帰郷

 

道 ケージ

 
 

陽水の『断絶』では
「母は今年九月で六十四
空0子供だけのために年とった」

ウチの母は今年十一月に八十七
全て忘れてしまいそうだから
米寿の祝いを早めに
だから博多に帰る

「早く家に帰りたか」
圧迫骨折で入院中
一人住まいの自宅で転ぶ

「この病院は入ったら二度と戻られんって
空0言いよったよ」
誰がね
(後見申立書に捺印)
そげなこと言うわけなかろうもん

「あんたの兄貴たい
空0バスん中で独り言のように言ったことがあったと」

宗像の小さな家で正月に
庭でバトミントンしたな
物干し竿がネット代わり

父は和服に脛毛出し
母のわりと正確なサービス
欺しあいだな

かあさん、血ぃ出とうよ。怪我したと?
ズックを洗う母に駆け寄った
「ケガやなかとよ」

そんなこと もう覚えてないか
玄海灘 黒く
友泉亭如水庵に夕陽、近づく

必死の思いで故郷に帰る

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第22回

第7章 由良川漁族大戦争~くたばれ悪党!

 

佐々木 眞

 
 

 

戦いの火蓋が切られて、はや1時間。
さしも若さとスピード、そして美貌を誇る若鮎特攻隊も、多勢に無勢、すでに隊員の半分を失ってしまいました。

これ以上の戦闘は無意味、と判断したケンちゃんは、さびたナイフを振って若鮎たちを自分のまわりに集め、かねて用意の第2作戦に突入しました。

まず生き残った250匹の若鮎たちを、再びライギョ軍団の最前線に配置し、さんざんミニスカートで挑発して、ライギョおじさんたちの突撃を右に左にいなしておいてから、全速力で下流に向います。

そして、あと2メートル、あと1メートルで、今朝ケンちゃんが一生懸命に張っておいた漁網にたどりつくというギリギリのところで、取り舵いっぱい!
ケンチャンは若鮎特攻隊と一緒に左折して、柳の木の根方に緊急避難し、アユたちを先導しながら、漁網の少しまくれたところから、例の地下の大広間へとこっそり逃げたのでした。

雷魚ハルマゲドン
「くそお、ケンめ! アユめ! いったいどこへ消えやがったんだ。おれたちをサンザンおちょくりやがって。ちくしょう、1匹だって逃すもんか」
雷魚タイフーン
「おい,兄弟。あれは何だ? 何なんだ!」

ハルマゲドンとタイフーンの前方に、なんだか怪しい水煙が見えます。
それは昨夜の打ち合わせ通り、準備万端てぐすねひいて待ち伏せしていた、由良川じゅうのすべての淡水魚たちとその同盟軍でした。

少し具体的に書き記せば、その構成メンバーとは、以下の通りです。

ハヤ70648匹、アユカケ452匹、イワナ25匹、ウグイ9589匹、アカザ715匹、ムギツク514匹、オヤニラミ17匹、カマズカ569匹、ドンコ5789匹、カワムツ3657匹、オイカワ2679匹、フナ6459匹、コイ3685匹、スナヤツメ25匹、カワヤツメ16匹、アユ715匹、ヤマメ98匹、モロコ8671匹、ニゴイ578匹、ウグイ258匹、ドジョウ1023匹、シマドジョウ124匹、ホトケドジョウ269匹、モツゴ498匹、ワカサギ534匹、ナマズ867匹、ギギ558匹、ウナギ1364匹、オオウナギ268匹、タウナギ25匹、メダカ9046匹、ヨシノボリ6245匹、カジカ502匹などなどの総勢に、無数のトビケラ、カワゲラ、カゲロウ、ヤゴ、カメ、ミズカマキリ、イモリ、スッポン、カエル、カジカ、カワエビ、カニ、タガメ、タイコウチ、モクズガニ、ミズスマシ、マツモムシ、ゲンゴロウ、アメンボウ、ガガンボ、タニシ、カワニナたちを加えた全由良川防衛軍の面々たちが、時速60キロで殺到するライギョたちに向って、大胆不敵に陣営を組んで勢ぞろいしたかと思うと、三三五五次のような歌を、大声でうたいはじめました。

夕空晴れたら 秋風吹いた
ごはんがたけたら 晩めしたべよ

ごはんのおかずは ライギョの天ぷら
天ぷら食べたら パンツを脱ぐよ

パンツを脱いだら ポコチン出るよ
ポコチン出たら ションベンするよ

ションベンしたなら 水びたしだよ
水が出たなら ライギョがよろこぶ

お前がほんとの ライギョなら
雨ふりどしゃ降り かみなり鳴らせ

お前がにせもの ライギョなら
ドクダミつんで お茶飲まそ

そらそらおいで ここまでおいで
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ

そらそらおいで ここまでおいで
大陸生まれの らんぼうライギョ

それを聴いて、怒り心頭に発したライギョたち。
いつのまのやら姿を消したケンちゃんや若鮎特攻隊のことなどすっかり忘れて、目の前でヤンヤ、ヤンヤと口々にはやし立てるもろもろの魚たちに向って、歯槽膿漏の臭い息を吹きかけ吐きかけ、大きな口をさらに大きくひらいて、ものすごく長い背びれをまるでトビウオのようにバタバタと上下動させながらもんどり打って、なだれのように襲いかかったからたまりません。

ライギョたちと由良川の魚たちとの間に、ひそかに張り巡らされていたネットのために、総勢216匹のライギョ軍団は、全員しっかりからめとられて、もはや身動きひとつできなくなってしまいました。

一網打尽とは、このことです。
しかも彼らは普通の魚と違って空気呼吸が必要なために、時間が経つに従ってアップアップ。その日の夕方までには、全員があっけなく息絶えてしまいました。

 

 

つづく

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その28

 

佐々木 眞

 
 

 

落語ってなに?
面白い話をすることだよ。

お父さん、安いって割引のことでしょ?
うむ、まあそうだね。

おばあちゃん、寝られなかったね。
うん。
おばあちゃん、亡くなったよね。
うん。
ドクターゴン、ドクターゴンよ。

お母さん、ぼくはムクゲ好きですよ。
お母さんもよ。
お父さんも好きだよ。

焼き芋、焼き芋ですよ。

お母さん、就職活動ってなに?
お仕事を探すことよ。

古川さん、むかし「お変わりありませんか」っていったよ。
そう。
お変わりありませんか。お変わりありませんか。エアコンいじっちゃだめ。お変わりありませんか。

お母さん、コウブ君亡くなったの?
亡くなっちゃったね。
こうぶ君、なんで亡くなったの?
病気だと思うけど。

虫は、セミとか?
そうだよ。
お父さん、ぼく、アブラゼミ好きだよ。
そうか。お父さんも好きだよ。

お母さん、疑問てなに?
さてどういうことかなあ?っていうことよ。

お母さん、申すと甲違うでしょ?
違うね。
申し上げるってなに? 言うことでしょ?
そうよ。

お母さん、別にってなに?
別なことよ。

ネギシさん、浜松に住んでたの?
え、さうなの?
そうだお。

お母さん、旅行でおみやげ買いますよ。
そう、買ってくださいな。
お父さん、先輩の英語は?
wwwww

お父さん、ウエダさんが「汚れとりましたので」とおっしゃったよ。
そう。じゃあ、また汚れ取りに行こうね。
いやですお。

岸本先生、ユキオっていったよ?
耕君、先生に名前聞いたの?
そうだよ。ユキオ、ユキオ。

お母さん、ぼくシダックス好きだったんですお。
シダックス、なくなっちゃったねえ。
なくなりましたよ。

お父さん、しりとりしよ。戸塚。
カメ。耕君、カメだよ。逃げないでよ。

お母さん、デートってなに?
会ってお話したりすることよ。

おばばちゃんちに、オクラ植えた?
植えたよ。見てね。
見ますよ。

「気をつけて飲んでください」っていったよ。
何を?
お茶だお。
誰が?
おばあちゃんが。
そうなんだ。

お母さん、待ちぼうけってなに?
誰かをずーと待っていることよ。

お母さん、エイエイオオってなに?
がんばるぞお。
エイエイオオ、エイエイオオ。

お母さん、それぞれってなに?
ひとつひとつ、ってことよ。

お母さん、身軽ってなに?
身のこなしが軽いってことよ。

お母さん、いらつく、ってなに?
いらいらすることよ。

お母さん、ファイトってなに?
がんばることよ。
ファイト、ファイト、ファイト!

 

 

 

梅世

 

萩原健次郎

 
 

 

眼に
芯があり
芯を
電子的に
焼く
焼いて見ることを
恢復する
あらためさせられる
苦悩など
水底ふかく
捨てているから
もう平らかな
私性に
溺れることもない
わたしの
遭難趣味は
きれいなあと
景色の奴隷になってもなあ
改宗したり
水に眼浮く
顆粒
玉の尖
虫はしらないうちに
這い
墜落する
算術の
生と滅と
アセテートの朝
軸は
身体の管を
通過して
無類の
丼(陶製)の
表面を歩いていた
影殴りの
光抱きの
埋め

 

 

連作「不明の里」つづき

 

 

 

詩人

 

駿河昌樹

 
 

ジャームッシュの『パターソン』*はよかったが
詩人と呼ばざるをえないひとが
どうして詩人としか呼ばれざるをえないか
たとえば
この花がどうしてこの花で
どうしてあの花ではないのか
ありえないのか
いろいろな批評や研究のようにわずらわしい理屈など重ねず
時間の流れのなかに
ほわんと鮮明に見せてくれていたのが
よかった

詩人としか呼びようのないひとというのは
毎瞬さまざまなものが意識に押し寄せ続けるこの世のしくみに対しては
やっぱりよい存在のしかた
やっぱり的確な意識の使い方をしていると
思い直させられ再確認させられるところがあって
よかった

ウイリアム・カーロス・ウィリアムズで有名な
パターソン市に住んでいる市営バス運転手
その名もパターソン
が主人公で
これだけでもう詩神話的な人物設定なのだが
ノートに詩を書き溜めるだけで
詩集にまとめて出版しようなどという気の全くないところが
詩人の最高のすがたになっている

ジャームッシュの批評精神ははっきりここに出ている
まだ若く最高の活動期にある詩人が
じぶんで詩集を出版しようなどと思っては駄目なのだ
じぶんの詩をふり返り推敲し直し選択し編集して本にするなどの
一連の行為は詩作とは全くちがう運動で
それらに精神をふりむけた時にもう彼は詩人ではなくなってしまう
ジャームッシュの慧眼はすごいものだと思わされる

もちろん後世の読者としては本がなければ困るのだが
書き留められた詩から詩集出版への過程には
つねになにか予想外の突発的な事故や椿事がなければならない
書物の中で最高度の存在であるべき詩集というものは
詩人が必死に出そう出そうとしては絶対にいけないもので
ことの成りゆきから出版されてしまう事態に至るのでなければならない
詩集には詩人の思惑を超えた画竜点睛の伝説がどうしても必要で
そうしてこそ人類にそれらの言葉の束が残る奇跡が起こる
何冊何十冊出そうが人類の流れに深く染まっていかない本ばかりだが
書物の中で最高度の存在である詩集というものは
そのような身ぶりをせず別のアリュールを帯びていなければならない

主人公パターソンの詩帖はある晩
飼っている犬にこまかく食いちぎられてしまって
それまで書き溜めてきた詩はぜんぶ花吹雪になってしまう
さんざん妻からコピーしておけと言われながら
その気なしにいい加減な返事をし続けてきたぼんやりパターソンも
この時ばかりはさすがにショックを受ける
けれども彼が本当にもう一段上の詩人レベルに抜けるのはこの時
じぶんの秘密の詩帖にだけ書き溜めてきた天性の詩人が
それまでの作品をすべて失って
なおもこの世の中のひかりの中に居続ける時
純度100パーセント詩人がふいと顕現してしまう
それでも市営バス運転手の彼はいつものように出勤し
いつものように街を茫洋望洋と歩き
さまざまなあたりまえの光景を見聞きし続ける
書いたものを失ってしまっても詩人は詩人
たぶん書いても書かなくても詩人は詩人
数十年に一冊だか一世紀に数冊だかの割合で残っていく詩集だけでも
人類史上ではすでにずいぶんな量になっているけれど
そうした詩集があろうがなかろうが生まれつきの詩人たちがいて
そのうちのひとりは市営バスを寡黙に運転していたりする
彼らとおなじひかりの中に詩人でなど全くない人たちもいて
詩人素ゼロのひとたちさえ中にはいっぱいいるという豊饒さに
気づいてみると
それはそれで
いい感じもするよね…
とジャームッシュは呟いている
たぶん

映画の最後
パターソンがグレートフォールズの前のベンチに座っていると
日本から来た詩人なのか
文学の先生だかが隣りに座る
演じているのは永瀬正敏
眼鏡をかけた日本人は鞄から
ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの『パターソン』の訳本を出して見せる
街のことも『パターソン』のこともアメリカの詩のことも
いろいろ知っているのがわかる
日本人に「詩人か?」とたずねられて「ちがう」と答えたパターソンが
それでもいろいろと詩のことを知っていて
好きな詩もいろいろあるのに気づき
日本人はパターソンが生来の詩人であるのを直観的に理解する
パターソンに白紙のノートを渡し
書け!
とは言わないものの
書くことを促して去っていく時に
Aha…と言い残すが
後で白紙のノートをぱらぱらめくりながら
パターソンも
Aha…とつぶやく
詩人どうしの最高のコミュニケーションをAha…としたところに
ジャームッシュの詩の理解の非常な深みがある
禅や武士道に通じた彼なら
あたり前といえばあたり前の締めかただったかもしれない

もちろん
ぱらぱらめくられる時の
白紙のノートこそ
どんな詩集にも優る最高の詩集であることも

それを手にしながら
Aha…とつぶやくことの
目もくらむような豊饒の瞬間の
この世のひかりの中にあるひととしての
確認も

Aha…

 
 

*

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 31

 

私が死んでしまえばわたくしの心の父はどうなるのだろう

 

義兄は逝った

留萌から兄さんと
群馬から

けいこさんが来た

義兄を焼いた
太い骨になった

内陸縦貫鉄道と五能線で深浦までいった

死んでしまえば
わたしの心の父はどうなるだろう

深浦の海をみた
あの世に持ってゆく

 

 

 

ムクロジの木の下で

岩切正一郎詩集「翼果のかたちをした希望について」(らんか社刊)所収「ムクロジの木の下の会話」を読みてうたえる歌

 

佐々木 眞

 
 

空高く聳え立つムクロジの木の下で、私と妻は息子の藝大合格を喜んだ。
もしかすると彼は、ゴッホかピカソのような、偉大な画家になるのではないかと
まるで、獏の一家が夢見るような夢を見ていた。

やがて入学式が始まった。
ちょっとくたびれた感じの初老の学長は、檀上に上ると、新入生を祝福しつつ、
やや不穏なスピーチを垂れた給うた。

「私は諸君に、「おめでとう」は申しません。なぜなら、今日の佳き日、この場にいる皆さんのうち、本当の本物のプロになれるのは、ほんの一握り、いやもしかすると、たった一人かもしれないことを、私は熟知しているからです」

しかし講堂を埋め尽くした新入生と父兄の誰一人として、
彼のいささか不吉な予言に耳を傾けている者は、いなかった。
着飾った親たちの全員が、息子や娘たちの、輝かしい未来を夢見ていた。

その日私たちは、晴れの入学式の記念に、
岡倉天心像の隣に欝蒼と聳え立つムクロジの実を拾って持ち帰り、
おばあちゃんの家の庭の片隅に、だめもとで植えた。

すると驚くなかれ、しばらくすると、ムクロジの実から愛らしい芽が出て、
それを鉢植えに移すと、小さな枝葉は、ぐんぐんぐんぐん大きくなって
やがて気が付くと、見上げるような大樹となった。

空高く聳え立つムクロジの木の下で、私と妻は、不惑を過ぎた息子を思う。
今のところ息子は、ゴッホやピカソのような偉大な画家ではなさそうだが、
相も変わらず、毎日毎日、絵を描いているようだ。

 

 

 

学び続ける力

 

みわ はるか

 
 

時々足を運ぶパン屋さんがある。
小さなところなのでお会計をしている人はいつも同じお姉さんだ。
30代前半くらいだろうか。
すらりと背の高いお姉さんは色白で美人だ。
初めて見たときは、髪をきれいな栗色に染めていて、くるくるとパーマがかかった髪をおろしていた。
背中の半分くらいまであったような気がする。
久しぶりにまたパンが食べたくてそこに出向くと、パンを並べるのに忙しそうな同じお姉さんの姿があった。
髪は黒色になっていて、高い位置で1つに結んでまとめられていた。
桜の形をした可愛らしいバレッタで上から留めてあった。
振り向いたお姉さんの顔は前見たときと同じだったけれど、ほんのり頬に添えられたチークは赤色だったのが柔らかいピンク色に変わっていた。
時は人を変えるんだな。
人は何かしら物事に飽きるんだな。
色んなものに触発されるんだな。
何かを吸収したり学んだりすることはとても有意義だと思う。

わたしは山や川に囲まれた、よく言えば大自然に見守られて育った。
コンビニやスーパーは近くにないし、商業施設や娯楽施設もない。
ないないづくしの町だ。
そんな中で母親はよく図書館へ連れていってくれた。
1度に15冊まで借りられたので、絵本や小説、紙芝居、歴史本など目一杯借りていた。
カラフルな絵で書かれた本はわたしをわくわくした気分にしてくれたし、小説の中の世界はわたしに外界の世界を教えてくれた。
でもそれはあくまで本の中の世界だと思っていたので、現実世界にも色んなものがあって色んな体験ができると知るのはまだずっと後の話だ。
東京で長い間暮らしていた父は家で作られたご飯を食べることを好んでいたので家族で外食に行った記憶はほとんどない。
必然的にそういうお店があることを知らなかったし、なんとなくは分かってもそれがどういうものなのか想像するしかなかった。
旅行もあまり好きでなかった父の考えでみんなでどこかへ行って、何か有名なものの前でピースサインをする写真もほぼない。
ただ、ほったらかしにされていたわけでもなくて、学校のイベントや成長した姿の小さい頃の写真はたくさんアルバムに収められている。
人を家に呼ぶのが好きだった父は、よくみんなでバーベーキューをしたり、鍋をつついたりした。
店屋物をよくとっていた記憶がある。
夏にはカブトムシや蛍を見に河原に連れていってくれたし、夏休みのラジオ体操やプールをずる休みしようとするとものすごい勢いで怒られた。

わたし自身の話となると、大人になった今は某有名化粧品が大好きで、服や靴のショッピングも好む。
ただ高校生まではそういうものに一切興味がなくて、朝、顔を洗うのに使うのは水だけだったし、服も制服とジャージがあれば十分だった。
困ったことは高校の修学旅行だった。3泊4日沖縄へ行くことに決まったのだけれど私服でというのが条件だった。ほとんど何もないクローゼットのどこを探しても着ていけるような服は見つからなかった。
その時は幼馴染みでお洒落な高校生活を満喫していた友達に一緒にショッピングモールを巡ってもらい事なきを得たのだけれど、その時間は苦痛だった。
その次の壁は大学入学前の時だった。
さすがに大学生ともなれば女の子は化粧がほぼ当たり前、毎日の生活も私服、鞄や靴も自由。
わたしにとっては大きな大きな環境の変化だった。
このときもあの例の幼馴染みに頭を下げてお願いして服やら靴やら全部助言してもらった。
化粧の仕方も一から教えてもらって感謝はしているが、彼女は少し濃すぎるのでその後自分でアレンジした。
この頃からきちんと洗顔や化粧水、乳液、美容クリームなど基礎的なお手入れを始めた。
美容院でしか売っていない少し高くて髪のキューティクルにいいシャンプーやトリートメントを買い始めたのもこの頃だ。
慣れないわたしの格好や化粧はのちのち人前に出てもまあましだと思われるようになったとは思うけれど、大学入学当初はものすごくださかったと思う。
それを大学の友人に確かめるのは怖いので今でも聞けずにいる。

大学入学後はまさに本の中の世界を見ているような気分だった。
少し都会に位置していたので、食べるところや着るものが売っているお店、お洒落なインテリアショップなど本当に何でもあった。
人の多さに圧倒されたし、女の人はきれいな人が多かった。
焼肉、イタリア料理、ワイン、和食、商業施設と複合してある温泉、髪を奇抜に染めた店員さんで構成される美容院…。
驚きの連続だった。
世界の入り口にやっとたどり着いたような気分だった。
もちろん勉学もそうだけれど多くのことを学んで吸収して取り組んだ時期の1つだった。
こんな田舎から出てきたわたしに懇切丁寧に様々なことを教えてくれた周りの人には感謝している。

何かを学ぶことをやめたらきっと人生はものすごくつまらない。
そんな気がする。