stamp 切手

 

浅草橋で
飲んで

駒形の

荒井くんの
アパートに泊まったのか

駒形でも

雀は
鳴いた

朝には

桑原正彦の少女が
佇ってた

佇つものよ
佇ち尽くすものよ

ラ・モンテ・ヤングの音の底にも
少女はいた

いない少女よ

葉書に
花の切手を貼っていた

 

 

 

ミヤコズ・ルール

 

辻 和人

 
 

コウセンッ
コウッセンッ
お、お前、光線君
斜めから、ひたひたと
オハッ
オハッ
「おはようございます。」
「おはようございます。」
6時半に目覚ましが鳴って
カーテンの隙間から
朝の光線が斜めから入って
にっこり朝のご挨拶
すんなりご挨拶
ゆったりご挨拶
ところがっ

一緒に住み始めてから3日
何これ? 暮らしのカタチって奴?
ムニュニュッと膨れ上がったかと思うといきなりガチッと固まりつつありまして

朝起きるとミヤコさんカカカッとお風呂場に直行
足湯ですと
足あっためると意識がはっきりして活動的になるんですと
そんな時間あったら1秒でも寝ていたい
なんて思いながら
はい、ぼくはその間朝食の準備です
パン焼いて紅茶いれてフルーツ盛るだけだけど
今まで朝食なんて旅行の時しか食べなかったもんなあ
自分でテーブルに並べたジャムとバターが眩しい
うっひゃー、やめてよ、光線君
そんなにひたひたしないで
あ、ミヤコさんあがってきました
血色良くなってお目々も開いてきました
いただきまーす
トーストひと口かじって、おっ、やっぱり黒田さん日銀総裁か?
「和人さん、食べてる時テレビの方ばっかり見るの禁止ね。
パンの粉、ポロポロ床に落としてますよ。ちゃんと後で床掃いて水拭きしてくださいね。
この部屋はきれいに使いたいんだから。」
ショボーン
光線君、怒られちゃったよ

食事の後はお風呂の掃除
「平日は簡単でいいですからね。髪の毛はティッシュで掬い取って。」
任して任して
力を込めてタイルごしごし
こういうのは結構得意なんだよ
恥ずかしながら独りの時は週1、2回しか風呂掃除しなかったけどな
光線君、温風に吹かれながら
ひたひたーひたひたーと応援してくれている
嬉しいね
壁もきれい、浴槽もきれい
排水口に絡まった髪の毛も丁寧に取り除きますぞよ
やっぱ女の人の髪の毛って長いよなあ
でもって、お湯に触れるとしなしなっと身をよじって
ちょっと色っぽいよなあ
不意にミヤコさん現る
「排水口はこのブラシを使って奥の方まで念入りに掃除してくれますか?
汚れが溜まったらイヤなので。」
あーそうか、失礼しました
光線君、カンペキだと思ったんだけどなあ

「おかえりなさい。ご飯もうすぐですよ。」
エプロン姿
光って、笑って
あり得ない
あり得ない
手を洗ってうがいして
あり得ない
でもそのエプロンの下にはしっかり2本の足が生えててさ
忙しく動き回ってる
あり得ないことがあり得ているんだね
テーブルの上であり得ているのは
ブリ大根にほうれん草の胡麻和え、ひじきと油揚げの煮物、シジミの味噌汁
いいね、いいね
あっさり和食のおかずは大好物なんだ
おっとっと、まだいたのか、光線君
朝生まれなのにこんな時間までつきあってくれるなんて嬉しいよ
何? まだ、心配だって?
大丈夫だってー
さて、テーブルにつくと
ん、おかしいな
明るすぎる
重量感がなさすぎる
お箸でつまもうとすると
スーッと透けて突き抜けてしまいそう
なのにあら不思議
大根は湯気を立てたままちゃんと2本のお箸の間に挟まってるじゃないか
つまりだな、光線君が心配してるのは
「帰宅するとご飯が用意されてるような現実」というあり得ない現実が現実にあってだな
その現実のヒトコマにぼくがちゃんと収まりきることがあり得るのか
つまりそういうことだな?
ちょっちょっちょっ、ミヤコさんぼくに話しかけてきてるぞ
「和人さん、またソワソワしてる。
ご飯の時は食べることに集中しないとまた食べ物落としちゃいますよ。」
はい、ごもっとも

ご飯の後はお片付け
大丈夫、食べ終わった器はぼくが洗います
学生時代に皿洗いのバイトやったことあるからな
ちょちょいのちょい
鼻歌まじりでどんどん洗っちゃいます
でも、フライパン洗っていたら
「和人さん、まずキッチンペーパーで油を拭き取ってから洗って下さいね。」
でもって鍋を洗っていたら
「和人さん、それはゴシゴシ洗うと表面がハゲちゃいますから、
この黄色いスポンジの柔らかい方の面を使って丁寧に洗って下さい。」
魚を包んでいたラップを「燃えないゴミ」のゴミ箱にポイしたら
「和人さん、それは『燃えるゴミ』。
『燃えないゴミ』の回収は週1回だけでしょ。臭いが残っちゃうじゃないですか。」
ミヤコさん、他の家事をやりながら
時々巡回してきては
ぼくの仕事ぶりを検査しに来るんだよ
わぁーん、光線君
疲れたよぉ
光線君は気の毒そうにひたひた、ひたひた
ぼくの額を優しく撫でてくれる
ありがと、もうちょい頑張るか

食器を洗い終わったら今度は洗濯
これは自動でやってくれるから気が楽だ
洗剤の量を計っていると、血相変えてミヤコさん
ズカズカズカッ
「ちょっと和人さん、何やってるんですか?
今日は『乾燥しない日』ですよ。
私の洋服、『乾燥する』モードで洗濯したら熱でみんな痛んじゃうじゃないですか。
危ないところでしたよ。もぅー。」
もぅー、しゅーん、だよ
しゅーん、しゅーん
光線君も困り顔
お手上げだねー
いくら、用心しても用心しても
いくら、ひたひた、ひたひた、しても
ズカズカズカッ、ズカズカズカッ
近づいてきては
しゅーん、しゅーん
光線君、も、いいよ
超遅くまでおつきあいいただき、本当にありがとう
後は自力で何とかするさ

ベッドの中で5分間のお喋り
「いやぁ、女の人ってのは家の中のことに関してはしっかりしてるもんだね。」
「私は細かい方かもしれませんけど、男の人は概しておおざっぱですよね。」
「ぼくも頑張ってるつもりだけど。失敗多くてごめんね。」
「うふふっ、和人さん、頑張ってると思いますよ。」
「でも、悔しいなあ。今度から家のルールはぼくが決めるとか。」
「そんなのダメに決まってるでしょ? わかってるでしょ?」
「やっぱり家のことは奥さんが仕切るのがいいのかな?」
「そうだよ。」
「やっぱり奥さんの言うことは多少異論があっても従わなきゃいけないのかな?」
「そうだよ。」
「ミヤコさん、随分“オレ様”だなあ。」
「男の人は、小さい時はお母さんの言うことを聞いて、
結婚したら奥さんの言うことを聞いて、
年を取ったら娘の言うことを聞く、それが一番なんです。さ、もう寝ましょ。」
なるほどねえ
ミヤコズ・ルール
女に支配される世界
そこでぼくは残りの全人生を過ごすんだ
それでも「支配される」のは「支配する」よりずっといいよなあ
灯りを消したら
光線君の残像がうっすら闇に浮かび上がった

コウセンッ
コウッセンッ
明日も助けてね
ぼくが君のことをまだ覚えていたら、のことだけどさ
ぼくが君を出現させてあげられたら、のことだけどさ
支配をかい潜って生き抜く道を探るために
斜めから、ひたひたと
オハッ
オハッ

 

 

 

文鳥

 

サトミ セキ

 

 

幼稚園に行っていた ある日
文鳥を 小鳥屋さんで買ってもらった
羽の生えていない 赤い地肌が 痛そうだった
イナバノシロウサギ
ふにゃふにゃしてるミニ怪獣みたいなヒナを
お菓子屋みたいな紙の箱に入れて おとうさんが持ちました

箱の中でカサカサ動いているのが こわかった
空気がなくなるんじゃないかしら
はやくはやく 急いで家に帰りました
箱をあけました
生きていた
目がまだあいてない
どきどきしながら おかあさんの掌の上のヒナを見ていました
黄色い穀物のつぶつぶを よく 練って
おかあさんは 人差し指の上にのせました
小さなくちばしが 開いて 小さな舌が 見えました
シタキリスズメ
食べたよ ほんの少しずつ
一粒二粒数えられるくらいのスピードで

文鳥には ほわほわと真っ白な毛が生え
たくさん食べて しっかり鳴くようになりました
素敵なぴんくのくちばしと細い足  サクラと名前をつけました

サクラ サクラ
呼ぶと可愛く 返事をしました
ピヨリピヨリ
チーチヨチヨトトチヨト
わたしの肩に乗って りんごを一緒に食べました
わたしには妹も弟もいなかったので
毎日 さくらと遊びました
さくらは 賢かった
キキミミズキン
ちょっと首をかしげて わたしの言葉を聞いていた
ピールチヨトト ホィヨホィヨ
チヨトトトピリ
わたしたちは いろんな話をしました 鳥語と人間語の間で

呼ぶと四畳半のどこにいても 飛んできて手に乗ってくる
肩に乗せると 真っ白な羽が 頬に当たる
なんだかなつかしい日向のにおい
サクラは柔らかくてあたたかくて小さな生きものでした

ある日 幼稚園から帰ったら
鳥かごは 空っぽ でした
鳥かごの入り口が あいたまま
サクラがいませんでした
おかあさんが 言った
餌を替えようと思ったら隙間から飛んでいったんや
窓があいてたごめん

大声で 泣きました
涙の味が鼻まで沁みて 茶碗の中のごはん粒の上に落ちました
夜寝る時に かぶった布団が湿っていきました
電気を消しながら おかあさんが 言った
また文鳥を買ってあげるからもう泣きやみ
わたしはもっと大きな声を出して 泣きました
新しい文鳥は サクラじゃない

次の日 だったか 次の次の日だったか

おとうさんが虫とり網を持って 団地の前の公園を走っていました
文鳥がいたって
夾竹桃の木に止まっているって

わたしは 団地の二階のわが家から駆け下りました
おとうさん おとうさん おねがい つかまえて
真っ白で紅いくちばしの小鳥は サクラに
とても良く似ているように見えた
走るのが遅いおとうさんが 振る虫取り網は
子供の目にも たいへん のろいように思われました
息を詰めて 手をぎゅっと握って
おとうさんが虫取り網をめちゃくちゃに振り回すのを見てる
そこじゃないよ おとうさん ヘタくそ ああ おとうさん
白い小鳥は 羽ばたいて 網をすり抜け
ちょっとだけ電信柱の釘に止まって ぴいいいりと甲高く鳴いた
サクラ サクラ サクラサクラ! と 叫んだのに
小鳥は すぐに飛び立って
曇っていた空に 溶けて見えなくなりました
わたしは また泣きました
声がかすれたけれども 涙はまだ出るのでした
サクラは わたしの目の前で 飛んで逃げていってしまった

あれから 父母が飼ったのは金魚だけです

病院で
今と昔が混同していたおかあさんが
帰省したわたしに言いました
団地の一階の大淵さんが 文鳥を飼っているんだって
窓ガラスに当たるものがあって
何かと思ったら文鳥だった
ベランダで 逃げない文鳥をそうっと手でつかまえたんだって
(それは きっとサクラだ
サクラが うちに戻ろうとしたんだ
サクラが住んでた部屋の真上で
知らずにわたしたちはずっと暮らしてた)

それきり おかあさんは黙ってしまった
わたしの言葉が耳に入らないように
おかあさん
どうして あの日
一度もしなかった文鳥の話をしたのですか
もう答えを聞けないけれども

結婚して わたしが住んでいる先の 交差点角に
「いしい小鳥店」があります
文鳥の ヒナ います
コピー用紙に書かれた 下手な手書きの文字が 硝子窓に貼ってある
信号待ちのたびに ヒナを探す
店の中は暗くて よく見えない

生きものを飼うことは これからもたぶんない と思います
でも 真っ白であたたかい小さな柔らかな文鳥を 肩に乗せ
もう一度 頬で触れてみたい