かずとんとん

辻 和人

 

何だって?
「和人さん」はもうヤダッて?

結婚式から一週間程たった頃のこと
妻になったばかりの妻は
洗ったばかりの髪を撫でながら
寝室に入るや否や
「他人行儀で何かヤダなあ。いい呼び名ないかなあ
和人さん、和人くん、カズトカズト……
あっ、『かずとん』
『かずとん』いいかも…
決めたっ
これから『かずとん』って呼んでいい?
いいよね?」

それから
軽くフシをつけて
「かずとん、かずとん
かずとんとん」
と呟いた

一瞬で、ぼく
「かずとん」になってしまった

それまでのぼくたちは「和人さん」「美弥子さん」ってな感じ
会話の中で敬語使っちゃたり
彼女、夫婦であるからにはもっと親密に、もっと柔らかくあるべきって
考えたに違いない

「じゃあさ、君のことこれから『ミヤミヤ』って呼ぶよ」と言い返したけど
「かずとん」に比べるとインパクトなし
だいたいどっから来たんだ?
「とん」って?

「うーん、特に理由ないけど
かずとんにはすごく似合ってる感じがする
かわいいじゃない?
オジサンくさくないし
カタカナよりひらがながいいかな
かずとん、かずとん
かずとんとん」

かずとん、かずとん
怪獣の名前みたいだな
おとなしい小型の怪獣だ
森の中に住んでいて
クマさんやシカさんとも仲良くやっていたりするんだろう
うんうん、きっとそうだ

「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
電気を消し
しばらくして、妻の寝息を確かめた
よし
かずとんになって
寝床を抜け出す

とんとんとん

ドアを透過して階段を降りて

近くに深い森はないから
マンションの庭の木立ちの中
実体はないから
もっこもこ伸縮する輪郭みたいなものを
体の代わりに踊らせて

かずとん、かずとん、かずとんとん
かずとん、かずとん、かずとんとん

すると
寄ってきたのは、寄ってきたのは
クマさんとシカさん
やあやあ

特に理由はないけど
かわいくて
カタカナよりひらがなが似合うものに
ぼくは、なった

かずとん、かずとん、かずとんとん
かずとん、かずとん、かずとんとん

理由がなくて
体もないから
まだ3月だけど寒さは感じない
今夜はこのまま寝ちゃおう
朝だよーって
ミヤミヤが
起こしに来るまで

 

 

 

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