飲み込まれちゃう

 

辻 和人

 
 

飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃう
遂に、遂に

お家ができちゃって
引き渡しの日
ミヤミヤと自転車を一生懸命漕ぐ
緑むせ返る5月の終わり
10時ぴったりに新居に着く
うわぁ
真っ白な壁
真っ白な屋根
緑の熱気をひんやりなだめる
建築事務所の方に鍵を渡してもらったミヤミヤ
「入りますよ。」
一瞬息を止め、深く吐き出して
記念すべき
カチャリ
あ、開いた

足を踏み入れると
外観とおんなじ
きりっと真っ白白
ああ、家だよ、ホンモノの家だ
上がったり下がったり
ジグザグになるように配置された大小の窓
うん、この窓がこの家の特徴なんだ
ついてきた光線君
閉まる寸前のドアの隙間から
薄く四角く延ばしていた体をヒューッと潜り込ませ
球のようにまあるくなったかと思うと
窓枠に沿って
つるん、つるん
「ウエー、ニ、イッタリィ、サガッターリィ、ツッルーーン。」
目玉をジグザグに動かして喜んでる

ミヤミヤはゆっくり歩きながら
険しい目つきで部屋の中を見渡す
集中してる時の表情だ
ダイニングとつながってるキッチンでは
できたばかりの料理を縁に乗せればすぐに食卓に運べるようになっている
その白い縁の部分にそっと手を置いて滑らせながら
キッチン周りを子細に点検し終えたミヤミヤ
「2階に行ってみましょうか。」
とんとんとん、と
スケルトン階段
昇ってる途中
おっ、ミヤミヤ、立ち止まって
厳しい表情を解いて
ようやくようやく
にっこり
何だろう
「ねえねえ、かずとん、ここからの眺め、とってもいいよ。」

右手にあっかるい大きな窓
前方にベランダとフリースペース
そして見下ろした先には赤褐色の床がノビノビ
壁真っ白で柱もないし
だから床の個性が引き立つんだな
面積は狭いんだけどなあ
家がパカッと口開けて
呼吸してるみたいじゃん

吸い込まれる
吸い込まれちゃう

あれもこれも
ミヤミヤが望んで計画したもの
毎日毎日隙間時間を見つけては設計図とにらめっこして
いやいや
もしかしたら
ぼくとつきあう前からミヤミヤの中にずっしーんとあったかもしれないもの
掌を広げ壁をそっと押し当てて
鼓動をうかがうように
感触を確かめる
この家は
ミヤミヤの魂そのもの
面積は狭いけど
床板の赤褐色は
広くて深い
かずとんなんてさ
この赤褐色に
飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃう
そうだよ
飲み込まれちゃえ
飲み込まれちゃえ

「がっしりできているでしょう。
ウチは頑丈さには自信があるんです。
ちなみにこのブラックチェリーという床板は
時がたつほど赤味が出てきて味わい深い色になるんですよ。」
設計士の方が説明してくれた
「はい、良い家を作っていただきありがとうございました。」
深々と頭を下げるミヤミヤ
おっと、思い出したぞ
この床板を決めたのはぼくだったな
床はどの板にするか、ミヤミヤから選択を求められて
明るすぎず暗すぎず
そんな色を迷いもせずに指定して反対されなかった
ぼくの選択の結果が今、ここにどーんと存在してるってわけ
ミヤミヤの魂の一部にもなってるってわけ

「かずとーん、センタクー、ノーミー、コマレー。」
体を丸くした光線君がボールのように転げ回りながら叫ぶ
右の壁にぶつかっては左の壁に跳ね返り
天井にぶつかっては勢いよく床に落ちる
落ちた先に広がっているのは
赤褐色の世界
ミヤミヤとかずとん、これから2人仲良く
飲み込まれちゃう
飲み込まれちゃえ

 

 

 

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