きぬかつぎ

 

今井義行

 

 

ひとには うえと したが あると いう
【天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず】*引用
ひとは すべてに 平等ということでなく
学んだか そうでないかで あると いう
けれど揉まれても卒業は無いのではないか
自らの心の持ちよう、っていうことなのか

二色の街の 情景の中に わたしはいました
会社勤務を していたころの はなしです
定収入を漫然と得ていたころのはなしです
ここは夜だ、と 神楽坂下に たたずんで
神楽坂からなだらかにつづく灯りをたどり
(【大日本】印刷が すぐ傍にありました)
ひとりでカウンターにいたことがあります
(【大日本】印刷が すぐ傍にありました)
(【大日本】印刷は 外国人就労者が多く)
(彼ら安く危険な 断裁機を扱わされてた)
ここはどこ、と 神楽坂下から たどって
ひとりでカウンターにいたことがあります

「はい、きぬかつぎ」と
小鉢に はいった つきだしを だされて
わたしは 真冬に ビールを 飲みました
(経済観念が あいまい でしたから・・・)
その大瓶は 結構 高かったんじゃないか

【きぬかつぎは、サトイモの小芋を皮のまま蒸し、その皮を剥いて食べる料理。
サトイモの皮のついた様子を、平安時代の女性の衣装・衣被ぎ(きぬかつぎ)
になぞらえて名付けたもので由来からきぬかづきとも呼ばれたり「絹かつぎ」
と表記される場合もある。】*引用

曲解に曲解を重ねられて
十二単をひきずる人たち
が いきている この世

だれが すくうの なにが すくうの
たとえば 「あ、うううう・・・・・・」
そのように ないてる おんなたちを

おんなにはおんなの鬱憤
が 溜まり 摺った墨汁を

撒き散らし紋様を作るよ
この世の しろい部分に
それは多彩な黒い華紋様

会社を 辞めてから 七年が たちます
わたしは 組織で働くのが ずっと厭で
けれど 賞与で 詩集を 上梓しました
その詩集の中に「わたしは給料泥棒だ」
という一節があり 経営陣が読みました
わたしは 詩を 書きたかっただけの者
でしたので 辞職勧告され 当然でした

24年間 会社に利益をもたらすことは 唯の一度も考えませんでした

勤務時間も 詩を書いていました 「詩」が人生の 目的でしたから
しかし 「給料泥棒」に 本当に 「詩」が書けるわけないでしょう
漫然と盗んできた 者に 本当の 「詩」が書けるわけないでしょう

わたしは いまは無職で 僅かな貯えと福祉等
に依って暮しています 今夜は きぬかつぎを
惣菜としました 平井商店街で安く買えたので
電子レンジで 温めて 一合お米も炊きました

小芋があって そこから 仔芋という娘が垂れ
サトイモの仔芋ではなく 小芋のほうから──
わたしは 夕飯に きぬかつぎを たべました

何気なくたべましたが何処も官能的な丸みです
由来など忘れて 皮を剥かずにたべたのでした

衣被ぎ(きぬかつぎ)で あるというのならば
皮を剥いてたべるのがマナーであったでしょう

小芋には丁寧にあいさつせず いただきますと
皮を剥かずにたべて 大変に失礼いたしました

想像力をめぐらせるべきだったのでしょう──
皮にしみた塩味があまりによい具合だったので

白肌にふれるのが遅くなりましたごめんなさい
娘さんによろしくお伝えくださいごめんなさい

またサトイモの季節がきたら あなたや娘さん
に逢うことでしょう そのときにはきっと・・・・

つるんと皮を剥いて たべることにしましょう
サトイモのぬめりは血を滑らかにするそうです

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勤務時間も 詩を書いていました 「詩」が人生の 目的でしたから

ひとには うえと したが あると いう
それは 仕組や性差、の不協和だけでない

サトイモのぬめりは血を滑らかにするそうです
ここは どこ・・・・と 神楽坂下から たどって
ひとりでカウンターに いた ことがあります

夜に神楽坂から 飯田橋駅まで 靡いていった
くしゃくしゃにされた 一枚の チラシとして
冷たい風に マフラーを 巻いていた わたし

寒気団の 気流の半ばは 端から凍みてきたな

抹茶の香り漂う 甘味処 「紀の善」を過ぎて
流行ったジャズバーは 別のバーになっていた
神楽小路で 艶やかな華芸妓さんが ────

流々としている わたしを 掌でひろってくれた・・・・・・「かぜひくよ、くしゃっん」

老境に達しても 襟足だけは 老いないんだね
楚々と歩き芳香を 仄かに漂わせる華芸妓さん
華芸妓さんも 坂をのぼり飯田橋駅へ漂うのか

華街から次第に 遠ざかって いったのだった
江戸城の 名残り 神田川の ながれ・・・・・・・・
わたしは 突風に吹かれ川面の方へと 翔んだ

きょう一日 蛋白質を 摂らなかったなあ・・・・・・

わたしのからだは 白空間をかたちづくる──蛋白質で出来ています
けれども わたしは きぬかつぎ という 「からだ」を
蛋白質で出来ている きぬかつぎ という 「からだ」を
ぷるぷると纏わりつく 蛋白質を食べたはず というわけなんだ
卵白のように 泡立つ 蛋白質 を・・・・・・

それは 生き物を成す 大きな成分の一つ
生き物を成す 大きな成分の一つ そのような
ものとして ひとをかたちづくっていく 要素なのだ

一昨日の 冬の午後 荒れてきた 毛髪を切りに 出かけた
冷たい ハサミが入り 毛髪が 布に 散りゆくたびに
お肉としての わたしの 眉間が 拡がっていった
蛋白質、としての お肉
年齢なりに膚は渇いてた
散った毛髪に白があった

曲解に曲解を重ねられて
十二単をひきずるあなた

わたしは、散々 唾液を
撒き、散らし、あなたの
「尊厳」という輝きへと
執拗に・・・・ 斬りつけた

あなたにはあなたの鬱憤
が溜まり 摺った墨汁を
撒き散らし前科を作った

いまから 死ぬから、ね
あなたの慟哭は刃を握り

前科女(もの)になった
それは自然な現象であり

美しい前科女(もの)へ
鬱々とした漆黒を吐いた
わたし前科男(もの)が

そのような者に過ぎない
わたし前科男(もの)が
衣被ぎ(きぬかつぎ)を

抱きしめにへやへ帰った
冬の風が 囁いていたよ

西へと歩きなさい 銀杏の舞を見れるでしょう

南へと歩きなさい 熟した花を知れるでしょう

暖房に 温もった寝台に
華の黒紋様の肌着をきた
おんなが横たわっていた

わたしは おんなに かさなり「髪、切りすぎたかな」と訊いた
おんなは ことさらなにも いわなかった

100均の店で購入した
左手に在る 手の鏡は
気遣いを 持っていた

蒸気に 曇りを造らせ
わたしの眉間を精確に
映し出さなかったから

わたしたちには わたしたちの時間があって

水色の空には水色の時間があるが時間の色が

わたしたちにもひろがってそれぞれの時間が

長く短く異なっては連なって輝くのでしょう

わたしは おんなの衣(きぬ)を剥いて しろいからだにしました
わたしも はだかに なりました
脂肪層、という 冬の質が 震えていたよ

ひとには うえと したが あると いう
だから、うえに したに なりあったよ
おんなの衣(きぬ)に隠れていた しろい乳房はゆたかな蛋白質で
ぷるぷると 纏わりつく 弾力があり
わたしは 夢中で しろい乳首を食したのです

はじめてみたとき しろい乳首は粒のようで 窪んでさえいた
けれど 日を重ね 吸いつづけていくと
それは芽をだし 人さし指の 爪ほどの大きさの 真珠にまで育った

「夕飯は、パエリアを作ってみる」
おんなは 衣(きぬ)を被ぐことなく 台所へ向った

おんなの横隔膜の息の奥へと 歩いていったとき ちいさな室の中には
ちいさなおんなの娘がいて ぽろぽろいまに至るまで泣きつづけていた
いままで誰もおんなの娘の涙を拭ってやらなかったのか・・・・ 髪の毛を
撫でてやらなかったのか それ故に泣いているおんなの娘はいじられて
いない紫の原石のようでもあった でもいまこそは救われるべきだった

・・・・・・ やがて、宵闇が 訪れた

サフラン色の葱と鶏のパエリアが
弧を描くように 鉄鍋に広がって
いるその光景は満月のように輝き
檸檬を絞ると 葱は涙滴のように
鶏は動悸のようになり わたしは
心臓を探していた 何処にも無い
おんなも心臓を探していたそれは
どこか哀しい生きていく動機です
月は、まるいなあ大きいなあ・・・・

まるいなあとわたしたちは頷いた
ありがとうね、
ありがとうね、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

心のなかの 満月は 心のなかの 満月は、

宵闇に灯る おそらく
蒼空 なんだろう 蒼空 なんだろう───

≪詩を、書きつづけていこうよ≫

わたしは ≪カミ≫という 媒体に依らずとも 自由気儘に描く
自由気儘 に 描いて
そうして いつか 「詩集、という、空間」 を 生みだすんだ