Autumn 2018

 

狩野雅之

 
 


Autumn 2018  01
20181029-DSCF5500-2D
FUJIFILM X-E3, FUJINON XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS

 


Autumn 2018  02
20181029-DSCF5502-2D
FUJIFILM X-E3, FUJINON XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS

 


Autumn 2018  03
20181029-DSCF5503-2D
FUJIFILM X-E3, FUJINON XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS

 


Autumn 2018  04
20181029-DSCF5506-2D
FUJIFILM X-E3, FUJINON XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS

 


Autumn 2018  05
20181029-DSCF5507-2D
FUJIFILM X-E3, FUJINON XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS

 


Autumn 2018  06
20181029-DSCF5511-2D
FUJIFILM X-E3, FUJINON XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS

 

 

 

WE NEED THE GUITAR

 

神坏弥生

 
 

風が吹いている
鳥が鳴いている
右の掌を空に上げたなら
人差し指を立てて
指のアンテナで音波を掴む
僕たちが話しやすくするために
僕たちは、メロディを要する
我々に、ギターが必要だ
我々に、ギターが必要だ
我々が、ギターを弾いて
謳うように、話し
話すように謳い
時に黙るために、風が渡ってゆく
大地に、根を生やした樹々が
風によって枝を揺らし
木の葉たちの、しばしのざわめき
我々にギターが必要だ
我々にギターが必要だ
我々に音楽が必要だ
我々に音楽が必要だ
(願わくば、どうか我々に)LILICPOESYの星を

我々に歌が必要だ
まだまだ、まだまだギターが必要だ
まだまだ、まだまだ歌が必要だ
言葉をかき鳴らし、言葉をはじいて
大地を打ちつけるつもりでドラムを打ちながら
歩いてゆこう

言葉を空に放つつもりで、
空に映る初めの星の声を聴こうと
夜、夜空に、耳を傾けながら

Liycby yayoi kamituki

 

 

 

閃光

 

神坏弥生

 
 

閃光は外側からやって来る
照りつけた 昼間の日光
切り付けた ナイフの反射のように
暗い私の体の中へ
閃光がひらめき
体内から
どくどくと流れ
体の涙みたく
血液の海
君は死に切れないまま
君が捨てた
君を知る
友人が涙を流し
天がそれを許した時
雨が降るかもしれない
明日、天気になるといい

 

 

 

承認する | 返信 | クイック編集 | 編集 | 履歴 | スパム | ゴミ箱へ移動

由良川狂詩曲~連載第28回(最終回)

第8章 奇跡の日~いつかどこかで

 

佐々木 眞

 
 

 

――あっ、あれは、もしかして、Qちゃん? ほんとうにQちゃんなのかい?
ああ、、こんなに疲れきってボロボロになっちゃって……
Qちゃん、君はそれにしてもよく無事でこんなに早く故郷に戻ってこれたね。

ケンちゃんは、思いもかけない再会の驚きと感激で、頭の中がまっしろです。

Qちゃんは、朝の光を受けてキラキラと輝く由良川の清流の中を、軽やかな身のこなしで、ぐるぐると2回転半。あざやかなストップモーションを決めると、相変わらずアシカに似た賢そうな頭をクルリとひと振りしてから、上目づかいに見上げながらケンちゃんに向ってニッコリと微笑みかけました。

「ケンちゃん、お久しぶりです。お元気でしたか? ぼくも元気です。旧型の山手線はいまごろどこを走っているんでしょう? もうお払い箱になっちゃったのかしら?」
「山手線の旧型だって? お前は魚のくせに、JRに乗って、綾部まで帰ってきたのかい?」
「ぼくは、無事に帰ってきました。だけど、うぐいす色の山手線は、いまごろどこを走っているんでしょう? 南武線かな? それとも常磐線かな?」

すると、いつのまにか傍にいたオオウナギが、あわてたようにいいました。

「ケンちゃん、Q太はさかまく嵐の海を必死に泳ぎぬいて、たったいまなつかしい故郷へたどりついたばっかりなんじゃ。あんまり難儀な目にあいすぎて、ちょっとばかり頭が変になっとるようじゃ。そのうちに元に戻るさかい、あんまり心配せんでもええよ。
それより皆さんおまちかねじゃ。ほれQ太、これでお世話になったケンちゃんともお別れになるんじゃが、記念になんか一曲歌ってくれんかなあ」

Qちゃんはこっくりうなづくと、長老の頼みに応えて、持前の透きとおったボーイソプラノで、朗々と歌いはじめました。

♫君が愛せし綾部笠
落ちにけり 落ちにけり
由良川に 川中に
それを求むと尋ぬとせし程に
明けにけり 明けにけり
さらさら さやけの夏の夜は

♫心の澄むものは
霞花園 夜半の月
秋の野辺
上下も分かぬは 恋の道
岩間を漏り来る 由良の水

♫常に恋するは
空には織女流星
野辺には山鳥 秋は鹿
流の君達 冬は鴛鴦

♫舞へ舞へ 蝸牛
舞はむものならば
馬の子や 牛の子に
蹴させんとて 踏破せてん
眞に美しく舞うたらば
華の園まで遊ばせん

「華の園まで遊ばせん、華の園まで遊ばせん」、と二度まで繰り返して見事に謡いおさめ、Qちゃんはくるくると2回首をまわしてから、こう顔を七三に上手に方にひねって、ぴたりとみえを切りますと、井堰の舞台奥にズ、ズイと控えし由良川の魚ども、こぞって胸ビレ、背ビレ、尾ビレを総動員。綾部盆地を揺るがすような三三七拍子は、いつ果てるともなく山川草木の上に響き渡ったのでした。

そんなQ太の立派な晴れ姿をみつめながら、「ウナギにしては小さ過ぎ、ヤツメにしては目がふたつ、ほんにお前はドジョウみたい。変なやつ。でも、好き!」
とケンちゃんは、心の中でなんども思い思い、Q太へのつよい愛情が胸の奥いっぱいに広がるのを感じました。

「Q太よ、Q太よ。早く良くなっておくれ。ぼくの兄貴のコウ君だって、いっけん天才児に見えるけど、じつは生まれたときから脳のどこかをやられているんだ。でも今回は得意技を生かして、ここ一番というところでぼくの窮地を救ってくれた。だからQ太も頑張ってくれ。頑張ってなんて古くさい言葉だけど、いまはそれしか言えない。どうか頑張って!」

言葉にはせず、そう口の中でつぶやいてみただけで、ケンちゃんの大きな瞳は、みるみる熱いもので覆われてしまうのでした。

「さあ、これでぼくらの仕事は、ぜんぶ終わった。Q太くん! それから愛する由良川のすべての魚の諸君! いつまでも元気に、仲良く暮らしておくれ!」
とケンちゃんは、らあらあ泣きながら、由良川全部に向って叫びました。

「ではケンちゃんとコウさん。オラッチはもう年寄りでっさかい、ここいらで失礼させてもらいまっせ」
とオオウナギは、そばかすだらけの分厚い腰をペコリと一折折ってから、ニヤリと笑い、病み上がりのQ太をうながし、抱きかかえるようにして井堰の向うの川の深みへと消えてゆきました。

そのオオウナギの、そばかすだらけの横顔に浮かんだ、実に奇妙な笑いをみた瞬間、ケンちゃんの脳裏に、かすかな不安がよぎりました。

――西限と南限は東アフリカのナタール、東限は北部は小笠原諸島、南部はマルケサス島。日本の分布は黒潮が接岸する鹿児島県から房総半島南端にいたる沿岸と長崎県のみ、とされているオオウナギが、なんで丹波の内陸を流れる由良川にいるんだろう?

オオウナギの小型のやつは海の浅瀬の底にいるけれど、大型のは河川の淵の洞窟のなかに潜んでいると、確か魚の図鑑に書いてあったっけ。きゃつらの餌は小魚、エビ、カニ類で………
もしかしたら、ああ、もしかしたら、あいつらも、ライギョやアカメの同類項なのかも知れない!

「Qちゃん、Qちゃん、ちょっと待て! 待つんだ!」
と、ケンちゃんは大声で叫びました。

二度にわたって海を渡り、列島を大回遊し、奇跡の生還をなしとげた小さな友達に向って、声を限りに呼びかけました。
しかしいくらケンちゃんが目を凝らして、由良川の水面から遠くを見透かしても、もう魚たちの姿は、メダカ一匹見えません。

ただサラサラ、サラサラと規則正しい波音を立てて、由良川は上流から流れ、下流に向って、いっさんに流れ去っていくばかりでした。

正午。
太陽は、いままさに、ケンちゃんとコウちゃんの頭上に静止し、燃えるような強い光線を、垂直に注ぎこみました。

ちょうどその時、市役所のサイレンが喨々と、かつまた寥々と、鳴り響きました。

サイレンは五月のそよ風に乗って、由良川の川面を渡り、てらこ履物店の上空を過ぎ、やがて寺山のてっぺんのところで、ハタハタとはためく日章旗としばらく戯れたあと、綾部市の旧市街地にちらりと一瞥をくれ、青空の彼方へと静かに消えてゆきました。

 

 

 

 

○引用&参考文献
佐佐木信綱校訂 新訂「梁塵秘抄」(岩波文庫)
中村守純「原色淡水魚類検索図鑑」(北隆館)
阿部宗明「原色魚類検索図鑑」(北隆館)
村松剛「帝王御醍醐」(中公文庫)
綾部市役所編「市勢要覧」
浅野建二校注「山家鳥虫歌」(岩波文庫)
浅野建二校注「人国記・新人国記」(岩波文庫)
磯貝勇「丹波の話」(東書房)
神奈川県鎌倉市立大船中学特殊学級歌・小林美和子作詞「八組の歌」

○初稿 1991年5月19日~9月26日 改稿 2018年11月8日

 

 

 

ねむの、若くて切実な歌声

 

村岡由梨

 
 

このところ、娘のねむとの会話がぎこちない。
今、中学二年生。思春期真っ只中だ。

今日も、ねむは
教科書やノートがぎゅうぎゅうに入ったリュックを背負って
片道1kmの学校への道のりを
ただひたすら黙って歩いていく。

ある晩のこと。
ねむが、「明日学校で歌のテストがあるから」と言って
練習をした歌を、私に聴かせてくれた。
最初は、はにかみながら
途中吹っ切れたように、

ねむが、まっすぐ前を見据える。
歌声が、大きくなる。

みずみずしい音の果実を
一つ一つ確かめるように掴んで、もぎ取るみたいに
ひたむきで、透き通るような歌声

私はふと、
「眠」という名前をつける時に心の中で思い描いたような
しん と静かな森の奥の湖を思い出した。
深い孤独な青の湖にこだまする、若くて切実な歌声

ねむは、私のリクエストに応えて、
課題曲の他にも「君をのせて」や「カントリーロード」を
次々と歌ってくれた。

そばにいた夫が、
「大きくなったなあ」
と言ってメガネを外して、目を拭っていた。

私は、冗談で
「野々歩さん、結婚式では大泣きしちゃうかもね」
と言いそうになったけれど、
なぜか、言えなかった。

 

 

 

冬の水位 祈りとしての

 

長田典子

 
 

あなたたちの涙は
とつぜん
冬の水位として移動する
続く血脈をたどり
伝えよ、と
頭蓋に滴るので
悲しみが込みあげてしまうのだ
寒いでしょう…冷たいでしょう…
結露する窓枠
見る見えない津久井の山々
青く霞む稜線が
疾うに失われた地名へとみちびく
津久井町中野 字不津倉(あざふづくら)
湖底の墓地に今もまだ横たわる
置き去りにされなければならなかった
あなたたちのことを
伝えよ、と
冬の水位
滴るので
窓は ここで
永遠に結露する

 
 

※初出神奈川新聞の原稿を改稿

 

 

 

また旅だより 03

 

尾仲浩二

 
 

八十年代の終わりに、あの人がいっしょに行こうと言っていたパリ。
その時のためにと少しだけ言葉を教わったりもしたけれど。
時は流れて、今年あの人はフランスから勲章をもらい、
僕はあの頃のあの人の写真をパリのギャラリーに並べた。
三十年が過ぎて、ようやくパリですれ違えたような気がした。

2018年11月9日 フランス パリにて

 

 

 

 

歌の別れ、工藤冬里 詩集「棺」について

 

さとう三千魚

 
 

 


「徘徊老人 その他」


「徘徊老人 その他」

 

2018年9月1日に新宿文化センターで行われた工藤冬里のピアノリサイタル行ったのだが、リサイタルの後に工藤冬里から詩集「棺」をいただいた。
わたしの詩集「貨幣について」をお送りしていたからそのお返しかとも思われた。

工藤冬里の詩集が出版されていることは知らなかった。
奥付を見ると、2012年発行、十六夜書房、初版第三刷となっている。
工藤冬里のファンたちから随分とたくさん購入された詩集なのであろう。

わたしは工藤冬里の音楽は詩であると思っているから、
詩集を出さなくても彼は十分に詩人であると思うのだが、
工藤冬里の「棺」という詩集はこの世にあり、リサイタルから帰って、読みはじめてみたのだ。

わたしはすでに工藤冬里の「徘徊老人 その他」などの音楽を聴いてしまっている。
工藤冬里がソロで行っている音楽や、工藤礼子さんと行っている音楽、マヘル・シャラル・ハシュ・バズの皆さんと行っている音楽、などなどを聴いてしまっている。

わたしはそこに詩を見ている。
最低の人の声を聴いている。

工藤冬里の「棺」という詩集はどのような声を持つのだろうかと思いながら、
詩集「棺」を読み始めてみたのだった。

「棺」は遺体を入れて葬るための箱であろう。

この詩集の奥付の前頁の空白の中に一行「二◯一一年一月〜五月」と記されていて、
この詩集の詩は、東日本大震災を前後して書かれたものであることが解る。

はじめに「遺書 I」「遺書 II」という詩がある。
全文を引用してみよう。

 

・・・・・

 

遺書 I

墓を暴き
骨を洗うな

おれの灰は公衆トイレに流してくれ
どこでもいい
水洗便所に流してくれ

王たちの墓に入れるな

 

遺書 II

死と引き換えにやっと読まれるような
生きている者の
落度だけで
縫われていく
きみのマフラー

生きられる時間は短いので
病の悲惨さを確認するだけで終わってしまうね

総ゆるポジティブな思考は
だから嘘だ

王国の
散見される

手術前の雪の
落葉のようなバスの遅延

 
・・・・・
 

工藤冬里の詩は絶句の後の言葉でできている。
おそらくはこの世で「手術前の雪の落葉のようなバスの遅延」を体験している。

そして、東日本大震災の後の絶句も体験している。

詩に向かう時、わたしたちはあまり語るべき言葉を持たない。
詩は言葉が途切れるところからはじまる行為だとわたしは思っている。
言葉が途切れ絶句するところとは自我から非我に至る場所ということなのだろう。
そこでは、あまり語るべき言葉がないのだ。
語るべき言葉はないが全てが詩だというような場所なのだろう。

詩の言葉はコミュニケーションの手段ではない。
詩の言葉はコミュニケーションから逸脱することができる言葉だろう。
広告屋さんの言葉や政治家さんの言葉とも異なる。
彼らは言葉に効果と結果を期待する。
商品の売り上げを上げること、選挙に勝つこと、など、効果と結果を必要とする。
これまでに随分とたくさん、そんな言葉たちを見てきた。
社会とはそのような言葉で溢れかえっているところだった。
ご苦労さまなことです。

詩の言葉は「作品」でさえないかもしれない。
詩の言葉は絶句の後で自身の肉体に刻む刺青だろう。
それは作品をやめてまで届こうとする最底の人の声だろう。

工藤冬里の詩こそ最低の人の声だろう。

「der Rahmen」という詩の冒頭を引用してみよう。

 
・・・・・
 

既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけが家に帰る
既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけがアルジャジーラのtweetを追う
既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけがyoutubeを眺める
既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけが服を着て座っている
既に滅ぼされている枠だけが座っている
或いは帰らない
或いは帰る家がない
既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけが座っている
場所の問題ではない
墓所の問題なのだ
既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけが座っている
既に滅ぼされている枠だけが座っている

 
・・・・・
 

あの震災の後に残ったのは「枠」だけだったのだろう。
家族写真の額縁の枠であったり津波で流された家屋の基礎部分であったり、やわらかいものを包む枠組みだったろう。
やわらかいものの多くは流されてしまった。
その事実がここでは語られているようだ。

「弁当箱」という詩がある。
ここにもやわらかいものへの言及がある。

 
・・・・・
 

場所がなくなっても妙法がある訳ではない
本当はここで言葉が出るかどうかの実験だったのだ
(いまこの灰色の群集に別れを告げて山に登ったら自然はどう映るだろうか)
最後の歌というものはやはりあるのだ
とうとう歌えなかった背骨の陣営の歌

いつも 二つの場所があると思っていた
いまはどこにもない
ひとりで暮らしていかないと
ひとりで暮らしていくには
詩は浮き上がった剰余なのか
詩は池に浮き上がった剰余なのか
ここからは 本当に 弁当箱の
ようなものを失くすのか

 
・・・・・
 

詩はとうとう死者たちの背骨の陣営の歌を歌えなかったのだ。
詩は、池の底から浮き上がる死体の泡のようなものなのだろうか、
ここから人びとの本当にあたたかい弁当箱のようなものは失われるのだろうか?

工藤冬里は人びとが失ってしまうやわらかいものを掴まえて抱きよせようとしているように思える。
それを人びとは誰でも持っているのに失ってしまう。
歌はそのような別れの後に歌われるエレジーだろう。

最後に「そういう風にして」という詩を全文、引用してみます。

 
・・・・・
 

そういう風にして

そういう風にして今年に入って、ある曜日にある場所である地層から遺書の
ような言葉を出すことを続けてきた。震災の後、東京でもそれが出来る状況
になり、東京から帰って来てからは最早場所は日常全体に敷衍できると思い
始めた。書くことには手続きが必要だ。詩とは言葉を出す場所を決めること
だ。そういう風にして、再びノスタルジーの契機さえ捉えることが出来るよ
うになる。そういう風にして、今日のわたしが昨日のわたしになる。未来は
ないにしても。

 
・・・・・
 

「詩とは言葉を出す場所を決めることだ。そういう風にして、再びノスタルジーの契機さえ捉えることが出来るようになる。そういう風にして、今日のわたしが昨日のわたしになる。」と言われている。

工藤冬里の歌は、そういう風にして、歌われるだろう。