みずひ

 

白鳥 信也

 

 

電車の窓から見える月が
水のように青白い
隣の席のサラリーマンたちが
同僚のふるまいをあざ笑っているのを聞いたら
えいやっと
帰宅する途中の駅のホーム
走ってきた逆方向の電車に乗りこみ
降りたことのない駅の出口でカードをかざす
起案書類ふたつ分かみしめた下唇が痛い
知らない駅前広場から道路を縫うように歩き続ける
灯りのまばらな住宅街を歩いて
人気のない堀割を横目に
真っ暗な児童公園に入る
誰もいない夜の隅にあった鉄棒
鉄棒の棒をさわってみると
ひんやりする

掘割を眺めたら暗い水が燃えている
近寄ってみると
水面が炎となってうねり燃え上がっている
周囲の木々も草々も
静々と黒々して
夜にどこまでも溶けようとしているのに
石垣に切り取られた水面だけが
小さな波を打ちながら炎上している
音がないのに音をたてて燃えている
炎のウロコが水面を揺らしちりばめられてゆく
みずひ
というコトバが口蓋の奥からこぼれる
するとマッチの火みたく月光が発火する
月光が水の皮を燃やし水が踊る
水のウロコが燃えさかる
水と夜の大気のあわせめ
揺れて輝いてめらめらと燃える
見上げれば
黒々した中空にはりついたままの月は
三日月をそいだかたちして
月光の炎を水面にはなったから
残り香のような青白いぎこちなさを
空に浮かばせている
いま
ここで

いま、ここが
水面では
音がないのに音をたてて燃え
よどんだ暗い水が変貌する
みずひの夜
月の炎が水面をとおして私に流れこんでくる
夜の隅に立ったままの私が燃える
下唇からはがれようとしない書類が燃える
今日の私のふるまいが燃える

あの鉄棒も
こんな夜はもうひんやりなどしていられないだろう