どっしり

 

辻 和人

 

 

いつのまにか
お正月
実家でまったり迎える独身最後のお正月
丁度去年の今頃家族に婚活宣言したんだっけ
決意したことなのに
「おい自分君、正気か?」
「おい自分君、ヘンな夢でも見てんのか?」
それがまあ
3カ月後には式を控えてるってさ
不思議、不思議だなあ
宣言通りに行動したらヘンな夢を正気で実現させることになっちゃった
おい、ファミちゃん、レドちゃん
お前たちが生まれ故郷の祐天寺で過ごすお正月がもう2度と来ないように
まったり独身の正月もこれで2度と来ない
それでいいのさ
あけましてーっ、おめ!

昨日のお昼はミヤコさんのご実家に新年のご挨拶
ミヤコさんにご両親、弟さん、そして親戚の方々
駅伝を見ながら和やかにおせちを囲みましたよ
お義母さんの料理、どれもウチの母親が作ったものよりおいしい
それにしても不思議
高校生のユウタ君には
「ラグビー部の仲間と初日の出見に行ったんだって? 青春だねえ。」
中学生のマイちゃんには
「吹奏楽部でコントラバスやってるんだって? いつかジャズもやるといいよ。」
若いモンに余裕で話しかけたりして
和気藹藹の場に溶け込んでるぼくがいるのさ
あんなに社交下手&つきあい嫌いだったのに
ユウタ君もマイちゃんもかわいい
親戚の方々、最高じゃん
やっぱり横にミヤコさんがいてくれるからだ
にこやかに、そしてどっしり
細身なのにどっしり
もうすぐ花嫁さんの貫録十分って感じだ

帰ってまっすぐファミちゃん、レドちゃんのもとへ
最初はちょっとよそよそしい素振りだったけど
スキンシップを取るとやっぱり違うね
レドはしっぽのつけ根を撫でてやると
お尻をきゅーっと持ち上げて、お腹ごろっ
ファミの方は頭の上まで抱え上げてそのまま家の中を一周してやると
見慣れぬ光景キョロキョロでおヒゲをピン
でもって真夜中
ぼくが寝てる2階の部屋まで遊びに来てくれましたよ
半開きのドアを鼻ですうっと押す
真っ暗な中に目だけ光らせる
ジグザグに近づいてくる4つの光
頬っぺたに柔らかい暖かなものがぞわぞわっ
ぼくがいると夜遊びスイッチが入るのか
明日はミヤコさんに紹介するからな
よろしくね、そしてしっかりね

12時半に伊勢原駅で待ち合わせ
八幡様で結婚式の成功を祈願し畑の脇の細道を通って実家へ
はい、ミヤコさんのお着きです
妹夫婦と甥っこは初対面
はじめましてと新年の挨拶を交換して
さあさあ食卓へ
ここでもミヤコさん
どっしり
甥っ子に学生生活について細かく聞いたり
アキラさんにマメにビールをついだり
どっしり
ミヤコさん安定感抜群で
あのー、ぼくの影が薄いんですけど
もしやここは、ミヤコさんの実家なんじゃないだろうか?

そんなこんなで宴たけなわの折
冷蔵庫の上に陣取って
この様子を遠望していたもう一方の主人公がご登場
大好きなお刺身の匂い
まあ、今日はおめでたい日だもんね
マグロの赤身をひと切れずつもらい
くちゃくちゃ満足そうに噛む2匹
先に食べ終わったレドはファミの口元のマグロを狙い
ウーッと怒られてしょんぼり
母親の側にいって高い声でお代わりをねだる

その様子はかわいいんだけど
ミヤコさんが頭を撫でようとしたら
瞬時に背中をくねらせて避けた
すばしこいファミはミヤコさんが近寄るだけでサーッと逃げる
場にどっしり馴染んでるミヤコさんでも
猫の目から見ると
馴染んでない
どっしりしてない
してないよ
ってことらしいよ、どうする? ミヤコさん

ミヤコさんにはこの機会に猫たちと少しでも親しくなって欲しい
そう思って実験を提案してみました
レドちゃんを母親に抱っこしてもらい
「じゃあ、あげてみますね。」
ミヤコさんがマグロの肉片を口元に近付ける
レドはみるみる苦悩の表情を浮かべ始めた
鼻をヒクヒクさせてマグロの匂いを嗅ぐ
それからマグロから目を離しミヤコさんの顔をじいーっと見上げる
何だコイツ、じいーっ
うーん、どうしよう
ヒクヒク、じぃーっ、ヒクヒク、じぃーっ

やがてレドちゃん、暴れて母親の腕を振り払い
お気に入りの冷蔵庫の上に駆け昇りました、とさ

レド、お前あんなにマグロが好きなのに
ファミの口元から奪おうとする程好きなのに
それでもミヤコさんの手からもらうのは嫌か
冷蔵庫はどっしりしてる
両親はどっしりしてる
ぼくもまあ、どっしりしてる
でもでも
人間界ではどっしりしてるミヤコさんはファミレド界ではどっしりしてない
どっしりしてない奴から食べ物をもらうのは
人見知り猫のプライドが許さない

どっしりは
接触の堆積が作ってくってことなんだなあ
「レドちゃん、やっぱりまだ私からはもらいたくないんですねー。」
苦笑いするミヤコさんとぼく
だがレドよ、そしてファミよ
ぼくらは最初文字と文字の接触だったものを
声と声の接触に変貌させたんだぞ
更に生身の手と手の接触に育て上げて
実家への細道を一緒に歩くところまで辿り着いたんだぞ
「あ、富士山きれい。」
婚約の期間って短いけど
手と手を接触させると
晴れ間の富士山みたいに眩しかったりするんだぞ

ファミちゃん、レドちゃん
ミヤコさん、もうお帰りだけど
ぼくら2人がここに顔出す機会はこれから増えていくだろうからね
ミヤコさんのどっしりと君たちのどっしりを
うまく積み重ねれば
どっしりどっしり
どっしりどっしり
きっと安心してマグロを食べられるようになるよ