待つ日々の

 

ヒヨコブタ

 
 

寒さを堪えることは不得手でないと思ってきた
ふりこめるような雪も氷もとけていくことを待つ気持ちは
幼き日には温もりだった

あたたかさを届けたくて
ことばを重ねるときも
マイナスに伝わることが多いとき
戸惑いが、ある
戸惑いすぎるとき
わからなく、なる
寒さはそこにも、あるのか

 
懐かしさをもって他者と再会したとき
そのひとのなかの永いわたしを見るように
他者であるそのひとのいまも、見る

まだ会うことができるとき
特別な時間かどうかはずいぶんあとにのみわかるのかと
なじみの店での再会が
さみしさよりぬくもりが多いのは

思うのは
多くのひとのしゅんかん
仕草や話し方、目の輝きや歌声
さまざまのしゅんかん

うつろうのは季節よりもじぶんにあり
報せてくれるように季節があるのだろうかと

思う

うちすてられたようにみえるものでも
かつてのわたしの宝物だったもののように
価値はそのひとに委ねながら
片づけていくのも
物ではなく思考やこころなのだろうか

華やかすぎる春ではなくて、いい
春の鳥のこえをきいたとき
そのさえずりに確かにそう思った

 

 

 

55歳の2月16日

 

今井義行

 
 

55歳の2月16日に血尿が出た
肉眼ではっきり分かる 鮮血が混ざっていたのだ
独りで屋内に居ると
つい 調べ過ぎてしまう

──・・・・ なにか、大きなことではないか、と
検索ヲ し過ぎて シマウ

55歳の2月13日に 池袋の北口で
初対面のおんなと 夕方
待ち合わせをして 逢ったのだった

北口を出てすぐの 「珈琲伯爵」という店の
赤い看板を 目印に指定したのは おんなだった

「初めまして、YumuYumu です」と
30歳の 白いマスクをした おんなは喋った
どこかしたたかな 上目遣いだった

池袋の北口は ラブホテル街だ

「初めまして、Swan です」と
わたしも応えて 2 人は並んでラブホテル街へと
歩いていった

「あら 人見知りなのね、分かるわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ああいうサイト、使うの 初めてでしょ」
「時間とお金の無駄遣いかもねぇ」

コンビニで買える プリペイド式の電子マネー
ビットキャッシュを オンラインで浪費した
1,500 円ずつ 1カ月半買い続けて
利用料金のチャージに充ててきたのだった

55歳は 寂しかったので
セックスフレンドを 探した

ひらがな 16 文字の ID をモバイル端末に
入力すると 視えない電子マネーは
視えない精虫のように

オンラインの 大海へ 泳いで行った
視えない誰かへ たどり着こうとして

マッチングサイトはおびただしい男性女性会員を
抱えているが 1 つ 1 つは
ハンドル名の姿の吐息 のようなものだ──・・・・

マッチングサイト内で さまざまなユーザーと
さまざまなメッセージを並行して送信し合う中
或る日 対話が 急速に 展開していったのが

YumuYumu ──・・・・
30 歳のセックスフレンドを探す既婚者だった

〈こんにちは、
YumuYumu です。お返事どうも。
早速ですが 近いうち 会えますか?〉
〈こんにちは、Swan です。
あさって 水曜日
16:00の ご都合は いかがですか?〉
〈大丈夫です。
そしたら先に初対面の条件の話を聞いてもらえますか??〉
〈はい。どのような??〉
セックスフレンド は
即会い即ホ お金で割り切りということだろう

と 想った

〈金額は こういうのの定番と聞く2万円に少し差をつけて
私なりにホテル代以外 2万2千円初対面だけお願いします。
条件は以上です。〉
〈金銭のやり取りに関わることは
現場で 変更したりせず クリアにお願いしますね〉

すると、おんなは 途端に 饒舌体になった

〈よくお金の話しをすると業者だとか売春がどうとか言われて
酷く中傷されます。でも男性目線だとわからないかもですが、
女性からしたらこういうサイトでの出会いで
初対面の条件をつけるのは当たり前なんです。
中には、ホテルで豹変する人とか、女性が情報共有できる掲示板では
被害者女性の書き込みがたくさんあります。
女性に来るメッセージって本当に9割が酷い内容で、
返す気にもならないような内容です。
常識なんて微塵も感じないんです。
そもそも挨拶もできない人、写真を載せてないのに
写真を要求して来る人、例を挙げると切りがないですが、
「生でいくらですか?」「友達と2人で攻めまくってあげましょうか?」
「売春儲かってますか?」「業者じゃなければ会いたいです」
「縛ってあげるから会おうよ」
「おっぱい見せてくれたら会ってあげるよ」とか。
こんなメッセージがほとんどで、挨拶から始まり、
まともに会話できる人があまりにもいないんです。
なので女性は多少のリスクを背負ってもらい女性の身を案じれる人で、
初対面のリスクを背負ってくれる人なら真剣に考えてて、
信用してみても大丈夫そうだなと思えるんです。〉

〈ああ、そうなんですね。──・・・・ 解りました、よ。〉

ホテルの 502 号室の中へ 2 人で入ると
30 歳のおんなは 白いマスクを外して 喋った
紡錘形の 白い二十日鼠のような 口元だった

「Swan さん、先に お約束のものをください」
つりあがった小さな眼が 私のバッグを見つめた

私は 銀行の封筒から2万2千円を出して
おんなの 手に 渡した
「YumuYumu さん、ほら、確認してください」
洒落た内装の 502 号室という 空間で
1万円札が2枚と千円札が2枚 たなびいて
私は とても不思議な 気持ちになった

毎日 倹約を迫られている 低所得層の私が
大きな金額のはずの紙幣を気安く扱っている
ビットキャッシュ決済の日々でお金に対する
感覚がいつのまにか狂ってしまったんだろか

2万2千円あればランチに 30 回は行けるよ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんなことやっちまってホントに良いのかい
こんなことやっちまってホントに良いのかい
Swan さんよ ──・・・・

「あと、ピル代や性病検査代に使いたいから
もう少し カンパお願いします Swan さん」
「ああ、それは無理だね!!」

「おうむ返しに ぴしゃりと 言わないでよ
私、結婚してるんだから 定期的に 検査が
必要なのよ
どちらが移したとか うやむやに出来ないの
貴男だって 検査しておく必要があるからね
それだったら 良いわよ
先に浴びて ベッドで 横たわってて頂戴」

「YumuYumu さん、貴女こそ 豹変したね」

私は 言われるままに シャワーを 浴びて

ダブルベッドの片側に大の字になって身体を
置いて みたのだったが
気持ちが萎えてしまってエレクトしなかった
マッチングサイトで 知り合った
30 歳の 初対面のおんな YumuYumu さん
上着を脱いだだけで 私の頭の脇に腰掛けた

「サイズを測ろうと思ったのに無理だわね」

「ばか正直な私にも問題があるのかもしれないが
私はいま 酷い人間不信と 生活費の散財に
苛まれている ところなんだよ」

「あのね 貴男が エレクトするまで
2時間も 3時間も 待ってられないわよ
AV でも観ながら オナニーをしてなさい
私、リングでも買ってくるわ
増強リング 3 千円位 するんだから、ね
Swan さん ──・・・・」

そうつぶやくと おんなは
上着を着て 502 号室の ドアノブに手を
掛けた 「カンパの1つもできない男!」

「きみ、きちんと戻ってくるんだろうね」
「そんなこと条件に入っていたかしら?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は そのあとずっと独りで待っていた

私は そのあとずっと独りで待っていた

私は騙されてしまったのだろうか と想っていた
55 歳の 2 月 13 日に
私の 「男性」は 終わってしまった 気がした
その感情は いびつな 結石となって
私の泌尿器内を引掻き回し出していたのでないか

そうして 3日後 ──・・・・
55 歳の 2 月 16 日に血尿が出た
肉眼ではっきり分かる 鮮血が混ざっていたのだ
YumuYumu 色 とでも 名付けたい
マッチングサイト巡りの 或る 顛末 だろうか

けれども、 呆気に取られてばかり いられない
泌尿器科外来へ 向かう力を 持たなければ!!

 

 

 

高いところへ

 

辻 和人

 
 

高い
高い
高いところだ
高いところは気持ちいい
見晴らしがいい
見下ろすことで偉くなった気分になれる
近づく者はそうそういないから安全安心
だから
高いところへ
高いところへ

レドがちょっと元気になってきたとの母の電話
週末、実家のドアを開ける
あれ、いない
ファミはあくびしながら近づいてくるけど
レドがいない
どうしちゃったの、聞こうとしたら
わ、あんなところに
「おかえり。レド、少し足に力がついてきてね。
今週の頭くらいから冷蔵庫の上に登るようになったよ。
びっくりだねえ」

真っ白に真っ黒斑点のレドが
顎を地につける格好で
高い
高い
冷蔵庫の上で寝そべってる
ありえない
つい先日まで
ピョコッ ピョコタッ と
足を引きずりながらやっと歩いていたのに
椅子を脚立代わりにして顔を近づけて挨拶
顎筋を撫でると
目を細めて
ゴロゴロゴロ
高い
高い
空気が震動する

お茶を飲みながら父から様子を聞く
排尿排便障害は相変わらずだけど
足腰は幾らか回復した
まだ足を引きずってるけれど
動きはすばしっこくなったという
やがて
そろりそろりと降りてきたレド
前足で前方を確かめながら
慎重に慎重に着地
ぴちゃぴちゃ水を飲んでいる
「そのうちまた冷蔵庫に登るから見てごらん。上手にジャンプして登るよ」

ピョコッ、ピョコタッ
怪我をしてから昼寝は床かソファーの上
それでも台所を横切る時は
冷蔵庫をちらっちらっ眺めていた
高齢の両親が買い物の回数が少なくて済むようにと買い替えた
大型の冷蔵庫だ
レドにとってそこは天上
天上の空気を吸って
昼寝する
最高だ
下界ではクールに擦れ違ったりするファミとも
天上ではべったりくっつきあって寝る
高い
高い
高いってすばらしい
そのことを忘れられないレドは
足を引きずりながら
高い
高い
を取り戻そうと
機会を伺ってたってこと

ノラ猫時代
高い
はそこらじゅうにあったな
木や塀をさささっと登って
屋根に飛び移って
更に別の家の屋根へ
ひょいひょい
同じ敷地でも活用できる空間の量が人間とはまるで違う
飛び移る時、体は
矢のように
光った
高いところが苦手なぼくは
空中を駆け上る猫たちを
口をあんぐり開けて眺めてた
人間の上昇志向には嫌悪感があるけど
猫の上昇志向はいいなあ
人間の目指す高さは比喩にしか過ぎないけど
猫はほんとの高さを目指すんだ

その時だ
ピョコーッッ
ピョコッタッッッ
台所をうろうろしていたレドが突然
冷蔵庫の横のテレビが置いてある棚に飛び乗った
第一関門突破
ここからが大変
体を半分冷蔵庫側にひねる
後ろ足、ぶるぶる
弱い弓のように震え
それでも
ピョコーッッ
真っ白に真っ黒斑点の体が矢になった
光った
ピョコッタッッッ
わぁ、立った、立っちゃった
誇らしげな黒目がまん丸丸だ
気持ちいい
見晴らしがいい
偉くなった気分
安全安心
そういうものさえ越えて
今悠々と毛づくろい
いいぞ、レド
高い
高い
高いなあ

 

 

 

2019年1月31日

 

狩野雅之

 
 

2019/01/31 THU 雪は一時止んで曇り時々雪に変わり、午後3時過ぎ頃から再び本降りになりました。この冬では最も激しい降りのように感じます。山岳部だけでなく山麓の市街地でもずんずん積もっています。気温はそんなに低くはないです。パウダースノーですが、水気の多い雪のように感じます。最低気温氷点下15℃、最高気温氷点下4℃。FUJIFILM X-E3, FUJINON XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS

 


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そこ

 

義母は
咳き込んだ

吸引のあと

喉の奥が
ぜいぜいと鳴った

苺を
薄切りにして

蜂蜜をかけて
一枚一枚食べさせた

お茶をのませた

義母は天をみた
うすく瞳を凝らした

見開いた
それで逝った

そこに行く
そこで待つ

そこは
どこなの

そこは底なの

ヒトの
底なの

ヒトはそこで待つ