「あのそこ」

 

小関千恵

 
 

塀から放たれ
空は反転した

彩度は急激に落ちて
ご近所は裸足でしか歩けなくなった

人のもの 人肌
自分と人を隔てる境は見えなくなった

外の塀が無くなったとき 同時に
こころの中の箱も消えてしまっていたこと
‘わたしのものごと’ を 容れるばしょが無くなっていたこと

それに気がつくまでに
30年近くかかったこと

0からはじまり
肉体から紡ぎ直していた器は
動脈や静脈、内臓
あらゆる管が絡まって
今はこの身体にたぶん良いように合わせてある

酷い人にもやさしい人にも出会った
だから とにかく編む一目は尊きもので
そのあとのわたしに
わたしはわたしの器に
この容れ物に
注がれていくものは流れていくものと捉えながら
詰りながら 確かめている

 
彩度の落ちた景観の中でも
魂は 夏の銀杏の樹の下へ 自然と集うことができた
はずなのに
萌えるあの大きな銀杏の下での
再会は
密会として告発されて
わたしはそれを知ったとき
大人にならないことを誓った

あの銀杏の淋しい黄色がいつか美しく見えるようにと

本当の話を聞いてくれる人に出会えるようにと

反転した空にぶらさがった風船を
逆さまに見ていたずっと

それを取ろうとする手を
三和土の底からわざと見過ごしていたのは
愛を知り始めたころの
歯痒さからの仕業

いまここの詩がまだ書けないよ

それが全て誰だって

なのかどうかも

いつだって
いまここの
あのそこ と

いまここ

 

2019秋

 
 

 

 

 

「少女」

 

小関千恵

 
 

 

胸より大きな球体を詰まらせて

真夏の商店街をワニのように歩いていった

立ち止まれなくて

まだ無くしてもいないものを先で探そうとする

空事だけをさらけて進んだ

 

赤い手に撫でられなければ死さえ生きられなかった

箱の中の

青草の中の

「少女」という輪郭

即物者たちが慌てふためき抽象は撤去された

 

月が落ちてきたみたいに視界の全てを白く覆った

還る場所に

まだ温度はありますか

この世界で

撫でられた肌が永遠であった証明を

何度でも

何度でも

2つ椅子を置くこと

“I’ll keep it with mine”

父権よ

少女と呼ばれた誰かはあなたではないか

箱の中のものを出せるか

 

いつか

母とふたりきり

月の色をした最初の部屋で

吹き戻る

 

 

 

庭に埋めた

 

小関千恵

 
 

 

庭に 埋めた わたしの なにか

庭に 埋めた わたしの なにか

もう いまは 見えない 処へ ながれた

いつかの 西陽に 照らされてる

わたしの ながれた なにかは なにか

庭に埋めた

庭に埋めた

 

Something of mine buried in the garden

Something of mine buried in the garden

Now it has already flowed away to an invisible place

It is illuminated by the setting sun of the past

What has flowed away from me

Buried in the garden

Buried in the garden

 

 

 

躯体

 

小関千恵

 
 

 

闇に溶かされた多くの輪郭に、
異物と呼ばれ
眠らされたひかりの子どもたちが
自らの知性の糸で、新しい水槽を紡いでいきます

「うわべの街に生えている僕らの足は、たまに引っこ抜いて洗うといいよ。」

それぞれの脈のせせらぎが聞こえていた

緊張による笑顔や
硬くなった腰に
あなたを探した

こんなに痒い空だって
こころだろう
しっかりと手を伸ばしたなら
きっとあの墜落気味の飛行機は
この腑に落ちてくる

空が反転しても
この躯体(からだ)は溶けない