また旅だより 07

 

尾仲浩二

 
 

引越しの直前に写真集を売りに横浜へ行って、ふた晩泊まった。
どうせしたたかに飲んで寝るだけだと、いわゆるドヤ街の三畳間。
小さなテレビと冷蔵庫がある、それと薄い蒲団。
床よりも壁が広いこの部屋が妙に落ち着く。
80年代のはじめ、初めて借りた新宿のアパートも三畳ひと間だった。
三日後の引越しには150の段ボール箱を連れて行く。

2019年3月 横浜寿町にて

 

 

 

 

また旅だより 06

 

尾仲浩二

 
 

三十年以上も前に新宿で撮った写真を新宿のバーの壁に並べた。
ここではサントリーホワイトと決まっている。
それを新宿の水道水で割って飲む。
旨いとか、これでなければというわけではない。
これを飲んで育ってきたのだから、これからもこれを飲む。
飲めるといい。

2019年1月 新宿ゴールデン街にて

 

 

 

 

また旅だより 05

 

尾仲浩二

 
 

吉野は思いのほか遠く冬の陽はすぐに山の陰に隠れてしまった。
どこまで続くのか不安になりながら川沿いの長い商店街を歩く。
人どおりはなく店もほとんど閉まっている。
すっかり凍えてしまったし写真は暗くてもう写らない。
とっぷりと暮れた頃ようやく道は終わりになった。
急ぎ足で駅に戻ると一軒だけ食堂が開いていた。
鍋焼きうどんでビールの年の瀬。

2018年12月25日 奈良県吉野町にて

 

 

 

 

また旅だより 04

 

尾仲浩二

 
 

用事はなくなったけれども飛行機のチケットは変えられないのでパリからドイツへ行った。
なんの仕事もなければ約束もない十日間。
適当に電車に乗って終点まで行ってみたり、街中のビアホールで昼から飲んだり、近所の池にガチョウにも会いに行った。
クリスマスマーケットではホットワインを何杯も飲んだ。
ドイツの教会の人たちは、あまりに早い時期からマーケットを開けるのはクリスマスを商売に使っていて、けしからんと怒っているそうだ。日本のクリスマスを教えてあげたい。
新宿では三の酉で飲んでいると友達がつぶやいていた。

2018年11月24日 ドイツ フライブルクにて

 

 

 

 

また旅だより 03

 

尾仲浩二

 
 

八十年代の終わりに、あの人がいっしょに行こうと言っていたパリ。
その時のためにと少しだけ言葉を教わったりもしたけれど。
時は流れて、今年あの人はフランスから勲章をもらい、
僕はあの頃のあの人の写真をパリのギャラリーに並べた。
三十年が過ぎて、ようやくパリですれ違えたような気がした。

2018年11月9日 フランス パリにて

 

 

 

 

また旅だより 02

 

尾仲浩二

 
 

上海で懐かしい人に会った。
カナダ人の彼は仕事でフランスから東京に越してきて、ある日僕の家を訪ねてきた。
僕は英語ができなくて、彼も日本語は話せなかった。それでもとても仲良くなった。
もう十五年も前のことだ。

その後、彼はフランス人の奥さんと別れ、日本の人と結婚し長崎へと越していった。
いまは上海と長崎を行ったり来たりして仕事をしているそうだ。

上海で、僕は少し話せるようになった英語で、彼はカタコトの日本語であの頃の話をした。
今度は僕が長崎に彼を訪ねる約束をして別れた。

2018年9月23日 中国 上海にて

 

 

 

 

また旅だより 01

 

尾仲浩二

 
 

息を切らしながら考えていた。どうして山に登っているのだろうと。
頂上までたったの45分と言われ、軽い気持ちで歩きはじめすぐに後悔した。
なんとか引き返す言い訳を考えていたが、だんだん頭が回らなくなって、景色を眺める余裕もなくなった。
石でガラガラの足下ばかりを見ながら、なぜ山に登っているのか、いまさら考えても仕方のないことをぐるぐる考えているだけだった。
モンテローザの雪を眺めながらのビールの味は忘れない。
そうして、どうして山を下るのかは考えるまでもなかった。

2018年9月7日 Italy Gressoney にて