なぜうちに石膏のビーナスがあったのだろう

 

道 ケージ

 
 

親父は呑んだくれ
お袋は美術なんか、だし
当時の流行りか

おもちゃを撮った写真に映り込む
白いビーナス
ギリシャ美に遠い暮らし

町営のアパートの鉄扉に指をはさむ
あわてて指を拾って
お袋が縫い付けた
おかげでゆびはそこだけ
石膏のように固まる
ビーナス

ダビデと名付けた犬は
尻尾を噛んで
ぐるぐる高速で回る

もうこいつはダメたい
保健所が明日来るけん
と父

連れで行かんどっての声も弱い
噛みちぎった尻尾を埋める

階段は燕の糞で台無し
水筒を屋根に投げる
爪を噛んでいた
幼稚園カバンの紐を食いちぎる

もう物になる!
かねがねの人生
黒光して沈む

こけしと並んだビーナスは
家じまいで
トラキアの海に
濡れている

呆けたように振り返って
死ぬと思わず死ぬな

 

 

 

ちょう

 

道 ケージ

 
 

ちょうよ
ちょうよ
お前は伸びて
花盛りだ
 
薄紫に透けて
湿潤の奥に
とべよ
 
ちょうよ
ちょうよ
幼虫は憩室
でお休み

回盲の絨毛にくるまれ
上行、横行し、下行し結腸する

息するみたいに通り行く
息するみたいに嘘をつく

半月襞を経て無名講
背中を撫でてくれるだけ
それだけで

S字の断腸
「捩れてますよ!」
ドルミカム一本! 夢見いや
お願いミダゾラム! 諸星を呼べ

丁丁丁丁 丁丁丁
縄張りを意識する者が
勤めている

人参のようなもの二本
陶器の水に浮かぶ
どん、ツー、鈍、痛、鈍痛

肛門の先に広がる世界
えいん部まであとわずか
そこを曲がれば
死にたいの空が待つ
 
黒揚羽の羽はね
十二本目の指だよ
誰も読まない本を繰るためにね
目覚めてよ

 

 

 

ひとひと

 

道 ケージ

 
 

多摩川の堤を
走る人、走らない人、寝転がる人がいる
私は自転車に乗る
間に合おうとする人

見送る母、 見送られる子
朝だからね
(見送る息子、見送られる母)
手をつなぐ、つながない、つなげない
上る人、下る人
さよならもいわず

紫の花、花咲かない草
花でもなく花でないわけでもない
鳥、鳴いて
どの鳥かわからない
撃つ人、撃たれる人
鳥刺す人、鳥焼いて、鳥食って
羽を抜くお湯を煮詰めて、見つめて

打ち明ける者、聞く人、黙る人
うつむく人 、空あおぐ人
黒い、白い、赤い、青い、黄色い
橋の上に旗のようなものが
にじんでいる

眼鏡めがね
眼鏡で見る
眼鏡をはずせば見える
眼鏡をかけると見えない

肛門を見せに行く
肛門を見る人がいる
問いを作る人、答える人
壇上から、見上げる人を見る

泳ぐ人、溺れる人
魚はなぜ冷たい水でも
人はなぜ冷たい水では

腐ったものを食べて
吐く
腐ったものを好む
虫になる
ナマでもなんでも

オレは飛ぶよ
で、落ちる
色々、様々、ちがうから
(タヨー)

そういうことじゃない
そんなことではない

ただただ
気持ち悪い

 

 

 

おい

 

道 ケージ

 
 

おいおい
泣いて
樽が軋む
おいおいおいおい
秋霜の鏡

そうなのだけれど
おい、おーい!
とおい、とぉーい人
おいおいと追いかけ
おいつかない
ヨシキリはどう鳴くの
黄色い帽子が浮き沈む

おいおい
疲れて
坂上で見上げた雲
おいおい探す
「優しくなりたい、強くなりたい」
って歌聞いた
えぃえぃ

うえてねじ食う
「ネジしかないからしょうがないでしょ」
でも、歯は欠け
ういうい、なんでもあり
おい、いいかげんにしろよ
「おいはやめて」
えいが飛んでいる
あいはない

うえうえ 
おいおい
おえおえ
あいうえおい
あいは
おいは

 

 

 

にくいため

 

道 ケージ

 
 

憎しみを煮詰めると悲しみができた
悲しみを蒸すと春雨だった
悔しみを茹で上げ筋を抜く
楽しみの唐揚げは二度揚げしない
慈しみを刻んで匂いをかぐ

そうめん
にくいためで一生を過ごす
からすみほうばり
きゅうときゅうっと
おにしめ
だきしめ
血抜き
ちんする
皮むいてむいて
むいてむいて
たるたる
ソース添え
そば
どん

 

 

 

ケラレタサ エス

 

道 ケージ

 
 

ボクけられた
それはボクでないけれど
ボクらしい

デカいブタが
いいかげんにして、ぶー!と
蹴ってきた

ボクじゃないけど
ボクらしい
なぜボクと気づくのか
ブタのくせにさ

ボクじゃないよ
でもボクかな
なぜオマエは気づくの
蹴るかブタ
ブタけったぶたけった

がはがは それエス
独り言だったようだ
ないないないって探してると
蹴られたさ
夜中にパノニカ探すな、マン!ってさ

 

 

 

へぬか

 

道 ケージ

 
 

火曜日
へぬかに行った
何もない
怒鳴り声だけが聞こえる
なれなかった者と
なりたかった者が
罵り合っている

へぬかには何もない
波も風もないから
週末夜明けのFM

廃園の教師が
倒れた鉢を直す
遠くで蹲る男
コンビニの袋を
追い回している

突然耳元でいわれるのだった
言い残すことはないか
ここで終わるとは思えませんが
おまえのきめることではない
丸まった姿をもとに戻すと
すでらかしたのだった

 

 

 

へきそ

 

道 ケージ

 
 

へきそですね
そう言われても
で、どれくらい
わかりません
何をすれば
鶏頭は鶏頭として
その皺を抱えますね
そこの障子に映りますね
牛が
殺されながら
尻尾を振るでしょう
へきそだからです
その紐をですね
ほとけにむすんで
ぶらぶらさせると
よいと言われています
聖福寺
家庭線を引き延ばして
爪弾くことは
やめだらに

 

 

 

月と沼

 

道 ケージ

 
 

沼に差し掛かると
そこへ入るのだった
抜き身は
紫の波紋濡れ
悔いを落とす

月影は伸び
這うように後退りしたのだった
茅で傷だらけになり
黄色い目でマンセー

岸辺ではなく
丸みから肌を知る
時と月(突起と突き)
殺後
笑う