ろくでなしの墓 亡くなったカミュへ

 

神坏弥生

 
 

明け方俺は、奴を殺し、早朝、ほの暗い街を飛び出しいた
家へ帰ると、妹が自殺していた
ただ混乱した頭をどうしようもなく
喪失してしまったものを探しながら
列車が来るのを待って衝動的に切符を買い列車に乗った
駅前のカフェしか店もそれ以外は無い
黄土色の堅い大地が広がり時折一陣の風が吹いて
黄色い砂埃をあげる駅で降車した
カフェの扉は開いたまま、JAZZなどが静かに流れている
だが怒りは尚、俺の内側から噴煙し噴き上げる
俺の中に居た大切な者の為に怒り狂い固い大地を歩いた
俺を残して死んだ妹を、俺を独りにしたことを憎んだ
俺に「愛している。」などと嘘をついた者を憎んだ
愛していないのに下手な甘い言葉で「捧げる。」などと言ったことを
憎悪した
荒地の中で全ての存在を光々と照り付けて
証明づける太陽を憎んだ
おれを独りにしたことを怒りと憎しみのまま、
太陽に向けて大声で叫んだ、
「殺してやる!」と
朝日の来ない暗がりの中で独りつぶやいて、書き留めておきたかった
俺を、孤独にし独りぼっちにした存在していた全てを憎んでいた
ただただ、砂だらけになって泡を吹きたくても吹けない口と髪や衣類の中も
砂だらけになって
飢えと渇きにより彼は倒れた
彼は、野たれ死んだ
ろくでなしの一生とともに
一生を終えるに、それほど時間はかからなかった
ただ愛するものの喪失を憎めばよかった
「愛している。」が狂気に変る瞬間に
彼は憎いと怒り、死ねない自分をあがいた
彼は憎しみの裡に絶望し
息絶えて
黒く干からびていった
彼の骨を拾うものはなく
墓を立てた者はいない
黒く焼けた骨だけが一陣の砂風にさらされている

 

 

 

善の研究

 

佐々木 眞

 
 

その1 「リューとピンとポンとパン」

 

おじいさんは朝から山へ薪を取りに、おばあさんは川で洗濯しておりました。
お昼に家に帰ったふたりは、軒先に置いてあった水盤の中の金魚が1人もいないことに気付いて、薪も洗濯物もその場に抛り投げて、おいおいと泣きだしました。

子供のいない2人は、4人の金魚にそれぞれ名前をつけて、とても可愛がっていたのです。小さな金魚ですが、その中でも一番大きい先輩格のリューは、ピンとポンとパンの小さな3人が入ってきたときには、面白半分に追い回していじめたりしていたのですが、しばらくすると、とても仲良しになりました。

おばあさんが4人の名を呼びながら、水盤のふちをコツコツ叩くと、4人は一斉に水面に飛び出して、餌をせがんだものでした。
リューとピンとポンとパンは、いつも一緒に餌を食べ、夜は一緒に眠り、それはそれは仲良く暮らしていたのです。

それなのに今日、おじいさんとおばあさんが、腰を曲げて、水盤をなんべん覗いても、リューも、ピンも、ポンも、パンもいないのです。
きっとこのへんを夜な夜なうろついているアライグマに、パクリと食べられてしまったに違いありません。

ああ、なんて可哀想なことをしてしまったことよ!
水盤を外に出さず、家の中に縁側に置いておけば、こんなことにはならなかったのに!

そう思うといっそう可哀想で、可哀想で、最愛の4人を喪った悲しみは、歳月が流れ流れてもいつまでも続くようでした。

 
 

その2 「ひとかけらの純なもの」

 

樹木希林が、とうとう本当に死んでしまった。
全身ガンに冒されながら、この人はいつまでも死なないのではないか、と思いはじめていたが、やっぱり不死身ではなかったのだ。

それにしても、と私は思う。
樹木希林と内田裕也の関係は、どんなものだったのだろう?
どうして「あんな」男と、最後の最後まで付き合っていたんだろう?

「どうしてあんな人と、まだ付き合っているの?」
と訝しむ娘也哉子に、樹木希林は、
「だってお父さんには、ひとかけらの純なものがあるのよ」と言って、黙らせたそうだ。

確かに金も、仕事も、ヒット曲もないのに、Love&Peaceを振りかざし、
ロックンロールがビジネスになってしまった時代を憂う、寂しいお父さんの内田裕也には、ひとかけらの純なものがあった。

ロックのためにはエンヤコーラ!
ロックのためにはエンヤコーラ!
ロックのためにはエンヤコーラ!

とつぜん東京都知事選挙に立候補して、プレスリーの「今夜はひとりぼっちかい?」を歌う内田裕也の姿には、ひとかけらどころか、ふたかけら、みかけら以上の、純なるものが輝いていた。

けれども悲しいことに、「ロックの時代」はいつの間にか終わってしまった。
ロックの車輪がロクに回らなくなって、路肩に乗り上げてグルグル空回りしている。
それでも内田裕也は、あなたのために「今夜はひとりぼっちかい?」を歌うだろう。

ヘップ! ヘップ! ヘップ!
ヘップ! ヘップ! ヘップ!
ヘップ! ヘップ! ヘップ!

この国の恐らく最後のモヒカン・ロケンローラー、内田裕也に万歳三唱!!!
君の至純のロック魂を、天上の樹木希林は、いつまでも温かく見守っていることだろう。
Love&Peace! いつまでも!

 
 

その3 「ロタ島のにわか雨」

 

毎日まいにち、暑い日が続いていました。
そんなある日のこと、久しぶりに大学生の次男が帰宅したので、家族4人で小さな食卓を囲みました。

すると、生まれた時から脳に障がいのある長男のコウ君が、
「コウちゃん、いい子? コウちゃん、いい子?」と、何回も私たちに訊ねます。
この問いかけに「ウンウン」と肯定してやると、彼は深く安心するのです。

はじめのうちは「コウちゃん、いい子だよ」と、いちいち答えていた私たちでしたが、
こんな幼稚な問答を切り上げ、はやく食事に取り掛かろうとして、私はほんの軽い気持ちで、「コウちゃん、悪い子だよ」と言ってしまったのです。

「えっ!」と驚いた長男の反応が面白かったので、次男もふざけて「コウちゃん、悪い子だよ」と言いました。
そして妻までもが、「コウちゃん、悪い子」と、笑いながら言ってしまったのです。

長男は、しばらく3人の顔を代わる代わる見つめていましたが、
やがてこれまで見たこともないような真剣な顔つきで、
「コウちゃん、悪い子?」と、おずおず尋ねました。

調子に乗った私たちが、声を揃えて「コウちゃん、悪い子!」と答えたその時でした。
突然彼の両頬から、大粒の涙が、まるでロタ島のにわか雨のように、テーブルクロスの上におびただしく流れ落ちました。

それは、真夏の正午でした。
その時、セミはみな死んでしまった。
私たちは息をのんで、滴り落ちるその涙を見つめていました。

それは、生まれて初めて見た、コウちゃんの涙でした。
そうして私たちは、無知で無神経で傲慢な大人が、ひとつの柔らかな魂を深く傷つけてしまったことを、長く長く後悔したことでした。

 

 

 

生まれたての背骨よ

 

原田淳子

 
 

 

まえぶれもなく
あたらしい月は廻り
はつゆめもみないまま
眼に星は宿る

あかつきは白と黒を燃やし
水は蘇る

月の羽根はないか
破れた靴に泣いてはないか

にぎやかな岬のふりをする
寂しすぎる谷
いつでも新しい湖のこだま

疾走する船に乱れ髪
唇噛んで

河の果てはないか
凍れる指に泣いてはないか

生まれたての背骨よ
砕けた星に誓え

 

 

 

新・冒険論 19

 

帰ってきた

過ぎて
いった

その後に

歌は
生まれた

義母は腎臓の数値が悪化して

昨日
病院に入った

5階の病室の窓から不二が見える

白い
不二は

脱システムのなかにいる

いない父もいる

酸素も
愛も

ない

病室には酸素吸入器をつけた義母がいる
白いベットにいる

 

 

 

お祭り

 

長田典子

 
 

ててんつく ててんつく どんどんどん

わっしょい わっしょい
いつもいっしょの男の子たちが
遠くで神輿をかつぐ
わっしょい わっしょい
まるく発光する庭に反射する
みしらぬ人の
わっしょい わっしょい

とつぜん知った
せかいのそとがわ
薄暗い座敷で
わんわん泣いて じだんだふんだ
さけびながら じだんだふんだ
あたしもお神輿かつぎたかった
泣きながら でんぐりがえり
でんぐりがえり

ててんつく ててんつく どんどんどん

猫がねずみを咥えて
庭に座る
まるいライトのまんなかに
まだ震えてるねずみを置いたから
ひきだしの箱にしまったよ

ててんつく ててんつく どんどん
ぴーひゃらひゃら
どん

裸電球 麦わらの匂い
秋祭りの夜
はちまんさまのお座敷は
うすぼんやりの幻燈だ
男衆の和太鼓どんどこどんどこ
お稲荷さん食べて おだんご食べて
あたしはでんぐりがえる でんぐりがえる
月はぴかぴか光っていたよ
ススキは穂を銀色にゆらしたよ

わっしょい わっしょい
でんぐりがえる

そらいちめんの星きらきらきらら
山羊が草の葉裏に赤い実みつけて口に入れる
朝になったら
あたしはひろうよ ひみつの黒曜石

ててんつく ててんつく
どん どん どん
わっしょい わっしょい
でんぐりがえる

お祭りだ
猫もねずみも山羊もでんぐりがえれ
スポットライトのまんなかで
お稲荷さん食べて おだんご食べて
月も星もススキもでんぐりがえれ
お祭りだ
黒曜石のお祭りだ

わっしょい わっしょい
どん どん どん

 

※連作「不津倉(ふづくら)シリーズ」より

 

 

 

また旅だより 04

 

尾仲浩二

 
 

用事はなくなったけれども飛行機のチケットは変えられないのでパリからドイツへ行った。
なんの仕事もなければ約束もない十日間。
適当に電車に乗って終点まで行ってみたり、街中のビアホールで昼から飲んだり、近所の池にガチョウにも会いに行った。
クリスマスマーケットではホットワインを何杯も飲んだ。
ドイツの教会の人たちは、あまりに早い時期からマーケットを開けるのはクリスマスを商売に使っていて、けしからんと怒っているそうだ。日本のクリスマスを教えてあげたい。
新宿では三の酉で飲んでいると友達がつぶやいていた。

2018年11月24日 ドイツ フライブルクにて

 

 

 

 

ちょっと多すぎる

 

長尾高弘

 
 

多摩ニュータウン大通りってのがあってさ、
ずいぶん立派な名前なんだけど、
実際立派な通りでさ、
片側二車線、
ペンキで塗っただけじゃない
本格的な中央分離帯があって、
街路樹も植えられてんだよね。
もうニュータウンってほど新しくないけど、
立派な街の風景が広がってるわけ。
でも、ちょっと脇道に入ると、
いきなりトンネルがあってね、
そこを通り抜けると、
田園風景が広がっててさ、
肥溜めの臭いがするときもあるのよね。
さすが、宮崎駿映画の舞台に
なっただけのことはあるわけ。
でさ、この脇道の方の話なんだけど、
信号つきの横断歩道があるのよ。
その信号がさ、
結構夜が更けてきても、
押しボタン式とかにならないで、
律儀に色がかわるんだよね。
まわりは畑だからさ、
誰も渡らないで終わることが
多いんだけどね。
クルマで通るとさ、
正直なところ、
なんでこんなところで
止められなきゃなんねえんだろって
思っちゃうわけよ。
でもね、
こないだわかっちゃったんだ。
なにしろ宮崎駿映画の舞台になったくらいだからさ、
俺たち凡人には見えない
トトロみたいな存在がいてさ、
横断歩道の信号が青になったら、
そいつらが渡ってんだよ。
目に見えないくらいだから、
クルマなんかに轢かれたりしないんだろうけどさ、
クルマと身体が重なり合ったりしたら、
やっぱり気分が悪いんじゃないかな。
ただ、そうだとしてもさ、
そのトトロたち、
二、三分に一回道を渡ってるわけだからさ、
ちょっと多すぎるんじゃないかな、
とは思うんだけどね。

 

 

 

穴か

 

道 ケージ

 
 

闇市跡の
カトリ屋で
一杯ひっかけ
路地を
出た途端

目深の野球帽
突然突き出しやがった

黒い穴
やたら大きな
虚ろな筒

あっ
遠い野からのような
大きな音

気が抜けたように
膝が崩れ
左側頭部の大きな穴に
変な風が通った

顔は分からない
組合の二人がやられたから
気を抜くべきでなかった

Dの仕業だ
こんなことなら
奴を先に殺っとけば
まあしゃぁない

撃たれてからというもの
俺の視界の
右側には
いつも黒い穴がある

近寄ってのぞくと
ブラナの草原
何百もの豚の背中だったり
故郷の港だったり
「築港の博多タワーやん
空0家族で上ったわ」

おめでてぇ奴だ
でもまだ熱がある
掌には痣まで
穴に氷
放り込んでも
鼻からすぐ出る

あゝ
母が悲しむだろう

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その34

 

佐々木 眞

 
 

 

お父さん、スシの英語は?
スシだよ。
スシの英語は?
スシだよ。
お父さん、スシの英語は?
スシは日本で生まれたから、英語でもスシなんだよ。

お父さん、笑うと石原さとみ、なんていうの?
「耕さん、アホ笑いしないでね」って言うよ。

それでは耕君、石原さとみになってください。
私は石原さとみです。
石原さとみさん、こんにちは。
はい。

ぼく、人名用すきですお。
なに?
人名用漢字ですお。
へええ、漢字辞典かあ。

今日の「とんでん」の昼食は、耕君ががんばって働いた5千円の賞与で食べました。ありがとう!
ハイ。

お母さん、くつろぐって、なに?
ゆっくりすることよ。

お母さん、しまった、は?
失敗したなあ、よ。
お父さん、しまった、の英語は?
Damn it!かな。

孤独って、なに?
とても寂しいことよ。耕君、孤独?
孤独じゃないお。

お母さん、もともとって、なに?
最初から、のことよ。

お父さん、ぼく、戦うラーメンマン、好きですお。
そう、お父さんも好きだよ。

「もっと早く着替えなさい」っていわれたお。
いつ。
昔。

いやらしいは、エッチのこと?
まあそうだね。

おじさん、今日コバヤシさんは?
息子はきのう遅かったのでまだ寝ているんだよ。今日のサンパツは、おじさんで勘弁してね。
分かりました。

デリケートは?
複雑で微妙なことだよ。

教室の英語は?
クラスルームだよ。

お父さん、ワガチチハハって、なに?
耕君のお父さんとお母さん、だよ。

木にツと女で桜でしょ?
なに? おお、そうだね。

お父さん、しぐれるは?
寒い時に雨が降ったりやんだりすることだよ。

お母さん、大したことないって、なに?
大丈夫のことよ。
ダイジョウブ、ダイジョウブ。

ピンポンって、正解のことでしょ?
そうだね。

ぼく、綿菓子すきですお。
お父さんも。

お盆には、おじいちゃんとおばあちゃん帰ってくるでしょう? そうでしょう?
うん、帰って来るよ。

オグラさん、みんなとバイバイするから泣いたんでしょ?
そうね。
オグラさん、悲しかったんでしょ?
そうね。
みんなとバイバイ、みんなとバイバイするからね。

お父さん、「ドナってごめん」て謝ったよ。
そうね。
お父さん、もうドナらないでね。
はい、もうドナりませんよ。
お母さん、お父さんが「もうけっしてドナラない」といいましたよ。
大丈夫、お父さん、注意しただけよ。

お父さん、ぼくを信じてくださいね。
はい、信じますよ。

お母さん、あいつが、ってなに?
あの人たちが、よ、

お母さん、夕方以降、ってなに?
夕方から、ずっとよ。

栄えるって、なに?
元気になる、かな。
サカエル、サカエル。

おかあさん、「すだちの歌」印刷して。
はい、分かりました。

検討って、どういうこと?
次はどうしようかなあ、って考えることよ。

お母さん、しりとりしよ。おぎくぼ。
ぼ、ぼたん。

 

 

 

「夢は第2の人生である」改め「夢は五臓の疲れである」 第67回

西暦2018年水無月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

原宿本社の5階のエレベーターの前に、伊オリベッティ社のタイプライター、レッテラブラックが捨ててあった。持って帰ろうかなとも思ったが、それがアメリカのボビーブルックス社と提携しているルック社の長老の愛機であることを知っていたので、私にはできなかった。6/1

夕方の退社時間に、大手町のビルヂングを訪れると、無数のリーマン諸君が、どういう訳かエレベーターにもエスカレーターにも乗らずに、9階から地上階に通じている階段に殺到しているので、私もその真似をしてみた。6/2

次々にやって来るリーマンたちは、一丸となって、雪崩を打って猛烈な勢いで下へ下へと落下していくのだが、その疾走感と墜落感が混淆して、堪らない恍惚と酩酊を生み出すのである。私らはそれをもう一度体感したくて、もう一度エスカレータで9階に戻り、階段墜落に参加するのだった。6/2

ともかく各ブースの一番乗りを目指していたのだが、すべてのブースの先頭に、同時に存在することはできないので、結局僕たちは、会場のあちこちを懸命に駆けずり回っているにすぎないのだった。6/3

「今日は最大の勝負どころになるので、夜はたぶん野宿することになるぞ」と脅かしたら、若いネエちゃんが、さめざめと泣きだした。6/4

おらっちが病気で休んでいる間に、会社は4名を採用し、うち1人はおらっちが担当していた、サッカーで例えると、ボランチ的な職種を担当しているそうだ。6/5

彼女の誘いに乗って、渋谷からバスに乗って、どこかの駅まで行って、どこかの店に入って、白い布のついた洒落た木造の椅子を見つけた彼女が、「買おうかしら、それとも止めようかしら」と私に相談してくるが、私は別にどうでもよくて、ベランダのところで蕩けるような接吻を交わす。6/5

部下のタカハシが、私に無断でダーバン社に提案したディスプレイ案は、古今東西の女優のブロマイドを服の周りに張り付けるという阿呆らしいものだったので、案の条、常務のワタナベがワンワン噛みついてきた。6/6

僕らのラストアルバムである「そして緑の樹木は燃え」は、まだ2曲しか完成していないので、あと2,3曲追加しなければならないのだが、すぐに出来そうにみえて、なかなかできないので大いに焦っているわけ。6/7

花形スタアはんの雇われ運転手の私だが、スタアはんを待っている間に、およそ20メートル向うに貼ってある、安倍蚤糞のポスターめがけて石を投げたら、みな命中するので、あっという間に人だかりがして、なかには小銭を恵んでくれる人も現れた。6/8

わたしら民草が、浮沈する位置は一定しているのだが、インフレとかデフレになるたびに、5センチから20センチ間隔で上下するので、その都度、元の位置にまで自力で戻らなければならなかった。6/9

その女は、「いつまでにその準備をすればいいのか、教えて下されば、あなたと一からやり直して完成させます」と、堅い決意を披露するのだった。6/10

その庭園内にある中華料理屋は、浅い池の上に建てられていたので、床板の下を覗くと、浮草の間から、白くほとびた麺や、喰いかけの餃子や、錆びた鍋釜などが見えるのである。6/11

セイさんや、カワムラさん、ウジさん、死んだムラクモさんなど、昔の宣伝部の面々が勢ぞろいしているのに、誰もが押し黙ったまま、朝夷奈峠に至る曲がり道を歩いていた。これは誰かの葬列か? 6/12

キャメラは、どんどんブラに向って迫っていき、最大限にアップしたところで、しばらく考え、一転して、今度は猛烈な勢いで引いていった。6/12

暮れの東京駅の大丸の投げ売りフェアで、酔っ払ったヨッサンと一緒に、「家具あれこれ一式5千円セット」を買ったら、これがまあ、どうしようもない、とんでもない代物ばかりで、家族の顰蹙を買ってしまった。6/13

私は五臓六腑が育んでいる言葉を欲していたので、それぞれの臓器を、傍にある墓石に擦りつけながら、臓器が内蔵する言葉を、ムギュギュッと絞り出して、お気に入りの文化学園大学の手帖に記入していった。6/14

この風呂敷の中には、何が入っているのか?と、怪しみながら開いてみると、せごドンの大きな首だった。6/14

「乾坤」という大仰な文字が、立ち上がった飛車角のようにどんどん迫って来るので、私のささやかな夢は、たちまち崩壊してしまった。

その男は、紙つぶてをボールのように扱って、青空に向かって放り投げ、受けとめては、また放り投げていた。6/15

「また一人、優しい人が、死にました」という句を、ゴルゴタの丘に建てると、その5・7・5の区切りを体現するかのように、3人の十字架が現れた。6/15

宣伝部は本社にしかなかったのだが、事業部が遠方に拡散するにつれて不便になったので、急遽事業部内に支部を設けて、それぞれの業務に必要な宣伝販促活動に従事するようになったために、本社の宣伝部は、次第に有名無実の存在になっていった。6/16

リーマンを辞めて、詩人になったサトウ氏と偶会したら、新しい名刺を頂戴したのだが、そこには「Amazon123.comCOE」と大書されていたので、私は「あのアマゾンの!」と、驚くばかりだった。6/17

「きみきみ、あと1週間ほどで宇宙船がやって来る。それまでこの星で待っていれば、一緒に地球へ帰れるよ」と、その男は教えてくれた。6/18

「おい、お前は金なんかないんだから、そんな無暗に高いだけのスーツなんか買う必要はない。もっと節約しないと、年金どころか税金が払えないぞ」と説教したのだが、そいつは柳に風、馬に念仏だ。6/19

私の左隣の青年は、生物工学専攻の学生で、右隣りは高名な人文学の博士だったが、彼らに挟まれて座っている私は、何者でもなかった。6/20

村の議会で、おじさんが、「クリンしてからトゥクリンしてクリンアウトせんけりゃならん」と演説した途端に、檀上に警官が駆け上がって、「弁士中止! 弁士中止!」と絶叫した。6/21

私たち夫婦が住む家に、どこからか若い娘が転がり込んできたので、同居していたのだが、それが大いなる災いをもたらすことになるとは、当時は誰も思わなかった。6/22

私は超満員電車の中で、どういうわけだか、若い女性とがっぷり左四つで抱き合うようなかたちになってしまい、電車の振動と共に激しく揉み合っているうちに、珍しくも下半身が硬くなり始め、あれよあれよという間に、イってしまったああ。6/23

アフリカ人で黒人の私が住む国では、初めての民主的な大統領選挙が行われ、軍部の与党候補者が、私らが推薦する野党の民間人に大敗したので、村は朝から、お祭り騒ぎなのだ。6/24

さる女流評論家に拾われた浮浪児の私は、彼女の膨大な洗濯物をキロいくら、日々のポートレートを1Pいくら、といった具合に請け負うことで、はじめて自活できるようになった。6/26

三食昼寝付きで、ホテル並みの至れり尽くせりのキャンプ地、という触れ込みだったが、いざ現地を訪れてみると、飲み食いできるものは、なにひとつなかったので、私らは、朝から晩まで狩りをするほかなかった。6/27

コピーライターのアオキさんと、海外担当のカナガワ君、そして私の3人で旅をしているのだが、裸馬の大群が、怒涛のごとく疾走している。どうやらここは、アメリカの西部のあらくれの地らしかった。6/28

ジャングルの中では、赤くて丸い実を食べる。私は、それを絵に描いた。6/29

私は自費出版某社のライターだったが、自叙伝の作者と私の間に、変質狂的な編集者が絶えず介在して、取材や執筆の邪魔をするので、頭にきて抛り出したら、それ以来ぷっつり仕事の依頼が来なくなった。6/30