大学の恩師の話

 

みわ はるか

 
 

「古希になりました。吹き矢始めました。」
すでに退職された大学の恩師である教授から送られてきた今年の年賀状の一文だ。
大学を卒業して丸5年。
毎年1年に1回葉書でやり取りしている。
去年は「仏料理、中華料理始めました。一度いらしてください。」
その前の年は「町内自治会長に勤しんでいます。そちらはいかがですか!?」
などといった感じた。
筆ペンで書かれた達筆な字はとても美しい。
流れるような字面を何度も読み返す。
元旦の郵便受けはわたしの心をわくわくさせてくれる。

男性にしては小柄で色白、だいたいいつもスーツの上に黄土色の体型より少し大きめのサイズだと思われる上着を着ていた。
話すことが大好きで、いつも学生に柔和な笑顔で接し人気だった。
そんなわたしも教授のことは大好きで友達とよく教授の研究室を訪ねた。
分厚くて埃っぽい本が山積み、学生のレポートが端の方へおいやられ、わずかな隙間にt-falの電気ケトルが置かれていた。
お世辞にもきれいとは言えないけれどなんだか落ち着いた。
訪ねていくといつも歓迎してくれた。
勉強の悩みから、将来への不安。
どんなときもうんうんと包み込むように聞いてくれた。
少年のような遊び心を持った教授は、自分の学生時代の苦悩、教授になってからの留学先での慌ただしさや言語が上手く伝わらないことから生まれたストレス、定年を迎えたあとへの希望をにこにこと話してくれた。
若いのだから何だってできる。
若いということほど強靭な武器はない。
辛いことももちろんあるだろうけど困難は分割して考えていけばいい。
そんなようなことを教えてくれた。
どうしてかと言われるとよくわからないけれど、あの研究室を出るときはいつも清々しい気持ちになった。

わたしが在学中、ご好意に甘えて友達5人程で教授の自宅に遊びに行ったことがあった。
町からは外れに位置しておりほどよい田舎。
子供はすでに自立しており奥さんと仲良く一軒家に住んでいた。
古来から存在する日本家屋できれいにリホームされていた。
奥さんはよく笑い、これまたよく話す人だった。
テーブルにはあふれるほどの料理とお菓子が彩りよく並んでいた。
それが全部手作りと言うから驚きだ。
愛犬2匹とゆっくりゆっくり生活しているのだなと感じた。
それほどまでに穏やかな時間だった。
素敵だった。

帰り際、奥さんがこっそり教えてくれたこと。
「初めてのデートはどこだったと思う!?はははは、なんと山に自然薯掘りだったのよ~。はははは。」
教授らしいなぁと思ってみんなで笑った。

アクティブで前向きな性格にはいつもいつも驚かされる。
そして、案外自分が思っている以上に未来は拓けているのだと感じさせてくれる、そんな恩師の話。