暗譜の谷

ワルター・ギーゼキングとともに

 

萩原健次郎

 
 

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鹿の頭が浮いてるよ。
鹿の頭しいが浮いてるよ。

しかのあたましいがういてるよ

あたましい鹿だなあ
頭が浮いてるよ。

東山連峰の修験道で
夜道を歩いていて、光る眼にぶつかった。
闇の中、ただただ棒で獣の頭を叩いた。
子どもだったのかもしれない。
繊い声を発して、消えていった。

わたしにも日常があり、
修行があり
呪文をとなえることもある。
オン、ソワカ
あ、魂。

グラナダの夜の のとうの、妹と
雨の庭の のにわの、兄と
塔(パゴダ)
のよるの、姉と

板の上で、クロード・ドビュッシーを奏する
板の上で、水面。
あたましい、水の平面が
ずっと左右に続いている。

鹿の子どもの頭は
均等に
同じ姿で
並んでいる。

みな元々は、悪の人だ。

 

空空空空空空空空空空空空空空空空(連作「暗譜の谷」のうち)

 

 

 

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