この世は、時々うつくしい。

―Et nous nous resterons sur la terre Qui est quelquefois si jolie Jacques Prévert「PATER NOSTER」
 

西暦2019年3月の歌

 

佐々木 眞

 
 

 

雨が上がって、風が吹く。
東の空いっぱいに弧を描いて
久しぶりに大きな虹が出ている。
この世は、時々うつくしい。

どこかで、グヮッ、グヮッ、グヮッと声がする。
滑川を覗き込んだら、春の水の上で
六羽のカモたちが、翼を拡げて駆け回っている。
この世は、時々うつくしい。

妻が、美容院から戻ってきた。
すっかり白くなった髪を、短めのボブにして
その姿は映画『ジャイアンツ』のエリザベス・テーラーに、ちょっと似ている。
この世は、時々うつくしい。

ドナルド・キーンやアンドレ・プレヴィン
ブルーノ・ガンツやカール・ラガーフェルドは亡くなったが、
わが鈴木志郎康や岡井隆は生きている。
この世は、時々うつくしい。

三寒四温の温の日。
イヌフグリの花と葉っぱの上で
今年初めて誕生したキチョウが、微かに翅を震わせている。
この世は、時々うつくしい。

白血病の堀江璃花子選手が「私は全力で生きます!」と宣言し、
私の妹も、抗がん剤の激烈な苦しみと闘いながら
「がんばります!」とメールを寄越す。
この世は、時々うつくしい。

東京千駄ヶ谷国立能楽堂の「第18回青翔会」。
能「海人」の後シテ役で、龍女に扮した宝生流の佐野玄宜が
くるりくるりと「早舞」を舞う。
この世は、時々うつくしい。

高木建材の前の小道で、突然ウグイスが鳴き始めた。
二声目を待っているが、なかなか鳴かないので、
私は、道端の煉瓦の上にどっかり腰を下ろし、それを待っている。
この世は、時々うつくしい。