだな
ここで別れたことを
やがて
思い出すだろう

立ち上がる前
その奧のその奧に
遺失したものを

 

 

 

めいか

 

道 ケージ

 
 

銘菓を求める
手頃なやつ
喜ばれるもの

日持ちがよく
甘すぎず
大げさでなく

あまり洒落こまず
笑顔がこぼれ
すぐに忘れられ
そして思い出す

つらい思いもあったけど
まあひとつ
お茶でも飲みながら

それにしても…
…そうですね

吊るそうよ
子供のおおげさな待遇

はやく食べて欲しい
残すのかな
いっそこちらが先に

田舎首 さらし
まあ、しかしここはひとつ
鷹揚に大人しく

やっと包みを開けてくれ
もう一枚脱がし
はやくはらりと広げてくれ
遠慮はいらぬ

一口でいきましょう
そこでお茶ですか
さすが貴族は違う

卑しい俺は
さっきから
空のお茶をどうすれば

だいいちその
和服からして大仰だ
だいたいなんでこんな銘菓を

これ見よがしの
和室に通され

媚びてるじゃないか
卑しさは見抜かれ

だいたい君はだな
いやそんなつもりは

畳目、十十十の呪文
羽織紐、無双かよ

敬いの気持ちがだな
いやそんなつもりでは

縁側踏み抜き
庭にぶちまけ
灯籠蹴倒し
おさらばだ

ては失礼いたします
何卒よろしくお願いします

うむ

 

 

 

三日月

 

道 ケージ

 
 

すでに押し留めようもなく
蛇行する緑に
三日月湖  求め
漕ぎ出づ

滑るように自在に
川を
どちらが上流か下流か
もう構いはしない

右岸左岸に
隠れ潜む
三日月湖

この舟を離れ
全緑界に
光源を
追い求む

浮力をうまく利用するのだ
依然 凪の汽水
虫たちを模倣し
藻の緑道に乗れば

おお、月齢の糸に引かれ
水面から浮上
見下ろす海漂

三日月湖
言い当てた彼は
喜びのあまり
首をかき切った

願わない仕事
そうでもないだろう
何でですか
いつもなぜなんだな

すでに押し留めようもなく
なるようになるといなす彼
血は思ったよりも出る
という驚愕の眼

望みはなんだ
別に普通です
だから普通って何だ
いや特にありませんよ

お前さん普通じゃねぇよ
普通、首切らないよ
そうですかと押さえながら
痛えか
喋りづらいです

あまりにたくさんありすぎて
何が
それもわからないほど
おめでてぇ奴だな
ですかね

すでに押し留めようもなく
蛇行するたび
三日月の傷
愛撫