青いカバン

 

塔島ひろみ

 
 

駅員さんは青いカバンを肩から提げて仕事をする
大きなお客さんたちにつぶされて、影のように立っている
「お下がりください!」
駅員さんが叫んでも、誰も下がらない
電車はバリバリと音を立てる
甘いにおいがして、犬が死んでいく
駅員さんは安全を確かめて ホーッと優しい溜息をついた
それから青いカバンを開ける
カバンにはいっぱいのポッキーが入っている
駅員さんはポッキーを食べる

骨が下がっていますね
そう言われた
右も左も上も下も、みんな下がっていますと
歯医者は言った
レントゲン写真を見せてくれる
腐りかかった駅員さんの口が写っている

青いカバンをなくしてしまった
電車が入ってきて 線路に投げ込む
骨が下がり、腐っていった
下がって!と、叫んだ
叫べば叫ぶほど、口の中の骨が下がり
腐っていった

忘れてしまった 私の青いカバンを忘れてしまった
中に何が入っていたかも忘れてしまった
受け付けの横に青いカバンが置いてある
私が忘れたカバンだろうか
手をかけると
「犬の骨が入ってますよ」
と、受付のおばさんが言った
駅員は口を開けて安全を確かめる
犬の骨が入っている
電車が来た
ポッキーを積んで走ってきた
犬たちが身を乗り出し、ホームにあふれる
「下がってください!」
「下がってください!」
「下がりなさい!」
「下がれよ!」

電車は駅員を乗せて発車した
犬たちはホームに取り残され、小さくなっていく電車を見ている
駅員さんが手を降っている
初めて電車に乗った駅員さんが子供のように顔を赤くして、
電車の中でしっかり指さし確認している姿を
私は見た

私の忘れたカバンが受付にあった
私の忘れたカバンです、
と言って受け取る
家に帰って開けてみるとプンと、チョコレートの香りがしみついた

なくしていたドッグフードが見つかった

 
 

2018年4月25日 江橋歯科医院待合室で(私の忘れものかもしれないものを見つけて)

 

 

 

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