養命酒

 

爽生ハム

 

 

尾木沼という街だとして
左足から入り
のそのそと贖罪がてら
右足で出ていくまで
航空機を撲滅しなきゃな

寝ているのか?そこの人よ
恥ずかしそうな目をくれ
どうせ
立体の飛行機が
雲間から
靄をまきちらすのを
見ているのだろう?

まばたきを忘れ
目に付着した外国の街
尾木沼という街で
すれちがった人を外国人にする
外国人たちは路地にそれ
呑み屋に入り唐突に笑う

笑ってからじゃもう遅い

街の道が徐々にひらけ
看板の文字が白紙に吸収される
白紙はミステリアス
あそこには医療が隠れている
失敗して間違えた人の
身体が隠れている
食材はあそこにありそうだ
見たこともない食材が
人を食べるだろう

そこの人もあそこへ

電子を繋いで
興奮して
身体を清めた
そして
散々な目に遭う方へ足を動かした

あそこには私がいる
興奮する
会えないと決めつけていた間に
どんなに悲劇を誇張したことか
街の道をひらかせた比喩の思いが
恥ずかしそうに私の贖罪を
笑っている

失敗だ
こんなにも笑っていては
目的がない人のようだ
潰しているのに進まない
子どもじみた悲劇は
貫通行動で動いている

穴をしっぽでふさぎ
狐になって
笹で身体をきざむんだ
言動に嘘偽りがないことを
証明するんだ

 

 

 

そうめん、極太の

 

薦田 愛

 

 

宏くんがやっと東京に来られるというから
案内しなくちゃ、と母が
日ごと地図を広げるようになったのは
梅雨のさなかだったか

徳島の山あい阿波半田に住まう母のいとこ
母ひとり子ひとりというところは
考えてみたら、うちと同じ
その母、私にとっては祖母の妹すなわち大叔母の千代子さんは
眉の太い口数が多くはない
自分を偽らないひと、言葉を換えれば妥協がない
歳末押し迫っての大往生は淡々とくもりのない顔
病院との往復もしくは泊まり込みの数年を知っていたから母は
落ち着いたら東京へも遊びに来てよ
案内するからね、と年下のいとこをねぎらって
モノクロームの山と雲と川の町から私と帰った
宏くんとか宏ちゃんと母は呼び私は宏兄ちゃんと呼ぶ
母の実家のある琴平や父の郷里の川之江まで車で
県境を越えて送ってくれたり
いつの間にかみんなの写真を撮っていたり
大叔母に似た太い眉毛でにこにこ
そんな宏兄ちゃんが東京に

きくと隅田川の花火をはさむ日程だ
浅草に泊まるって宿はとれるのかな
二泊は浅草、花火の日は両国だって
移動しなきゃならないのは面倒ね
うちにも寄ってもらいたいから案内すると母
そうねと話しているところへ届く
そうめん、極太の
荷物になって持っていけないから先に送るよと
阿波半田の絶品そうめん、極太の
うどんじゃないのと驚かれもするこれは
そうめん、半田そうめんという、極太の

小学校に上がったばかりだったろうか雪の日に
社宅の前で泣きべそかきながら
縄跳びの練習をしていたところに現われた
宏兄ちゃん、親戚の誰かと
あれは川口の工場街
うんと大人に見えたけれど二十代だったんだな
あの時どんなふうに来たんだろうね
どうだったんだろうと母
とにかく羽田まで迎えに行くから

京急で行けるよね
そうだね長崎旅行の時、
都営浅草線で乗り換えなしだからと
勤め先に近い宝町まで来てもらったっけ
日比谷線なら人形町で直通電車に乗り換えればいい
平日の朝出勤する私に一緒に行ってと母は言わないけれど
乗換検索で時間は調べておこう
さもないとむやみに早く出かけてしまうから
それでもメモの時間よりだいぶ早めに出ると言う
空港行きではないのには乗ったらダメだよ、とだけ念押し
そうだね西馬込行きとかねとうなずき母は
じゃあ雷門で十八時にねと言い置いて

浅草寺や花やしきの奥イタリアンでビールにワイン
宏兄ちゃんのまたいとこ大島在住の清さんもまじえて
阿波半田の子どものころのこと
昼間、母と歩いた泉岳寺のこと
七十代が三人揃うとあっという間に満腹だからあとは食べてと
いい大人の私を若者扱いするので困りもの
明日は私のいとこ靖くんが案内
あさっては母と飯田橋を皮切りに江戸城をぐるりと歩くのだって
連絡してよと見送る母と帰りながら
日陰の少なそうなルートが気がかり
暑くなるから水分ちゃんと摂ってね
博物館なんかのほうが涼しくって安心だけどなあ
いやたぶん宏っちゃんはと勢い込むように
実際そこにあるものを見たいんだとおもう展示されてるものではなくて
それなら仕方ないね暑くても

それにしても八時集合は早いね移動日だとしても
東御苑は閉まるのが早いから早く行かなくちゃ
なるほど、どのへんで合流できるかメールするねと私
今週はお預けだね、そうめん
週末の昼はたいてい半田そうめん腰が強くて伸びにくいから
夏場はつゆにおろし生姜たまにぶっかけ寒くなればにゅうめんと決まっていたのを
思いついてポン酢とごま油で冷やし中華風にしたら簡単かつ美味しく
ホールトマトで冷製パスタ風にしてもらったらこれもなかなか
そういえば宏兄ちゃん
阿波半田で生まれ育ったのにそうめんを好きじゃないと言う
美味しいよねえと言うと、そうなと笑って
山あいの五千人に満たない町に四十もの業者さかのぼること二百年
歴史好きなのに宏兄ちゃん太い眉毛でにこにこ
好かんとさらり
流されないところは案外、千代子さんと似てるのかな
浅草でチェックアウトしたら入谷のわが家へ来てもらい
荷物を置いて出かけるという母に
花火の日は尋常じゃなく混み合うから
歩き始める前に両国へ移動しておいたほうがいいよと説得
不承ぶしょうの母と二人ずっしりかさ張る荷物を提げて
浅草から都営浅草線、浅草橋で乗り換え両国へ出て宿に荷物を預け
総武線で飯田橋へ出て牛込橋取って返して竹橋へ
またいとこ清さん再登場で三人というより
男の人はどうしてああふざけてばかりと眉ひそめる母が
先に立ちぐいぐい先導して平川門東御苑天守台松の廊下
お土産手配に東京駅そして赤坂紀尾井坂
道中の実況ショートメールが刻々来るけれど私は
夜集まる人たちに半田そうめん提げてゆくから荷物が重いしと合流をあきらめ
明日羽田まで一緒に見送るからと返信
昼過ぎの便ならその前に寄ってもらえばいいよね
ところが ところが

清さんが言うのよ日本橋に行くべきだって
せっかくお江戸に来たんだから
日本橋が好きな母はまんざらでもなさそう
聞き間違いで夜の便だったから時間はたっぷり
でも荷物は重いから手ぶらで来てもらって
あとから取りに行こうよ日本橋の前に
だとするとどこまで迎えに行こうかなと母
聞けば上野で晩ご飯だったというのでびっくり
赤坂からまっすぐ両国へ送っていったのではなくて
上野まで戻ってきたんだ銀座線で
それからまた両国まで送って帰ってきたんじゃ疲れたよね
乗り換えて降りて見届けてまた乗って乗り換えて日比谷線へ
三十五度超えのまぶしいまひると混み合う上野の駅ビルそして階段階段を思い浮かべる
清さんの登場に安心、半田そうめん提げて出るので合流しなかったけれど
母が振り出しの両国まで戻ることは考えてなかった
そうだよね不案内ないとこをひとり帰せなかったよね
でも最終日は途中まで来てもらうと言う
浅草と言うのを上野のほうがとつよく言ったのは
移動が楽だからなのだけれどそれが
間違いのもとになるなんて

出かけた母から連絡がない
まさかと電話するとうろたえ声会えないと
改札から改札へ探しまわったというのに
いちばん小さな改札へと案内したつもりでも慣れない町のこと
しかも日曜で夏休みあまりの人ごみに迷っているのか
迷う宏兄ちゃんもだけれど探しあぐねる母が
まっしろになって棒立ちになる姿が浮かんでしまう
私が行けばよかったいや行こう
バッグをつかんで立ち上がるや鍵のまわる音と声
照れくさそうないとこを連れて大変だったわよと母
改札の名前を間違えていたのは私
だからだろうか待たずに動いてしまった不安にもなるよね
携帯の声を頼りに見える駅舎をめざしてもらって
よく会えたよね行き交う幾十いくひゃくの待ち合わせをくぐりぬけ
ジュース飲んで帰ってきたからと日比谷線でひと駅
もうコーヒー淹れなくていいね
マンションの狭い屋内をひとわたり見せてと思っていたら
リフォームの仕事柄フローリングはシンクの高さは窓の大きさはとチェック
引き込まれそうになるけど時間がなくなるよ
汗を拭いてさあと促す
日本橋いやその前にもう一度荷物を取りに
両国へ

うちに来る前に宿から近いしと勧めた江戸博
連絡待ちになってしまって楽しめなかったみたい
母の分析どおり実地に見るのが好みなのかな
それより何より物知りでしっかり者と思っていたのが
切符はどこメモはどこと紛れがちなことにびっくり
私は日々探しもので大人の注意欠陥障害を疑ったりしてるけれど
にこにこ頼もしい宏兄ちゃんにまさか
なくしものの癖があるなんて
携帯で話した上野駅の待ち合わせ場所はいったい
どこに紛れてしまったのか

両国から日本橋へとシュミレーションは完璧
コインロッカーに荷物を三つ
今度こそ一緒だからと気持ちは先へ先へ
歩くの早いんなあとあきれられながら
さああれが日本橋と指さす先、首都高速のかかる大通り沿い
浴衣やうすものの女の人たち
川面には小舟
麒麟や魔物の青銅がそびえる橋の中ほど臍のような
あれは日本国道路元票
五街道はここからひょるひゅる四方へ伸びて
地を這う途切れることのない幾筋いずこへなりとも私たちを
いざなってくれる