<反論> カラスの、

 

萩原健次郎

 
 

 

あっ、右を向いた。
勝手でしょ。
南無阿弥陀。南無阿弥陀ああ。あっ、餌。
わたしの食糧。生きようと思えば生きられるけれど、もう往って還ってくるのに疲れたから、虫、食糧、いらねえ。

わたし、あきらめた。虫、喰ってもねえ。
見てる?写真撮ろうってか。はいはい。あなたの眼中にわたしがいて、わたしの眼中にあなたがいて、四角く削ごうなんて、卑怯だねえ。あんた。

わたしもねえ、世界、採集してんだよ。

虫、おおむね虫、食糧図鑑をつくろうかと考えていたこともあるね。
若い時分にね。虫、まんまると削いで、脳のアルバムにぺたぺた貼り付ける。
わたしにも脳はあらあな。南無阿弥陀ああと言うぐらいなんだから。
あんたの脳にはさあ、どんなもの貼ってるんかなあ。
食糧?虫じゃないわなあ。人かなあ、恋人?米?
そうかあ、草みたいなもんだ。肉?鳥も食べるんだ。

カラスは食べないのか。そうか。ヒツジもイノシシも食べるのか。
変なものは、食べるんだ。タニシもクリも、カキもか。
それは、わたしも好物だなあ。

飽きないのかねえ、わたしをそこからじっと見ていて。

わたしもう気はないよ。気は捨てたよ。
足あるよ。ぴょんぴょんぴょこぴょこ。もう往かねえ、どこにも。
恋もしない。虫、いらねえ。唄、好きだよ。

かあかあ、かあかあ、かっかっかっ。

時雨心地って知ってるか。
わたしだって、いつも喜んで唄っているわけじゃない。
おんなじ、かあかあでも、
「とってもさみしねくてねえ」、「女々しくて女々しくて」、
地に沁みこみたいときだってあるさ。

それも、ちょっとした抵抗で、「沁みたい沁みたい」って泣いている。

消えるやろ。
沁みたら、消滅。
あなたの眼中から、わたしは、ただの気配の陣地になって、かすかな記憶からも消えていく。スイッチ押してそれで、すぅーっと無くなる。

勝手でしょ。
あなたは、
わたしは、
この世は、
徒行。

 

 

 

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