夢は第2の人生である 第34回

西暦2015年長月蝶人酔生夢死幾百夜

 
 

佐々木 眞

 

 

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久しぶりに3大テノールのCDを聴いたら、なぜだかパバロッティを除くドミンゴとカレーラスの声が妙にしわがれている。そうか2人ともいつの間にか歳をとって老化していたんだな、と妙に納得してしまった。9/1

国境警備員の私は常に極度の緊張を強いられていたが、時折「侵入禁止」の立て札を捨ててたり、両軍の衝突で負傷した兵士の人命救助に従事していた。9/3

私は「戦にしてあればなんちゃらかんちゃら」という文字をコピペしてから、新しい原稿を書こうとするのだが、何回やり直してもその「戦にしてあればなんちゃらかんちゃら」がしゃしゃり出てきて、どうしても他の文字は打てないのだった。9/4

ところがしばらくするとPCの画面に「山猫さんこんばんは、いかがお暮らしでござんすか」というどどいつ野郎が勝手に出てきてのさばっているので、私はこれは駄目だ、と今日の仕事をあきらめてしまった。9/4

川沿いの小道を歩いていると、子供たちがさわいでいる。川の真ん中にある大きな石の上で大猫と鳶がにらみ合っていて、天然ウナギのウナジロウを狙っているのかと思ったが、そうではなくて大猫が捕まえて両手で抱え込んでいる台湾栗鼠を、鳶が奪い取ろうとしているのだった。9/5

豪雨が降り注ぎ、凄まじい雷鳴が轟きわたるその瞬間、峠の頂から今来た路を振り返ると、生まれてこの方私が歩んできた道筋が、ありありと見渡せた。9/6

北欧のどこかの国に出張に来ていた私は、取引先と夕食を共にすることになり、赤子を連れた女性とレストランに先発したのだが、途中ではぐれて途方に暮れてしまった。9/6

ある人が「いつも3冊の本を読め。ただしそのうちの1冊はちんぷんかんぷんの本にせよ」と助言してくれたので、後生大事にそのようにしていたら、ちんぷんかんぷんの人間になってしまった。9/7

全国知事会が、向後は第1次産業と第2次産業製品の生産を取りやめ、もっぱら第3次産業の製品のみを生産すると決定したので、政府はもとより全国民が一驚した。9/8

テレビドラマと映画の2本の仕事が、いよいよ大詰めを迎えた。後はそれぞれのラストショットの撮影と編集をすればいいのだが、最大の問題は社長の小林だ。彼奴は自分の強烈な口臭が、スポンサーからもスタッフからも嫌われていることを知らない。9/10

家族を殺された恨みを晴らすために、私は最前線の敵軍めがけて、単身で突撃していった。9/11

おやおやこれは一体どういうことなんだと、私が驚いている間にも、私の体はみるみる剛直して、巨大な玩具の兵隊になっていった。9/12

地球最後の日がやってくるというので、人々は狂乱したり、集団自決したり、久しぶりに一族郎党が団欒したり、思い思いに残された日々を過ごしていたのだが、滅亡の予定日を過ぎても何事も起こらないので、しばし途方に暮れていた。9/13

私は独立機械時計の弟子として長年修業を続けてきたのだが、目がどんどん悪くなってきたので、師匠に「迷惑を掛けるから首にしてください」と頼んだら、「俺なんか全然見えないけど、なんとかやってるから、お前も頑張れ」と励まされた。9/14

何十年も英語を勉強してきたにもかかわらず、てんで身につかない私は、アメリカ大使館でも衛兵と、アトランタ空港でも税関の悪名高いいちゃもんおばはんと大騒動を巻き起こし、ようやっと帰国した成田空港の税関でも、ここでは日本語でひと悶着起こしたのだった。9/14

東京暮らしが長い割にその地理がよく分かっていない私は、時折迷子になった。今日もそうなったのだが、幸い渋谷行きのバスに乗れたので安心していたら、折からの台風で通行禁止になり、バスから降ろされた私は、泥だらけになって大水の出た道無き道を歩き続けた。9/15

今次の戦にボランテイアで応じた富裕層には7%、中間層には9%、下層民には11%の一時金追加支給が国から出されるという法案に対して、私は支給額ゼロを主張したが、却下されてしまった。9/15

彼奴をやるかやるまいかと悩んでいたが、手元にあった葛根湯を呑んだ途端、急に元気が出てきて、その悪辣な権力者の胸元を、柄も通れと突き刺すと、彼奴はどうと倒れ伏した。9/16

夜、誰かがベンチに腰かけていた。近付くと腰の曲がった老人が、上半身裸で目を閉じていたが、よく見るとその背中は無残にただれて、大きな傷が出来ていた。もしかすると原爆の犠牲者かもしれない。

やがて夜空に満月が昇った。見たこともない巨大なフルムーンだ。やがて月から流れ出た乳白色のまばゆい光は、ベンチに座っている老人の背中に降り注いたが、ふと気がつけばあの醜い傷跡は跡かたもなく消え去っていた。9/19

私は恋人を盗られたと思って、後を追ってきたタコと格闘して、ナイフで刺し殺し、彼女の故郷まで辿りついたのだが、この噺をショートムービーにしたら、カンヌの短編映画祭でグランプリを呉れたので驚いた。9/20

その会社は途方もない広さを誇っていて、その敷地の中には事務所や工場や社員寮のほかに、海も山も草原も町も村も、寺や神社や教会も、数多くの住宅や路地や植物園、動物園にはパンダ、水族館にはリュウグウノツカイまで揃えていたので、誰も仕事をしないで遊んでいるのだった。9/21

どういうわけか厚生省の偉い役人になったので、施設で働き、ホームで生活している息子を苛める陰険な職員を解雇しようとしたのだが、まてよ彼奴も妻子と生活があるだろうと思って、特権を振りかざすことをやめた。9/23

総務課の川口さんから電話があってちょっと話があると云うので部下の酒井君と待機していると、来期の経費をすぐに出せと云う。「おラッチはよう、安倍蚤糞は失敗すると読んでいるけどよお、株式の投資が莫迦当たりしたんでよう、売り上げも利益も全然駄目だけど、経費だけは削らなくてもいけそうだと、社長が言っておられるんだそうだ」9/24

「だからあんたの課も大至急予算計画を出してほしいんだ」という不景気な中にも景気の良い話なので、私が「そんなら念願の新規ブランドの立ち上げが織り込めそうだ。酒井君と相談して一発どでかい計画をぶち上げてみますかな」」といいながら、目の前の川口さんの顔を見ると、顔と目鼻の輪郭がどんどん霞んでいる。

「おうそうよ、どうせ会社の金なんだからバンバン使いまくってくれよ」という声だけが聞こえてきたので、私はハタと気づいて、「でも川口さん、あなたはもう10年、いや20年近く前に亡くなっていますよね。そんな人がどうして来年の予算を担当しているんですか?」と尋ねると、

「いやあそういう小難しい話はよお、おらっちもよく分かんないんだけどさ、まああんまり堅く考えないで柔軟に対応してよ、柔軟に」と相変わらず声ばかりが元気に聞こえてくるので、「そんなこと言われてもなあ、酒井君」と後輩の顔を見ると、彼もまたなぜだか目鼻立ちが急激にぼうっとしてきているので驚いたが、じっと見つめているうちに彼は去年の今頃入浴中に急死していたことを思い出した。9/24

またしても単位が足らなくなってきたので、毎日のように大学へ行って見境なしに授業に出ているのだが、このままでは卒業できそうにないので、やむを得ず単位屋に頼んだ。彼奴は学校や教員のPCに侵入してデータを書き換えてくれるのだ。9/25

妻と子の姿が見えなくなったので、2階の窓からのぞくと、夕暮れの遥かな野道を歩いている。あわててバスに乗って、次のバス停で追い付いて、「早く乗れ」と声をかけると、2人の子供は乗り込んできたのだが、妻をおいてけぼりにしたまま発車してしまった。9/26

「みんないるかあ?」と誰かが声をかけたので、「妻だけがいません」と答えたら、「大丈夫だ、私の目には3つの物体の映像がちゃんと映っている」とその人物は請け合った。見ると、彼の腕には3つの腕時計が巻かれており、それぞれ別の時を刻んでいるのだった。9/26

「わたしには1ダース以上の子供がいるので、北朝鮮のスパイに1人や2人誘拐されたって全然構いませんよ」と豪語する男が、岸壁にいた。9/27

なんだか知らないけれど、こんな田舎で突然世界博覧会が開催されることになり、私は俄かプロデューサーとして現地に乗り込んだが、各国のブースはとっくに出来あがっているのに、中央会場と日本館の設営は誰も手掛けていないのだった。9/27

その有名タレントと契約を更改しようとしたのだが、彼は「君はこのトラックを全速力で飛ばせ。俺はそのトラックを全速力で追い越して運転席に乗り込み、そこで契約書にサインしよう」というので、私はスタートさせた。9/28

全国大会の時間の都合で報告が出来なかった連中が、怒り狂って司会者の私のところへ押し寄せてくるという話を聞いたので、戦々恐々としているところだ。9/29

私が夢を見ている最中に横尾忠則画伯が出てきて「この夢を絵に描いてやろうか」と言うので、「どうぞ、どうぞ」と頼んだら、実際の夢とはかけ離れた物凄く派手な極彩色の絵になってしまうのだった。9/30

しばらく政府の専横に不平と不満を抱く旧士族たちと生活を共にしたのだが、その政治的主張はともかく、彼らの清廉潔白な生き方には、目が洗われるような思いだった。9/30

 

雪の日には詩を書こうぜ  蝶人