塔島ひろみ

 
 

あなたは2%ぐらいしか、私に見せてくれないのね
と、いつか言った人が 何だか今にも死にそうだ
深夜 窓のない暴走車に乗っている
スピードも落とさずに曲がるたび
母の体が砂のように ザザー ザザーと スライドする

川っぷちに行きますから
同乗する男性がマスク越しにこっそり囁き

まもなく車は ガタンガタンガタンと、何か凸凹の道に入って停まった
エンジン音が止み 静かになった

外に出ると 知らない土手下の荒れ地である
星がキラキラと輝いている
私は母をかき集め
真冬の風にしんみりと守られながら
マスクの男たちに助けられながら ここに 母を捨てた

私の嘘がキラキラと輝いて 母を照らす
母はとてもきれいだった

寝台の上に残っていたと、運転手が私に砂粒を渡してきて
車はあっという間に行ってしまった
数えると 2%ぐらいの母である
一緒に歩いて家まで帰る
まるで昨日までと同じ 母のように
まるで昨日までと同じ 私のように

 

(2017.12.18 江戸川病院救急センター処置室前で)

 

 

 

いにしえ人からユーチューブゆらゆら

 

長田典子

 
 

学期の最後の授業はパーティになり
話がひとめぐりすると
PCを起ち上げユーチューブで
それぞれの故郷の民謡や歌謡曲を聴きあうことになった

カザフスタン、トルコ、タイランド、コリア、ジャパン、チャイナ、サウジアラビア…
このクラスの学生たちは
全員アジア出身なのに
くすくす笑うのだ
はじめて出会った旋律の
ふしぎさ に 居心地のわるさ に

インターネットで瞬時に世界中に発信されるポップスや
ヨーロッパのクラッシック音楽には慣れているのに

ふかくじつな

揺れ
オーロラ
よせては おしかえす 旋律

馬を食べます
犬を食べます
鯨を食べます
豚を食べます食べません
牛を食べます食べません
鶏を食べます
蛇を食べます

今ここで ピザやポテトチップスや野菜サラダなど
それぞれの神に赦されたものを食べて 飲んで
ニューヨーク流のパーティを楽しんでいます
ほんとうにつらい時はきっと
故郷の味を食べたくなるのでしょう
わたしはジャパンレストランに行って鍋焼きうどんを食べて心を温めます
食べるだけで励まされるのです
聴きたくなるでしょう故郷のこぶしのきいた音楽を
わたしは昭和の時代の歌謡曲を聞いて涙ぐんでしまうのです
聴くだけで魂が揺さぶられます


オーロラ
揺れのある
ふかくじつな 旋律
宇宙の羊水の流れにのって
西へ東へ南へ北へ
意識は流れて浮遊する
混じって 絡まって 枝となって分かれ
分かれてしまって
それぞれの 空で 揺れる
また混じって 絡まって 枝となり………

そうやって
枝の先に立っているから尖るのでしょう
くすくす笑うのでしょう
幹に降りて根っこまで遠くいにしえまで覗き込むことができたなら
居心地の悪さも受け入れられるでしょうか

馬を食べます
犬を食べます
鯨を食べます
豚を食べます食べません
牛を食べます食べません
鶏を食べます
蛇を食べます

野蛮でしょうか
もってのほか、でしょうか
この味がわからないとは気の毒に、と思うでしょうか

どの動物も知能は高いのです
いにしえ人は動物を大切に頂戴しました
余った毛皮は
衣服や靴として
歯や骨はアクセサリーや楽器として役立てました
わたしはネパールでヤクの歯と骨で作られたネックレスを買いました
今もジャパンの抽斗に大切にしまってあります
赤いセーターの上に着けるのが好きです

どんな動物も
人のように知能は高いのです
いにしえ人はそれをありがたく頂戴しました

21世紀のマンハッタン
窓の外は四六時中クラクションが鳴り響いています
ピザやポテトチップスや野菜サラダなど
それぞれの神に赦されたものを食べて 飲んで
わたしたちはニューヨーク流のパーティーを楽しんでいます
ユーチューブでそれぞれの国の民謡や歌謡曲を聴き合います
カザフスタン、トルコ、タイランド、コリア、ジャパン、チャイナ、
サウジアラビア……
似ているようで似ていない
波のようなうねりは
やはり似ているのですどこかで聞いたことがあると感じます
似ているから違うところが気になって居心地が悪いのではないでしょうか
似ているとかえってわからなくなるつらくなることがあるのです
それでわたしはコリアンと喧嘩をしてしまいました

いにしえ人は唄ったでしょう
獲物をしとめ家路につくとき
収穫のとき食するとき

それぞれの枝の先から分かれ目まで降りて行って幹を降りて根まで行って
遠くいにしえまで覗き込むと
400万年くらい前の子孫は
アフリカにいたんですね
ぜんいん
そこから始まったのだから
枝の先っぽで
こうやって
自分たちの存在の遠さに驚きたい
遠い存在の出会いを喜びたい
何百万年の旅の果てで
あした目覚めるために食べる
たとえば馬
たとえば犬
たとえば牛
たとえば豚
たとえば鯨
たとえば鶏
たとえば蛇
を食べることは
野蛮ではありません
助けられて生きていく
ジャパンでは小学校の給食によく鯨肉が出ました
嫌いだったけど一生懸命食べました
いにしえ人は唄ったでしょう
少しずつ違うゆらゆらゆれる節のある歌を唄ったでしょう
うなるような歌唱法になるのは魂の輝きと強さでしょう
人の感情って実はさほど変わらないのではないのでしょうか
狩りに出かけては襲われて人は動物に命を奪われたでしょうそれは与えたのです
荒れた海で人は命を海に奪われたでしょうそれは与えたのです
与え与えられているのです同じ生きとし生けるものとして

ある日マンハッタンのマーケットに安くて大量の肉が並んでいるのを見て
とつぜん吐き気がして肉類を食べたくなくなりました
嫌悪するようになりましたベジタリアンになりました
そういうとなんだか文化人みたいだけど
ただ肉を食べる自分を気持ち悪いと思ってしまっただけなのです
3か月ぐらい過ぎたら身体に力が入らなくなり体力不足が身に沁みました
肉をまた食べ始めました吐き気はしませんでした
美味しいと思いました
ありがたく頂戴することにしました
だけどわたしはどうやって
動物たちにお返しをしたらいいのだろうと思いました

パーティで
話がひとめぐりすると
ユーチューブで
それぞれの国の懐かしい音楽を披露しあうカラオケをする
枝の先っぽから遠い人を見ている近い肌を感じている
居心地が悪いのにどこかで聞いたことがあると感じている

実はきのう夢を見ました
茶色い洞窟の中にいました袋の中のような場所でした
円筒形のトンネルを走っていくと明るい出口が見えました
舗装されていない赤い道をいっしんに走りました

旋律がみぞおちに
どどろく
胃袋にひびく

だけどわたしはどうやって肉のお返しをしたらいいのでしょうか

とどろいてくる旋律ユーチューブからの
オーロラ

ゆらゆら

ほんとうは野蛮なのではないでしょうか
いまユーチューブを聞いているわたしは
いにしえ人からは遠すぎて
どうやって肉のお返しをしたらいいのかわからないのです

ほんとうは野蛮なのではないでしょうか

ゆらゆら
ゆら

ゆら

 

 

 

あな

 

正山千夏

 
 

ここに穴がある
泣いてばかりで
いつもそこに
ナミダを落としてばかり
ただそれしか
術を知らなくて

でもさすがに
近ごろ気付いた
落ちたナミダは
穴にたまり
時には溢れ出すことも
あったけど
必ずいつかは干上がり
そして穴は
埋まらないまま
そこにある

穴を埋めたいのなら
崩すしかないのかもしれない
なにを
どうやって
もう、流すナミダも
阿呆らしい
かと言って
一向に枯れないなにかを
持て余しながら

まだ
ナミダでなにかが埋まるものと
幻想を抱くことは
許されますか
穴は穴のままでいることは
許されますか

 

 

 

山のみどりのその向こうへ

 

ヒヨコブタ

 
 

ひとを送るときに
しないと決めていることをするひとに
さよならをいう

けれども
あなたには言えないね
少しずつずれて
少しずつ噛み合わない日々
歯がゆさに落ち着かなくなるひとを
見ながら

今年見送った大切な友に
こころで話す
こころで話すのをゆるされるのは
あなたのような存在なのだろうか

エゴでしかなくとも
すがって泣きたくなるときに
離れていく目の前のひとのことを
こころで
相談しながら
おもう

いつかいくどこかで
輝くその笑顔に安らぎを

 

 

 

2017 師走

 

みわ はるか

 
 

15年ほど前に欠けてしまった前歯に詰め物をしている。
先っぽだけなので見た目にはそんなに目立たないのだけれど、やっぱり気になるので詰め物をしている。
その詰め物が定期的に取れてしまうので、歯医者にその都度行っている。
先日、生まれた時からずっと通っていた歯医者さんが引退してしまった。
仕方なく新しい歯医者を探してそこに行くようになったのだが、未知の空間へ足を踏み込むのは勇気がいる。
椅子の上でわたしのまぬけな顔をのぞかれる。
知らない人にまじまじと見られる。
こんな恥ずかしいことはない。
年配の歯科衛生士さんにライトで照らされた口の中を すみからすみまでチェックされる。
あーーー帰りたい。
そんなわたしの歯医者デビューはなんとか無事に終わった。
慣れるまでには時間がかかりそうだけれど、当分ここに通うつもりだ。

社会福祉協議会という組織がある。
そこが募集している勉強を教えるボランティアに参加している。
月に数回程度、小学生や中学生の子と学校の宿題や参考書の問題を一緒に解いている。
自分も学生に戻ったような気がして思った以上に楽しい。
それにやっぱり人の役にたてるのはうれしい。
自分のことより誰かの笑顔を見るために生きていけたらなと思うようになったのはいつからだろう。
そんなに遠い昔ではないような気がする。
にこにこと笑顔でわたしの参加を受け入れてくれたスタッフの方に感謝している。
あるとき、いろんな種類の果物のジュースが差し入れにと置かれていた。
そこには「お一人様3缶までどうぞ」ときれいな字で書かれていた。
わたしは甘いものがそんなに得意ではないので、できるだけ甘そうでないものを3缶とも選んだ。
子供たちも思い思いのものを選んでいた。
その中に「お姉ちゃんが桃が好きだから桃にしよう。」と言って桃の缶を手にしている子がいた。
はっとさせられた。
その年で誰かのために無意識に物事を考える姿に脱帽した。
彼女のえくぼができたその笑顔はきらきらと輝いていた。

これといった趣味のないわた しだけれど、唯一保育園のころからずっと好きなものがある。
それは活字をおうことだ。
読書が大好きなのだ。
学生のころ、テスト明けは友達と買い物に行くことと同じくらい図書館にこもることが約束になっていた。
読みたい本がありすぎて時間が足りない。
その中で最近興味をもっているのが作家綿矢りささんの作品だ。
史上最年少で芥川賞をとった作品「蹴りたい背中」は圧巻だ。
生きにくい中学校のクラスの様子が丁寧に描かれている。
出過ぎる杭は打たれてしまうのか。
そんなこと気にせず一匹狼で生きている人間は負けなのか。
ただなんとなく過ぎていく毎日に妥協して過ごすのか。
自分が誰かのターゲットになら ないようにただびくびくして生きていくのか。
何が正しいのか今でもわからないけれど、そんな世界を視覚化させてくれるこの作品が純粋に好きだ。
闇の中からすくいあげたような文章を書く人が好き。
ただ生きているだけでは表面に出てこない感情や行動を文字にしてくれる人が好き。
メールで文章の最後に必ず「。」をつけてくれる人が好き。
一人称が「僕」の人が好き。

文学に救われてきました。
これからもきっとそうです。

 

 

 

2017 師走

 

みわ はるか

 
 

15年ほど前に欠けてしまった前歯に詰め物をしている。
先っぽだけなので見た目にはそんなに目立たないのだけれど、やっぱり気になるので詰め物をしている。
その詰め物が定期的に取れてしまうので、歯医者にその都度行っている。
先日、生まれた時からずっと通っていた歯医者さんが引退してしまった。
仕方なく新しい歯医者を探してそこに行くようになったのだが、未知の空間へ足を踏み込むのは勇気がいる。
椅子の上でわたしのまぬけな顔をのぞかれる。
知らない人にまじまじと見られる。
こんな恥ずかしいことはない。
年配の歯科衛生士さんにライトで照らされた口の中をすみからすみまでチェックされる。
あーーー帰りたい。
そんなわたしの歯医者デビューはなんとか無事に終わった。
慣れるまでには時間がかかりそうだけれど、当分ここに通うつもりだ。

社会福祉協議会という組織がある。
そこが募集している勉強を教えるボランティアに参加している。
月に数回程度、小学生や中学生の子と学校の宿題や参考書の問題を一緒に解いている。
自分も学生に戻ったような気がして思った以上に楽しい。
それにやっぱり人の役にたてるのはうれしい。
自分のことより誰かの笑顔を見るために生きていけたらなと思うようになったのはいつからだろう。
そんなに遠い昔ではないような気がする。
にこにこと笑顔でわたしの参加を受け入れてくれたスタッフの方に感謝している。
あるとき、いろんな種類の果物のジュースが差し入れにと置かれていた。
そこには「お一人様3缶までどうぞ」ときれいな字で書かれていた。
わたしは甘いものがそんなに得意ではないので、できるだけ甘そうでないものを3缶とも選んだ。
子供たちも思い思いのものを選んでいた。
その中に「お姉ちゃんが桃が好きだから桃にしよう。」と言って桃の缶を手にしている子がいた。
はっとさせられた。
その年で誰かのために無意識に物事を考える姿に脱帽した。
彼女のえくぼができたその笑顔はきらきらと輝いていた。

これといった趣味のないわたしだけれど、唯一保育園のころからずっと好きなものがある。
それは活字をおうことだ。
読書が大好きなのだ。
学生のころ、テスト明けは友達と買い物に行くことと同じくらい図書館にこもることが約束になっていた。
読みたい本がありすぎて時間が足りない。
その中で最近興味をもっているのが作家綿矢りささんの作品だ。
史上最年少で芥川賞をとった作品「蹴りたい背中」は圧巻だ。
生きにくい中学校のクラスの様子が丁寧に描かれている。
出過ぎる杭は打たれてしまうのか。
そんなこと気にせず一匹狼で生きている人間は負けなのか。
ただなんとなく過ぎていく毎日に妥協して過ごすのか。
自分が誰かのターゲットにならないようにただびくびくして生きていくのか。
何が正しいのか今でもわからないけれど、そんな世界を視覚化させてくれるこの作品が純粋に好きだ。
闇の中からすくいあげたような文章を書く人が好き。
ただ生きているだけでは表面に出てこない感情や行動を文字にしてくれる人が好き。
メールで文章の最後に必ず「。」をつけてくれる人が好き。
一人称が「僕」の人が好き。

文学に救われてきました。
これからもきっとそうです。

 

 

 

イブイブ

 

尾内達也

 
 

 

きょうはイブイブの土曜日だから
みんな家にいない
と 新聞屋の兄さんは言う

気の早い新聞屋は
もう来年6月の契約を取りに来た
また、あの洗剤でいいですか
もちろん、いいとも
気に入っているよ、液体洗剤

冬日の洗濯は楽しい
シャツの皺をのばして
ハンガーにかけて
一枚一枚、竿に吊るしていく

一枚のシャツ 一枚の愛 一枚の人生

日の匂い

 

 

 

アジサイじゃないアジサイ

 

辻 和人

 
 

シュキッ
キュクッ
突き刺さってくる
っていうのかなあ
アジサイ
出勤前、玄関前の花壇の植物に水やろうとして
おおっ
6月には水色のかわいいのを咲かせてたのに
12月の今
黒の点々が入った尖った葉っぱと白くて太い茎が
シュキッ
突き
キュクッ
刺さってくるみたいだ
とても元気
茎も太いが根っこも太い
ホースを向けてみますよ
ほーら
うねうねした奴が土から浮き出て
迸る水をゴックゴク
吸い込むじゃありませんか
冬だけど食欲旺盛ですよ
ぼくは花の中でアジサイが一番好き
家建てて植える植物決める時ミヤミヤに言ったんだ
君の好きなようにしていいけどアジサイだけはどっかに植えてってね
願いを聞き入れてくれたミヤミヤ
ヤマアジサイが玄関前を飾ることになって
初夏には
もこっとした花弁の塊の周りを
ちっちゃい蝶々みたいな小さな花びらがぴっぴっと飛び交う
あの光景を楽しめるようになった
いいねえ
かわいいねえ
ちょんちょん撫でてやって
うん、水やり楽しいぜ
うん、出勤楽しいぜ
でもでも
夏が過ぎて秋になって12月がきて
花なんかとっくに散っても
どっこいアジサイはそこにいる
どころか
本性現したな
アジサイってこんなに図体デカかったんだ
茎こんなに太かったんだ
花じゃなくて木だったんだ
鋭い切っ先いっぱいこっちに向けて
目に
シュキッ
突き
キュクッ
刺さってくるぞ
やられた
まいりました
アジサイじゃないアジサイ
いいじゃないか
花を愛でるだけじゃもったいない
ふとーい茎を愛でて
黒の点々まじりの尖った葉っぱを愛でて
大食いうねうねーの根っこを愛でて
うん、水やり楽しいぜ
うん、出勤楽しいぜ
さて背広に着替えて
行ってきまーす