また旅だより 57

 

尾仲浩二

 
 

この夏に終わってしまう中野サンプラザ
そこでの最後のブックイベントに出店した
会場に溢れる沢山のマニアックな本の中に堀ちえみのアイドル本があった
1981年、写真学生だった僕はホリプロのファン会報紙のカメラマンのアルバイトをしていた
その年、中野サンプラザで開催されたホリプロスカウトキャラバンで優勝したのが堀ちえみ
なので僕は会報誌のために楽屋で、誰よりも早く彼女を撮ったのだ
中野サンプラザ、そして堀ちえみ、これは運命だろう
なのに結局買わなかった、なんども手に取ったのに
レジに出すのが恥ずかしかったから
どうせ本人が書いたわけではないしと言い聞かせ
たった600円だったのに
まだ後悔している

2023年5月3日 中野サンプラザにて

 

 

 

 

また旅だより 56

 

尾仲浩二

 
 

本当はいま頃は中国にいるはずだった。
なのにビザの受け取り予約が間に合わず延期になってしまった。
先月観光ビザが解禁になって沢山の人が申し込んだのだ。
なので今回の写真は先月に行ったハノイ。
旧市街の市場に面した小さな部屋を借りて1週間ほど暮らした。
仕事も用事もなかったので、毎日街をウロウロして夜にはビールを飲んでいた。
ベトナムビールは安くて軽いからいくらでも飲める。
街には相変わらずバイクがたくさん走り回っていて騒々しかった。
排気ガスは昔みたいに臭くはなくなっていたけれど
それでもバイクの人だけはマスクをしていた。

2023年3月14日 ベトナム ハノイにて

 

 

 

 

また旅だより 55

 

尾仲浩二

 
 

北との国境に近い町を歩いてきた。
道路を挟んで立ち並ぶ可愛いロボットは、有事の際に爆破して道路を塞ぐため。
街を流れる川の上流には大きなダムがあって、北が一気に放流すると街は水没するそうだ。
線路も道路も繋がってはいるけれど先へはいけない。
自動小銃を肩にした若い兵士に通行証を見せゲートを開けてもらう。
車で案内してくれた韓国の友人が彼らにスニッカーズを手渡すと嬉しそうに笑った。

2023年3月3日 韓国、江原道にて

 

 

 

 

また旅だより 54

 

尾仲浩二

 
 

1996年5月、初めての韓国は下関からフェリーだった。釜山へは海を渡って行きたかったのだ。フェリーの中はごま油の匂いがした。
釜山港に迎えの友人の姿はなく、言葉も通じないタクシーは相乗りだった。
なんとかたどり着いた海雲台は、まだ高層ビルの姿はなく、小さな貝や、豚の血の腸詰などを浜辺の屋台で初めて食べた。
あれから27年、いままた暗室でその旅を辿っている。この写真を釜山の人たちに見せるが楽しみだ。

2023年2月14日 東京、中野の暗室にて

 

 

 

 

また旅だより 53

 

尾仲浩二

 
 

母親の薬をもらうために、月に一度地方の病院へ行く。
診療が午前中だけなので、仕方なく前日に近くのホテルに泊まっている。
ホテルの近くに気になる居酒屋があったので入ってみた。
カウンターに座る。テレビは大岡越前をやっている。
他に客はいない。とりあえず瓶ビール。
それにホワイトボードのメニューから釣り太刀魚塩焼き。
六十半ば過ぎの奥さんが、お通しのほうれん草胡麻和えとビールを出す。
パラパラと常連が入ってきてツクネを頼んだので便乗する。
酒がすすみ常連と話すと、それぞれ違う生まれ故郷を持つヨソモノだった。
芋焼酎のボトルを入れて店を出た。
ボトルキープは三ヶ月、来月の病院行きが楽しみだ。

2023年1月9日 千葉県木更津にて

 

 

 

 

また旅だより 52

 

尾仲浩二

 
 

先週から毎日暗室でカラープリントを作っている。
もう誰も使わなくなったフィルムは、この数年で驚く程高価になった。
その上、ロシアの戦争で輸送代が高騰したりで、ぼくの愛用していたフィルムも薬品も印画紙も輸入が止まってしまった。
いつかはこんな日が来るだろうと思ってはいたけど、いよいよ現実的になってきたようだ。
なのに先日、ほろ酔いで入った店で中古のカメラを買ってしまった。
このカメラで何本のフィルムを撮る事ができるだろうか。

2022年12月14日  東京 中野の暗室にて

 

 

 

 

また旅だより 51

 

尾仲浩二

 
 

母を病院に連れて行くために実家に戻っている。
母は同じ話を繰り返す。
幾度も財布の中身を数える。
家の中は大量のモノが溢れている。
ふたつの冷蔵庫はぎっしりと詰まっている。
この原稿を書くからとループする話を止めて二階へ上がった。
今にも降りだしそうな空を窓から眺めている。

2022年11月14日 千葉県君津にて

 

 

 

 

また旅だより 50

 

尾仲浩二

 
 

フランス国境に近いスペインの美しい港町に、もう2週間ほどいる。
ここで毎年開かれる写真フェスティバルに招かれ、今回撮影した写真で来年も展示する事になっている。
ところがこの町は美しすぎる観光地で、どこを撮っても絵葉書のようでなかなか手強いのだ。
町中はとてもじゃないが敵わないと郊外に逃げ、サボテンだらけの山道を歩き、なんとか撮れたような手応えを感じた。
3週間滞在できると聞いたので、そうお願いしたのだが、広くはないこの町はもう歩き尽くした。
早く戻りたい気持ちを抱えて、もう1週間どう過ごそうか。

2022年10月14日 スペイン カダケスにて

 

 

 

 

また旅だより 49

 

尾仲浩二

 
 

3年ぶりにヨーロッパへ来た。
街を歩く人は誰もマスクをしていない。
日暮には毎日キオスクの前に集まってビールを飲んだ。
トークイベントの後には握手とハグを沢山した。
バーの地下のダンスフロアでは歌謡曲DJをやって声を合わせてTOKIOと叫んだ。
翌朝ノドが痛くて、やはりコロナかと疑ったが、薬局でのど飴を買って舐めたらよくなった。急に寒くなったのとDJで大声を出したせいだろう。こちらののど飴は舌がシビれるほど強い。
 
2022年9月12日 ドイツ ケルンにて

 

 

 

 

また旅だより 48

 

尾仲浩二

 
 

猛暑、コロナ禍、お盆初日の朝9時半から開催と悪条件のブックマーケットにオマケに台風が来てしまった。
会場は来年取り壊されてしまう中野サンプラザ。
こんな日に人が来るのだろうかと心配していたけれど、開場と同時にたくさんの入場者があった。
おしゃれな人も、いかにもな人も、痛い系の人も、フツーの人もいて、これはこのブックマーケットが「まんだらけ」の主催で、アート・カルチャー・文芸・芸能・怪奇漫画・精神世界に占いと様々な店が並んだので、それぞれのファンが集まったからだと思う。いかにも怪しい中野ブロードウェイ的でうれしい。アートだけではこんな雰囲気にはならない。
写真のファンも少なからず雨の中やってきてくれ、感謝感謝。
中野は今、再開発の真っ最中。いつもの見慣れた風景がもうすぐなくなってしまう。

2022年8月15日 東京中野にて