喩えの話

 

萩原健次郎

 
 

 

抜けていったね、恋が。
ふたりでするものが、ふたりとも消える。
黒い穴だ。
焼けて、破れて、焦げて、透けて、
透けると、きもちいい。
何十年も、きもちいい。
人生って、恋みたい。
いつでも失恋している。
唇が空に浮かぶことだってある。
そのときは、あたりいちめんに菓子の匂いがする。
コンガが鳴る。
猿が役者の喜劇がはじまる。
おれもその劇団の役者となって
おんなじ芝居をする。
きもちわるいことと
きもちいいことの繰り返しで
空中ぶらんこみたいだなあと
たとえてくれればそれでいいのに
だあれもたとえてくれない。
だから、人生って恋みたい。
自問しているうちに、胸焼けする。
ムラサキいろの胸になる。
黄色いセキセイインコが飛んでくる。
いっしょに、籠の中の巣の中の、綿の中で
あなたが卵を産んで、あたためて
おれは、毎日巣を出て、まあまあよく働く。
とつぜん、巨大な渦潮がおれの恋を
海に戻していく。
唄っている人に退屈しては駄目だ。
芝居する猿たちを蔑んではいけない。
恋が一個の果実だとすれば
その一個の中で生きてきただけで
それは、ある季節になると
ぽとんと、落下して、
きれいに割れる。

 

 

 

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