山崎方代に捧げる歌 30

 

こおろぎが一匹部屋に住みついて昼さえ短いうたをかなでる

 

今朝

義兄は
この世にもどってきた

猫は
散歩にでかけていった

カタユキの雪原を渡っていった
鳥海山は白く佇っていた

仏壇の母にありがとうといった

さよならとも
いった

ひくく台所で呻いた
姉がだまって聴いてた

 

 

 

チチンプイプイ

 

佐々木 眞

 
 

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

あなたのチンポは どれですか?
それは あなたの秘密です。
世界の誰にも 明かせない。

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

私のチンポは どのくらい?
それは 私の秘密です。
愛する人にも 明かせない

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

できればチンポは ビッグがいい
大きいだけでは うどの大木
硬くて なかなか しぼまないやつ!

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

男の値打ちは なんでしょう?
男の値打ちは チンポで決まる
顔も 知性も 関係ない

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

大きなチンポが ほしいなあ
硬いチンポが ほしいなあ。
なかなか しぼまぬ チンポは どこだ?

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

大きく 硬く しぼまぬチンポ
これさえあれば 打ち出の小槌
打てば打つほど 女性はよろこぶ

ズズンズンズン ズビズバア
チチンプイプイ チチンポイ
朝の5時まで しあわせさ

 

 

 

夢は第2の人生である第60回

西暦2017年霜月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

その若い男がやくざであることは分かっていたが、実に些細なことで私にいちゃもんをつけてきたので、カッとなった私はそいつをボコボコにのしてしまった。11/1

ゼンちゃんと一緒に、どこか田舎の百貨店へ行こうとするのだが、ゼンちゃんは、いつのまにかどこかへ消えてしまう。久しぶりに会った弟なので、私はあちこち探し回るのだが、見つからないので、途方にくれてしまう。11/2

私は美貌の母娘の依頼を受けて、半年以上も作陶を続けているのだが、彼女たちがひっ切りなしにわが工房を訪れてあれやこれやとちょっかいを出すので、まるで作業が進捗しない。11/3

たいした選挙運動もしないのに、私は、なぜだか市会議員になった。
議場へ初登院しようとすると、入り口でヘルメットと角材を渡された。
「これで敵を思う存分ぶったたけ」と誰かが囁いた。11/4

上空から仁徳天皇の前方後円墳を眺めているうちに、この古墳は、カイコの五齢幼虫の姿を模したことが分かった。11/5

私は谷崎文藝に親しむあまり、文豪と同じように、右手では書けなくなってきたので、文豪に倣ってA嬢を秘書に雇って、口述筆記させていたのだが、彼女がファシスト政権の熱烈な支持者であると判明したので、即解雇した。11/6

私が勝手に広告を作って、いろいろな媒体に出稿するものだから、上司は、何も言わずに私を解雇してしまった。11/7

それまでは女性を抱きしめて押し倒しても、勃起不全に終わることが多かったのだが、その先の行為を、頭の中でシミレーションしているうちに、鬱勃と性器に精力が満ち満ちてきたようなので、これはもしかすると、きっとうまくいくのだろう。11/8

ようやく会社の近くまで戻ってきたら、ヨシダヨシオが、「タクシーに乗せて下さいよお」と甘い声でせがんだのを、私は断固として退け、馴染みの古本屋に入ると、昼寝していた主人が、慌てて飛び起きた。

この店には、なぜか水族館のような大きな水槽があって、アシカやペンギンが泳いでいる。ふと見ると、目の前にペンギンが立っているので驚いたが、おそらくこれは、水槽から飛び出て来たのだろう。

ヨシダヨシオが大声で「ペンギンだあ! ペンギンだあ!」と叫ぶと、ほかのペンギンやらアシカやらトドなんかも、連れだって私たちをぐるりと取り巻いた。

もう夜も更けたので、朝にならないうちに帰宅しようと焦っていると、AとBが「もう一軒行きましょうよ」としつこく誘うのを断り、私は中央駅の階段を全速力で駆けのぼり、どこへ行くのか分からない発車間際の電車に飛び乗った。

昔の私は、己の虚しさを糊塗しようとして、虚飾に満ち満ちた言葉をまき散らしていたのだが、最近は口を閉ざして、おのが空無そのものを、さらけ出すようになったらしい。11/8

自殺船というのは、毎年年1回公募による365名の自殺希望者を乗せて、365日間で世界を一周する。毎日1名の自殺者を予定し、本人も納得しているのだが、いざとなるとひるむ人もいて、およそ3分の1ほどが、死なないで戻って来るそうだ。11/9

大事にしている鞄を、ウンコがいっぱいに盛り上がった河に落としてしまった。しかたなく、ウンコが盛り上がった河の中に、抜き足差し足で入って、鞄を取り戻したが、家に帰って洗ったら、別の鞄だった。11/10

指揮者に憧れて弟子入りした私だったが、師匠が右手を挙げながら、右指を順に追って、曲の終わりを指示しているのを見て、指揮棒を折った。そもそも私は、オタマンジャクシが読めないことを忘れていたのだった。11/12

イマナカ、キムラ両氏が、大論戦を繰り広げている部屋を後にして、ランチに出かけた私が戻って来ると、ムラクモ氏が来客に自分本位に対応していた。60年代最終年のわが社に、果たしてどんな70年代が訪れようとしているのか、私しか知らなかった。11/13

「なんで家に帰って来なかったの?」と聞かれても、よく分かりません。
別に女ができたわけじゃなし、まあ猛烈リーマンですかねえ。
仕事が面白いから夜遅くまで働いても苦にならない。気がつけば電車が無くなっている。それで外泊しているうちに、家で寝るより安ホテル、とりわけカプセルホテルのほうが休めることに気がついた。利用したのは主に新橋、渋谷かな。11/14

洞窟のように狭くて、腰の上あたりに小さなテレビがついている。
そういう独特の空間でないと眠れないような精神と肉体状態になっていたんですね。
それでも時々は自宅に帰っていたんですが、ある日事件が起こった。

夜の渋谷で、格安で車のガソリンを売っている男がいる。ほとんどただのような値段なので喜んで買っていたら、最初はガソリンだけだったのが、ガソリンを餌にして、いろんなものを売るつけるようになった。

それで、「いい加減にしろ」とガツンとやっつけたら、そいつがヤクザだったので、幹部やら親分やらがが絡んできたので、夜の渋谷は鬼門になった。
それでまた家と会社を普通に往復するようになりました。いわば日常を取り戻したわけ。

夫を取り戻した家内も、ほっと一息ついたと思うけど、ある日、洗濯物が4つの場所に離れ離れに置かれていて、この4つの場所が、私がこの4年間に旅行した記念の場所なんだというのです。どうやら勝手に海外旅行をしていたらしい。

猛烈リーマンの私は、てんで知らなかったが、彼女はその4か所でそれぞれ土地を買って、4人の男に留守番をさせているというので、妙に気になって、その4人を日本に呼び寄せたら、口々にその土地を売ってくれと言うので、切り売りしてやりました。11/14

隣国でクーデターが起こり、皇帝が殺されたので、後宮の女性三千人が、我が王国に亡命してきた。毎晩一人としても全員を味見するのにおよそ一〇年間を要すると知った私は、茫然として業務など手がつかなくなった。11/15

私は愛機を低空飛行させながら、地上の人々に「早く逃げろ!」と叫んだのだが、そのうちに、上空から急降下してきた敵機の猛射を浴びて、たちまち火だるまになってしまった。11/16

ウッチャンはじめマンタ一家は、おせいちゃんがお金を持ってくるのをずーと待っていたが、お昼近くになっても彼女の姿が見えないので、イライラは絶頂に達した。お金がないと昼御飯が食べられないのだ。11/17

教室の学生たちが、いつまで経っても私語をやめないので、私はビール瓶を右手で抱えながら「いい加減にしろ!」と怒鳴りつけた。11/17

奥歯にはまだ神経が残っているはずだから、先生お願いだから麻酔をしてくださいね。麻酔なしだと、きっと気絶してしまうでしょうからね。11/18

私がアハハというと、ヨシダ君がアハハと応じる。そんな歌舞伎のような応答を2人でしばらく繰り返していたのだが、突然ヨシダ君が「ウーーウーーウーー」と救急車の真似をしはじめたので狼狽した。11/19

地中海クルーズのリーダーのY嬢に、持参したカセットやデッキを進呈したら、「これで航海中の徒然を慰めることができますわ」と、大喜びされました。11/20

敵の大艦隊が押し寄せてきた。私は1トン爆弾を積んだ改造漁船に乗り込み、先頭の敵艦に突入する決意を固めたが、そんなことは無理だということをよく分かっていたので、Y嬢と、手に手を取って逃げ出したくなった。11/20

わがブランドは、東コレを皮切りにNYコレに進出して地歩を固め、次いでパリコレで大成功した時点で、ピークに達したが、その直後に人気実力ともに急降下して、誰からも忘れ去られた。11/21

「あなたからは、おのれの欲しか感じない。だったら、おのれの欲の海で、立ち泳ぎでもしてな」と夏菜から言われたので、私はひと夏じゅう葉山の海で立ち泳ぎしていた。11/22

2人の子供とセミ公園に行きました。するとセミを追いかけて親子のライオンや白ヒョウが公園中を駆けずり回るので、怖くなって、みんなで脱出しました。11/23

野山を楽しく散歩した後で、私たちは固まってお弁当をつかった。11/24

急に外国からの賓客が来訪することになったので、私は新宿の本社と、長野、飯田工場の3か所を、ヘリに乗ってあわただしく移動せざるを得なかった。11/24

ミチコさんが、「これ以上私に何もしないでください」というので、私は何もしなかった。11/25

道教寺を舞台にして、いつのまにか毎日公演が行われていた。予算はゼロに近いのだが、常設のお神楽をBGMにして演劇やオペラを学んでいる学生を起用すれば、けっこう面白い見世物ができるのである。11/26

裂帛の気合いもろとも、突っ込んでいったが、あっという間に、剣を弾き飛ばされ、喉元に突きが入ったために、仰向けにどうと倒れた私は、両手を彼女にふんづけられ、屈辱的な敗戦を喫した。11/27

ともかく私は、1千万円を取り返さなければならなかった。たとえ来る日も来る日も、タコの足ばかり食べ続けなければならなかったとしても。11/28

つねに一打逆転で勝利を手繰り寄せてきた頼りがいのある男を、私はいつも、私の次の打順に据えてきた。我々がプロの世界から引退したあとも。11/30

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 29

 

桑の実が熟れている石が笑っている七覚川がつぶやいている

 

義兄が倒れて

秋田に
見舞いに来ている

母の三回忌でもある
泣いた姉に会った

まゆみさん
けいこさん
一平ちゃんに会った

会ってもやがて別れるが
会えてよかった

オトテールのリコーダーを浴室で聴いた

岡 花見さんから教わった

 

 

 

蛙の卵管、もしくはたくさんの眼について……(改訂版)

 

長田典子

 

※2011年のニューヨーク大学語学学校の夏学期、Mark先生のCreative Writingの授業を選択し初めて書いたエイ語の詩が “Frog’s Fallopian Tubes” である。正しいエイ語で書くことばかりに気をとられ稚拙な童話のようになってしまった。本作「蛙の卵管、もしくはたくさんの目について……」は、このエイ詩から多く引用している。

Frog’s Fallopian Tubes

You know? I’m an egg.
Since I was born, I have been connecting with my many siblings. We always talked about the day we would hatch silently. We didn’t know what would happen after that. But we had known our mother was a frog. We remembered mother’s fallopian tube like a slide and ovary or like a warm balloon.
You know? I and my sibling were connected hand in hand with the tube made of jelly. We also talked about what a frog was with each other but nobody knew that sort of thing. Someone said we would be like a spindle shape which we would go thorough and leave beside us. Someone said we would be like swaying green in the water. And someone said we would be something like a flying black shape out of the water. But nobody knew what we would be.
You know? I had been so sad to separate from the fallopian tube and I was so scared to separate from my many siblings. I knew I would be alone. No mother, no tube, no siblings. I was sad sad sad sad sad sad…….we were sad sad sad sad sad sad…….
You know? We were moving in the water together like strange lives. We were laughing  with each other seeing ugly strange shapes. We are moving together laughing….laughing…. and we began to swim.
laughing….laughing….laughing…. and we became swimmers.
You know? My siblings had legs and went up out of the water one after another saying  good bye ….goodbye….goodbye….goodbye………
good bye…..one after another ….one after another ……..
You know? I know I didn’t go out of the water. You know? I don’t know why I didn’t go   out of the water. Here water is warmer ….warmer …warmer…..and very much hotter………hotter ….hotter…..hotter……hotter……hotter……..
You know? At last the water vanished away….yes…vanished away…….
You know? I also vanished away. But I became free. Yes, I’m free.
You know? I’m in the air on the water. Maybe, in the sky.
I am the eye of the sky.
And you know? I’m staying with various forms of lives here.
They are eyes of the sky. Of course I met my siblings here too. And you know?
We will go to the frog’s fallopian tubes as many eyes.
You know? Frog’s eggs are eyes.
You know? Eggs are eyes. Eggs are always looking at you in the water. Be careful if you  saw frog’s eggs in spring because they were eyes. And there are many eyes in the world.
You know? Never forget frog’s fallopian tubes.
You know? I’m an egg.
Since I was born, I have been connecting with my many siblings. We always talked about the day we would hatch silently. We didn’t know what would happen after that. But we had known our mother was a frog. We remembered mother’s fallopian tube like a slide and ovary or like a warm balloon.
You know? I and my sibling were connected hand in hand with the tube made of jelly. We also talked about what a frog was with each other but nobody knew that sort of thing. Someone said we would be like a spindle shape which we would go thorough and leave beside us. Someone said we would be like swaying green in the water. And someone said we would be something like a flying black shape out of the water. But nobody knew what we would be.
You know? I had been so sad to separate from the fallopian tube and I was so scared to separate from my many siblings. I knew I would be alone. No mother, no tube, no siblings. I was sad sad sad sad sad sad…….we were sad sad sad sad sad sad…….
You know? We were moving in the water together like strange lives. We were laughing  with each other seeing ugly strange shapes. We are moving together laughing….laughing…. and we began to swim.
laughing….laughing….laughing…. and we became swimmers.
You know? My siblings had legs and went up out of the water one after another saying  good bye ….goodbye….goodbye….goodbye………
good bye…..one after another ….one after another ……..
You know? I know I didn’t go out of the water. You know? I don’t know why I didn’t go   out of the water. Here water is warmer ….warmer …warmer…..and very much hotter………hotter ….hotter…..hotter……hotter……hotter……..
You know? At last the water vanished away….yes…vanished away…….
You know? I also vanished away. But I became free. Yes, I’m free.
You know? I’m in the air on the water. Maybe, in the sky.
I am the eye of the sky.
And you know? I’m staying with various forms of lives here.
They are eyes of the sky. Of course I met my siblings here too. And you know?
We will go to the frog’s fallopian tubes as many eyes.
You know? Frog’s eggs are eyes.
You know? Eggs are eyes. Eggs are always looking at you in the water. Be careful if you  saw frog’s eggs in spring because they were eyes. And there are many eyes in the world.
You know? Never forget frog’s fallopian tubes.
You know? I’m an egg.
Since I was born, I have been connecting with my many siblings. We always talked about the day we would hatch silently. We didn’t know what would happen after that. But we had known our mother was a frog. We remembered mother’s fallopian tube like a slide and ovary or like a warm balloon.
You know? I and my sibling were connected hand in hand with the tube made of jelly. We also talked about what a frog was with each other but nobody knew that sort of thing. Someone said we would be like a spindle shape which we would go thorough and leave beside us. Someone said we would be like swaying green in the water. And someone said we would be something like a flying black shape out of the water. But nobody knew what we would be.
You know? I had been so sad to separate from the fallopian tube and I was so scared to separate from my many siblings. I knew I would be alone. No mother, no tube, no siblings. I was sad sad sad sad sad sad…….we were sad sad sad sad sad sad…….
You know? We were moving in the water together like strange lives. We were laughing  with each other seeing ugly strange shapes. We are moving together laughing….laughing…. and we began to swim.
laughing….laughing….laughing…. and we became swimmers.
You know? My siblings had legs and went up out of the water one after another saying  good bye ….goodbye….goodbye….goodbye………
good bye…..one after another ….one after another ……..
You know? I know I didn’t go out of the water. You know? I don’t know why I didn’t go   out of the water. Here water is warmer ….warmer …warmer…..and very much hotter………hotter ….hotter…..hotter……hotter……hotter……..
You know? At last the water vanished away….yes…vanished away…….
You know? I also vanished away. But I became free. Yes, I’m free.
You know? I’m in the air on the water. Maybe, in the sky.
I am the eye of the sky.
And you know? I’m staying with various forms of lives here.
They are eyes of the sky. Of course I met my siblings here too. And you know?
We will go to the frog’s fallopian tubes as many eyes.
You know? Frog’s eggs are eyes.
You know? Eggs are eyes. Eggs are always looking at you in the water. Be careful if you  saw frog’s eggs in spring because they were eyes. And there are many eyes in the world.
You know? Never forget frog’s fallopian tubes.

(ねぇ、
僕は卵だ。
生まれてから僕はたくさんの兄弟たちと繋がっていたんだ。僕たちは自分たちが孵化する日のことを話し合っていた静かに。その後何が起こるのか僕たちにはわからなかった。僕たちのママが蛙だってことは知っていたけど。
僕たちは覚えている滑り台みたいな卵巣にも似た温かい風船みたいなママの卵管を。

ねぇ、
僕と兄弟たちはゼリー状の管のなかで手を繋いでいたんだ蛙ってどんなものなんだろうなんて話しながら誰もそんなもの知らなかったけど。
誰かが言ってた僕たちは通り抜けて置き去りにされる紡錘形みたいなものになるって。
誰かが言ってた僕たちは水の中で揺れる青草になるって。
誰かが言ってた僕たちは水の中を出て飛ぶ黒い形のものになるって。
でも誰も僕たちがどんなふうになるのかは知らなかったんだ。

ねぇ、
僕はママの卵管から離れてしまったのがすごく悲しかった。それからたくさんの兄弟たちと別れるのが本当に怖かった。僕はそのうちほんとにひとりぼっちになるのは知ってたよ。ママもいない、管もない、兄弟もいなくなるってことを。
僕は悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しかったよ……
僕たちは悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しかったよ……

ねぇ、
僕たちはまるで奇妙な生き物みたいに水の中を蠢き回っていたよ。
お互いの醜い恰好を見て笑い合っていたよ。
僕たちはいっしょに蠢き回ったよ笑いながら笑いながら笑いながら。
それから泳ぎ始めたよ笑いながら笑いながら笑いながら。
それから本物のスイマーになったんだ。

ねぇ、
兄弟たちには足が生えてきてそれから次々に水の外に出て行っちゃった。
さようなら…さようなら…さようなら…さようなら…さようなら…って言いながら。
次々に。

ねぇ、
僕は水の外には出て行かなかった。どうしてかはわからないけど。
ここの水はだんだん温かく温かく温かくなってそれから。
すごく熱く熱く熱く熱く熱く熱くなって……

ねぇ、とうとう水は無くなっちゃった。そう。無くなっちゃたんだよ。
ねぇ、僕も無くなっちゃったんだ。でも自由になったよ。うん。僕は自由なんだ。
ねぇ、僕は水の上の空中にいる。たぶん、空にいる。
僕は空に浮かぶ眼だ。

ねぇ、
僕はここでいろんな形になってるんだよ。そのいろいろな形はね。空に浮かぶたくさんの眼。もちろん僕はここでもたくさんの兄弟たちに会った。それからね。
僕たちはたくさんの眼になって蛙の卵管に入っていく。
ねぇ、蛙の卵は眼なんだ。
そう、卵は眼だ。眼はいつも水の中できみを見ている。
もし春に水の中に蛙の卵を見たらそれはきみを見ているってことに気が付いて。
ねぇ、世界にはたくさんの眼がある。

ねぇ、
蛙の卵管のことはぜったいに忘れちゃだめだよ。)

 
∞  ∞  ∞
 
frog’s fallopian tubes(蛙の卵管)
フェイスブックに
唐突にポストされた言葉を掬い取る
初めてのエイ語の詩は
タイトルから始まった

You know? Frog’s eggs are eyes.
(ねぇ、蛙の卵は眼だ)
Eggs are always looking at you in the water.
(卵はいつも水の中からきみを見ている)

 
そうだった
幼いころ
田圃の隅に
とぐろを巻く透明な卵塊をよく見た
無数の黒い眼を見かけるたびに
ものすごく恐ろしかった
エイ語に四苦八苦して
内容は単純そのもの
卵から孵った蛙の兄弟たちがみな水から出ていき
自分は干からびて空に行く
やがて空で兄弟たちと再会し
春に再びfrog’s fallopian tubesから生まれ出るというお話
循環するお話

きょう
Creative Writingの授業で
マーク先生は
とてもよい詩だ、と褒めた後で
実はまったくわからないのだ
輪廻転生ということが……
キリスト教では
死は完全に終わってしまうことだから
穏やかに微笑みながら言った
I understand you but I believe reincarnation because I’m affected by Buddhism.
(わかります。でも、わたしは仏教の影響を受けており生まれ変わりを信じています)
Really? (ほんとかな)
自分に問い返す

ギンザの
マンションの一室で
占い師から前世の話を聞いたのだった
若い人のようにてきぱき仕事ができなくなって
屈辱感にまみれていた
朝まで眠れない夜が続き
その女性に会いに行ったのだった
藁にもすがる思いで

You know? At last the water vanished away…vanished away……
(ねぇ、とうとう水は無くなった…無くなってしまった……)
You know? I also vanished away.
(ねぇ、ぼくも無くなってしまった)

 
最後はニューヨークで学校の先生をしていましたよ
突然、アパートの窓から
誰かを待って窓の外を見る女性の姿が頭に浮かんだ
ニューヨークに行った方がいいですよ
たくさんの友達に会えます

前世って存在を
信じてみたい
眠れないほどの屈辱感と恐怖から救われるのなら
百年以上前
ニューヨークで違う人生を生きていた楽しく明るい人生だった
そう思うと気分が晴れ晴れした
ニューヨークに行く計画に
「よくできました」のスタンプをもらった気分だった
そのことを相談しに行ったわけではないのに
とっくに決めていたことなのに
その夜は朝までぐっすり眠った

Really? (ほんとかな)
自分に問い返す

You know? I also vanished away.
(ねぇ、ぼくも無くなってしまった)
But I became free. Yes. I’m free.
(でもぼくは自由になった うん ぼくは自由だ)

 
マーク先生はよく言う
自分はエジプト人とポーランド人の
血が混じってると
誇らしげに

田圃で蛙の卵塊を見かけるたびに
怖くなって走って家に帰った
あのころ
急な坂道を登って山の上の町に行き
そこをさらに横切って西に歩き
教会のある幼稚園に通った
礼拝の日は入口で神父様の前でひざまづき
パンを口に入れてもらったのだ

マーク先生
I’m sure you notice them.
(あなたは気が付いている)

百キロ以上はある巨体をジャンプさせながら
物語や単語の説明をするマーク先生
とても尊敬しています
エジプト人とポーランド人の血が混じっているあなただからこそ
たくさんの眼については知っていると思います

And there are many eyes in the world
(世界にはたくさんの眼がある)

 

………幼いころ
いつも誰かに監視されているように感じていたんだ
小さな集落や教会のある街はわたしを縛りつけるたくさんの眼だった
強い結束が絡み合った家族だった

街で駄菓子屋を経営する友達の家に遊びに行って帰り際
店のおばさんがピーナッツを3、4粒てのひらに載せてくれたから
一気に口に放り込んでもぐもぐやっていたとてもおいしかった
店のおじさんがそれを見つけておばさんに何か尋ね
「くれてやった」と囁く声が聞こえた
く、れ、て、や、っ、た、………眼はわたしを屈辱感で押しつぶした
お腹が空いても勝手にお店のお菓子を食べたりしないよ!
口にはできずにぐいっとおじさんの顔を睨みつけた

ギプスをした悪い足でピノキオのようにトッコントッコン坂道を下っていると
夕食の買い物を済ませた女の人たちの
「女の子なのにね」と立ち話をする声が聞こえた

ずっと人の眼が怖かった
ニホンで仕事がてきぱきできなくなったと感じたときも
人の眼が恐ろしくて眠れなくなったのだった
いや自分の眼だ
人の眼は自分の眼だ
とてつもなく深く捩じれたコンプレックスの闇だ

 

By the way, why did you choose frog’s fallopian tubes?
(ところで、なぜあなたは「蛙の卵管」を選んだのですか)
I found the words on the Internet by chance and had inspiration.
(インターネットでこの言葉を偶然に見つけてひらめいたんです)

I think the universe is full of frogspawn, twisted, entangled.
(宇宙はたくさんの捻じれ絡まった蛙の卵塊みたいなものではないでしょうか)
I think frogspawn has a lot of eyes watching me and they are also my eyes
watching myself.
(たくさんの卵塊はわたしを監視する眼です。たくさんの眼はわたし自身をも監視する自分の眼です)

教会の幼稚園の床にひざまづいて
わたしは毎朝毎昼毎夕祈りました胸で十字を切りました
「天にましますわれらの父よみなのとうとまれんことを
みくにのきたらんことを……」
幼稚園に行かない朝は
お仏壇にお線香をあげて拝みました
「きょうも一日お守りください」

I think the universe is filled of frogspawn, twisted, entangled.
(宇宙はたくさんの捻じれ絡まった蛙の卵塊みたいなものではないでしょうか)
I think frogspawn has a lot of eyes watching me and they are also my eyes
watching myself.
(たくさんの卵塊はわたしを監視する眼です。たくさんの眼はわたし自身をも監視する自分の眼です)

マーク先生
あなたはたくさんの眼に気づいているはず
(I’m sure you notice them.)
綺麗は汚い、汚いは綺麗、そんな眼です
(Those eyes are such that fair is foul and foul is fair)

今このニューヨークには
わたしを見るたくさんの眼はどこにもない

I never feel a lot of eyes watching me here.
(わたしを監視する眼をここには感じませんが)

YES, I’M FREE! (わたしは自由なのだ!)

Oh My God! Frog’s fallopian tubes are Chinese dessert ingredients!
(なぁんだ!それはチュウゴクのデザートの食材だよ!)

教室中にどっと笑いが起こった
チュウゴク人もフランス人もカンコク人もイタリア人もニホン人も
みんな笑った
教室が渦になった

You know?
We are moving in the water together.
We are laughing with each other
We begin to swim laughing, laughing, laughing….
(ねぇ、
ぼくたちは一緒に水の中に出て行った
ぼくたちはお互いに笑い合っていた
ぼくたちは泳ぎ始めた笑いながら笑いながら笑いながら……)

 
Let’s go to China town tomorrow!
(明日はチャイナタウンに行こう)
frog’s fallopian tubesを食べるのだ

チャイナタウンで
わたしの中のたくさんの眼も
いっしょに
食べてしまうのだ

 

 

※文中Fair is foul and foul is fair(綺麗は汚い、汚いは綺麗)はシェイクスピアの「マクベス」より引用

 

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その27

 

佐々木 眞

 
 

 

耕君ハス好きですか?
好きですお。
耕君は前世でハスの好きなお坊さんだったのね。一生懸命に説教しても誰も聞いてくれなかったのね。
分かりませんお。

お気に入りってなに?
耕君のお気に入りってなに?
ハスですよ。

お母さん、骨髄線維症てなに?
さあ、ガンかなあ。分かりません。
佐々木正美先生、骨髄線維症で亡くなったよ。

お母さん、チョウチョ殺さないようにしますよ。
え、耕君チョウチョ殺したの?
むかし。
どうやって殺したの?えいや、って殺したの?
もう殺しませんよ。

あした何時にカズエちゃん来ますか?
午前中早くに来ると思いますよ。
いいですお。

正美先生、2,3日に死んだの?
2,3日? なに? 2,3日前に、ってこと?
そうだお。

「こころ」のゆうさくさん、死んじゃったの?
死んじゃったね。
死ぬとお葬式だよねえ。
そうねえ。

お父さん、知ってるの英語は?
アイノウだよ。
知ってる、知ってる。

太田胃酸お腹の薬でしょ?
お腹じゃないよ、胃だよ。耕君、胃はどこにありますか?
分かりませんお。分かりませんお。

お父さん、連佛さんの番組、録画した?
しましたよ。だから耕君、安心してお仕事してね。
分かりました、分かりました。

お父さん、ぼくの携帯、なくなりました。
エッ、どこかに落としたの?
分かりませんお。分かりませんお。

お母さん、あいまいってなに?
すっきりしないことよ。

お母さん、非常時てなに?
大変なときよ。

お母さん「こころ」BSに帰ってきましたよ。BSで再放送だよ。
そうね。再放送してるね。

 

 

 

恋沼

 

萩原健次郎

 
 

 

地に沁む
はじめ項垂れる
詫びる
詫び通す
嗚呼と応える
世はないと思えば
鳥は鳴き
朝日は射てくる
内臓が透ける
臓腑がいちどからまって
無痛の味わいがすぎてゆけば
梢へ投げる
消えたとき
嗚呼
あなたの涎を舐める
地に垂れた清水を
掬う
あなたに臓腑がないことの
どれほどの安堵
あなたに悩みがないことの
救い
草と空と
生血の獄が
混ざる
しあわせよ
嗚呼
水の放浪者として
池に投げ捨てよ
やさしく
首をしめて
水底へ

 
 

連作 「不明の里」より

 

 

 

眠る男

 

道 ケージ

 
 

ひたすらに
眠る男
地下鉄 左斜め前

全く同じ姿勢で
うつむいて
まるまって

青いジャンバー
それなりに新しい
一ミリも動かず

こんこんとねる
寝る  眠る
私もねる

大手町で乗り合わせ
目が覚める九段下
出入り多い渋谷でも

同じ姿勢でねている
眠る力は
アルコールではない(ようだ)

三茶、二子玉、その度に
こっちは起きて
マダム一人と赤子が
乗り込んで

昼ひなか
小さな仕事を終え
さらに移動
貴重な眠り

起きぬ彼
シートに背中が吸われている
貴重を分かつ

ここで眠らねば
次の仕事で昏倒する
内へ内へ折りたたむ

鷺沼で目覚め
羽づくろい
あざみ野で
トゲ刺すも
起きず

だが
こうやって
彼も
私を見ているのでは

薄眼をあけて
見あげて
じぃっと
気取られぬよう

長津田
あらかた降りて
まさか月待ち
眠りつづけ

ピクリとも
動かず
見事なまで

終点中央林間
それでも眠っている
時間は止まり
彫像のように象られ

お前は降りるのだな
ここで別れたことを
やがて
思い出すだろう

立ち上がる前
その奧のその奧に
遺失したものを

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第21回

第7章 由良川漁族大戦争~ある戦いの歌

 

佐々木 眞

 
 

 

なにやら血なまぐさいにおいがしてきました。
いました。ライギョたちの大群です。
30、50、70、100、150,およそ200匹くらいでしょうか。
巨大な肉食魚のライギョたちが、イライタ。
不機嫌な表情で、お互いに八つ当たりをしながら、狂ったようにあたりをぐるぐる回っています。

もう昨日のホルスタインのご馳走は、今日はひとかけらもありません。
「腹が減ったときほど、魚に理性と常識を失わせるものはない」
と、いつかもタウナギ長老も申しておりました。

みずからを呪い、他魚を呪い、由良川を呪い、丹波を呪い、この国を呪い、ついには全世界を呪って、ありとあらゆるものへの敵意と憎悪が最高潮に達したライギョたちは、新たな獲物を求めて歯噛みしながら、血走った両眼をあちらこちらへ飛ばしています。

さあそこへ、ケンちゃんと若鮎特攻隊の討ち入りです。

雷魚タイフーン
「おや、あれは何だ。上の方でスイスイスイッタララッタスラスラスイとミニスカートで踊っている軽いやつらは?
なんだあれは由良川特産のアユじゃないか。
よーし、みんな俺についてこい。皆殺しにしてやる」

雷魚ハルマゲドン
「えばら焼き肉のタレで喰った昨日のこってりした牛肉とちごうて、アユはほんま純日本風の淡白な味や。塩焼きにしえ喰うたら最高でっせ。
ああヨダレがぎょうさん出る出る。ほな出陣しよか」

てな訳で、よだれを垂らしながら急上昇しはじめたライギョ集団めがけて、ナイフかざしたケンちゃんが、上から下へのさか落し。
先頭の雷魚タイフーンの顔面を真っ二つに引き裂いたものですから、さあ大変。
怒り狂ったおよそ200匹のピラニア集団は、ケンちゃんめがけて猛スピードで殺到しました。

するとこれまた決死の若鮎たちが一団となって、ケンちゃんとライギョ集団の間に、すかさず割って入りました。
ライギョは時速60キロ、対するアユは時速75キロですから、その差は大きい。
まるで戦艦と高速駆逐艦が、至近距離で戦うようなもの。
お互いに大砲も魚雷も打てないまま、体力と気力の続く限りの壮烈な肉弾戦が、由良川狭しとおっぱじまりました。

雷魚ハルマゲドン
「くそっ、待て待て莫迦アユめ!ちえっ、なんでこんな逃げ足が早いんじゃ。よおーし、とうとう追い詰めたぞ。これでもくらえっ!」

若鮎ハナコ
「オジサンこちら、手の鳴るほうへ。いくら気ばかり若くっても、もう体がいううこときかないんでしょ。

赤いおベベが
大お好き
テテシャン、
テテシャン」

雷魚ハルマゲドン
「若いも若いも
25まで
25過ぎたら
みなオバン
とくらあ。それっ、行くぞ。この尻軽フェロモン娘め。とっつかまえてやる!」

若鮎ヨーコ
「やれるもんなら、やってみなさいよ。
お城のさん
おん坂々々
赤坂道 四ツ谷道
四ツ谷 赤坂 麹町
街道ずんずと なったらば
お駕籠は覚悟 いくらでしょう
五百でしょう
もちいとまからんか
ちゃからか道
ひいや ふうや みいや
ようや いつや むうや
ようや やあや ここのつ
かえして
お城のさん
おん坂々々」

雷魚ハルマゲドン
「うちの裏のちしゃの木に
雀が三羽とまって
先な雀も物言わず
後な雀も者言わず
中な雀のいうことにゃ
むしろ三枚ござ三枚
あわせて六枚敷きつめて
夕べもらった花嫁さん
金華の座敷にすわらせて
きんらんどんすを縫わせたら
衿とおくみをようつけん
そんな嫁さんいんどくれ
お倉の道までおくって
おくら道で日が暮れて
もうしもうし子供しさん
ここは何というところ
ここは信濃の善光寺
善光寺さんに願かけて
梅と桜を供えたら
梅はすいとてもどされて
桜はよいとてほめられた」

若鮎ハナコ
「あやめに水仙 かきつばた
二度目にうぐいす ホーホケキョ
三度目にからしし 竹に虎
虎追うて走るは 和藤内
和藤内お方に 智慧かして
智慧の中山 せいがん寺
せいがん寺のおっさん ぼんさんで
ぼんさん頭に きんかくのせて
のるかのらぬか のせてみしょ

雷魚タイフーン
「京の大盡ゆずつやさんに
一人娘の名はおくまとて
伊勢へ信心 心をかけて
親の金をば 千両ぬすみ
ぬすみかくして 旅しょうぞくを
紺の股引 びろうどの脚絆
お手にかけたは りんずの手覆い
帯とたすきは いまおり錦
笠のしめ緒も 真紅のしめ緒
杖についたは しちくの小竹
もはや嬉しや こしらえ出来た
そこでぼつぼつ 出かけたとこで
ここは何処じゃと 馬子衆に問うたら
ここは篠田の 大森小森
もちと先行きや 土山のまち
くだの辻から 二軒目の茶屋で
縁に腰かけ お煙草あがれ
お茶もたばこも 望みでないが
亭主うちにと 物問いたが
何でござると 亭主が出たら
今宵一夜の 宿かしなされ
一人旅なら 寝かしゃせねど
見れば若輩 女の身なら
宿も貸しましょ おとまりなされ
早く急いで お風呂をたけよ
お風呂上りに 二の膳すえて
奥の一間に 床とりまして
昼のお疲れ お休みなされ
そこでおくまが 休んでおると
夜の八ッの 八ッ半の頃に
「おくまおくま」と 二声三声
何でござるかと おくまは起きて
金がほしくば 明日までまちゃれ
明日は京都へ 飛脚を出して
馬に十駄の 金でも進んじょ
それもまたずに あの亭主めが
赤い鉢巻 きりりと巻いて
二尺六寸 するりと抜いて
おくま胴体 三つにきりて
縁の下をば 三間ほりて
そこにおくまを 埋めておけば
犬がほり出す 狐がくわえ
亭主ひけひけ 竹のこぎりで
それでおくまは
のうかもうとののう一くだり」

雷魚ハルマゲドン
「ほら! 歌にご注意、恋にご注意、
油断大敵、うしろに回って
オジサンがつかまえた!
そらっ、泣くも笑うも、
この時ぞ、この時ぞ」

若鮎ハナコ、ヨーコ
「きゃあああ、やめて、やめて、
許して、お願い!」

雷魚タイフーン、ハルマゲドン
「千載一遇、ここで会ったが百年目。
ここは地獄の一丁目。ここで逃してなるものか。
処女アユめ、オジサン二人で貪り喰っちまうぜ。
おお、ウメエ、ウメエ、
処女アユときたら、なんてウメエんだあ!」

 
 

つづく

 

 

 

ベートーヴェン、交響曲第7番、そして映画

音楽の慰め 第25回

 

佐々木 眞

 
 

 

昔から楽聖と呼ばれたベートーヴェンの音楽は、昔から映画音楽によく使われてきました。
けれども彼の音楽は男性的で、柔道一直線的な要素が強いので、映像との組み合わせが難しい。

スタンリー・キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」では、交響曲第9番がテーマになっていました。これなどは映画と音楽のつながりに必然性がありましたが、たとえばあの有名な「合唱」の調べを、感動的な映像シーンにかぶせると、なんだかダサくてしらけた映画になってしまうことが多いようです。

これと対照的なのがモーツァルトやラフマニノフのピアノ協奏曲で、「みじかくも美しく燃え」とか「愛と哀しみの果て」や「逢びき」などのラブストーリーにはぴったり合うのですが、ベートーヴェンはなかなか難しく、私が知っているほとんど唯一の例外はピアノ協奏曲第5番の第2楽章を印象的に使った1975年製作のオーストラリア映画「ピクニックatハンギングロック」くらいでしょうか。

私はこの曲を聴くたびに、ピクニックに出かけた美貌の女生徒が失踪するという「神隠し」事件を描いたピーター・ウィアー監督のこの隠れた秀作を思い出さずにはいられません。

そんな次第で映画とは縁遠かったベートーヴェンでしたが、最近になってなぜか交響曲第7番の第2楽章を鳴らす映画が頻繁に登場するようになりました。例えば2010年製作のトム・フーバー監督の「英国王のスピーチ」です。

ご存知のようにこの映画は、吃音に悩むジョージ6世(コリン・ファース)と、その治療に挑んで勲章をもらったオーストラリア人(ジェフリー・ラッシュ)との交情の物語です。

他の医者は、吃音を外部から物理的にアプローチして治そうとして失敗するのですが、その豪人は、吃音の真因が幼時からの父親との精神的な軋轢にあると見抜き、全人格的な関わりの中で溶解させようと腐心するのです。

なんとかかんとか吃音障がいを克服して、ヒトラーへの宣戦布告を告げるジョージ6世の演説の背後に鳴っているのが、ベートーヴェンの交響曲第7番の第2楽章でした。

あそうそう、この曲は、名匠ジャック・ドゥミ監督の名作「ローラ」でも使われていました。
これは1960年に製作された白黒のフランス映画ですが、ヒロインの踊子ローラに扮したアヌーク・エーメが、たとえようもなく美しく、チャーミングなんですね。

音楽を担当したのは「シェルブールの雨傘」で有名なミシェル・ルグランですが、ここであえてベートーヴェンをもってきたところ、見事にフィット。映像との違和感がまったく無いのは演出の魔術としか思えません。
撮影監督はジャン=リュック・ゴダールの無二の相棒ラウル・クタールでしたが、その「実存的な」キャメラが全編に亘って冴えまくっておりました。

驚いたことに、そのゴダール監督による2014年の3D最新作、「さらば、愛の言葉よ」でも、ベートーヴェンの交響曲第7番の第2楽章のアレグレットが実に効果的に使われていました。

意表をつく言葉と斬新な映像と大胆な音声音楽が三位一体となって、観客を驚きと混乱の極に陥らせ、おのれとおのれを取り巻く世界についての新しい光を投げかけるこの監督お得意の手法は、もはや定番といってもさしつかえないほどゆるぎなく確立された行き方です。

しかし今回は、それがさらに余裕と遊びを持ち、映画という古典的な領域を大きく逸脱しています。まるで重層的で知的な映像ゲームを楽しんでいるような錯覚を覚えるほどで、ここには今年87歳になった映像革命家がついに達成した、軽妙にして深淵な芸術世界が繰り広げられているようです。

ワーグナーが「不滅のアレグレット」と呼んだ、そのベートーヴェンの音楽に伴われて突如インサートされる森の若葉や紅葉の綺麗なこと! いつもと同様、いろいろカッコつけている映画ですが、結局ゴダールが見せたかったのは、四季を彩る自然のこの刹那の美しさ、だったのかもしれません。

それでは最後にベートーヴェンの交響曲第7番をカールベーム指揮ウィーン・フィルの東京ライヴの演奏で聴いてみましょう。

コンサートマスターは、1992年に哀れザンクト。ギルデンに散ったゲルハルト・ヘッツェル。彼の不慮の死から現在に至るウィーン・フィルの緩慢な没落が始まりました。