ムクロジの木の下で

岩切正一郎詩集「翼果のかたちをした希望について」(らんか社刊)所収「ムクロジの木の下の会話」を読みてうたえる歌

 

佐々木 眞

 
 

空高く聳え立つムクロジの木の下で、私と妻は息子の藝大合格を喜んだ。
もしかすると彼は、ゴッホかピカソのような、偉大な画家になるのではないかと
まるで、獏の一家が夢見るような夢を見ていた。

やがて入学式が始まった。
ちょっとくたびれた感じの初老の学長は、檀上に上ると、新入生を祝福しつつ、
やや不穏なスピーチを垂れた給うた。

「私は諸君に、「おめでとう」は申しません。なぜなら、今日の佳き日、この場にいる皆さんのうち、本当の本物のプロになれるのは、ほんの一握り、いやもしかすると、たった一人かもしれないことを、私は熟知しているからです」

しかし講堂を埋め尽くした新入生と父兄の誰一人として、
彼のいささか不吉な予言に耳を傾けている者は、いなかった。
着飾った親たちの全員が、息子や娘たちの、輝かしい未来を夢見ていた。

その日私たちは、晴れの入学式の記念に、
岡倉天心像の隣に欝蒼と聳え立つムクロジの実を拾って持ち帰り、
おばあちゃんの家の庭の片隅に、だめもとで植えた。

すると驚くなかれ、しばらくすると、ムクロジの実から愛らしい芽が出て、
それを鉢植えに移すと、小さな枝葉は、ぐんぐんぐんぐん大きくなって
やがて気が付くと、見上げるような大樹となった。

空高く聳え立つムクロジの木の下で、私と妻は、不惑を過ぎた息子を思う。
今のところ息子は、ゴッホやピカソのような偉大な画家ではなさそうだが、
相も変わらず、毎日毎日、絵を描いているようだ。