ほんとうの窓が

 

駿河昌樹

 
 

だれにも媚びないことばを
まだ
記せる?

どれだけ?

そう思って
ここにも
ことばを記してみる

認められたがりのことば
買ってもらいたがりのことば
覚えてもらいたがりのことば
こころに留めてもらいたがりのことば

そんな商売ことばたちだけに
なってしまった地上で
まだ
あり得るのか
けっして奴隷になることのない
ことばは

たゞの逡巡としか見えないことばや
急ぎのメモ書きのことばこそが
まだ知らぬ
どこかのひろびろとした草原への
窓のように見える

だれをも動かそうとしないことば
だれをも誘導しようとなどしないことば

そんなことばたちがほしい

たゞ
窓がほしいために

ほんとうの窓が

 

 

 

また恋文したくなってきている

 

駿河昌樹

 
 

ひとにわかりやすいものを書くひとたちの
書いたあれこれ
ちょっと時間つぶしのあいだに
読んでみていて

…やっぱり
辟易してしまった

わかりづらいものへ
わかり得ないものへ
ことばを並べながら手さぐりしていく
高原の空気のようなひとたちへ

また
恋文したくなってきている

 

 

 

新・冒険論 06

 

今朝
雨が降っている

夜中にモコに起こされた

雨の庭で
モコにおしっこをさせた

それからソファーに横になったが

眠れなかった
波多野睦さんの冬の旅を聴いた

ただこの世の生を受けた

南天の白い花がひとつひらいた
昨日

着想はなかった
着想もなく生を受ける

生に着想はない

 

 

 

花のアップを取り損なった

 

鈴木志郎康

 
 

咲きそろった
庭の
ビョウヤナギの黄色い花々。
その一つを
アップで撮ろうしたが、
身体がふらふらして、
しっかりと立って
居られないので、
花が
ズームした
画面から外れて、
アップの写真が
撮れない。
ふっと、
感情が
湧き起こる。
この感情は、
初めての経験。
まさに経験。
できなくなった、
身体の経験なんだ。
どうしょうもないね。
庭の花も、
わずか五メートル
離れた
遠くから
眺めてるだけ、
ってこと。

(実はわたしは、
若い頃、
プロフェッショナルな
カメラマンだったのだ。
ふむ、ふむ。)

 

 

 

海遊館

 

みわ はるか

 
 

先日、NHKスペシャルで「プルーアース・海の生き物たち」という特集を見た。
大海原は広大で美しいけれど、実は栄養分が貧しいためそこに生きる生物たちは餌を確保するのに苦労している。
一度餌となる標的を見つけるとまたとないチャンスにこぞって群がる。
それを嗅ぎ付けた他の生物もまた寄ってくる。
みんな生きるのに必死なのだ。
太陽の光がほとんど届かない深海にも生物がいる。
ここはもっと餌が少ないので一度見つけた標的は貴重だ。
体力をなるべく消耗しないようにゆっくりゆっくり泳ぐ。
そのためか、1年に1度しか食べ物にありつけなくても平気な魚もいる。
イワシの群れ、シャチの機敏な動き、サメの鋭い顔つき、大きな体の鯨が垂直に眠る姿・・・・。
広い広い海に住む生き物に圧倒され魅了された。

そこでわたしは友人を誘い大阪、海遊館へ行くことにした。
短絡的な思考だなとあとで思った。

調べると大阪まで電車と新幹線で2時間程だということが分かった。
行きの新幹線の中で、仲のいい友人と並んで食べる駅弁はなんだかとてもおいしかった。
あんまり好きではない魚の煮つけがするすると喉を通っていった。
車窓から見えるビルやマンションの多さは新鮮だった。
一体この窓の奥にはどんな人がどんな風に生きているのだろうと想像した。
だけどいまいち浮かばなかった。
そんなことをぐるぐる考えているとあっという間に海遊館の最寄駅についた。
そこから少し歩いただけで目的地にすんなり到着した。

大海原とまではいかなかったけれど、その水族館はわたしの心を充分に満たしてくれた。
大きな水槽に無数の魚たち。
気持ちよさそうにゆっくり泳いでいた。
ジンベイザメは想像以上に大きかったし、ヒトデやタコたちは期待通りのべっとしてけっして動こうとしなかった。
エイはつるっとしていて体を大きく見せながらふわりふわりと動いていた。
きらきらした水槽の中には、踊るように上へ上へと進むクラゲたちが驚くほどいた。
小さな熱帯魚はきれいな蛍光色をした体を見せつけるように優雅に時を過ごしていた。
どれもこれも普段は決して身近に感じることができない光景ばかりでいい時間だった。
水族館は大人になってからでも充分楽しめる場所なんだと知った。
最後の「順路→」を超えたあたりからなんだか少しさみしい気持ちになった。
いつもそうだけれど、楽しみにしていたものの「最後」は辛い。

最後、友人と2人で近くの観覧車に乗った。
すぐ横のテーマパークが見えた。
どこまでも続く高速道路が見えた。
きらきら光る海が見えた。
そこらじゅうに建つマンションが見えた。
今話題のあべのはるかすが見えた。
前を向くとあまりの高さに驚いている友人の顔が見えた。
これからのことをぼーっと考えた。
20代後半もだいぶたった。
どうやって生きていくのが正解なのか考えた。
蟻のように小さくなった人を真上からのぞいた。
長袖の人もいれば半袖の人もいた。
ふと、今日が雲一つない晴天でよかったなと思った。
色々考えたけれど答えは出てこなかった。
観覧車はスタート地点に戻った。
それは同時にゴールでもあった。

興味をもったものを追い求めて外に出ることはいいことだなと思う。
出来る限り自分の目で確認する作業をこれからも続けていけたらなと思う。
きっと何か得るものがあると思う。
あるはずだと自分を納得させることにする。

 

 

 

ステロイド眼科

 

塔島ひろみ

 
 

ステロイドが診察を待っている
隣りに座った私を見て
素適なロウケツ染めね、と褒めた
ステロイドは涙が止まらない眼病にかかり
すべてがぼんやりしてよく見えない
あなたが誰だかわからない
瞼が腫れた醜い私を、ロウケツ染めだと思ったのだ

瞼が腫れて痛いんです、ステロイドをください
みどり先生はぎゅっと、私の目を押す
ステロイドをください
私の目を潰す

ステロイドが入ってきて、隣りに座った
みどり先生はステロイドの涙に濡れた眼球を押す
ドクドクドクと、生温かい液体が眼窩から漏れ出る

「ほら、ウミだ」

救いながら、踏みつけてつぶす
つぶれたものの顔は
見ちゃいけない

救いたいから、ステロイドは
涙で自らの視力をつぶすのだった

ステロイドが泣いている

ステロイドをください

ステロイドが高原を走っていく
助走をつけて空に突き刺さる

みどり先生はステロイドを床に叩きつけて、私の目を押す
私を押さえつけ、口から、目から、滝のようにステロイドを流し込む
私の紺色のブラウスはドロドロに汚れ、私は裸足で独りぼっちだ

瞼の腫れがひき、涙があふれた
何もかも薄ぼんやりして、あなたが誰だかわからない
鏡を見ると、私は素適なロウケツ染めだ

生温かい海にぷかぷか浮かんで
見上げると空から、ステロイドの合唱

アルトで合わせる

 
 

(2018年5月18日、熊谷眼科にて)