造花の如く

 

今井義行

 

 

少年時代 水たまりのなかの 白い花を摘もうとして 手が濡れた
≪きれいだなあ、かわいいなあ≫ 唯そんな想いだけで 手が動いた
その日の花は雨あがりの 水に映り込んだだけの白い花だったので
わたしの胸のなかには摘めなかった白い花が造花として保存された
そして少女たちの輪で遊んでばかりいた頃その花は喜びへ揺らいだ

*保存された その花、 どんな 白い おはな

*わたしの 胸の 一輪挿しに ずっと ある

*それは、 艶の ある Vanilla ホワイト

*それは、 ゆりの、 造花 です ゆりは、

*埃をかぶり 幾たびも 割れそうにもなり

わたしの ゆりは、わたしのなかの少女性で
壮年男の胸の 一輪挿しにもずっと つづいて
可愛い白さに憧れて野を這った少年の名残り

*それは、 艶の ある Vanilla ホワイト

*それは、 ゆりの、 造花 です ゆりは、

*わたしの 胸の 一輪挿しに ずっと ある

*それは、 家族が いない日にした 薄化粧

Vanilla ホワイト 造花・・・、造花 つくりばな、
という 自然 があるのだと 信じて きたの

東京都美術館で 「ボッティチェリ展」の ≪聖母子≫ を見た
母子とはあるが それは 抱く者と抱かれる者の 愛花でした
富豪家から依頼された宗教画かもしれないがその碧い熱の注が
れようは表現の開花と欧州でのキリスト教の浸透力を伺わせた

宗教画にはゆりが描かれることが多いというキリスト教に於て
ゆりの花は、【純潔】を意味するのだと聞いた 中世イタリアの
≪受胎告知≫などの絵には しばしば 背景に描き込まれている。
けれど、ニッポンではゆりは 陰間の俗語 薔薇族と対になる物

処女懐胎などするわけないじゃないか神秘的な嘘もあるものだ
わたしは その聖母から ≪聖≫も ≪母≫も むしりとって
ヘンな勘違いしなさんな、と 眼を伏せて両腿を静かに閉ざす
官能性の匂う Onna の白色光の手を掴んで額縁から連れだした

上野公園の散歩道には ハクモクレンが天へ垂直に咲いていた

春がおとずれると 花々が咲き 花々が散るのをうつくしいと
ひとは言う けれど わたしは春先を疑い神の怒りにふれよう
と想った 造花・・・・・・・、つくりばな、 Onna は 何も喋らない
碧い石を微細に砕いた衣一枚で どこまでも影のない白い頬で

そして誰も来ない鳥居の奥の木陰で わたしたちは添い寝した
わたしは わたしを 冬越えさせた一枚だけのコートを 毛布の
かわりにして Onna の冷えた 腕まくらに 横顔をうずめた
木陰の枝々のむこうに 不忍池の傾きかけた 日射しが見えた

Onna は つっと わたしの乳房をなだらかなくちびるで吸った

唇スタンプは縦に横に上に下にわたしの乳首の周りを移動した

≪ああ、 ねむっていた ゆりが ひらく≫

Vanilla ホワイト 造花・・・・・・・・・、 つくりばな、
と いう 自然が あるのだと 感じて いたの

傾斜線の輝く 上野公園で いつかは 召されても 造花でいたかった
ゆりは Onna の 指先で 包皮がめくられて しだいに勃っていった
わたしの ゆりは、 わたしのなかの秘密 少女性だった、というのに
なまの壮年男の 胸の一輪挿しに ずっと あるものだったというのに

≪ああ、Vanilla ホワイト が こぼれそう≫

白色光の輝く 上野公園で いつかは 召されても 造花でいたかった

≪ああ、Vanilla ホワイト が したたった≫

花はどこへ行った?/Peter, Paul and Mary
WHERE HAVE ALL THE FLOWERS GONE?≪和訳≫

Where have all the flowers gone, long time passing?
花はどこへ行った?長い時を経て
Where have all the flowers gone, long time ago?
花はどこへ行った?長い時が流れ
Where have all the flowers gone?
花はどこへ行った?

Where have all the young girls gone, long time passing?
少女達はどこへ行った?長い時を経て
Where have all the young girls gone, long time ago?
少女達はどこへ行った?長い時が流れて
Where have all the young girls gone?
少女達はどこへ行った?

Gone to young men[or husbands] everyone.
みんな恋人達のもとへ行った.

少女達は、どのような性(さが)に たどりついたのだろうか──
その少女達の一人位は胸に兄花ができ妹の香り抱き寄せたのでは

夕空には 三日月がうっすら浮かび うたたねからさめてみると
わたしは 碧い石の敷きつめられた おおきな円陣のなかにいた
碧い石の粉にまみれたコート わたしは それを ひとり纏って
不忍池のボート乗り場の舗道に沿って 御徒町まで歩いていった
なまの壮年男の胸の一輪挿しにずっとあったものは消えたのかな

御徒町からアメ横の雑踏のなかに入っていった 無国籍な露店街
の日本人が営む鮮魚店 真っ赤な合成着色料にまみれて怒張した
ように太くてながい一本の辛子明太子が≪神のペニス≫に思えた
わたしは 上野松坂屋の傍のバス停から都営バスに乗って帰った
宵闇のなかで どこへ向うのか 自らを 訪ね求めるように・・・・

 

 

 

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