はじまり 小田原氏への返歌

 

道 ケージ

 
 

あの遺影は誰?学生服姿の屈託ない笑いと今どきでない髪型に駆け寄り教室に入るも皆ブルホをやめずそんなことはよせと亀甲を結ぶとその一点は完全なる凝集朝の光吸い込まれ泥をぬぐう深い沈降であるがまた不帰の道行く途中金色の鹿たちは群れなして移住するその瞳に吸い込まれるしかない銀の階段は降りづらくさらに奥へと折り畳まれ発熱の余地なくそれが彼女なのかたくさんの襞折り畳まれ折り畳まれ降りては祈り祈っては折れるこれがカラビ‐ヤウ空間だよ膜は何重にも織り込まれゆっくりと高熱回転しているそんな弦の粛清の後月に向かう南部先生チトフ来なさい予備なのだから動かずに待つしかない赤い飛行体を見上げ白線が空に消えオイと呼ばれる衝突寸前まで綱の上のバッタ水滴に溺れるクジラ一瞬の海溝薄く祥瑞片手に誰待つ割れる十一次元紗綾形格子突如凍結静止から労働歌革命「ツキに見放されたら遠くを見る女の瞳」まあ待てバティ・ガイのソロ無限割る無限は一なんて爆裂弾で完全数を蒸発させる熱はカムランからアヴェロンへ逃走絶対やっちゃるって誰をよベルベル人の装身具なんだよお前はさあホトケノザでアンフォラ飲み干せエウフロニオスご苦労さまはい

 

 

 

 

道 ケージ

 
 

何か 大きな鳥に
踏みつけられている
変な息 出しやがった

おい 一つ鳴いてみろよ
野郎
嘴 反り返らせ
青田赤道かよ

悪かった
食い込む鉤爪
でかすぎんだよ

鳥だろうよ
畜生
ったく畜生だ
重みかけやがって

睨むなよ
生き様かよ
勘弁してくれ

なに うえ見てんだよ
墜ちて来た
「逆光」の空

おめえ 飛べねえな
冗談だ 冗談
糞しやがった
卵白みてぇな

さては
雌か
握り直すなって

図星かよ
よせよ
そこ つまむなよ
重ぇーなぁ

いつから踏みつけにされたのか
いつまで続くのか

 

 

 

帰郷

 

道 ケージ

 
 

陽水の『断絶』では
「母は今年九月で六十四
空0子供だけのために年とった」

ウチの母は今年十一月に八十七
全て忘れてしまいそうだから
米寿の祝いを早めに
だから博多に帰る

「早く家に帰りたか」
圧迫骨折で入院中
一人住まいの自宅で転ぶ

「この病院は入ったら二度と戻られんって
空0言いよったよ」
誰がね
(後見申立書に捺印)
そげなこと言うわけなかろうもん

「あんたの兄貴たい
空0バスん中で独り言のように言ったことがあったと」

宗像の小さな家で正月に
庭でバトミントンしたな
物干し竿がネット代わり

父は和服に脛毛出し
母のわりと正確なサービス
欺しあいだな

かあさん、血ぃ出とうよ。怪我したと?
ズックを洗う母に駆け寄った
「ケガやなかとよ」

そんなこと もう覚えてないか
玄海灘 黒く
友泉亭如水庵に夕陽、近づく

必死の思いで故郷に帰る

 

 

 

眠る男

 

道 ケージ

 
 

ひたすらに
眠る男
地下鉄 左斜め前

全く同じ姿勢で
うつむいて
まるまって

青いジャンバー
それなりに新しい
一ミリも動かず

こんこんとねる
寝る  眠る
私もねる

大手町で乗り合わせ
目が覚める九段下
出入り多い渋谷でも

同じ姿勢でねている
眠る力は
アルコールではない(ようだ)

三茶、二子玉、その度に
こっちは起きて
マダム一人と赤子が
乗り込んで

昼ひなか
小さな仕事を終え
さらに移動
貴重な眠り

起きぬ彼
シートに背中が吸われている
貴重を分かつ

ここで眠らねば
次の仕事で昏倒する
内へ内へ折りたたむ

鷺沼で目覚め
羽づくろい
あざみ野で
トゲ刺すも
起きず

だが
こうやって
彼も
私を見ているのでは

薄眼をあけて
見あげて
じぃっと
気取られぬよう

長津田
あらかた降りて
まさか月待ち
眠りつづけ

ピクリとも
動かず
見事なまで

終点中央林間
それでも眠っている
時間は止まり
彫像のように象られ

お前は降りるのだな
ここで別れたことを
やがて
思い出すだろう

立ち上がる前
その奧のその奧に
遺失したものを

 

 

 

めいか

 

道 ケージ

 
 

銘菓を求める
手頃なやつ
喜ばれるもの

日持ちがよく
甘すぎず
大げさでなく

あまり洒落こまず
笑顔がこぼれ
すぐに忘れられ
そして思い出す

つらい思いもあったけど
まあひとつ
お茶でも飲みながら

それにしても…
…そうですね

吊るそうよ
子供のおおげさな待遇

はやく食べて欲しい
残すのかな
いっそこちらが先に

田舎首 さらし
まあ、しかしここはひとつ
鷹揚に大人しく

やっと包みを開けてくれ
もう一枚脱がし
はやくはらりと広げてくれ
遠慮はいらぬ

一口でいきましょう
そこでお茶ですか
さすが貴族は違う

卑しい俺は
さっきから
空のお茶をどうすれば

だいいちその
和服からして大仰だ
だいたいなんでこんな銘菓を

これ見よがしの
和室に通され

媚びてるじゃないか
卑しさは見抜かれ

だいたい君はだな
いやそんなつもりは

畳目、十十十の呪文
羽織紐、無双かよ

敬いの気持ちがだな
いやそんなつもりでは

縁側踏み抜き
庭にぶちまけ
灯籠蹴倒し
おさらばだ

ては失礼いたします
何卒よろしくお願いします

うむ

 

 

 

三日月

 

道 ケージ

 
 

すでに押し留めようもなく
蛇行する緑に
三日月湖  求め
漕ぎ出づ

滑るように自在に
川を
どちらが上流か下流か
もう構いはしない

右岸左岸に
隠れ潜む
三日月湖

この舟を離れ
全緑界に
光源を
追い求む

浮力をうまく利用するのだ
依然 凪の汽水
虫たちを模倣し
藻の緑道に乗れば

おお、月齢の糸に引かれ
水面から浮上
見下ろす海漂

三日月湖
言い当てた彼は
喜びのあまり
首をかき切った

願わない仕事
そうでもないだろう
何でですか
いつもなぜなんだな

すでに押し留めようもなく
なるようになるといなす彼
血は思ったよりも出る
という驚愕の眼

望みはなんだ
別に普通です
だから普通って何だ
いや特にありませんよ

お前さん普通じゃねぇよ
普通、首切らないよ
そうですかと押さえながら
痛えか
喋りづらいです

あまりにたくさんありすぎて
何が
それもわからないほど
おめでてぇ奴だな
ですかね

すでに押し留めようもなく
蛇行するたび
三日月の傷
愛撫

 

 

 

ねえさん

 

道 ケージ

 
 

いくらそんな事情とはいえ
「最後にヌードを」
しかも姉妹二人で
イタリア人カメラマンだと

そりゃ
姉さんの気持ちはわかるけど
(余命の宣告)
でも中年だよ
陰毛ゆらして
横たう

妹まで
はだけて
それはやはり
わからないな

陰毛二人で隠しつつ
ゆらぎ溶け入り
残す気持ちが

それにしても
なぜ乳首が
そんなに黄色いのだ

残さなくても
いい
残せなくても
いいと思うよ

 

 

 

死にたがりのマリー

 

道 ケージ

 

眠りたいだけ 眠りたいだけなの
眠れないのかい
じゃなくて、うるさいの
何が

寝ていると片付けられないって
誰が
かあさんが

八時に起こされるから
寝るの五時だったっけ
普通の生活しなさいって
まあね

寝てないからかなぁ
見えるの
何が
たわしとか

空白空白空いなくてもいい いなければいい いないといい いないと同じ いても同じ
空白空白空いるのかいないのか いてもいなくても いる意味ない
空白空白空いてどうなる いなくていい なんでいんの (しつこい うるさい)

 
きれいにそろえられたシュロの皮で
猫の毛みたいに柔らかく
針金でキュッと締めて

空白空白空いるだけでいい いてほしい いないとこまる いてくれたらなあ いいよそれで 
空白空白空いるのといないとでは いつかないつかな
空白空白空いとしこいしも いつかいなくて (それにしても いるだけでいいなんて ひどい言葉だ)

 
死ぬのってたいへんだった?
マリーは日向の向こうから聞いてくる
芝生が踏み固められ
草原の道のようだ
何も来はしないよ

いや、そうじゃなく
また来たの また来ただけ

やり過ごすには鼻から下を固め
腹式呼吸をすればいい

やって来ると ひとしきり
いつものように やっぱりね

じゃあいっそのこと唱えればいいんじゃないか
「死にはしない死にはしない」って

こんなに晴れているのに
気泡に包まれ
死んだふりのマリー
たくさんの言葉を一つずつ潰してゆく
その度にシュンと音がする

「ああ カケスがうるさい」

蓮華放って小さな茶碗を洗う
今日も言葉を発しなかった
言葉なしで日を過ごす

死にたがりのマリーは
今日もそんなメールを寄越してくる
「言葉なんて覚えても」

何かやった方がいいよ 走るとか
「期待するなら相手より自分に」
やはり誰かに期待しているから…

あの、誰に向かって言ってるんです?
人、殺してきたみたいな顔して

時間はありません
未知の自分なんか今さら

歩道の隙間に溶け落ちていく
アスファルトの道はまだいい
この煉瓦調だと 目地の隙間から
流れ消える

そう簡単には軽蔑できない
ないがしろにできたら

「死にたくなる原因が三つ
生きる理由は……一つ」

数えあげるものでもないだろうよ
数えられないから
一生なんて

そうかしら
数えてんじゃん
いっつも

どうしてもそうなるなら
星や月
葉っぱの数を数えたり
牛…

エラそーに、笑うわ
何が家よ 家なんかないわよ

目は茶色かったのか

星? 昼に見えない
葉っぱ? 夜にできない
牛なんか いないです

まあな

今日の痛みは三つ
恥が二つ
恨むは一人
結局、誇っている

楽しみ?
そうね
このクリームシチュー
その一杯

流れ星一つ

 

 

 

パリー・キュー兄弟

 

道 ケージ

 
 

パリー・キュー兄弟
ここ酷寒のユージンスフリンスク
泳いで渡る
浮き島、凍る

青白い氷塊をよけるのは厄介だ
ひとたまりもない寒さ
お願いだ、服を頼む

手をかけた途端
ちょいと吐く
下痢は即、海水で凍り
雲母のように煌めく

兄はいつ泳ぎ渡ったのだ
何やら余裕の笑みで
手を差し伸ばしてくれる

サハリンまであとわずか
王子の技師連中は頼りない
凍ったうなぎで乾杯
氷原を遠く、剣歯虎

ウィルタの女の哄笑
その縮こまったものを
隠せと手振り

火は火は火は
ガチ 歯を鳴らす
祖国のコタツでは
課税を恨む

暴政なのか善政なのか
さっぱりわからない
白蠟病の奴を思い出す

嬲り殺された北スナック
誰とも話さず
ズブロッカ ラッパで
その未亡人のタエコさん

女GPSやて、と母の夢見
母に、そりゃCEOやなかと
ああそげんやったかね

でもタエコさんは三年前に亡くなっている
ウラジーミル・ルイセンコ、万歳!

 

 

 

 

道 ケージ

 
 

オヤジの名は
カツヒコ
自分の柔らかい名より
その名が好きで
子供の頃よく漢字を書いた

なんでタカヒコにせんやったと
「そりゃ考えんやったな」

戦勝祈念のカツヒコは
満州建国大学にて学徒動員
歓喜嶺の砂塵で野菜を作る
高粱(こうりゃん)を大車(ダーチョ)に

継いだものは
乾布摩擦
そして、頽頭(デカダン)

夏休み、オヤジと
釣川で釣り
いつものように釣れず
オヤジはどこまでも下流へ
緑にまぎれ
行方知れず

かきわける芒(かや)
草いきれに動悸
かさね、切り傷が走る

飼いならすのだと言い聞かす
慣れっこじゃないか
ほら、思い出すのだ

釣り針のミミズが
切れ落ちて
何かを示そうとしている
じたばたと
砂が字を書く

ズックで
☓(ばつ)
もう一つ
また

 
 

註一 (  )内の表記は本来はフリガナです。このヴァージョンではルビを振ることができないため、このような表記にしています。

註二 「釣川」は福岡県宗像市の実在の川の名。玄界灘に注ぐ。萱からできた長太郎河童の伝説を持つ。