この衆議院選挙投票体験のことを詩に書いちゃおっと、ケッ

 

鈴木志郎康

 

 

衆議院選投票体験を詩に書いちゃおうと思ったが、
どうも、そうじゃなく、
最初、書いてやろう、
と書き始めたのが、
やろうがちゃおうになっちゃたんですね。
選挙のことを詩に書くなんて、
そう簡単には手に着かないんもんですね。

ガラス窓が、
真っ白に、
曇った。
十二月初旬の朝のことだ。
あの窓ガラスが、
頭から離れない。
真っ白に曇って、
見慣れた庭が見えない。

今は、
もう月半ばも過ぎて、
衆議院選挙の結果も決まって、
自公与党の三分の二以上の大勝で、
憲法改正の道が開かれちゃった。
総理大臣の安部晋三は選挙運動中、
「景気回復、この道しかない。」
と連呼してたが、大勝と決まった途端に、
憲法改正を口にしたね。
安部晋三の野望、
日本の歴史の流れを変えようという野望、
何よりも国家を優先する国家にするという野望、
それが、
この道しかない道、だったんですよ。
わたしは今の憲法で育った。
個人をそれなりに重んじる国家、
表現の自由が重んじられる国家、
軍隊を持たない戦争をしない国家。
それが覆されるのにわたしは反対なんだ。

十二月十六日の朝日新聞に
衆議院当選者全員の顔写真が載ってる。
小さい写真で、
みんな同じ顔に見える。
その当選者たちの八十四パーセントが
「改憲賛成派」だってさ。
ああ、もうこの國は変わるね。
ところで、
来年は日本人男性の平均寿命に達するわたしは、
それまで生きてるのかいな。
生きていたいね。

十二月十四日の投票日には、
麻理が早く出かけるというので、
投票所が開く七時ちょっと過ぎに、
わたしは麻理と電動車椅子で行って、
わたしらだけしかいない投票所で、
薄緑色の小選挙区の投票用紙に、
ながつま昭と書いて二つに折って投票箱に入れ、
白い比例区の投票用紙には、
民主党と書いてこれも投票箱に入れたんだけど、
実は、これは、
迷った末の結果なんだ。
思い起こすと、
ちょっと怒りが湧いてくる。

ウーン、何とも
怒りが湧いてくる。
小選挙区の候補者の誰にもわたしは会ったことがないんだ。
東京都第七区の四人の候補者にわたしは会いに行くべきだったのか。
それをしないで、新聞に掲載された写真と活字で、
自民党公認は駄目だ。
次世代の党公認も駄目だ。
共産党の候補者の反自民の主張はいいけど、
死票になっちまうから駄目だ。
残るは民主党公認のながつま昭だ。
彼は三度の食事に何を食べているのか、
酒飲みなのか、
兄弟はいるのか、
詩を読むなんてことがあるのか、
怒りっぽいのか、
優しいのか、
なーんにも知らない。
で、他にいないから
このオッサンに決めて、
薄緑色の投票用紙に「ながつま昭」と書いた。
わたしは渋谷区で長妻昭に投票した41893人の一人になったというわけ。
ながつまさん、頼みますよ。
比例区は
反自民の共産党にしようかな、と思ったけど、
昔、「赤旗」が
わたしの「プアプア詩」を貶したのを思い出して、
まあ、結局、主張が空っぽの民主党を白い投票用紙に書いてしまったというわけですね。
渋谷区で民主党と書いた人は18072人だから、
長妻昭と書いて民主党と書かなかった人が結構いたんですね。

こんなことじゃ、
安倍晋三の野望に立ち向かうなんてことはとてもできやしない。
今度の選挙は有権者の半分の投票で「自公大勝」に終わって、
この國は変わって行く。
そんなことどうでもいいや、って思えないから、
困るんです。
ウーッン、グッ、グッ、ケッ。
次の総選挙までオレは生きているのか。
どうだか。
真っ白に曇ったガラス窓が頭から離れない。
真っ白に曇って、
見慣れた庭が見えなかったガラス窓。

 

(注)投票数は朝日新聞の2014年12月16日の掲載による。

 

 

 

 

スパイシー

 

辻 和人

 

 

はい、今、西国分寺の駅の改札前に立っています
ミヤコさんを待ってます
夏に入りかけのだるい風が吹いています
けど背中がキーンと冷えてる感じです
初めて
ミヤコさんのマンションに行きます
ミヤコさん、来ました
ぼくと同じく会社帰りのカッコです
軽く手を振ってます
行ってきます

「こんばんは。」
エレベーターに乗り込む時
すれ違った住民の方に曖昧な笑顔であいさつ
ミヤコさんは平然と、にこやかにあいさつしてるけど
ぼくたちってどう認識されてるのかな?
ぼくたちっていう単位が今、問われてる
それはファミやレドがまだノラの子猫だった頃
ぼくが、単なるエサやりさんの一人か
彼らの保護者かを問われてるのと
ちょっと近いかな?
そうそう
近さだよ、近さ
近さにもいろいろある
これからミヤコさんとどんな近さを得られるか
エレベーターに揺られながら待つ
ドキドキだ

カチャ
鍵を回す音をいやにはっきり聞こえる
「どうぞ、お入りください。」
「お邪魔します。」
恐る恐るスリッパに履き替えると
おーっ、きれい
ぼくのオンボロアパートとは大違い
清潔で居心地のいい1DK
「今からご飯作りますから。ちょっと待っててくださいね。」
グリーンのソファーベッドに腰掛ける
ミヤコさんの体温を吸い込んだ場所だ
この材質
ファミとレドを放したら
めちゃくちゃ喜んで引っ掻くだろう
おや、窓の側には、葉っぱを青々と茂らせた
人の背くらいある植物が置いてあるぞ
「この観葉植物、何ですか?」
「パキラっていうんですよ。
10年前、このマンションに住み始めた頃に買ったんですけど
どんどん大きくなって。
時々切ってあげないと茂っちゃって大変なんですよ。」
生命力旺盛なパキラ
10年間ミヤコさんを守っていてくれて
ありがとう
これからはぼくが……おっと、調子に乗るなよ

台所に立つミヤコさんの後姿
エプロンをかけ
懸命に肩を動かして
食べさせようとしているんだな
ぼくという生物に

食べさせる
食べさせる
ぼく、食べさせてもらうんだ
これはただ食事をするってことじゃない
もぐもぐした口の動きを通して
生身の相手の奥の奥につながっていくってことなんだ
ファミもレドも、そしていなくなってしまったソラもシシも
そうやってぼくとつながっていったんだよなあ
それが、いよいよ
いよいよだ

「できましたよ。簡単なものばかりですけど。」
ヤッホー
テーブルに並んでいるのは
かぶのコンソメスープ、トマトとアボカドのサラダ、だし巻き卵に肉じゃが
いただきまーすっ
スープは……いい塩加減
サラダの手作りドレッシングもさっぱりしていて良い感じだ
だし巻き卵はもともと好物だけど
程良い甘みがあって、うん、これはうまい
では肉じゃがを
おいしい、でも、あれ?

「ミヤコさん、ミヤコさんって肉じゃがに玉ねぎ入れないんですか?」
「えっ」

「わぁ、ごめんなさい。
どうしちゃったんだろ。いつも絶対入れるのに。
ちゃんと買ってきてたんですよ。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
じゃがいも、ほくほくして、とってもおいしいです。」

玉ねぎなしの肉じゃが
全然OKです
肉じゃがなんだからお肉とじゃがいもが入っていればよし
にんじんだって入ってるじゃないですか
うん、うん
玉ねぎが入ってなかったことで
ミヤコさんともっと近くなった気がするぞ
入ってない玉ねぎが
真っ赤な笑顔を呼んで
スパイシーな味を加えてくれた

今日は週の真ん中の日だし
長居は遠慮してこれで失礼しますが
いずれぼくが「食べさせる」方を担当しますよ
玉ねぎの代わりに
何が足りないか
何が余計かは
お楽しみ
食べるんじゃなくって
食べさせる
食べさせてもらう
その先に
どんなスパイシーな近さが現われるか
それが楽しみなんです