この夏

 

正山千夏

 
 

早すぎる夏
降りすぎた雨
昇りつめる温度計
この夏のはじまりは
爆発した

ただただ右往左往し
蝉もまだ鳴きださない
窒息した夏を
ばたばた搔きまわす
私の四肢

丸い月の夜には
ざわざわうごめく空気に
バランスを崩し
なにかがひっくり返って
あふれだしたものを
なすすべもなく
なかばやけっぱちに
浴びるばかり

泳いだあとのような
からだのだるさが
左半身に残る
傾いだなにかが
寄りかかるものは
そこにはなかった
またはもう消えていた
否、はじめからなかったのか

不意をつかれどおと倒れて
死んでしまったのかも
この夏
なにかが

 

 

 

子どもだったあとの大人は

 

ヒヨコブタ

 
 

母の叶えたかった夢を
そのまま背負った子どものわたしたちは
同じものを食べて育ったけれど
まったく異なる世界をみて大人になったんだね
長い間
話がつうじあわずに遮断が起きてしまったね
壁の向こうのあなたたちになにを言おうと伝えようと
忙しいとそんなはずはないの繰り返しさね

昔どこかでみた景色を
大人になってから追体験している気がしてるんだよ

大切の押し売りはいらないよ
あなたの大切はそのままでいいさ

わたしの大切はすべて渡すことはないんだよ
けれどもさ
少しのおすそわけでよかったらわけることなんてたやすいんだ

知らないひと同士が話すのが聞こえる外は
挨拶も優しくてね
暑さの限界を超えてしまったような日も
少しだけ気持ちが緩むんだよ

見えなくて怖いから論破したい気持ちは素直なのかもしれないよ
でもさ
好きじゃないんだそれだけさ

すべてに完全同意がなくたって
少しの重なりで生きていけたらさ
また会えたらそれでいいってさ

横たわり頭を冷やしながら
湯豆腐に近い脳みそをぎりぎり冷ますのを思い浮かべて
静かに息をするよ

 

 

 

覗かれる気分

 

辻 和人

 
 

また君かぁ
こんにちはー
直下から
覗かれる

魚の目
右の足の裏の真ん中からちょっと上辺り
定期的にできる
左にはできない
重心が右足前方に傾く歩き方の癖の
分身なんだね

椅子に座って調べてみよう
よいしょ、靴下脱いで足裏を膝の上に乗せる
ふむふむ
小さな細長い楕円
指で突いてみると
そこだけ皮が厚く硬くなってる
ツルツルした感触だ
ちょっと面白い
ズッ
ズッ
大きくなるのを日々感じてはいたんだけど
ズキッ
今日、遂に開いちゃった

魚の目
ズキッ
ズキッ

うぉー、こんにちはー
君かぁ
さあ、立ってみましょう
それから、足踏みしてみましょう
イチニ、イチニ
直下から
ズキッ、ズキッ
視線が登ってくる
「今週仕事きつかったな、明日は寝坊するか。」
ズキッ
覗かれちゃった
あーあ、いつも通りに起きるか
「そろそろ暑中見舞い出さなきゃいけないなあ。」
ズキッ
覗かれちゃった
はいはい、今夜お風呂に入る前に書きますよ
直下から
ぼくの内部を覗きにくるんだよ
だからどうだってことはないんだけどさ

魚の目

ズキッ
視線の強さに
きょろっ、思わず辺りを見回す
しーん
椅子とパソコンとカーテンしかない
でもでも、いる
直下に、いる
一言も喋らないけど
ズキッ、ズキッ
存在を主張しているぞ
ちょっと面白い
ちょっとかわいい
さっきしげしげ眺めた
小さな細長い楕円
特に魚に似ているわけでもない

魚の目
「いつものようにナイフで削り取ってしまおうか。」
ズキッ
覗かれちゃった
わかった、わかった、わかりました
しばらく直下から覗かれるままにしておこう

魚の目、と
ズキッ
ズキッ
2人きりの時間を楽しむんだ

 

 

 

そこに世界が在るならば

 

狩野雅之

 
 


そこに世界があるならば
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ここに反世界があるわけさ
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メタファーは好きだけれど、メタファーは撮らない
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メタファーは世界を表すが、世界はメタファーではない
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リアリティとは「それが・そこに・ある」という「事実」のことではない
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リアリティとは単に「ある」ということである
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サラサーテの謎の声

音楽の慰め 第29回

 

佐々木 眞

 
 


 

こないだ、漱石の弟子である内田百閒という人の「サラサーテの盤」という本を読みました。

内田選手の随筆は、どんな小品も個性的な文体と文章で綴られ、ことにそのいささか怪奇趣味に傾いたところには、凡百の作家には真似の出来ない、独特の風韻が湛えられています。

この書籍では、特に芥川龍之介と森田草平について触れた「亀鳴くや」「實説帀艸平記」などが絶品で、まだお読みにならない方にはお薦めです。

書物の表題となった短編「サラサーテの盤」では、主人公の亡くなった友人の奥さんが、主人公の住まいを訪れ、「夫の蔵書やレコードを返してくれ」と頼むのですが、その登場や退場のありかたが、まるで実在の女性とは思えず、要件も佇まいもさながら中世の幽霊のようで、読んでいても相当無気味です。

そしてその不気味さを、まるごと映像に置き換えたのが、鈴木清順監督の幻想映画「ツィゴイネルワイゼン」であります。

この鈴木選手は、むかし鎌倉の長谷に住んでいたことがあり、彼が東京に去ったあとを襲ったのが、他ならぬ娘時代の私の妻の一家だということで、私には格別の思い出のある監督なのです。

海風の吹く長谷の彼女の家を訪ねた折の、私の生涯最初の短歌は、「鎌倉の海のほとりに庵ありて涼しき風のひがな吹きたり」というもので、これを俳人の井戸みづえさんから「吹きおり」に直しなさいと言われた話は、別のところに記したとおりです。

それはともかく、鈴木選手は、内田選手の「サラサーテの盤」と「雲の脚」、「すきま風」などの短編のエッセンスを骨にして、鎌倉の由緒ありげな寓居や、現在では交通禁止になってしまった釈迦堂の急勾配の切通を用いて巧みに味付けし、どこか泉鏡花を思わせる幻想的な映画を創造することに成功しました。

この映画では、主人公の家は釈迦堂切通の浄妙寺寄りに、女の家は大町側にあるようですが、それは切通の向こうが異界であり、彼岸でもあると考えた中世の人々の想念に、忠実に準じているようにも思われます。

えらく話が長くなりましたが、その想念を、音響の側から裏付けるのが今宵皆様にご紹介するサラサーテが自作自演した「ツィゴイネルワイゼン」の録音であります。

1902年に録音されたこのレコードの、ちょうど3分38秒あたりで聞こえる奇妙な男の声はサラサーテ自身のものとされていますが、私の耳には、冥府からの生霊の招きのように聞こえてなりません。

私はここまで駄文をつづったあと、ふと思いついて久しぶりにその釈迦堂切通まで歩いてみましたが、やはり交通止めの標識が行方を遮っています。切通の上は、松などを乗せた脆い鎌倉石ですから、突然崩落して人身を傷つける恐れがあります。

修理には多額の費用と時間が掛かりますし、その修理自体が景観を棄損する恐れもありますから、おそらく釈迦堂切通が昔のように開通される可能性は限りなくゼロに近いでしょう。

そう思えば、鈴木清順監督が遺したこの映画は、鎌倉時代の古道のありし日の姿を、永久保存した歴史的カプセルでもあるのです。

 

 

 

暑中見舞い2018

 

佐々木 眞

 
 

 

ああ暑い
ああ暑い
昨日も 今日も 暑かった

きっと 明日も 暑いだろう
明後日も 明明後日も 暑いだろ
命にかかわる危険な暑さ

朝から暑いと 人は死ぬ
松本智津夫63歳、中川智正55歳
流政之96歳、浅利慶太85歳

昼なお暑いと 人は死ぬ
常田富士男81歳、桂歌丸81歳
加藤剛80歳、辰巳渚52歳

夜でも暑けりゃ 人は死ぬ
生田悦子71歳、マサ斎藤75歳、オリヴァー・ナッセン66歳
知る人も 知らない人も みんな死ぬ

ああ暑い
ああ暑い
言うまいと 思えど 今日の暑さかな
詠み人しらずの 暑さ哉

ああ暑い
暑い暑いと 人が死ぬ
今日も 朝から 人が死ぬ
夜になっても 人が死ぬ
葬儀場は 大忙し

熱中症で こども死ぬ
集中豪雨で 巡査死ぬ
おお山崩れで おとな死ぬ
憲法違反で 自公死ぬ

30度、35度、40度
見る見る上がる 温度計
バタバタ死ぬよ 人が死ぬ
あちい、アジい、ああ暑い

十二所では ジイサンが
浄妙寺では バアサンが
大船では 若き頑張り屋さんが急死する

お母さんは 泣いている
うちでも みんな もらい泣き
エンエンエンと 泣いている

ああ暑い 暑い暑い ああ暑い
ニイニイ、カミキリ、キリギリス
アユも ウナギのウナシロウも
白腹見せて ほら、でんぐりがえる!

ああ 人が死ぬ 人が死ぬ
性別 年齢 国籍も
有名 無名も 無関係
暑い暑いと 人が死ぬ

毎日毎日 暑くても
年が年中 暑くても
死んでは困る おいらの家族
コウ君 ケン君 ミエコさん
絶対死んでは いけないよ

ゼンちゃん、ミワちゃん、シンヤくん
マリちゃん、ヨウコちゃん、エイコさん
ナホちゃん、タクちゃん、リョウちゃんも
しっかり生きねば 困ります
死に物狂いで 生きませう!

ずっと寝た切りのコウジュ君
難病に苦しむキムラ君とヨコヤマ君
敬愛するスズキご夫妻、オクムラさん
この夏なんとか 乗り切って
どうか 長生き してください!

死んでほしくは ないけれど
死んでもいいのは 独裁者
天下無双の 一強or一狂
死んでもいいのよ 遠慮せず

ああ 人が死ぬ 人が死ぬ
性別 年齢 国籍も
有名 無名も 無関係
暑い暑いと 人が死ぬ

万一おいらが 死んだなら
これが遺作に なるのかな
ちょいと問題 かもしれないが
暑さのせいさ 許してね

ああ 人が死ぬ 人が死ぬ
今日も 朝から 人が死ぬ
夜になっても 人が死ぬ
知る人も 知らない人も みんな死ぬ