かずとん部屋の奇跡

 

辻 和人

 
 

いるんだって、この部屋に
誰が?
かずとんが
名づけて
かずとん部屋
広さは四畳半
パソコン机に小箪笥
愛用の楽器(トランペット)
東の壁は窓
西はドア
南は本棚
北は本棚に入りきらなかった本を詰め込んだ半透明のケースの山
北の壁の上方に目を向けると
ぽっかり

四角い穴
寝室につながってる
空気の流れを良くして1台のエアコンで2部屋分まかなうんだと
こんなところにいるんだね
かずとん

ミヤミヤがぼくのために作ってくれたかずとん部屋
詩を書く人間には個室はやっぱり必要だろうって
ミヤミヤがいつもいるのは隣の6畳の寝室
窓3つ、ベッドが2つに鏡台に机、整理棚
いつも片付いてて清潔だ
それに引き替えかずとん部屋
「かずとん、読んだ本すぐ片付けてね。新聞も床に落ちてるし。」
はーい、はいはい
かずとん的には多少散らかってる方が落ち着くんだけど
片付けてるとミヤミヤ
インターネットを介しての英会話レッスンのお時間だ
先生はフィリピン人
家のことだけじゃなく自分のこともしっかりやってる
「エーラーイー、ナーナー、かずとん、ヨリヨーリー。」
正四角形の形で浮かんでいた光線君がのんびりした口調で言う
うん、確かにえらいよな

と、かずとん、おもむろにパソコンに向かいヘッドフォンつけました
何やってる?
youtubeで猫ちゃん動画の検索だ
ノラ猫だったファミ、レドたちとのつきあいを通じて
ネットにあがってる猫動画の世界に一気に目覚めたってわけ
数ある猫ちゃん動画の中から
そら、お気に入りのが出てきましたよ
ノラの白猫のために魚を釣ってやってるおじさんの動画
おじさんが湖に向かって歩き出すと
草の茂みの中からニャーニャーと出てきて後をついていく
おじさんが立ち止まると白猫も止まる
おじさんが近づいてご機嫌取ろうとすると
シャーッ!
すごい剣幕でおじさんを威嚇
まさにノラ
でも、慌てない慌てない
おじさんはゆっくり水辺に降りていって竿を振る
しばらくして釣れたのはオイカワだ
伏せの姿勢でじっとしていた白猫
魚が釣れたのを見て突然ニャーニャー騒ぎ出す
おじさんが針をはずして魚を鼻先に持っていく
ビュッ!
白猫はいきなり鋭い爪で魚をひったくる
口にくわえて茂みの中に消えちゃったぞ
その姿を見て満足そうに釣り道具をしまうおじさん
その一部始終が動画に収められている
いいなあ
祐天寺時代から何度リプレイしても見飽きない
ぼくが釣り人だったら絶対同じことしてるな
ありがとう、おじさん
「オージー、オージー、アーリー、ガートーゥーゥー」

何だ?
いる
いるいる
このかずとん部屋には
かずとんの他にも
いるいる
いるよ

釣りのおじさん
「ちょっとごめんよー。」
かずとん部屋の真ん中に猫缶を置いて
近づいてきた白猫の頭を撫でてやろうと手を伸ばす
シャーッ!
引っかかれやがった
「見ろーっ、血が出ちまったじゃないか、このー、バカ猫。」
苦笑いするおじさんはどこか嬉しそうだ
ぼくも嬉しい
こんなこともかずとん部屋で起きるんだ
「ファミーチャーンモー、レドーチャーンモー。」
四角形の体をハタハタさせながら光線君が叫ぶ
よっしゃ、呼んでやろう
前足をむぐっむぐっと動かして空気の淀みを掻き分けるように
ファミが、続いてレドが現われましたよ
いきなり白猫と睨み合い
ウーゥグゥー、ゥグゥー
「おらおらー、お前ら喧嘩すんなよ-。」
おじさんがのそのそ歩いてきて間に割って入る
途端、3匹の猫ちゃん、クールダウンして毛繕い
「オジー、オージー、サスーガー。」
床に降りてきた光線君
何やら猫っぽいような、っぽくないようなふっくらした形状になって
猫ちゃんたちのマネして毛なんかないのに毛繕い

突然、ドーン
地響きとともに落ちてきたのは
ガタついた学習机
これ、小学校3年の時に買ってもらってつい最近まで使ってたんだよな
祐天寺から引っ越さなかったら絶対死ぬまで使ってたな
ファミとレドは勝手知ったるといった感じで
下の引き出しを前足で器用にあけて潜り込む
興味津々の白猫はぴょーんとてっぺんに飛び乗る
一瞬のうちに猫ちゃんハウスだ
「まあ、猫ってのは小さい城みたいな場所が好きだからねえ。」
おじさんが目を細めて言う
おりょりょ、直ってるぞ
この左のところ、留め金がなくなって机を畳めなくなってたのに
かずとん部屋、やるねえ

ふわっふわっ、今度は舞い降りてくるものが
こりゃー、ソニー・ロリンズのポスター
5年前に閉店したなじみのCD屋さんがオマケにくれた
東側の壁に貼ってた奴だ
ロリンズのサックス、すごい音だよなあ
ライブを2回聞きに行ったよ
このポスター、端っこ破れてたし、これまでだと思って処分しちゃったけど
今見ると破れてないじゃん
三角錐の形に変形した光線君
舞い降りてくるポスターを下からちょんちょん押し上げる
もう一度高いところから落ちてくるポスターと一緒に
光線君も長方形の紙の形状になってひらひら空気の階段をゆっくり降りる
すばらしいスカイダイビング
3匹の猫ちゃんたち、爪に引っ掻けようと飛びつく飛びつく
ボゥッ、ボッボボボゥーー
上下に飛び跳ねるカリプソのメロディー
「いいねえ、俺も若い頃聞いたよ。」とおじさん
「スーゴー、スーゴー、スーゴーイー、オートー。」

いるいる
いるよ
小平の四畳半に
祐天寺の部屋がまんま、いる
いるいる
いるよ

かずとんとその仲間たち
あの時はぼくはまだかずとんじゃなかったけど
とにかく仲間たち
いるいる
いるよ
釣りおじさん
白猫ちゃん
ファミちゃん、レドちゃん
机ちゃん
ポスターちゃん
その他、どやどや
昔ミュンヘンの駅で買った人形とかお土産にもらった光るナントカ石とか
やあやあ
また会ったね
いるいる
いるよ
みんな、いる
かずとん部屋には
みんな、いる
ぼくが祐天寺のあの部屋からいなくなってもう2年たつんだよね
ミヤミヤという伴侶を得て
新しい家で新しい生活をスタートさせて
祐天寺、永遠にサヨナラーって思ってたけど

まだ厳しい残暑
北の壁の上方
ぽっかり

四角い穴
ここから涼しい息が吹き込まれてくる
エアコンの風の姿をマネした
ミヤミヤの息だ
生身の息
「かずとんは詩を書く人なんだから、やっぱりお部屋はいるよね。」
鍵はかからない
寝室と穴でつながってる
そんなかずとん部屋目指して
仲間たちが旅してくれたんだ
小平のまま、祐天寺
祐天寺のまま、小平
ミヤミヤの涼しい生身の息が
優しくそれを許してくれた

「英会話のレッスン終わったよ。ーロン茶でも飲まない?」
いつのまにか背後にミヤミヤが立っている
「いいね。あのクッキーも食べよっか。」
ガヤガヤしていた祐天寺がフンッニュッと姿を消して
小平の四畳半だけが残った
この佇まいも落ち着いててなかなかいいじゃないか
ミヤミヤと一緒にトン、トン、トンとスケルトン階段を降りて
お湯を沸かす
「トントーンー、トン、イールーイールー。」
階段の段をマネようと試みる光線君が目をキョロキョロさせながら叫ぶ
ほんとだね
いる
いるいる
みんな、いる
ミヤミヤの優しい息のおかげでみんないる
お茶飲み終わったらまた遊ぼうね