それなのに

 

萩原健次郎

 
 

 

すいへい たいらかな
みずいろの したから
噴き上がってくるもの
うつっているのは 皮
濃い なにか かたち
のない身からぬかれる
非時という 鐘がなる
毛のものが まじわる
はるならば 咽喉から
はなは、さくところを
えらばず かれるのも
しらず いちめんの野
しかれた微温がやまず
ずっととおくからみず
からだの芯に きよく
窒息しながら はいる
ほろんだ ひとたちは
ほろんだときにすんで
しろい絹 じゅんすい
雑音となって鳴り去り
激痛もおんがくとなり
それが せかいだよと
わらいながら 笛ふく
やまびとが みずひと
真似をしながら消える
あたたかなみずをのむ
詐欺の世のきよい虫々
みずのたいらかな走り
燃やしたいとつぶやく
ほろんだひとが見える
それなのに ずっと
蒲団のなかに 生きていた

 

 

連作 「不明の里」のつづき

 

 

 

新・冒険論 02

 
 

ここのところ
チェット・ベイカーを

聴いてる

桑原正彦は
声に幽かな揺れがあるよね

といった

昨日は
歯医者で顎骨にチタンの柱を刺した

帰りに海をみた

モコを病院に連れていった
左足に腫れ物ができてしまった

今朝
着想もなく詩を書いてみた

着想もないという着想だった

 

 

 

どんな炎でも暖められないほど

 
 

駿河昌樹

 
 
 

……そうであるならば、
わたしたちのまわりにも、
なんと多くの、疑いようもない、
詩の、数々が……

エミリー・ディキンスン、ヒギンスンに宛てて

〈本を読んだとき、どんな炎でも暖められないほど
〈からだ全体が寒気立つとしたら、
〈わたしには、それが詩だとわかります。
〈あたまのてっぺんがすっぽり抜けるように
〈からだが感じたら、それが詩だとわかるのです。
〈わたしには、この方法が、すべて。
〈ほかに手だてがあるでしょうか?

 

 

 

たとえば声を奪われ

 

駿河昌樹

 
 
 

あの肉体のない詠唱が…
エミリ・ディキンスン

 
 
 

たとえば声を奪われ
目も耳も奪われ
顔ばかりか
四肢も胴も奪われ
心も思念も
意識まで奪われても
なおも残る
あなた

そんなあなたが生きるべき
いまとせよ
今日とせよ
これからの数か月
数年とせよ

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その29

 

佐々木 眞

 
 

 

お父さん、焼き芋の英語は?
www焼き芋、焼き芋。

お父さん、平成16年金八先生怒っていたよ。金八先生「学校へ帰ろう」といってたよ。
そうなんだ。

お母さん、からっぽってなに?
なにも入っていないことよ。
そ、そうですお。からっぽ、からっぽ。

お母さん、くつろぐってなに?
ほら、いまお母さんくつろいでるとこ。

お母さん、キンレンカの花食べられるの?
食べられますよ。

お父さん、時は日と寺ですよ。
そうかあ、そうだね。

ぼく、ナー君、お父さん、岡井先生。
ナー君、ダメ!
ごめんなさい。

泣くなよって、泣かないでのこと?
そうだよ。
泣かないで、泣かないで。

耕君、またブックオフ行きますか?
また行きますお。

お母さん、いまのうちってなに?
そうねえ、いまのうちにお掃除しましょ。

お母さん、ハッピーエンドってなに?
さいごにしあわせになることよ。

なんで205系引退しちゃったの? 古くなったからでしょう?
そうねえ。

耕君、ジュース何本飲んだの?
1本ですよ。
1日に一本ですよ。1回に1本じゃないのよ。
はい、分かりました。

お母さん、まさかって、なに?
まさか耕君がそんな悪いことをするとは思わなかった、ということよ。
ぼく、悪いことしませんお。

お母さん、暴走族ってなに?
そうねえ、バタバタバタでキュウウウウとなるやつ。
暴走族、いやですねえ。
嫌ですねえ。
ボーソーゾク、ボーソーゾク。

お母さん、脳腫瘍つらいでしょ?
辛いでしょうね。

お母さん、ぼく石狩鍋好きですお。
石狩鍋食べたの。
はい、食べました。おいしいですお。

ブーーというのは、ハズレのことでしょう?
そうだね。
ブー。

お母さん、「ほんまもん」印刷してください。
「ほんまもん」、誰が出たんだっけ?
知りませんお。ほんまもん、ほんまもん。

小児療育で「顔をこっちに向けてね」ていわれたお。
身長測定のときの話ね。
ぼく、また小児療育行きますよ。

しぶいって、なに?
にがいことよ。

チチンプイプイって、なに? 魔法でしょ?
まあそうねえ。

お父さん、台風の英語は?
タイフーーン。
お父さん、台風の英語は?
だからあ、タイフーーンだよ。

群馬県、好きだお。
そう。耕くん、群馬県行ったことあるの?
あるよ。

ぼく、さっちゃんが笑ってるの、好きです。
そう。お母さんは耕君が笑ってるの好きです。

お母さん、今後って、これから、でしょ?
そうね。これから、ね。

嘘っぱちって、なに?
嘘ばっかり、ということよ。

お母さん、100円玉、千円札に替えてね?
はい、分かりました。
いつ替えてくれますか?
そうねえ、火曜日か水曜日に。
分かりました。

ロート製薬、めぐすり?
そうよ。

お母さん、「こころ」の放送中止になったのは、ミサイル発射したから?
そうよ。北朝鮮のミサイルよ。誰かに聞いたの?
分かりませんお。

お母さん、ホソカワさんに、「あとで」って言われたよ。会議中って、あとでのことでしょ?
そうだね。
カイギチュウ、カイギチュウ。

お母さん、親しいってなに?
仲がいいことよ。耕君、親しい人いますか?
いませんよ。

お母さん、ヤッタアーて、なに?
「良かったあ!」のことよ。

ぼくは、しあわせになります。お母さん。
幸せになってください、耕君。

お母さん、めざめるって、なに?
目を覚ますことよ。

遅れて申し訳ありません、て、なに?
遅くなってごめんなさい、のことよ。

ぼく、ふれあいの歌、好きですよ。
なかむらまさとしさんの?
そう、そうですお。

お父さん、ぼくに怒ったり注意したりしないでね。
はい、分かりました。

お父さん、感謝の英語は?
サンキューだよ。

お母さん、えこひいきって、なに?
特別に可愛がることよ。

去るってなに? いなくなることでしょ?
そうだよ。
去る、去る、去る。

 

 

 

NICE

 

みわ はるか

 
 

NICEという団体をご存じでしょうか?

特定非営利活動法人という組織で、国内・国際ボランティアを推奨している。
わたしが大学生だったころ、数年ではあるがこの組織に所属していた時期がある。
この経験はわたしにとってとても大きなものとなった。

大学1年生のときとった英語の先生はとても厳しくテストで単位をとるのが大変だった。
そんな経験から、2年生のとき英語の授業をシラバスから選択する際、レポートで単位をとれるものを選んだ。
ただし、その先生は毎年人気だったため抽選でもれる心配があった。
運を天に任せて履修登録をしたのだが、ラッキーなことにその授業を受講する権利を得た。
いざ授業の初日を迎えると想像通り緩かった。
本当に緩かった。
まだ30代半ばの色白の男の先生だった。
チャイムがなってから「あ-ごめんごめん、少し遅れたね。」と急ぎ足で教室に入ってくるようなかんじ。
1限でありわたしもぎりぎりだったのでそこはありがたかった。
実力は相当で、TOEICは990点満点、話す英語はとても流暢だった。
その先生は英語の授業はもちろんしてくれたが、それ以上に課外活動の紹介をスライドを使って教えてくれた。
外国人と触れ合う場、留学のこと、就職のこと・・・・。
その内容はとても新鮮で興味をひかれるものだった。
その中で出会ったのがNICEという活動だった。
国内は北は北海道、南は九州、外国もアジア・ヨーロッパ・アメリカ・アフリカ大陸までと幅広くボランティアをしている組織だった。
スライドから流れてくるボランティアスタッフの顔はどれもみんな充実感にあふれていた。
わたしも挑戦してみたい。
そんな気持ちから年間登録をしていざやってみることにしたのだ。

わたしは初めてのボランティアの場を東京の奥多摩に決めた。
東京にもこんな田舎があるのだと本当に驚いた。
2週間、知的障害者施設の横の武家屋敷と呼ばれる古民家に世界から来る人たちと寝食をともにしながらボランティアをすることとなった。
それは新鮮でありやや辛くもあった日々の始まりだった。
日本人、韓国人、台湾人、フランス人、ロシア人、ウクライナ人・・・言葉も文化も違う国々の人たちとの共同生活がスタートした。
わたしは英語が堪能ではないのでいろんな人に助けてもらいながらなんとが過ごした。
知的障害者の方と農業や工芸品を作ったり、側の保育園に1日実習に行ったり、山に登り竹を切り流しそうめんをしたりした。
みんなが初めましての状態ではあったけれど、目的は同じだったので作業はわりとスムーズにいったような気がする。
あのスライドでみた風景を少しは体験できたのではないかと思う。
ただ、2週間も一緒にいると様々な問題もでてきた。
部屋の荷物が出しっぱなしの人、音楽を大音量でかける人、洗面所やお風呂の使い方が汚い人、ゴミは誰が出しに行くのか・・・。
みんながみんなストレスをかかえていた。
言いたいことだけ言って残念ながら最後まで解決できなかった事案もたくさんある。
集団で文化の違う人たちと生活を共にする難しさを知った。
問題を短時間では解決できないもどかしさも知った。
みんなを一生懸命束ねようとしてくれた日本人大学生リーダー、武家屋敷の主でいつもにこにこと見守ってくれたおじいちゃん、
快く迎えてくれた施設のスタッフの方々、一緒に2週間活動を共にした仲間。
自分の記憶のなかでそこだけが浮き出てくるような不思議な時間だった。
最後の日、みんなでぞろぞろと新宿のお寿司屋さんに足を運んだ。
きらきら輝くお魚のお寿司はとてもおいしかった。
プリクラも撮った。
空港へと続く電車の改札でさよならを言った。
さみしかった。

その後わたしは何度か東京へ足を運び1日単位のボランティアに参加した。
今ではすっかり疎遠になってしまったのでたまにふっとまたみんなに会いたいなを思う。
嵐が好きだと言っていて大きなつばの麦わら帽子をかぶっていたソウル出身の子はSEとなり結婚もした。
日本語が堪能だった釜山出身の子は日本と韓国を往復する旅行会社の添乗員となった。
映画監督になりたいと語っていたウクライナの子はどうしているだろう。
みんなきっとそれぞれの地で元気でやっているといいな。

そう思わずにはいられないのです。

 

 

 

青いカバン

 

塔島ひろみ

 
 

駅員さんは青いカバンを肩から提げて仕事をする
大きなお客さんたちにつぶされて、影のように立っている
「お下がりください!」
駅員さんが叫んでも、誰も下がらない
電車はバリバリと音を立てる
甘いにおいがして、犬が死んでいく
駅員さんは安全を確かめて ホーッと優しい溜息をついた
それから青いカバンを開ける
カバンにはいっぱいのポッキーが入っている
駅員さんはポッキーを食べる

骨が下がっていますね
そう言われた
右も左も上も下も、みんな下がっていますと
歯医者は言った
レントゲン写真を見せてくれる
腐りかかった駅員さんの口が写っている

青いカバンをなくしてしまった
電車が入ってきて 線路に投げ込む
骨が下がり、腐っていった
下がって!と、叫んだ
叫べば叫ぶほど、口の中の骨が下がり
腐っていった

忘れてしまった 私の青いカバンを忘れてしまった
中に何が入っていたかも忘れてしまった
受け付けの横に青いカバンが置いてある
私が忘れたカバンだろうか
手をかけると
「犬の骨が入ってますよ」
と、受付のおばさんが言った
駅員は口を開けて安全を確かめる
犬の骨が入っている
電車が来た
ポッキーを積んで走ってきた
犬たちが身を乗り出し、ホームにあふれる
「下がってください!」
「下がってください!」
「下がりなさい!」
「下がれよ!」

電車は駅員を乗せて発車した
犬たちはホームに取り残され、小さくなっていく電車を見ている
駅員さんが手を降っている
初めて電車に乗った駅員さんが子供のように顔を赤くして、
電車の中でしっかり指さし確認している姿を
私は見た

私の忘れたカバンが受付にあった
私の忘れたカバンです、
と言って受け取る
家に帰って開けてみるとプンと、チョコレートの香りがしみついた

なくしていたドッグフードが見つかった

 
 

2018年4月25日 江橋歯科医院待合室で(私の忘れものかもしれないものを見つけて)