「はなとゆめ」11 地上の楽園

 

 

息を吐き
息を吸う

息を

吐き

息を
吸う

気づいたら
息してました

気づいたら息をしていました
生まれていました

わかりません

わたしわかりません
この世のルールがわかりません

モコと冬の公園を歩きました
モコの金色の毛が朝日に光りました

いまは
言えないけど

いつかきっと話そうと思いました

モコ
モコ

なにも決定されていないところから世界が始まるんだというビジョンは

いつか伝えたい
いつかキミに伝えたい

息を
吐き

息を
吸う

息を吐き
息を吸う

モコと冬の公園を歩きました
柚子入りの白いチョコレートを食べました

モコの金色の毛が光りました
モコの金色の毛が朝日に光りました

わたしはモコを見ていました

そこにありました
すでにそこにありました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」10 闇取引

 

この
世の

闇のなかで

手を
握っていた

この
世の

闇のなかで

女のヒトの手を握っていた

震える手を握っていた
懐かしい匂いに鼻をうずめていた

懐かしい
懐かしい

懐かしい


わたし思った

懐かしい匂いを嗅いでいた
懐かしい匂いを嗅いでいた

もう死にたいと女のヒトはいった
もう死んでるんだと

わたし
思った

女のヒトも
わたしも

この世に生まれてしまったから
この世に生まれてしまったから

もう死んでるんだとわたし思った
もう死んでるんだとわたし思った

この
世の

あちらとこちらで

闇取引は
あり

この
世の

かたすみの闇の
なかに

星を
見ました

いくつも星を見ました
いくつも星を見ました

懐かしい

思いました
わたし懐かしいと思いました

わたしいくつも星がひかっていました
わたしいくつも星がひかっていました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」09 静かな所

 

静かなとこ
静かなとこ

静かなとこ

には

ケージのHarmony XIII for Violoncello and Piano が聞こえていた

繰り返し聞こえていた
繰り返し聞こえていた

階段をゆっくり降りていった

死んだ祖母が
日焼けした皺くちゃの祖母が

着物を着て窓際に立って
いた

笑っていた

にんまりと笑っていた
静かにわたしを見て笑っていた

静かなとこ
静かなとこ

静かなとこには

わたしの寝たきりの母も繋がっている

きっとわたしの姉も繋がっている
わたしも繋がっている

静かなとこ
静かなとこ

静かなとこ

には

花が咲いていた
静かなとこには白い花が咲いていた

ラッキーが吠えていた
ヒバリが空高く鳴いてた

ヒトは
特別な動物でなく

ほとんどほかの動物と異なるところはありませんが
ひとつだけ異なるのは

ヒトは他界を夢見る動物だということです


谷川健一さんは語っていました
老いた谷川健一さんが他界ということをテレビで語っていました

津波で東北のヒトたちがたくさん亡くなりました
津波で東北のヒトたちがたくさん亡くなりました

津波で小舟がたくさん流されました

静かなとこ
静かなとこ

静かなとこ

には

たくさん小舟が流れ着きました
たくさん小舟が流れ着きました

たくさん小舟が流れ着きました

死んだ祖母が
笑ってました

日焼けした皺くちゃの祖母が笑っていました
着物を着て窓際に立っていました

にんまりと笑っていました
わたしを見て笑っていました

静かなとこ
には

白い花が咲いていました
静かなとこには白い花が咲いていました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」08 浜辺

 

閑さんから教えてもらった

リヒテルの弾く
シューベルトのピアノソナタ第21番変ロ長調D960の第2楽章を

繰り返し聴きました

閑さんは言いました

シフも名演です

最近のものでは内田光子
ホロビッツの最初の録音も好きですが極めつけはリヒテルでしょうか

繰り返し聴きました

31歳で死んだ男の死の2カ月前の9月に書かれた
曲を繰り返し聴きました

第2楽章は
暗く沈んで始まって

だんだんと透き通っていって
一人の男の死の後に残すべき曲と思われました

リヒテルという

ロシア人の弾くピアノを聴いていると
広大な大地が見えてきました

小鳥の気持ちがわかるのだと思われました

リヒテルには

わたしは
休みの日には

モコと浜辺を歩きます

わたしは休みの日にはモコと浜辺を歩きます

風が通り抜けます
風が胸を通り抜けます

もうわたしはいなくなって
浜辺をモコがひとり歩いていくのを見つめます

もうわたしはいなくなって
浜辺をモコがひとり歩いていくのをうしろから見つめます

風が胸を通り抜けます
磯ヒヨドリが遠くで鳴いています

わたしはすべてが始まってしまったと思いました
わたしは浜辺でもうすべてが始まってしまったと思いました

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

「はなとゆめ」07 真昼の眠り

 

遠くで

小鳥が
鳴いていました

遠くで小鳥たちが鳴いていました

エロースは性愛

ストルゲーは家族愛
フィリアは隣人愛

アガペーは真の愛

古典ギリシア語で愛という言葉は四つあり
キリスト教で採用された愛はアガペーであるとウィキペディアにありました

性愛や家族愛や隣人愛はすこしわかりますが
真の愛はわかりません

昨夜ぼたるさんに電話して
鈴木志郎康さんの早稲田大学の講演会の約束をして

詩の原稿の約束をして

会社の仕事のことでクシャクシャになって純喫茶店で紅茶を飲んで
早々に届いた閑さんの原稿を見つめていました

神の留守とあった

真の愛とは人間の愛ではなく神の愛であって
神の愛は

神の人間への愛であって
親の愛とは異なり神には触ったことがない

神には触ったことがない

母はベットに横たわったまま息子のわたしを見上げて
そして動かない顔を歪めて笑います

その皺くちゃの顔や細く痩せた手や脚をわたしはさすります

別れのとき母は動かない顔を歪めて泣きます
もう声を出して叫ぶこともできない母が顔を歪めて泣きます

わたしはこの現実がなにかの間違いなのではないかと思うことがあります
わたしはこの現実が真昼の夢の一場面なのではないかと思うことがあります

遠くで小鳥が鳴いていました
遠くで小鳥たちが鳴いていました

早々に届いた閑さんの原稿を見つめていました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。