息 布 根 棘

 

萩原健次郎

 
 

 
 

 
虫の息かどうか確かめる。
手を近づけて、虫、かどうか。
うわっ、人の息。後ずさり、

虫は、虫の代で死に
人は人の代で死ぬ。

息には、
意味の混ざった言葉が、
滲み出す。

 

 
薄片の、
水をふくませて、鼻と口へ被せる。
白よりも白く、
言うことを拒み、
欝する赤に遠くから、情を投げ込む。

 

 
根は、土中で息している。無臭。
何も伝わらない。わたしひとりが
赤子でね。

 

 
棘が救ってくれる。

 
 

連作「不明の里」より

 

 

 

めいか

 

道 ケージ

 
 

銘菓を求める
手頃なやつ
喜ばれるもの

日持ちがよく
甘すぎず
大げさでなく

あまり洒落こまず
笑顔がこぼれ
すぐに忘れられ
そして思い出す

つらい思いもあったけど
まあひとつ
お茶でも飲みながら

それにしても…
…そうですね

吊るそうよ
子供のおおげさな待遇

はやく食べて欲しい
残すのかな
いっそこちらが先に

田舎首 さらし
まあ、しかしここはひとつ
鷹揚に大人しく

やっと包みを開けてくれ
もう一枚脱がし
はやくはらりと広げてくれ
遠慮はいらぬ

一口でいきましょう
そこでお茶ですか
さすが貴族は違う

卑しい俺は
さっきから
空のお茶をどうすれば

だいいちその
和服からして大仰だ
だいたいなんでこんな銘菓を

これ見よがしの
和室に通され

媚びてるじゃないか
卑しさは見抜かれ

だいたい君はだな
いやそんなつもりは

畳目、十十十の呪文
羽織紐、無双かよ

敬いの気持ちがだな
いやそんなつもりでは

縁側踏み抜き
庭にぶちまけ
灯籠蹴倒し
おさらばだ

ては失礼いたします
何卒よろしくお願いします

うむ

 

 

 

三日月

 

道 ケージ

 
 

すでに押し留めようもなく
蛇行する緑に
三日月湖  求め
漕ぎ出づ

滑るように自在に
川を
どちらが上流か下流か
もう構いはしない

右岸左岸に
隠れ潜む
三日月湖

この舟を離れ
全緑界に
光源を
追い求む

浮力をうまく利用するのだ
依然 凪の汽水
虫たちを模倣し
藻の緑道に乗れば

おお、月齢の糸に引かれ
水面から浮上
見下ろす海漂

三日月湖
言い当てた彼は
喜びのあまり
首をかき切った

願わない仕事
そうでもないだろう
何でですか
いつもなぜなんだな

すでに押し留めようもなく
なるようになるといなす彼
血は思ったよりも出る
という驚愕の眼

望みはなんだ
別に普通です
だから普通って何だ
いや特にありませんよ

お前さん普通じゃねぇよ
普通、首切らないよ
そうですかと押さえながら
痛えか
喋りづらいです

あまりにたくさんありすぎて
何が
それもわからないほど
おめでてぇ奴だな
ですかね

すでに押し留めようもなく
蛇行するたび
三日月の傷
愛撫