改稿 俺っち日本人だっちゃ。

 

鈴木志郎康

 

 

俺っち
国賊になれっちか。
そりゃ、無理だ。
ワーッテンドロン、
ワーッテンドロン。

俺っちは。
日頃、
日本語で生活してるんで、
母の言葉を覚えた時から、
話すのも読むのも、
頭の中は、
日本語。
英語もフランス語も
学校で習ったけど使えない。
もっぱら、
日本語。
日本語って意識もせずに、
日本語っちゃ。
俺っちは
日本人という自覚はあるっちゃ。
でもね。
俺っちの、
日本国民って自覚となると、
どうも、踏ん張れないっちゃ。
オリンピックで日本の選手が金メダル取ると、
ちょと嬉しい気になっちまうってとこ、
関係ないとも言えないし、
そこがあやしいっちゃ。
日本国が戦争したら、
敵に向かって、
一致団結なんて御免だっちゃ。
嫌だっちゃ。
俺っちの人生には、
日本国民って自覚するシーンが、
なかったのよ。
子どもの頃に、
小国民とされたことはあったけど、
そこにわだかまってるんかな。
外国に行ったこともないから、
国籍を問われるなかったっちゃ。
まったく無自覚に、
日本の国土に住み、
税金を納め、選挙で投票して、
生きて来てしまったっちゃ。

ですね。
俺っちは、
日本国民。
税金を納め、
年金で生活してる。

ところが、
2016年8月午後3時
今の天皇の
「ビデオメッセージ」が
NHKのテレビで
公表されたっちゃ。
高校野球の甲子園中継を見てた
俺っちは、
それを見てしまったっちゃ。
天皇は、
国民、国民って言ってるっちゃ。
天皇の象徴の務めが
果たせなくなりそうだから、
「生前退位」をしたいということらしいっちゃ。

「天皇としての大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。」
被災地で膝ついて人びとと話す姿を思いだすっちゃ。
「既に八十歳を超え、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。」
「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解を得られることを、切に願っています。」(注)
これ、
天皇が語った言葉だっちゃ。
日本語で語られた言葉だっちゃ。
普段は忘れてる、
直接目にしたことない、
天皇がテレビから、
こちらを見てたっちゃ。

日本国憲法第一条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

ってことのね、
生活の中で実感が
俺っちには、
ピンとこないっちゃ。
統合されちゃっているって、
俺っちの意志を超えて、
一つにされちまってるってことっちゃ。
ああ、
それが日本国民ってこっちゃ。
憲法にある「象徴」の意味が、
俺っちには、
よくわからなかったが、
「ビデメッセージ」によれば、
「象徴の務め」って、
「国民を思い」
「国民のために祈る」
「国民と共に」
「国民の理解を得る」
一人の人間が、
年老いるまで
これをやって来たってことだっちゃ。
俺っち、
そんなこと、
思ったことも、
考えてみたことも、
なかったっちゃ。

天皇って、
ずぅっと、
居るんだっちゃ。
俺っちらの見えない所で
剣と璽と八咫鏡の
三種の神器を継承した
生きてる人なんだっちゃ。
国体が維持されるっちゃ。
内閣を承認し、
国会を開会し、
文化勲章を授与し、
なんて、
国家的権力と
国家的権威の
ピラミッドを
がっちりと
支えてるってこっちゃ。
この国で、
八十年余りも、
俺っち、
生きて来たっちゃ。
ワーッテンドロンっちゃ。
ワーッテンドロンっちゃ。

 

(注)朝日新聞2016年8月9日朝刊。